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君>世界   作者: 雪ノ雪
第四章『虚実の幸』
28/34

01/素敵な会食

「……どういう状況だ?」

 天井の大穴をぼんやりと見ながら、ヴラドは訪ねた。

 アンナとの戦いのあと、どうやら二、三日ほど昏睡していたようだ。その間、なにがあったのか。

「なにから説明すればいいのか、悩むところね」

 ベッドの脇に腰かけ新聞を読んでいたリリスが言った。

 それから新聞を折りたたんで、脇に置き、

「とりあえず小娘の奪還には成功したわ。お尋ね者にもなっていない。けれど、理由がよく判らないから堂々とするのも気が引けてね。だから今は平和主義者が掌握した人攫いの裏世界に居る。屋敷ごと引っ越せるとは思っていなかったから、このあたりは僥倖ね。ディアも来ているわ。お前が昏睡している間の抑止力として、わたしが呼んだ」

「そうか」

 大体の状況は判った。

 身体の方の調子も、眠りを優先したおかげでかなり良くなっている。まあ、まだ問題なく戦えるというほどではないが。

「完治までは、あと数日必要そうね」

「荒事か?」

「その予定はまだ少し先。けれど、今日は平和主義者と会う事になっていた。そういう意味では、お前が起きてくれたのは幸いだったわ。か弱いわたしと小娘の二人だけじゃ、さすがに不利な交渉を余儀なくされる恐れもあったしね」

「俺が起きるのが解っていたから、お前がこの日にしたんだろう?」

 その返しに、リリスはくすりと微笑んで、

「頭はちゃんと回っているようね。でも、まずはシャワーを浴びてきなさい。酷い匂いだから」

「……確かに、そうだな」

 頷き、一階にある浴室に向かう。

 熱いシャワーを浴びて、こびりついていた血を流していく。

 目の前の鏡には、消せない傷が増えた自身の身体が映っていた。あれだけの出力の魔力を喰らったのだ。まあ、仕方がないだろう。

「…………?」

 時間を掛けてゆっくりと身体を清め、しっかりと温まったところで、着替えを持ってくるのを忘れた事に気付いた。

(眠りすぎた所為か)

 リリスの言葉とは裏腹に、まだ頭は胡乱だ。

 ため息を一つつきつつタオルで身体を拭き、衣服を取りに自室に戻る。

 その途中で、シャルロットと出くわした。

 頭から足元までさっと視線を流してみたが、怪我の類はなさそうだ。

「寝て居る間、なにかあったか?」

 リリスの奴が伝え損ねた情報があるかもしれないと考え、一応彼女にも訪ねてみる。

 が、答えが返ってこない。

 彼女は顔を真っ赤にしながら、こちらから露骨に視線を逸らして「あ、あの、ええと、その、あ、うぅ、あ……」と要領を得ない音の羅列を並べている。

「どうした?」

「い、いえ! な、なんでもないです! し、失礼します!」

 滅茶苦茶に声を裏返らせ、さらに舌も噛みながら、シャルロットは逃げるように駆けだして、落とし穴を思い切り踏み抜いた。

 咄嗟に手首を掴んで落下を防止し、持ち上げた身体を安全な位置でおろす。

「迂闊」

「す、すみません。あ、ありがとうございました……」

 蚊の鳴くような声で言ってから、シャルロットは今度こそ足早に立ち去っていった。

 相変わらずよく判らない部分の多い奴だが、眼の下にクマがあったので、寝不足が原因なのかもしれない。

 とりあえず、今はそういう事にしておいて、部屋に戻る。

「あら? ずいぶんと刺激的な格好ね」

「?」

「大抵の娘は、男の裸体を見たら動揺するという話よ」

「そういうものなのか?」

「そういうものらしいわ。わたしは違うから、実際どうかは知らないけれど」

「なるほどな」

 それが理由でおかしくなっていたようだ。

 服を着れば解決するのなら、特段気にする必要もないだろう――と、判断した矢先、なにかがなにかにぶつかる鈍い音と、呻き声のようなものが届いた。

「……効果は長いのか?」

「それも人によるんじゃない? でも、そうね、あの小娘は長そうね。大丈夫かしら? ……まあ、大丈夫か。わたしと違って魔力があるから、仮に落下しても打撲とか掠り傷くらいで済むでしょう。それよりも、服はそこのを着なさい。平和主義者と会う場所は、ドレスコードのあるお店だからね。――ということで、どうかしら?」

 具現化を解いてから再度具現化し、リリスは紅を基調としたドレスワンピース姿へと変わった。いつもそんな感じの服装なので、違いはよく判らない。

「紅い」

「つまらない感想ありがと。美辞麗句の類は平和主義者に期待しておく事にするわ。同レベルの内容だったら、破産させるくらい高いものを頼んでやりましょうか」


                §


 先に屋敷を出て、周囲の把握の為に裏世界を適当に歩く。

 以前は深海の中にある狭い施設といった感じだったが、ずいぶんと様変わりしている。

 深海なのはそのままだが、閉塞感や圧迫感がない。ドーム状の結界に覆われた小さな町といった印象だ。

 足場は固めの土で、草も生えている。海草だ。種類は複数。雨も降っていないのに濡れていたり、クジラのように潮を吹いたり、発光物質を四方に飛ばしているのもいる。見た目は非常に精巧だが、どれも人工物だ。

 こういうのも、造花というのだろうか? それとも造草? ……まあ、なんにしても遊び心の類だろう。

 気になるのは、制作者が誰なのかという点だ。リリスなら判りやすくていいが、彼女のセンスではない気がするし、そもそもそんな権限まではさすがに得ていないはず。

(順当に考えれば、デューリ・コンクか)

 だが、ドーム上空に漂うクラゲのような照明もそうだが、ずいぶんと無駄が多い。

 もっと合理的な人間という印象があったのだが――と、そこで、思考を遮る重々しくも甲高い声が頭上から響いた。

 ディアだ。どうやら町の端で眠っていたようだが、ヴラドの気配を感じとったらしい。

 急上昇して頭上に現れてから、ゆっくりと三回ほど旋回し、近場の空き地に着陸。顎を地面につけて、じっとこちらを見つめてくる。

「……見ての通り、もう大丈夫だ。心配をかけたな」

 その頬を二度ほど軽く叩くと、軽く目を細めてからディアは静かに離陸し、また三度ほど旋回をしてからゆっくりと離れて行った。

 それを見送ってから、こちらに近付いてきていた足音に視線を移す。

 リリスの趣味に付きわされた所為で支度に手間取っていたのだろう、蒼のドレスワンピースを身に纏ったシャルロットが、そこには居た。

「お前にも」

 そんな彼女に短くそう告げてから、その隣にいる悪魔を見据える。

「――それで、どうやって出るんだ?」

「もちろん、手段は得ているわ。どこがどこに繋がっているのかも、もう把握している。……そんなことより、わたしへの労いはないのかしら?」

「なにかしたのか?」

「いいえ、お前の看病をするほど暇ではないもの。わたしはわたしのために有意義な時間を使ったわ」

「そうか、ならいい」

 三日もあれば悪巧みの一つくらい用意出来ているだろうし、それは後々ヴラド達の目的の手助けにもなってくれる事だろう。

「……ここよ」

 リリスが掛けていたネックレスに備わっていた魔石に魔力を込めると、裏世界に孔が開かれた。

 その孔を抜けて外に出る。

 裏世界には太陽がないので今が朝なのか夜なのかもよく判らなかったが、どうやら夜だったようだ。

 どこかの裏路地。抜けると歓楽街に出た。

「そこの店よ。予約者の名前はなんだったかしら?」

「アンドリュー・ペイです」

 シャルロットが答えて、店のドアを開ける。

 受付にその名前を告げると、かなり広い個室へと案内された。

 中には既に先客がいた。八十~百二十歳くらいのスーツ姿の中年の男だ。こういう店には非常に嵌っている。初めて見る魔力だが……

「デューリ・コンクか?」

「情報漏洩には最大限気を遣っている店の個室とはいえ、ドアを閉めるまでは、あまり軽はずみな事は言わない方がいい」

 どうやら当たりだったようだ。

 ドアを閉め、ヴラドとシャルロットが対面側に腰かけ、側面の席にリリスが腰を下ろす。

「どうせ全員お友達でしょう? そんなことより、メニューは?」

「すでに注文は済ませてある」

「お前にわたしの好みを教えた覚えはないはずだけど?」

「申し訳ないが、もてなしの類は後日させてもらう。あまり無駄な時間は使えないので、早速本題に入らせてもらうが、大掛かりな仕事を一つ頼みたい」

「貴族でも殺すのか?」

「当分その予定はない。君たちにやってもらいたいのは、この国とルウォとの間に確かな接点を確保することだ」

 ヴラドの問いに、デューリはそう答えた。

「外と内を繋ぐ転移門でも作るわけ? それにはこの国の結界を破壊する必要があるわね」

 既に置かれてあった水を一口飲んでから、リリスが言う。

「あぁ、だからその要所であるルウォ・ステラ要塞を落とす」

「……なるほど。お前たちは貴族を殺していたのではなく、特別な魔法使いを殺していたのか。要塞の防衛基盤を切り崩すために」

「カモフラージュに本命ではない者も何人か始末したがね」

「元々の勝算は?」

「助っ人を用意するつもりだったので八割程度はあった。もっとも、そちらの手を借りるより遙かに時間が必要になっただろうが」

「数千年以上ものんびりと水面下でやりあっていたのに、今更時間を気にするの?」

「彼等にとっても今はとても重要な時期のようだ。だからこそ、この時間の短縮という戦果は、彼等への大きなアピールとなるだろう」

「面通しもしやすくなるって?」

「確約はできないがね。むろん、それは全ての事に言えるが」

「別にいいわ。見合わなかったら、その損失分をお前たちが支払うだけだしね」

 ドアがノックされ、注文がやってくる。

 デザートに肉に前菜にと、全部が同時だった。普段からそういう店という訳ではないだろうから、デューリの要望によるものだろう。予定が詰まっているというのは、事実のようだ。

「……一つ確認するが、その要所を落とす必要性は本当にあるのか? ルウォの兵隊をザーラッハの内部に置くことだけが目的なら、別に裏世界だけでも十分だと思うが」

 店員が出て行ったタイミングで、ヴラドは訪ねた。

「もちろん、他にも理由があるからこその選択だ。それは多岐にわたるが、最も重要なものは神子への制限だな」

「制限?」

「ルウォ・ステラ要塞を基軸にこの国に張り巡らされている結界は、領土外からの遠隔攻撃を中にいる全ての存在の魔力をもって自動的に相殺するうえ、同じ要領をもって領域内にいる認可外の神子の能力を著しく、それこそ神子以外の手でも始末できるほどにまで低下させる効果をもっているんだ。対神子の結界は大国であるなら、どの国にもある程度備わってはいるものだが、この国のそれは破格といえるだろう」

「……」

「納得して頂けたかな?」

「あぁ、必須だというのは理解った」

 同時に、ルウォがこれまでのような水面下のいざこざではなく、本格的にザーラッハとの戦争に舵を切っている事もよく判った。それも、半年を切った『極日』を見据えての事なのだろう。

 メインディシュシュの肉にナイフを通して切り分けて、とりあえず食事の方へと意識を向ける。昏睡している間は、当然何も食べていなかったので、空腹を埋める必要があったのだ。

 その衝動に従って、黙々と肉を消化していく。

「ちょっと足りなそうね。わたしの分もあげるわ。その代わり、お酒をちょうだい」

「……」

 グラスを無言でリリスに渡す。

 彼女はそれを一気に飲み干してから、

「このお酒は美味しいわね。でも、お前のもてなしはあまり美味しくないわ。高名な傭兵に対する礼儀がなっていない」

 と、冷たい視線をデューリに向けた。

「前金を所望か?」

「金なんて安いものはいらない。……そうね、彼と手を組むと決めた時点で、核は手に入れているのでしょう? それを寄越しなさい。人攫い共の中には結構面白い色も多かった事だしね」

「いいだろう。それはそうと、そちらが提供してくれる戦力は一人なのか、それとも二人なのか」

 やや暗い表情でただの置物と化していたシャルロットに、デューリが視線を向けた。

 それに釣られるままに、ヴラドもシャルロットを見る。

 正直、彼女の扱いは難しい。先日の件もあるので安全最優先にしてもいいが、裏世界も結局は平和主義者の代物だ。そこに隠していればなんの心配も要らないとはならない。そういう意味では、どちらでも大差はないのだ。

「お前が決めろ」

 少し考えて、ヴラドはそう言った。

 そこに後押しを加えるように、デューリが口を開く。

「殺すのは戦闘要員だけだ。それに、今回の件は大掛かりだからね、味方は多ければ多いほどいい。君が参加してくれれば勝算も増す事だろう」

「……わ、私なんかでも、出来る事があるなら」

 俯き加減に、シャルロットは頷いた。

 リリスが小さく吐息を零す。その結果に誘導された事にではなく、単純に卑屈さに思うところがあったのだろう。

 いずれにせよ、この場において、事を望み通り進めたのはデューリ・コンクであり、

「では、具体的な話に移るとしようか」

 と、それを物語るような優雅な微笑と共に、彼は十五日後の計画について話し始めた。


                §


 店を出たところでデューリとは別れた。それから、シャルロットを先に裏世界に戻して、ヴラドとリリスは夜の街を歩く。

 目的は、人間の心臓の中にある核を保存するために必要な魔石の購入だ。数日後、相当数の人間を殺す予定があり、かつストックも減っていたので、念のためにというリリスの意見に従った形である。

 ただ、それだけならシャルロットを同行させても問題はなかっただろう。つまり、彼女に聞かれたくない話をしたい、という意図がそこには含まれていた。

「小娘の様子がおかしいのには気付いているわね?」

 ゆったりとした歩調で進みながら、リリスが口を開く。

「さっきからそうだろう?」

「喜劇的な意味で言ってるんじゃないわ。お前が眠っている間も続いていた、重要な部分がおかしいから問題視しているのよ」

「……それなりに希少な核を使う程にか?」

 嘘をつけないようにする魔法だったり、相手の記憶を覗いたりする魔法を使ってシャルロットを探りたいという要望を出すために、リリスはわざわざ二人になる事を望んだのだ。

 念話を用いらなかった理由は、それでは交渉の場を得られないと踏んでの事だろう。事実、念話であったなら、ヴラドはこの時点で繋がりを切って黙殺していた。相手の精神に干渉する魔法というのは、それだけ対象者に負荷を与えるものだからだ。

 もちろん、そんな事は判った上で、マヌラカルタが目覚めるリスクを取った上で、リリスはこの提案をしてきているわけだが……。

「別に、隠し事なんて誰にでもあるだろう?」

 お前がそうであるように、と視線に力を込めながら言う。

 するとリリスは不愉快そうに鼻を鳴らして、

「ずいぶんと寛容ね。このわたしが、はっきりさせた方が良いと感じているというのに」

「つまりはただの勘だろう?」

「よく当たる勘だわ」

「外れたところを見てない奴にとってはな」

「……長い付き合いの弊害ね。まあいいわ。それによって、わたしたちが後悔しない事を祈るとしましょう」

 そこまで食い下がって来なかった事から、リリス自身確信をもっているわけではなかったようだ。感覚的な部分に強く引っ張られたといった感じだろうか。

 そういう勘はたしかによく当たるが……それでも、マヌラカルタに主導権が移るリスクの方が高いというのが、ヴラドの結論だった。



 



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