エピローグ/外なる神
護衛を引き受けてから五日が経過した。
その間の襲撃は計四度。どれも強度に欠ける、散発的で無意味なものばかりだった。上から無茶ぶりをされて、破れかぶれで襲い掛かってきたような、そんな感じだ。
そして五度目の襲撃は、こちらが殺す前に終わった。睨み合っている最中に突然撤退したのである。
ほどなくして、パウからの一報が届けられた。
現在、サラヴェディカの半数以上がクーレの側についたとの事。ノスティワについていた者達も見切りをつけて、何割かはクーレの軍門に下ったらしい。
つまり、もはや皇子暗殺などにうつつを抜かしていられる状況ではなくなったというわけだ。
「しかし、最上位の神が人間風情に陥落寸前だなんて、本当に酷い話ね。そこまで壊れていたのかしら。その所為で厄介な参加者が誕生した。予想していた通りとはいえ、やっぱり頭が痛いわ。……まあ、なんにしても、ここでの仕事は終わりね。帰りましょう」
という事で、第一皇子に挨拶をして、二人は王宮を後にする。
その帰り道に、シャイアとばったり出くわした。
「護衛はどうした?」
「終わりよ。問題は解決された」
「それを解決したのは、誰だ?」
「そんなの、直接皇子様に聞けばいい……いや、聞いても答えてもらえないのか。可哀想」
鋭いシャイアの問いを前に、リリスはくすくすと嘲笑を浮かべてみせた。
瞬間、荒まじい殺気が吹き荒れる。どうやら図星だったようだ。
「もう一度だけ聞く、それを解決したのは誰だ?」
「クーレ・サーランタ」
こんなつまらない事で揉める必要もないし、別に隠すほどの情報でもないだろうと、ヴラドは素っ気なく答えた。
が、どうやらそれは、こちらの認識違いだったようで、シャイアは大きく目を見開いて、はっきりとした動揺を見せた。
次に、なんともいえない苦々しさがじわじわと滲み出てくる。
それを前に、リリスは微かに目を細め、
「その正体は知っているようね。ねぇ、お前の主って誰なのかしら?」
「……失礼する」
答えることなく、足早にシャイアは去っていった。
その背中を冷たい目で見据えたまま、
「普通に考えれば、皇帝よりも皇帝みたいなもう一人の神子だけど……」
と口元に手を当てながら呟き、それから不愉快そうにため息を吐いて、リリスは一つの決断を口にした。
「やっぱり、この眼で直接確認した方が良さそうね、タシネル・リャンタという異物は」
§
「話は以上です。すぐに取り掛かりなさい」
と、焼香の匂いに満ちた部屋の、小さな椅子に腰かける子供サイズの人形が、おざなりに手を振りながら男に告げた。
男――この国の表向きの皇帝は、その内容に怒りを滲ませるが、
「なにか、不服でも?」
という言葉を前に、立ち向かう勇気はなかったようで、また頭を垂れて床に視線を落とした。
「いえ、それが、この国の為になるのであれば」
自分に言い聞かせることすら難しい欺瞞を吐いて、彼は立ち上がり人形に背を向ける。そして、そのまま足早に立ち去って行った。
重厚な扉が閉まり、人形一体のためだけに用意された巨大で豪奢な一室に静寂が戻る。
……いつもなら、ずっとそのままに、この室内の時間は費やされていた事だろう。だが今日は違った。
「どうやら、上手くいったみたいですね」
と、人形が呟く。
その声は先程の女性のものとは違い、良く通る男性のもので――
「そなたは人形遊びも上手なのじゃな。即興だと言うのに、なかなかに見事」
存在の隠蔽が解かれ、艶やかに着物を纏い高い下駄を穿いた、柔らかな金色の髪が印象的な妖艶な女性が姿を現した。
彼女は手にしていたキセルで、人形の頭をこんこんと叩く。
すると、それはいとも容易く罅割れ、煙となって霧散して、霧散した煙は一人の青年――マウロ・バレンタインの姿を取り戻した。
それを確認したところで、女性はおもむろに椅子の下を蹴る。
すると、そこの影に隠れていた人形が転がり、怒りに満ちた表情で二人を見上げてきた。
「げ、下郎な輩が! 私にこのような仕打ちをして、ただで済むと思っているのか! 貴様たちは今、ザーラッハの全てを、ルシェド・オルトロージュを敵にしたのだぞっ!」
「ならば、今それを示してみせよ。出来ぬのなら、もうすぐただの人形に成り下がるそなたの言葉に、一体なんの抑止力があるというのじゃ? ……なぁ、タシネル・リャンタよ」
「……」
タシネルはその言葉が持つ意味に気付き、絶望的な表情を滲ませた。
それを見て、マウロが言う。
「こちらも、恙なく済みそうですね」
「あぁ、知の収集はもう終わった。消去の方もじきに完了する。そこにアクセス先を構築すれば、先程と同じように、この国の皇族はその人形に従い続ける事じゃろう。……しかし、滑稽な話よな。人間の体を捨て、ただ役割を果たす事だけを良しとしたはずの者が最後に零す言葉が、まるで低俗な部類の人間のそれとは」
つらつらと言葉を並べている間にも、人形からは生気が失われていき、最後に両の目尻に涙を浮かべたところで、完全に動かなくなった。
「……ザーラッハの双璧、外なる神といっても、存外あっけないんですね」
「なんじゃ、妾が苦戦する様でも見たかったのか?」
「ええ、少しは。じゃないと、私はただの器でしかなくなってしまいますから。ちゃんとした活躍の機会は求めたいところです」
「妾の力を、神子である事を隠すためと、今ここでの二度しか使わず、その歳でエンシェの将校にまで上り詰めた男がよく言う」
「常に絶大たる知識という武器は与えられていましたよ。そしてそれを活かせるだけの指導もありました。幼少から貴女の知性に触れてこなかったら、私はただ力に依存するだけの、有象無象の神子で終わっていたでしょう」
懐かしむように、マウロはそう呟いた。
それに同調するように、彼女も微かに目を細め、
「次に妾が力を揮うのは、儀式の権利者を決める決戦の日が望ましい。それまで、妾を隠し切れるか?」
と、どこか挑発的に、それでいて優しくもある口調で言う。
その感情の機微を受け取って、マウロは小さく微笑み、
「貴女がそれを望むのなら、たとえ神子を相手にしようと私は只人として乗り切ってみせましょう。そして、その日に再び、貴女の劫火を世界に花開かせてみせますよ。リズ」
と、自身の契約者の名前を、最大限の親愛を込めて呼ぶのだった。
これにて第四章『虚実の幸』は完結となります。
ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
次章は来週の火曜日から投稿する予定ですので、よろしければ、また読んで頂けると幸いです。




