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君>世界   作者: 雪ノ雪
第四章『虚実の幸』
29/32

02/苦い再会

 翌日は、作戦に参加する者達の顔合わせが予定されていた。

 支度を済ませて外に出ると、上空からディアがゆったりと降りてくる。特に呼んだ覚えはないのだが、乗れという意志を拒む理由もない。

「落とされるなよ」

 と、シャルロットに忠告してから手綱を掴むと、急上昇かつ乱暴な飛行が開始された。

 一応、参加達との合流地点に向かってくれる感じだが、直行とは行かなさそうだ。最近、あまり構ってやれていなかったから、少しストレスが溜まっているのだろう。

 要塞襲撃に参加させる事が出来れば多少は発散させられると思うが、飛龍が確認された時点でヴラドが関与している事が露見してしまう。理由は不明だが、まだ自由にこの国で行動出来ているという利点を完全に捨てるには、ルウォとの繋がりもまだ薄い。なので、戦力としても最高峰な彼女だが、今回は大人しくしてもらうしかない。

 その旨を、共有の刻印を用いて伝えたところで、目的の広場に到着した。

 指定されていた時間の十分前だったのだが、既に三人ほどが揃っている。

「たしか、実行犯はわたしを含めて七名だったかしら? 見知った顔もいるみたいね」

 ディアから降りたところで具現化を果たしたリリスが言った。

 おそらく左端に佇んでいる目付きの鋭い男の事を指しているのだろう。顔を見るのは初めてだが、魔力は覚えていた。

 この国に来て早々に、こちらをテロに巻き込んだ仮面の男だ。他二名がディアやリリスに注目している中、ヴラドに敵意に近いものを向けてきている。

「……あぁ、そうだ、生きてたならナイフを返せ」

 思い出した事をそのまま口にしつつ、ヴラドは男に手を差し出した。

 瞬間、銀光が右目に迫る。ナイフの切っ先の光である。なかなかに鋭く速い投擲だった。

「ろ、ロロントさん!?」

「だ、駄目ですよ、喧嘩は……!」

 他二人の男女が慌てた様子で言う。

「ただの挨拶だ。そうだろう?」

 ナイフを右手で掴み取っていたヴラドに、ロロントと呼ばれた男は殺気を仕舞いながらそう言った。

 実際、本気というわけではなさそうだ。

「そちらの仲良くやれそうな男が戦闘要員だというのは判ったけれど、お前たちはどっちなの?」

 若干呆れた様子でリリスが訪ねる。

 視線を向けられた二人の男女は、

「わ、我々は後方支援、情報の管理役です」「今回の任務では、別行動している方々同士が、タイミングを完璧に合わせる必要がありますので」

 と、切れ目なく答えた。

「つまり荒事担当は、ヴラドと、そこのと、小娘と、まだ来ていない残り二人というわけね」

「いえ、本日はいらっしゃいませんが、デューリ様も参加しますので」「私達二人を除いた六人で、三つのグループを作る事になります」

「どのような組分けなのかは、もう決まっているの?」

 リリスの視線がロロントに流れる。

「あぁ、そちらの許可次第ではあるがな」

 ヴラドを見据えて、ロロントは言った。シャルロットを率いていいかどうかを訊いているのだ。

「……最優先事項は死なせない事。それを呑めるなら問題ない。残りの二人次第だが、協同の練度を高めれば足を引っ張るような事にはならないだろう」

 そしてデューリ・コンクも莫迦じゃない。足りない人材で仕掛けたりはしないはず。

「では決まりだ。デューリ様と、貴様と、私を含めた四名の三組で事に当たる。残り二名が来次第、連携の訓練を始めようと思うが、問題ないな?」

「ない」

 と答えたところで、足音が聞こえてきた。

 シャルロットの表情に驚きが過ぎる。音の方に視線を向けると、見た事のある顔が二つ。ククルとラミアの二人がそこには居た。

 ラミアが平和主義者なのは知っているが、もう一人が此処に居る理由はよくわからない。ヴラドがアンナと殺し合っている最中に、ククルも裏世界に足を踏み入れて懐柔されたという事だろうか? 

「……へぇ、たしかに、ずいぶんと大きな器ね」感心するように、リリスが目を細めた。「実力の方もそれに見合っているといいけれど。……まあ、なんにしても、今日は連携の訓練がメインみたいだし、わたしたちがする事はあまりなさそうね。どうする? 見学でもする? それとも、わたしたちとお話ししたそうな二人を優先する?」

「保険は、もう強めてあるんだな?」 

「ええ、二重三重にね。二度はないわ」

「なら、お前が有益だと思う方でいい」

「そう? では、お話をしましょうか。向こうでいいわね?」

「は、はい」

 緊張気味に頷く男女に微笑を一つ浮かべて、リリスは悠然と広場の隅に向かって歩き出した。


                §


 連携を詰める前に、まずは実力の確認がしたいとの事で、ロロントと手合わせをする事になった。

 シャルロットとラミアはものの数秒で負けてしまったが、ククルは結構善戦し「悪くない」という評価を得て、ロロントと共に前衛を務める事が決定した。

 眼鏡に叶わなかったシャルロットとラミアは後衛での援護射撃だ。魔法適性的にもそれが良さそうだったので、異論はどこにもなかった。

 タイミングや距離に応じてどのような攻撃を取るのが適切かを話し合い、連携の確認を取っていく。

 それがある程度定まったところで、模擬戦へと移行した。一人では誰も歯が立たなかったロロント相手に、三人がかりで挑むという内容だ。

 怪我のリスクを避けるため出力を極端に抑えて、という条件下で二時間。

 その戦いの結果は、まさに技術と経験の差を如実に知らしめるもので、性能差がなくなったに等しい相手に三対一という好条件にもかかわらず、誰一人ロロントに一撃を加える事は出来なかった。話で詰めた連携も殆ど上手くいかず、多くの齟齬が顔をだしていた。

「……今日はこれくらいでいいだろう。明日からはこの模擬戦を主体に行っていく。時間は今日と同じでいいな? 決行前日までに、それぞれの癖などを身体に刻み込め。以上だ」

 息も絶え絶えなシャルロットを見てか、ため息交じりにロロントがそう言って、訓練が終了する。

 颯爽と立ち去って行く彼には、まったく疲れの色がないようだった。ククルも少し息を切らしている程度で、余力はありそうだ。

 意外だったのは、そんなククルと同じ程度で済んでいるラミアだろうか。学校の授業と打って変わってかなり余裕そうだったのだ。

(やっぱり、そういう風に演じていたということなのかな……?)

 平和主義者のスパイとして、活動しやすいそこそこの学生レベルに抑えていた。彼女がどうして平和主義者に与しているのかはまだ分からないけれど、きっとそういう事なのだろう。そして、彼女はククルを巻き込んだのだ。

「あら、どうやらちょうど終わったようね。残念」

 訓練の時は目を逸らしていた昏い感情が表に出そうになったところで、投げやりな声が届けられた。

 振り返ると、そこにはリリスだけがいた。

「……あ、あの、ヴラドさんは?」

「ディアと既に『共有』している所為か、作戦に必要らしいその辺りの術式を刻むのに手間取っていてね、わたしは飽きちゃったから先に帰ることにしたの。お前も用が済んだのなら早く行くわよ。まあ、恋人同士の間に入っていたいというのなら、それでもいいけれど」

「私はそれでも構いませんわよ。色々と話したい事もありますし、ね?」

「い、いえ、それは遠慮しておきます。そ、それでは、また明日!」

 蠱惑的な微笑を浮かべるラミアから背を向けて、先に歩き出していたリリスの隣に並ぶ。

「……また、明日」

 ややぎこちないククルの声が、背後から届けられた。

 そうして二人と別れ、のんびりと帰路につく最中、

「お前が今抱いている疑問に、答えてあげましょうか?」

 と、リリスが愉しげな声で言った。

「疑問?」

「なぜ、あの二人が此処に居るのか。どうしてあの女が平和主義者をやっているのか。お前は気になって仕方がない。だけど、自分から踏み込む勇気はない。でしょう?」

「……はい」

 躊躇いがちに、シャルロットは頷いた。

 リリスは、素直なことね、と優艶に微笑んでから、

「あのいけ好かない女の両親はね、そもそも平和主義者だったのよ。だからこの国の秩序機関に殺された。平和主義者の所為にされてね」

「そう、だったんですね。だから……」

「もしかして信じたの?」

「――え?」

「こんなの誰でも思いつくストーリーよ。それも、説得力に欠ける下手くそな、ね」

 小馬鹿にするように、リリスは言う。

 それから彼女は微かに目を細め、怖いくらい淡々とした口調で続けた。

「わたしが秩序機関の人間なら、間違いなく娘も殺しているわ。むしろ娘を殺す事を最優先にしたでしょう。だって、その方が平和主義者の残忍性をアピールする事が出来るんだから」

「……だったら、真実はなんなんですか?」

「残念ながら、わたしは答えを持っているわけじゃない。ただ確信を持っているだけ。……それでも聞きたい?」

 その問い掛けには、背筋が震えるくらいに甘い香りがした。と同時に、胸が締め付けられるのを感じる。

 本能が、踏み込むなと言っているのが判った。

 それでも、そんな事を言われて、訊かないという選択はない。

「お願いします」

「ラミア・シャーレはすでに死んでいる。今のラミアの手によってね」

「……?」

 言葉の意味が、よく判らなかった。或いは、ただ理解したくなかっただけなのかもしれない。

 だが、もう手遅れだ。

 リリスは言った。

「平和主義者のリーダーの魔法はなんだったかしら? 答えなさい」

「……変身、です」

「そう。そして彼女は記憶喪失になったのでしょう? 目の前で両親が殺されたショックで、だったかしら? 便利な方便よね。事情が事情だから近しい者ほど踏み込みずらいでしょうし、ある程度の違和感ならそれで勝手に納得してもくれる」

 そこでリリスは、くすくすと、本当に楽しそうに嗤って、

「あの少年は彼女の事が好きなようだけど、果たしていつから彼女が好きなのかしらねぇ?」

「……」

 どうしようもないくらいに、胸が苦しくなった。

 もし、リリスの言っていることが事実だとするのなら、ククルは自分の大好きな幼馴染を殺した相手のために、今テロリストになっているという事になるのだ。これほど残酷な話もないだろう。

「また一つ、他人に言えない事が増えてしまったわね」

 俯くシャルロットに、甘い声が囁かれる。

 その内容に、更に身体が震えた。

 驚愕と恐怖に目を見開くシャルロットに、リリスは怖いくらいの無表情を返してきていて……これが、隠し事をした罰だということを如実に示していた。

「あ、あの、わ、私――」

「弁明は要らない。秘匿の内容にももう興味はない。わたしがお前に求める事はただ一つ、入れ物以上の価値を示すこと。もっと、したたかに、強くなることだけよ。……まだ、期待してもいいわよね? いいなら、頷きなさい」

「……はい」

「良かった。なら、つまらない話はこれで終わりよ。あの少年に真実を告げるかどうかの判断も、お前に任せるわ。だって、わたしにはどちらが幸せなのかも判らないからね。あっはは」

 最後にどこまでも愉しそうに嗤い、悍ましい真実を突き付けられた事のあるシャルロットをもう一度刺してから、リリスは興味を失ったように視線を前に戻した。

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