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君>世界   作者: 雪ノ雪
第四章『虚実の幸』
35/117

05/要塞攻略

 ルウォ・ステラ要塞を攻め落す日がやってきた。

 三つの都市を隔てる、途方もなく広い荒野に聳え立つ難攻不落の要塞。

 その周りには山ほどの魔法陣が刻まれていて、周囲の空気を異様なものへと変えている。

 おそらく半径十五ヘクター以内に足を踏み入れた瞬間、問答無用でこちらの存在が露見する程度に、それは厳重だった。そしてもし露見すれば、要塞から放たれる多重砲撃の雨によって全てが蹂躙される事となる、らしい。

「作戦の確認だ」

 十八ヘクターほど離れたところ丘の上から要塞の全容を視界に納めながら、ロロントが口を開いた。

「まず要塞の右左に戦闘要員を射出する。右は私たち、左はヴラド・ギーシュ。デューリ様は少し遅れたタイミングで後方から侵入する。侵入したのちは、送られてくる情報に従って結界石の元に向かい、これを三点同時に破壊する。作戦時間は最大で二分。これは二分以内に事を為さなければ、最悪の増援を阻止できなくなるためだ」

「最悪の増援っていうのはなんなんですか? そこは初耳だと思うんだけど」

 と、ククルが訪ねた。

「シャイア・テキーラだ」

「――え? 嘘でしょ?」

 その答えに、彼は表情を強張らせる。

 聞き覚えのない名前だった。だからこそ、脅威度がいまいち判らない。そんなシャルロットに説明するように、リリスが言った。

「たしか、ザーラッハの神子だったかしら? もう一人と違って、使われる側っていう印象が強い女元帥」

「あぁ、だが、この国の正規戦力としては最強の存在だ。戦闘になれば勝ち目はない」

 淡々とした口調で言って、ロロントは視線を後方に控えていた男女に視線を向けた。

 男性の方が頷き、女性と手を繋ぐ。

 女性は長く息を吸い込んでから、口を一切動かす事無く、

『聞こえますか? 聞こえたのなら、合図にあわせて右手を上げてください』

 という聲を、シャルロットの脳内に響かせた。

『三、二、一、はい』

 ロロント、ヴラド、ククルにシャルロット、そしてラミアが同時のタイミングで右手を上げる。

 それから五秒後に、今度はククルとロロントだけが左手を上げた。

「……機能に問題はないようだな。視覚の方はどうだ?」

「彼の脳領域を借りていますから、五人分問題なく反映されています」

 ロロントに女性がそう答えたところで、背後の空間が裂けた。

 そこからデューリが姿を見せる。左右には仮面をつけた者がいて、その手には同じ仮面が五人分用意されていた。

「準備は万端かな?」

「……ああ」

 と、神妙な表情でロロントが頷く。

「では、これをつけて、始めよう」

 仮面をつけた二人が、同じものをこちらにを配ってくる。

「必要なの?」

 ヴラドが受け取ったところで、まだ実体化をしていたリリスが言った。作戦が始まれば、当然彼女の実体化は解かれる。

「確かに取りこぼしをするつもりはないので顔を隠す必要性はないが、これには共有を含めた複数の補助機能が備わっている。視野の確保もされているから邪魔になる事はない」

「そう、ならいいわ。……ほら、しゃがんで。……うん、まあ、そこそこ、似合ってはいるかもね」

 ヴラドに仮面をつけたリリスが満足げに頷く。

 そんなやりとりをしている間に、ナビゲーター役の二人が魔力を刃のように走らせて地面に魔法陣を構築し、

「ここに集まってください。今から砲弾を構築します。これは外の衝撃には非常に強い反面、内側への防御能力は皆無となっています。ですから、出来る限り力を抑えて、要塞に着弾したところで破裂させてください」

 と説明しながら、ロロント、シャルロット、ククル、ラミアを強固な球体の結界で覆い尽くしていく。

 続けて、ヴラドの身体の周りにもそれが構築された。

 程無くして、球体がゆっくりと浮上する。

「それにしても力業よね。砲撃をされる前に肉薄して、結界を張られる前に内部に侵入するだなんて。まあ、平和主義者のリーダー様は、そうやってできた歪みを利用して、悠々と空間転移で近づくみたいだけど」

 リリスがつまらなそうに呟いたのと同時に、結界と魔法砲弾の両方の特性を宿した球体が、超高速で解き放たれた。


                §


 着弾までの時間は、五つ数える程度だろうか。

 研ぎ澄まされた感覚内での事なので、実際は半秒もかかっていないはずだ。その刹那で十八ヘクターの距離をゼロにするというのだから相当なものだった。

 複数の魔法の混合。あの二人だけの功績ではない。裏に『真深夜』に匹敵する者がいるのは間違いないだろう。

 が、それだけの力をもってしても外壁を貫通するほどの火力は出せなかったようだ。

 弾かれたのを感じると同時に、攻撃的な魔力を放ち球体を破裂させ、ヴラドは外へと躍り出た。

 そして、渡されていた魔石を若干傷んでいた箇所に向かって放り投げる。

 指向性の爆発魔法が宿されたそれは、外壁を打ち砕き、予定通り内部への道を示した。

 同時に、要塞内にいる者達が臨戦態勢に入ったのを感じ取る。

『貴方様には地下にある国土結界石へと向かってもらいます。三つ目の角を左に曲がってください』

 頭に届く聲に従って駆け出し、三つ目の曲がり角に差し掛かったところで、得物を構えた敵と鉢合わせる事となった。

 侵入から二秒程度だろうか、悪くはない対応速度だ。

 刀を抜いて、立ちふさがった四人を切り捨て、最後方に居た最後の一人の心臓に突きを放つ。

 が、それは八人の援軍の射撃によって中断させられた。

(得物だけでは時間がかかるか)

 そう判断するや否や、殺した二人の血液を自身のものとして定着させて、それを鞭剣として振い、一人の首を撥ね、残った援軍にも即死ではないが致命傷を与える事に成功する。

 死亡確認は、制圧したあとでもいいだろう。

 他者の血を解き、また駆けだす。

『次は右の角を曲がって、三番目と四番目の扉の間にある、絵画の裏にある緑のスイッチを全部押してください』

 指示通りにすると、隠し階段が現れた。

(必要な情報はちゃんと全部ありそうね)

(ここに配置されている戦力以外はな)

 或いは、知った上で伏せられている可能性もあるが……いや、さすがにそれは考えすぎか。

 いずれにしても、今始末した奴等はただの雑兵。重要な場所にはそれ相応の戦力が配備されている筈だ。

 その予想通り、ヴラドの足は階段を下りた先にあった広間で立ち止まる事となった。進みながら処理できるほど簡単な障害ではなくなったからだ。

 数は七、全員『黒潰石』の下位から中位に匹敵する程度の戦力といったところだろうか。

(なかなか強そうね。小娘たちは大丈夫かしら?)

 確かに心配だが、気配の質的には此処より乏しい。ロロントもククルもいるのだから、大きな問題にはならないだろう。むしろ、懸念があるとすればデューリの方だ。こちらの脅威と並ぶほどの気配が進路上に居る。

 時間を掛けて良いのなら負ける恐れはなさそうだが、果たしてデューリの魔法は短期決戦に向いたものなのか……

(あの男の魔法が気になるの? だったら、わたしが見てきてあげましょうか?)

(お前が見えている相手に出来るのか?)

(あら? もしかして、わたしがいないと不安?)

(さっさと行け。無駄足を踏みたくないならな)

(ええ、そうさせてもらうわ)

 実体化をしていないリリスが壁をすり抜けて、デューリの方へと向かっていく。

 悪魔憑きは広間に居る七人の中にはいないようで、誰もそれを咎めようとはしなかった。

「その仮面、平和主義者か。ここに仕掛けてくるということは、もはや完全にルウォの手先と見ても良さそうだな。そしてルウォは、いよいよ我々と戦争をするつもりということか」

 壮年の男が片手剣を手に、低い姿勢を取る。

「ここの結界が破壊されなければ、それも無理な話よ。つまり、侵入者を処理すれば、この国の平和はこれからも続いていく。そうでしょう? 隊長さん」

 垂れ目に癖のある長髪をした二十半ばの女が、全身に魔力を充満させながら言った。

「……それで、誰で行く?」

 鋭い目つきの男が、静かに声を発する。

「私がいいと思うよ。スピード勝負出来ないと、速攻でやられそうな相手だしね」

 そう言って、一歩こちらへと踏み出してきたのは、野暮ったい眼鏡をかけた女だった。

 どこかで見たような気がするが、面識はない筈だ。やや奇妙な感じ。とはいえ、戦力としては気にするほどでもない。少なくとも現状は。

「わかった。では、我々は全力で援護に回るとしよう」

 隊長と呼ばれた男の一言と共に、眼鏡の女以外が大きく後方に跳び退いた。

 直後、取るに足らないと判断した女の魔力が跳ね上がる。同時に、他の六人を守る結界が展開された。

(集束の魔法陣か)

 それが女の魔力が上昇した理由だ。この要塞のギミックだろう。これ以上ないくらい完璧に統合されている。この分なら、他者の魔力を不自由なく自分のものとして使いこなすことも出来そうだ。なかなかに厄介そう。

 だから、その補助要員を先に潰すべく、ヴラドは奥歯に仕込んでおいた核を噛み砕いた。

 宿っていた魔法は『破砕』。平たく言えば衝撃を倍加する魔法だ。それを長刀に宿し、結界目掛けて振り下ろす。

 亀裂が走った。次で破壊できそうだ。

 が、その次を打ち込むことは出来なかった。

 振り下ろす、という意志そのものが、すとん、と消失してしまったのである。

 異様な感覚。これは結界の効果ではない。おそらく『剥奪』か『天秤』に纏わる魔法だ。可能性が高いのは後者だろうか。

「手が早い人ね。焦ったよ。でも、貴方はもう私と一対一で戦うしかない。だから、私だけを見ていてくれると嬉しいかな。おっかない襲撃者さん」

 眼鏡を胸ポケットに預け、腰の刀に手を掛けながら、眼鏡の女はスタンスを広くとった。

 どうやら、こいつの魔法のようだ。

(……あと何秒?)

『80秒以内にお願いします』

 十分な猶予だった。

 ヴラドは破砕の魔法を破棄しつつ全身に魔力を纏い、床を踏み砕くほどの力強さと共に地を蹴った。


                §


 濃密な殺意が、餓えた獣のようにマリア・キャンディスに迫ってくる。

 初手で死ななかったのは、まさしく家宝のおかげだった。災王の骨で作り上げたこの名刀でなければ、防御などまったく意味を解さずに叩き斬られていた事だろう。

 ということはつまり、向こうの武器も災王かそれに並ぶほどに特別な素材で作られた業物という事になるが……まあ、それが分かったところで、仮面に刻まれている複数の隠匿魔法によって『仮面の男』という認識以外が難しくなっている敵の正体が判るわけではない。

 余計な事を考えていられる余裕も、既になかった。

(実質七体一だっていうのにね……)

 マリアが所有している『天秤』の魔法は、指定した項目を等しくする。

 今天秤に乗せているのは人数。ただし、それは直接戦闘に参加できる人数であり、魔法陣を介した間接的な関与には該当しないように設定している。だからこうして味方六人の魔力を最大限に活用してマリアは戦えているわけだが、それでもまったく勝てる気がしない。

 魔力量の上乗せはいくらでも行えるが出力の方には限度がある事と、やはり決定的なのは色格に差がありすぎるためだ。この部分だけは足し算も掛け算も出来ない。素の部分が全てとなる。

 その所為で、一番条件の緩い『人数』という項目にしか干渉出来なかった。

 仮に、要塞に居る全ての魔力を使う事が出来たとしても、せいぜい指一本を天秤に乗せるのが限度だろう。もしマリアの戦闘技術が相手を圧倒していたのなら、その程度の変化からでも勝機を見出す事が出来たのかもしれないが、残念ながらそちらの方でもやや劣っているという現状では、夢を見るのも莫迦らしい。

(……でも、負けない夢は、まだ見れる)

 要塞内で起きた異変が二分(100秒)以上放置された場合、シャイア・テキーラが召喚される。ザーラッハの神子という最後のセーフティーが起動するわけである。

 目の前の化物は正直信じられないくらいに強いが、それでも神子には届かない。

 だから自分たちは彼女が来るまでの間、魔法陣を破壊されないように時間を稼ぐだけでいいのだ。防御と回避に振りきって、凌ぎきるだけでいい。それだけならきっと――

「――ぐっ、うぅ」

 斬撃を受け止めた瞬間に放たれていた前蹴りで、胸骨が砕けた。

 回復の魔法陣の機能によって即座に再生されるが、それより先に今度は右の頬骨に罅が入る。刀の一撃を受けた直後に密着を作られ、肘を叩き込まれたのだ。

 その衝撃で意識が飛びそうになりながらも、かろうじて距離を取るが、離れ際に振りぬかれた一線で右足の感覚がなくなった。

(――だ、大丈夫)

 四肢の回復は最優先に設定されている。

 痛みはまったく消えないが、感覚はすぐに戻ってきた。

 次の攻撃を損害なく捌けたことによって、他の損傷も完治する。

 けれど、息をつく暇なんてものはない。

(――っ、私の血、勝手に動いてる?)

 足首から噴き出たそれが、ヘビのように襲い掛かってくる。当然、一撃一撃が即死級の斬撃も継続しながらだ。

 両方の対処は出来ない。致命傷だけケアして、何とか持ち堪える。

(私にも、あの子みたいに魔眼があれば……いや、あっても意味ないか。弱気になるな。今死んだら負けよ。まだ早い。まだ、死ぬわけにはいかない)

 込み上げた弱気を噛み殺しつつ、マリアはより一層の覚悟をもって時間稼ぎに専念する。

 極限の集中状態。

 数多の窮地を前に、完全にゾーンに入っているのがわかる。

 惜しむらくは、その領域に至ったところで、結末に一切の変化がない事だろうか。

(……ほんと、私で良かった)

 仮に自分以外が代表として戦っていたら、この数的優位すらとっくに無くなっていた筈だ。天秤の魔法があったからこそ、まだ誰も死んでいないわけで――

「――ぐっ!」

 相手もギアを上げてきたのか、一瞬反応が遅れた。

 そうしてまた、断続的な痛みが積み重なっていく。

 痛みとは度し難いノイズだ。否応なく集中力は乱れるし、心も弱る。

(……何秒、経った?)

 余計な思考の隙間を縫うように、脇腹に衝撃が走った。

 壁目掛けて身体が吹っ飛ぶ。叩きつけられた衝撃で呼吸が出来なくなったが、動きまで止めたら即死だ。一瞬の硬直も許さないつもりで、身体を左手に流し――直後、右肩が半ばほどまで抉り取られた。

 続けて逆袈裟に放たれた返し刃が、脇腹から鎖骨に走る。

 臓器には届いていないが、鎖骨が断たれた。

 追い打ちで放たれていた前蹴りが、鳩尾を捉える。

 内蔵が潰れ、血反吐が噴き出た。

 それでも、本命だけは貰わない。ギリギリの生存を続けていく。

(あと何秒、耐えればいいの……?)

 視界が涙で滲んでいる。度重なるダメージで、身体が痙攣を始めている。細かな動作はもう効かない。

 ……終わりが、近い。

(でも、まだ――)

 破砕音。身体より先に、家宝の刀が砕け散った。

 同時に天秤の効果も途切れる。これ以上の時間稼ぎは無理だと判断した隊長が、こちらと繋げていた魔力の補助を切ったのだ。その所為で、出力が足りなくなった。

 六人の仲間が一斉に敵に挑みかかる。

 倒す事など誰も考えてはいない。とにかく時間を稼ごうと、足掻く。

 結果、五秒ほどの時間を稼いで彼等は全滅した。

(何秒、稼げたのかな……?)

 マリアの身体も、もう動かない。このまま意識を手放してしまえば、きっとそれが一番楽だった。

 けど、それは癪だと顔を上げて、抵抗など無意味だったとでも言わんばかりに、こちらに悠然と近づいてくる化物に憐れみを投げかける。

「戦争に、なれば、ルウォにも未来は、ないっていうのに……莫迦な真似を、したものね」

 負け惜しみは多分に混じっているけれど、これは事実でもあった。

 今でなければ、ザーラッハは窮地に立たされたかもしれないが、今この国にはノイン・ゼタとアルタ・イレスが帰ってきているのだ。後者はともかく、前者は必ずザーラッハの側につく。勝敗は明白――

「半年後に世界を滅ぼす男に頼るのか? 御目出度い事だな」

「――え? ま、って、それは、どういう……」

 答えはなく、胸に刀が付き立てられ、マリアは程無くして絶命する。

 その間際、最後に彼女が零した言葉は、

「……シ、ア」

 たった一人の身内である、妹の愛称だった。


                §


 シャルロットが解き放った白銀の閃光が、敵の心臓を撃ち抜いた。

 魔法の調子は日を重ねるごとに良くなっている。今なら全力で十発は撃てるだろうか。すでに四発ほど消費したが、まだ六発は残っている計算だ。余力がある。

 対して敵は既に半壊、辺りは血塗れだった。

 大半は、ロロントとククルの手によるものだ。どちらも迅速に敵を無力化していて、掠り傷一つ負っていない。

 ただ、息すら乱れていないロロントと違い、ククルは無傷とは思えないくらいに苦しそうな表情を浮かべていた。これだけ多くの人、それも賊などではない、この国の騎士を切り伏せるという行為に強いストレスを覚えているからだろう。

 それを、ラミアが冷めた目で見つめている。いや、観察しているという表現の方が正しいだろうか。

 ……怖い。

 本当に黙秘している事は正しいのか、未だに答えが出ない難問に急かされているような感じ。

(左後方だ)

 思考を遮るように、ロロントの指示が飛ぶ。

 シャルロットは慌てて身体をそちらに流して、閃光の魔法を解き放ち、こちらに魔法弾を放とうとしていた相手の心臓を穿った。

 もう言い訳のしようがないくらいに、自分も戦争の加担者だ。

 吐き気はずっと続いている。でも、部外者になるのは嫌だから此処に居るのだ。弱音は吐いていられない。

『ヴラド様とデューリ様の方は片付きました。あと四十秒です』

 頭の中に、女性の声が響く。

 そんなに心配はしていなかったけれど、それでもヴラドの無事が確定した事実に、少しだけ気が楽になった。

「あと二十秒で済む」

 言って、ロロントがペースを上げる。

 防戦に努めていた主戦力に切り込み、被弾覚悟の猛攻を仕掛けて、シャルロットとラミアの援護を的確なタイミングで指示し、

「これで、終わりだ」

 最後まで耐えていた老騎士に引導を渡すように言って、その首を剣で撥ねた。

「……時間制限さえなければ、なんの問題もない戦いでしたわね。さあ、行きましょうか?」

 つまらなそうに呟きながら、ラミアが彼等の死によって結界の解けた広間の奥に視線を向ける。

「言われるまでもない」

 不快そうに吐き捨てながら、ロロントは駆けだした。

 立場的には上司と部下のはずなのだが、彼のラミアに対する態度はなんだか少し妙な感じがする。もしかしたら指揮系統が異なるのかもしれない。

 ともあれ、戦場となった広間を抜けると、その先には巨大な魔石が魔法陣の上に設置されていた。

 作戦会議での話によると、この魔石は単品でも結界内のどこにでも超高密度の魔力爆発を発生させる事が出来るらしい。そしてヴラドが担当した魔石は外部からの特定の魔法を機能不全にし、デューリが担当した魔石は敵国の街一つくらい簡単に消し飛ばせるだけの出力を持った超射程の魔力砲撃を可能としており、さらにこの三つすべてに保存機能があって、どれか一つでも残っていればたちどころにすべてが元の状態に戻るというオマケつきとの事だった。

『カウントを始めます、五、四、三、二――』

 女性の声が、おそらく全員に伝えられる。

 ロロントが懐から取り出した折り畳み式の斧を展開して、そこに魔力を込めて五秒で準備を済ませた。

 シャルロットも予定通り、その時間で練れるだけ練れる魔力を閃光に込めて、カウントが零になったタイミングで放つ。

 硝子が割れるような耳に刺さる音と共に、巨大な魔石が崩れ、その足元で輝いていた魔法陣が鎮まった。

『三点同時破壊を確認。保存機能の消失も確認できました。これで神子の強制召喚も――』

 と、そこで言葉が数秒途切れ、

『待ってください、強大な魔力が物凄い速度でこちらに近付いて来ています。要警戒を!』

「……シャイア・テキーラか。異変に気付いたのか、自ら赴いてきたらしいな。強制召喚による重役出勤に甘んじていればよいものを」

 ロロントの舌打ちが響いた。

「問題ありませんわ。目的は既に果たしましたもの。だから、もう死んでもいい」

 どこか投げやりに、ラミアが呟く。

 だが、そんな他人の反応を見ている余裕はなかった。

 息が出来ないほどの圧迫感が、要塞全体を包んでいたからだ。

 眩暈を覚えて、一瞬視界が暗くなる。

 その不安定さを叱咤するように、鋭い気配が走った。

「――行くぞ! ついて来い!」

 ロロントが自身に蔓延った恐怖を振り払うように、強い声で言って駆けだす。そこで、差し込まれた鋭い気配がデューリのものだと気付いた。

 壁を斧で粉砕しながら、ロロントは一直線に外に向かっていく。

 ラミアとククルは追い駆けなかった。追いかけようとしたククルの袖を、ラミアが掴んだからだ。

「無駄な事はしなくてもいいですわ。貴女も」

 そんな声が背後から聞こえてきたが、ヴラドの気配も外に向かっているのを把握したシャルロットが足を止める理由はない。

 外に出る。と同時に、要塞という緩衝剤を失った身体が、否応なく神子の存在感に震えあがった。


「――デューリ・コンク。首領自ら襲撃か、その意気だけは評価しよう」


 頭上から、声が響く。

 静かでありながらも全てを蹂躪する絶大たる魔力。

 殆ど反射的に跪いてしまった顔をなんとか持ち上げると、そこには一人の女性がいた。

 見た目の年齢は二十台半ばくらいだろうか。太い眉に切れ長の蒼い瞳。オデコが殆ど見えるくらい短い金色の前髪に反して、膝まで届く長いポニーテールをしている。それなりの長身だ。手足も長い。

 蒼と白を基調とした軍服を纏っているが、武器の類は見当たらなかった。

「シャイア・テキーラ。噂以上の勤勉さだな。タシネル・リャンタとは大違いだ」

 仮面を外していたデューリが淡々と口調で言った。

「それが貴様の遺言か」

 冷たい声を掻き消すように、上空で風切音が鳴った。

 最初は一つだったそれは、あっという間に空一面を埋め尽くすほどの数へと変わっていく。

 ……刃だ。眼に見えない無数の魔法の刃が、シャイアの背後に控えているのである。

 これが殺到すれば、この場にいる全てが為す術なく死に絶えることだろう。誰もが確信を抱いたはずだ。

 そんな中で、デューリはつまらなげな吐息を一つ零して、

「一手遅かったな。私がもつ情報に価値でも見たか。生け捕りなど考えなければ、戦果もあっただろうに」

「――え?」

 瞬間、シャルロットはシャイアの背中を見上げていた。

 隣にヴラドがいる。要塞内に居たはずのラミアとククルの姿もあった。

 そして、今しがたまでシャルロットたちがいた場所には、巨大な、本当に巨大な魔女帽を被った少女がいて――


「――あぁ、なんたる不細工! これがルウォと並び最古の国と称される神子の魔法とは、嘆かわしい限りだな! どうやら貴様の魔法には決定的に華というものが欠如しているようだ!」


 さながら舞台役者のように大仰な物言いをしつつ、その誰かは項垂れていた帽子のつばを掴んで、大きくそれを振り払った。

 軌跡に虹が掛かり、その虹が迫りくる風切音を呑みこむ。

「ならば、このモルガナ・レッテンハイネが、手本というものを見せてやらねばな!」

 手放した帽子が突然消え、突然シャイアの真上に現れた。

 帽子は大口を開けるように、頭を預ける箇所を極限まで広げ――その中から、斬撃の音色がまた響きだした。

 ただし、ひゅん、という風切音だけではなく、金属同士が擦れるような音と衝突音が混ざっている。さらに火花のような光も無数に放ちながら、それらはシャイアに殺到し、彼女の攻撃を反射するという結果を齎した。

 シャイアは斬撃をもって斬撃を相殺するが、全てを凌ぎきれず頬にかすり傷を負う。

 それを成し遂げたモルガナは、そんな戦果にはこれっぽっちも興味がないと言わんばかりに、何故か目を閉じていて、

「……ふむ、やはり、このような味気のない魔法も、私が使えば素晴らしい楽曲となる。やはり私は天才だな。あぁ、自分の才能が恐ろしい」

 と、非常に満足げに呟いていた。

 その言葉の通り、溶けた空間から響いていた無数の音は、規則性をもった音の羅列として機能していたのだ。そこになんの意図があるのかは不明だが、この規模の魔法を造作なく行えている時点で、彼女もまた神子である事は明白だった。

「しかし、腐っても同類か。今ので死ななかった事は褒めてやろう」

 と言って、彼女はゆったりとしたテンポの拍手を行う。

 それに呼応するように、周囲から万雷の拍手が加わった。

 彼女の拍手に合わせて突然、シャイアの周りを取り囲むように仮面の集団が現れたのだ。

 その数は、ざっと見渡す限りでも五千はいた。

「……さぁ、では、喝采を浴びた事を誇って死ぬがよい」

 彼女が拍手を止めるが否や、ぴたりと音が止まり、その厳かな声色を異様なほどに強調する。

 まるで全てが劇の中のようで――

「も、モルガナ様! 駄目ですわよ! 貴女様が本気で暴れたら、要塞がなくなってしまいますもの。それは陛下の望むところではありません」

 その劇を、ラミアが止めた。

「……そうなの?」

 憑きものが取れたような、素朴な反応。

「はい」

「…………こほん」

 嘘くさい咳払いを一つしてから、モルガナが視線を敵に戻す。

「とまあ、私としては、このまま首都まで進軍してやっても一向に構わないのだが、ここは不毛な睨み合いの時間を愉しむことにしよう! もっとも、絢爛たる私のような存在ではない小娘では、目の保養にもならないだろうがな!」

「……あぁ、わかった」

 どうやらテレパシーが送られてきたようで、シャイアはため息を一つつくなり五ヘクターほど後方へと飛び退いた。跳躍一つでその距離を潰せるというのだから、デタラメな身体能力だ。

 ともあれ、モルガナの登場によって危機的状況は脱したわけである。

「では、モルガナ様、我々は陛下に報告がありますので」

「わかっている。――そら、行ってしまうがいいさ」

 いつのまにか手に戻していた帽子を、モルガナはまた大きく振り払った。

 直後、シャルロットたちの身体は宇宙の只中のような場所にあって、その中で一際昏い、黒い球体に吸い込まれ、見知らぬ場所へと飛ばされたのだった。


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