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君>世界   作者: 雪ノ雪
第四章『虚実の幸』
35/39

09/謁見と疑問

 数時間程度で失った血液が回復するような事はないが、傍から見える部分の傷は治すことが出来た。

 足首の痛みも数日くらい残りそうだが、感覚があるのなら問題ない。

「来たか。こっちだ」

 王宮の入口で待っていたリグチラ――この場合はデューリと認識していた方が都合はいいか――が、颯爽とした足取りで中へと入っていく。

 やたらと広いエントランスを抜けて、廊下を五分くらい歩き、分厚い両開きの扉の前に差し掛かったところで、

「私の案内はここまで。……あぁ、そうだ、君に一つ忠告をしておこう」

 と、シャルロットの方を向いて、デューリは言った。

「な、なんですか?」

 少し怯えたように、彼女は腰を引かせる。

 その様子には全く関心を向けることなく、

「陛下を前にしても自分を見失わないように、しっかりと気を張っておけ。そうだな、これも渡しておこうか」

 と、デューリは懐から人間の眼球ほどの大きさの、ギザギザの棘のついた球体を取り出した。

「これは?」

「拷問器具の一種だ。それを複数口の中に入れて魔力で暴れさせ、口内から喉、やがて胃へと痛みを広げていく。もちろん、魔法の類は込められていないので今はただの凶器でしかない。故に、ちょうどいい損傷を体内に齎してくれる。少なくとも、舌を噛み切るよりは安全だろう」

「どうして、そんなものを、私に……?」

「痛みというものは、時に正気を連れ戻してくれるものでもあるからだ。そして、口の中の怪我なら床を汚す事もない。まあ、使うかどうかは君の自由だが、仕込んでおくに越したことはないだろう」

 シャルロットの掌の上にそれを置いた彼女は、颯爽とした足取りで立ち去っていく。

「あ、あの……」

「必要ない。少し後ろにいれば十分だ」

 窺うような視線を向けてくるシャルロットに言って、ヴラドは両開きの扉を開けた。

 そこで待っていた黒い目隠しをした女の案内で、さらに廊下を十分ほど進み、ようやく玉座の間に到着する。

「くれぐれも、粗相のないようにお願いします」

 まったく感情のない声を残して、女は玉座の間の脇に移動し、そこで石となった。

 人間だと思っていたが、そういう悪魔だったようだ。その契約者がどこにいるのかは不明。かなり離れている感じがするが、魔力はどこから提供されているのか……。

(……まあ、どうでもいいか)

 大した脅威ではないと判断したところで、扉が勝手に開かれた。

 玉座には一人の男が腰を下ろしていた。無数の宝石がちりばめられた豪奢な衣装を身に纏っている。外見年齢は二十半ばくらいだろうか。

「入れ」

 おざなりな口調で玉座に座る男が言う。

 それに従って、王の間に足を踏み入れた瞬間、あまりに不快な気配にヴラドは顔を歪めた。

 即座に魔力を全面に展開して、この不快な毒を払拭する。

「お前がルウォか? ずいぶんな挨拶だな」

「我が意図した現象ではない。気に入らないのであれば即座に去れ。愚昧どもの不手際もあったようだしな。許そう」

 頬杖をつきながら、皇帝ルウォは面倒そうに吐き捨てた。

 完全に上から目線のその態度に、当然リリスが噛み付く。

「会うだけで満足するほどの価値が、その埋没顔にあるとでも思っているのかしら?」

 実際、ルウォという男の顔立ちは凡百だった。

 魔力の異様さを抜けば、多分街中に居ても誰も気に留めることはしないだろう。だが、だからこそ、この男の持つ支配が、表層的な影響力とはまるで違う事を強調しているようでもあった。

「そういえば、一つ気になっていた事があったな。貴様は何の悪魔だ?」

「――」

 何気ない問い掛けに、全てをぶちまけたい気分にさせられる。

 彼女の秘密を暴露せずにはいられない。目の前の男を喜ばせたくて仕方がない。そんな衝動。

 ……本当に、不愉快な存在感だ。

 その誘惑を更に増長するように、ルウォは言った。

「答えよ」

「わ、わ、わたしは――」

 涙を滲ませ、歯をがたがたと震わせながら、リリスが無様をみせる。

「……大した力もないくせに誰にでも噛み付く莫迦な淫魔だ。見たらわかるだろう?」

 そんな彼女を庇うように前に出つつ、ヴラドは何も知らない事に罪悪感を覚えて自死しそうなシャルロットの手を掴み、魔力を滾らせる。

 気付け薬としては十分だろう。これが魔法だったなら焼け石に水もいいところだが、本人も言ったとおり、こいつが放っている強制力はアルドグノーゼと契約した副産物でしかないのだ。それだけの力差がある。

 ただ、それは別段驚くような事でもないし、姿勢を変えるほどの理由でもない。

「それとも、幼子を嬲るのが趣味か? だとしたらずいぶんと醜悪だな。まるでアルタ・イレスのオセのようだ」

「……ふむ、デューリの入れ知恵と、本能への抵抗か。なんにしても悪くはない。へりくだるしか能のない有象無象と違って、退屈はしないからな」

 こちらが好戦的な態度をとる理由を、ルウォはあっさりと看破し、

「それで、要塞略取の立役者は、我になにを乞う?」

 と、やはりつまらなそうに訪ねてきた。

 感情にまるで変化が感じられない。全てに飽き飽きしていると言った感じだ。

 下手に腹の探り合いをする必要のない相手というのは、ヴラドに取ってはやりやすい。

「ノイン・ゼタとの戦争だ。奴等から逃げずに戦え」

「また面白い事を言うものだな。私が逃げると?」

「違うのか?」

「さて、どうだろうな。あの臆病者はそのつもりのようだが、結局その時誰が表に出ているかで、いくらでも展開は変わる。まあ、ザーラッハとの戦争は互いが同意していることゆえ、どう転ぼうが最後の段階までは行きつくことにはなるだろうがな」

「支配の王を臆病者呼ばわりか?」

「貴様の方が勇敢なのは間違いないだろう。無論、それは貴様が勇者である証にはならないが」

 そこで微かに目に力を込めて、ルウォは言った。

「我をルシェド・オルトロージュに差し向けて、その間に貴様は何をする? 哀れな幼馴染との逃避行か?」

「――」

「このようなことで驚きを見せるとは、ずいぶんと無知な事だな。我はルウォ・アルドグノーゼ。我が知りたい事は、世界が勝手に教えてくれる」

「だったら、全てそれに訊けばいい」

 そう切り返すと、ルウォは憐れむようにため息を零し。

「なんだ、貴様もくだらぬ支配を望むのか?」

「――っ、ダメよ! それはわたしでも防げない!」

 慌てた様子で、リリスが叫んだ。

 なにかをしようとしていたルウォがそれを取りやめて、視線を彼女に向ける。

「わたしでも、か。ただの淫魔がずいぶんと大きな事を言うものだな」

 今ので彼女がどの程度の存在かを計ったのだろう。そして、想定内の結果で終わった事に白けた。

「余興は終わりだ。支配の神の力か知識か、どちらか一つ選ぶが良い」

「釣り合いの取れていない天秤だな。前者は約束されていない」

 そして後者は、別にこいつである必要もないのだ。あまりに益が少ない。

「愚か者が。それを確実にする余地を与えると、我は言っておるのだ」

「……」

 ちらりと、リリスに視線を向ける。

 彼女は消沈した表情で、

「前者でいいわ」

 と、答えた。

 ルウォ内での権限が増える方が、たしかに都合はいいだろう。

 なにより、仮にアルドグノーゼをその気にさせることが出来れば、その価値は他で用意できる知識の比ではない。

「では、貴様たちにはこれより灰公爵の位を与える」

「灰公爵?」

「説明は外の者にでも聞け。以上だ」

 言って、ルウォはしっしと手を払った。

 ヴラドでもわかるくらいに失礼な対応だが、それを前にリリスが安堵の息を吐いたのが、ひどく印象的だった。


                §


「それにしても灰公爵、か。陛下は面白いことをするものだ」

 見舞いという名目でこの欠陥屋敷にやってきたリグチラが、さらっと穴だらけの床を木で埋め、さらに椅子を二つ生成し、ずいぶんと綺麗になったホールの中心で感心したように呟く。

 ここにリリスがいたら、勝手に何をしているのかと怒りを示した事だろうが、二人は今買い物に出かけていた。

 そのタイミングを狙って目の前の女はやって来たようだが、どういう意図かは不明だ。一人の時を狙う価値があるのは、正直シャルロットくらいだと思うのだが……まあ、考えても仕方がない。

「その灰公爵というものには?」

「今、この国の戦争の進行役を担っているのは四人の将軍であり、決定は多数決で行われている」

「それに干渉できる存在という事か?」

「立案する事も可能だ」

「お前もそうなのか?」

「残念ながら、私にそこまでの権限はない。ザーラッハへの攻勢において、そこそこ融通が利くという程度だ。だからこそ、貴方が得たものは非常に大きいと言えるだろう。なにせ、四人ではなくなったのだからね。平行線で終わるという事が無くなった」

「そんな権利を、部外者に簡単に渡す理由は何だ?」

「陛下に会ったのなら判ると思うが、あまりに永く生きすぎている所為か、あの方は全てに飽いている」

「要は気紛れの暇潰しか」

「もしかしたら、なにか意図もあるのかもしれないが、憶測の域を出る事はないな」

 淡々とした口調で、リグチラはそう答えた。

 おおよそこちらと同じ印象を皇帝に抱いているようだ。なら、これ以上つついたところで新しい発見は得られないだろう。

「モルガナも将軍の一人なのか?」

「彼女は一応メイドという役職だ。普段は王宮内で清掃やら尾行を行っている」

「……尾行?」

 ずいぶんとその役職からはかけ離れた単語にヴラドが眉を顰めると、リグチラは少し複雑な表情を浮かべてから、こう続けた。

「彼女は、少々偏執的でね。暇があれば陛下に付きまとったり、陛下の触れた物を舐めたり盗んだり、まあそういった事を行っているんだ」

「あの格好でか?」

 人の背丈よりも長い鍔の魔女帽に気を取られていたので、あまり印象にないが、たしか服装も相当におかしかった筈だ。ほぼ下着みたいな恰好で、肌がやたらとキラキラしていた気がする。それに裸足でもあったはずだ。

「あぁ、そうだ、あの格好でだ」

 リグチラもそこは流せないようで、痛ましいものを前にしたような反応を示した。

 この屋敷を選ぶよりも酷いセンスをもった奴がいる事実に、ヴラドは人間の幅広さを感じつつ、得体の知れない恐怖から目を逸らすように話を戻す。

「軍への影響力は?」

「神子だからな。当然、将軍よりも強い権限をもってはいる。が、陛下の命令がなければ基本的には動かない。余計な干渉はそう気にしなくてもいいだろう。まあ、気晴らしに戦場に出て暴れまわった事も過去にはあったようだが、最低限のコントロールは効くそうだ」

「要塞の件は前者か?」

「あぁ、こちらの要請を受けた将軍が彼女の援助を求め、陛下が許可したことによって投入された。もちろん、そうでなくても、あれくらいの兵を自由に使う事は、彼女になら可能だが」

「そうか……」

 もう一人の神子についての情報も、まあこれくらいで十分だろう。

 あとリグチラに訊くべき事は、一つだけ。

「あの孔は、誰の仕業だった?」

「シャルロットから聞いていないのか?」

「最初の質問と同じだ」

「訊きそびれたわけか。貴方は、存在空気を読むんだな」

 口元を手で隠しながら、リグチラは小さくわらった。

 そのさまは、年相応の少女に見える。が、一瞬だけだ。またすぐに人形のような無表情で、

「確定的な情報ではないが、彼女と一緒にいた人物を目撃した者がいる。ふくらはぎくらいまで届く漆黒の髪に、雪よりも白い肌をした、ぞっとするほど美しい女性。その上で、神子相当でなければ破る事の出来ないうえ、神子ですら認識するのが難しい結界に孔をあけた人物。それらの情報から鑑みて、私はそれを行ったのはルナ・オルトロージュだと推測している」

「……」

「あまり驚きはないようだな。予感はあったという事か」

 そこで彼女は少し思案するような表情を見せてから、静かな口調で訪ねてきた。

「一つ、訊いておきたい事がある。貴方の目的を知ってから、ずっと気になっていた事だ。……なぜ、貴方は彼女に会おうとしないんだ?」


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