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君>世界   作者: 雪ノ雪
第三章『平和な戦争国家』
24/39

08/悍ましき罠

 自らの世界から外へ逃げ、再び自身の世界に戻ってからまた外へと逃げる。

 そうやって外に居た敵からも時間を稼ぎながら逆転の手を用意し終えたペドリツァーノは、最強の手札の一つを傍らにようやくの帰還を果たした。

「悪あがきは終わったかね?」

「……デューリ・コンク」

 裏世界に戻ってくる事自体は読まれていてもおかしくはないが、どういう手段を用いたのか、平和主義者のトップは目の前で待ち構えていた。

 右手に筒状の何かを手にしている。魔法銃だ。タイプは散弾型。それはここ数年で軍に配備された新兵器であり、銃身に込められた魔法陣によって使用者の魔力をより先鋭的に研ぎ澄ます効果を有していた。

 周囲に部下の姿はない。単独だ。自分の力によほどの自信があるのか、それともこちらが補足できていないだけで、少し離れた位置にでも部下を忍ばせているのか。……まあ、なんにしても、迂闊としか言いようがない。

「これはこれは大当たりだな。探す手間が省けた」

 ペドリツァーノと共にこの裏世界にやって来た男が、身の丈以上の長さの昆を軽く振りながら、楽しげに笑った。

 素振りの余波で床が割れる。超高密度の魔力による賜物だ。

「……その外套に刻まれた紋様、アルタ・イレスの看板か」

 口元に手を当てて、デューリが呟く。

「序列第七位、マルス・エンヴィードだ。即死のマルスといった方が判りやすいか?」

「素敵な助っ人だろう? 最高クラスの傭兵だ。秩序維持機構は惜しみなく、彼等との契約を成立させてくれていたよ。人気者だな平和主義者」

 さあ後悔しろ、恐怖しろと、ペドリツァーノはデューリの反応を窺うが、彼に動揺の色は一切なかった。

「なるほど。どうあっても今日、我々に損害を与えたかったというわけか。よほど上から急かされていたようだな。彼らも大変だ」

「……ずいぶんと余裕じゃねぇか?」

「焦る理由などどこにもないのだから、当然だろう?」

「いいねぇ、愉しめそうだ。早速始めようか」

 抑えられていたマルスの魔力が一気に吹き荒れる。

 肌がびりびりと痛むほどの凶悪さ。それだけで、ペドリツァーノは自分では絶対に勝てないと確信できるほどだった。

 だが、それでもデューリの表情は崩れない。むしろ余裕の色を濃くしていて、

「その前に、一つ訪ねてもよいかな? ノイン・ゼタの方は誰を出したんだ? アルタ・イレスだけではないのだろう? 片方だけでは波風が立つからな」

「同じく第七位だったかな」

 と、マルスは答えた。

「アンナ・リベルリオンか。……ふむ、これは幸運と見るべきか、それとも不運と焦るべきか、悩むところだが」

「もちろん幸運だろう。無様な夢を見ずに死ねるんだからなぁ」

 その言葉に、デューリはくすりと笑った。

「なにがおかしい?」

「いや、たしかに戦果だけを見ればそちらの方が多少は上だが、まさか実力まで同等以上だと思っているとは夢にも思っていなくてね。『黒潰石』の増長か。まあ、良くある話ではあるが――」

 瞬間、マルスの表情が消えた。

 同時にその姿も消える。――いや、消えると錯覚するほどの速度でデューリへと迫り、横薙ぎに昆を振りぬいたのだ。

 それをあっさりと掻い潜りながら、デューリは魔法銃の銃口をマルスに向けた。

 放射状に放たれる魔力の塊。

 マルスの頭部を狙ったそれは、背後の天井をぶち破って、床に大量の水を殺到させる。

 その結果、瞬く間に膝の辺りの高さまで浸水し、移動に多少の制限が掛かることになった。

(莫迦が!)

 内心でほくそ笑みながら、ペドリツァーノはその水の中に透明な魚型の魔物を三体ほど召喚する。

 これがペドリツァーノの魔法だ。裏世界は彼の契約者の能力なので、使っている魔力は異なる。

 デューリ・コンクもおそらくは同じだろう。変身は契約相手の魔法であって、彼自身の魔法はまだ開示されていない。そこが一番の脅威ではあるが、使われる前に殺してしまえば問題もない。

「……そうか、ベースは召喚士だったか」

 巧く隠したつもりだったが、デューリはあっさりとペドリツァーノの攻撃を看破する。

 が、看破したところで、二対一の優位性が崩れたわけじゃない。

 マルスの攻勢が始まる。

 足元の制限はこの男にはまったく関係ないようで、デタラメな魔力で水を弾きながら一切速度を落とさずにデューリへと迫った。

 対するデューリは、足元に反発の魔力を込めて、水の上に乗る事で移動の制限を殺している。ずいぶんと器用なことだが、その方法は移動のマイナスこそ処理できても、魔力のリソースという点ではそれ以上のマイナスだ。

(――やれ)

 ペドリツァーノの命令に従って、召喚した魚が水中から飛び立ち、身体の半分以上の大きさの口を開く。左右と背後からの同時攻撃だ。

 しかし、これもデューリには当たらない。

 魔法銃の牽制でマルスの接近を抑えつつ、立ち回る。

 時間を稼がれているという事は、容易に想像がついた。

 増援を期待しているのだ。ヴラド・ギーシュがこちらにやってくる事を信じている。

「対応した相手が逆だったのなら、私もそうしていただろうな。だが、アンナ・リベルリオンを相手にそれは期待できない」

 ペドリツァーノの心を読んだように、デューリは言った。

「私が時間を使っていた理由は、ただの見極めだ」

 直後、マルスの右腕がふき飛んだ。

 触れたら即死の魔法を本当に紙一重で回避して、得物を持つ手を散弾で撃ち抜いたのだ。

「それも、もう終わった」

 言葉よりも先に、次弾が火を噴く。

 両膝が吹き飛び、反動に合わせて放たれた三発目によって、胴体も吹き飛んだ。

「魔力の色から見て、おそらくは『暴走』の魔法。接触した瞬間血流にその魔法を叩き込めば、心臓が破裂し大抵の人間は即死する。魔力による防壁なども同じように自壊させられるだろうし、たしかに強力な魔法だ。ただ、使い手が弱すぎるな。才能だけで通用するのは格下相手だけだ」

 ペドリツァーノの方を見ながら淡々と呟き、デューリは散弾銃を肩に乗せて背後から迫っていた魚を吹き飛ばした。

「そして、そちらの魔法もこれで打ち止め。状況は理解出来たかな? 大人しく投降すれば、お互いこれ以上手間がかかる事もないのだが」

 滔々と言葉を並べながら、デューリがこちらに近付いてくる。

 ペドリツァーノは動けない。もう逃げるという選択は許されていないためだ。でなければ、それがたとえ悪手だと解っていても、とっくに敵に背を向けていただろう。

「なるほど、悪魔の契約を用いたわけか。だから、これだけの戦力を借りる事が出来た。交渉相手はデナ・ゾブリ。あの元帥の側近とはずいぶんと良い関係を築けてきたみたいだな。まあ、それも今日までのようだが」

 ……ここまで来ると、察しが良いだけでは済まされない。完全に、こちらの思考か記憶が読まれている。

「お前、まさか――」

「残念ながら、これは少し考えれば誰でも辿りつける結論だよ。もちろん、君より賢い者なら誰でもね。……あぁ、ただ、魔法の恩恵がまったくないとは言えないのか、私の場合は」

 手が届く距離で立ち止まったデューリの胸部が、突然服と一緒に大きく裂けた。

 想像していなかった事態にペドリツァーノは大きく目を見開き、その奥からこちらを覗く、得体の知れない瞳を直視して――


                §


「戦闘が始まったか。どうやら、共謀者ではなかったようね。でも、ずいぶんと的確な読みだわ。まるで最初からどこに戻って来るのか分かっていたみたい。予知、読心、心理操作、一体どれが正解かしら?」

 投げやりにリリスが呟く。

 それからヴラドに視線を向けて、

「まあ、なんにしても先を越された。そして、こっちは外れを引かされたみたいね」

「……そうだな」

 まっすぐに、こちらに一つの気配が近付いてきていた。

 隠密は完全に看破されている。相当な感知能力だ。なら、もう隠れるという選択はない。

 程無くして、薄紫色の三つ編みおさげの少女が姿をみせた。

「ヴラド・ギーシュですね。どうしてこの世界に?」

「答える必要があるのか?」

「いいえ。平和主義者に与していようがいまいが、貴方を処理する事は依頼内容に含まれていますので」

 腰に携えられていた細剣をゆらりと抜きながら、三つ編みの少女はそう答える。

 その言葉に、リリスは嘲笑の笑みを浮かべて、

「思い切りのいい事ね。或いは、来るべき日のために不確定要素は全て消すべきという勢力の声が、トルウォラトとの関係が悪化した時点で上回ったのか。なんにしても、短慮、早計、身の程知らず。これは、思い知らせてやらないといけないわね。……ちょうど、向こうも終わったようだし」

 リリスの認識通り、デューリは無事に勝利したようだ。

 ペドリツァーノは死んでいないので、生きたまま確保することにも成功した。このあと洗脳をするのか、或いは既に洗脳しているのかは判らないが、平和主義者は裏世界を手に入れたというわけである。

(でも、ちょっと困ったわね。小娘が平和主義者に人質として使われる可能性が出てきた。こちらも、人質を用意したほうがいいかもしれない。出来そう?)

(見つけた)

 リリスの問いを無視して、ヴラドは言った。

 それから、隣の彼女の手を掴む。シャルロットの位置情報の共有だ。

(先に合流。それが必要な状況なら言え)

(なに、こいつ、そこまで危険な相手なの? ……わかった。なんで小娘が外に居るのか判らないけど、最悪な状況というわけではなさそうだし、あのサキュバ憑きを人質にするかどうかは任せるわ)

 手を離す。

 リリスは翼を広げ、飛び立っていく。

 三つ編みの少女はそれに一切意識を向けない。実体化していないから、認識できていないのだ。つまり、こいつは悪魔憑きではない。そもそも、契約者ですらないのだろう。

 ただ、それは別に強者の必須条件ではない。

「お前はノイン・ゼタか?」

 鞘に納めていた刀をゆっくりと抜きながら、ヴラドは訪ねた。

 それに合わせるように、三つ編みの少女も臨戦態勢に入る。

「ええ。アルタ・イレスの方が良かったですか?」

「眠り姫というのはどんな奴だ?」

 軽口を無視して本題に入ると、三つ編みの少女の表情に険が過ぎった。

「……なんでそんな事を?」

「まだ白紙の神子なんだろう。今なら殺せそうだからな。神子の血は、さぞ上質な魔力を孕んで――」

 金属同士の衝突音が、ヴラドの言葉を叩き潰した。

 右手に強い痺れが走る。踏ん張りが効かず、五ヘクテルほど後方に身体が流れた。

 鋭い踏み込み。小柄な体躯からは想像もつかないほどの力強さだ。

「正直、あんまり乗り気じゃなかったんだけどな」

 ぽつりと、三つ編みの少女が呟く。

 湯気のように立ちこめる怒気。それに触発されるように、バチバチと帯電する音が大きくなっていく。

「それ、ここで死ぬ人が、抱く必要ない関心だから」

 瞬間、三つ編みの少女の姿がぶれた。

 ヴラドの眼を持ってしてなお、捕捉しきれない速度で地を蹴ったのだ。

 再び鼓膜を破りかねないほどの衝突音が裏世界を震わせる。と同時に、指先から侵入してきた電撃が、肉の焼けた匂いと煙を立ち込めさせた。

 シンプルゆえに強力な雷の魔法。受け続けるのは危険だ。

「……強いな。何番だ?」

 自身の血液を操作して右手の血管のいくつかを突き破らせ、その手と得物を真っ赤に染めて強固な魔力防壁を築きながら、ヴラドは訪ねた。

「七番だよ。看板の中では下の方だね。貴方を仕留めたら、一つくらいは上がるのかな? まあ、どうでもいいけど」

 三つ編みの少女――七番という事は、これが『天才』アンナ・リベルリオンなのだろう――も、今ので仕留められなかった事で、本気を出す必要があると感じたようだ。

 帯電の音が更に激しさを増し、その色を深い紫に変えていく。

 三つ編みを留めていたリボンが、その負荷に耐えきれずに焼き切れた。

 そして、複雑怪奇たる軌道をもった七つの雷撃と共に、アンナはヴラドの視認が叶わない速度領域へと足を踏み入れた。


                §


(早々に別れて正解でしたわね)

 身震いしそうなほどに凶悪な魔力同士の衝突を背に感じながら、ラミアは覚えのある気配に向かって歩を進めていた。

 途中でペドリツァーノの部下と接触しそうではあるが、ちょうどいい。こちらの意図にデューリは気付いてくれるだろうし、誘拐されたというマイナスも、無事にプラスで締めくくれそうだ。

 回避することなく一定のペースで進む。

 程無くして、二人の男と出くわした。

 多分これが、今生きているペドリツァーノの最後の手駒だ。

「――っ!?」

 視認したと同時に、彼等に背を向けて逃げる事を試みる。

 もちろん、身体能力は向こうの方が優れているので、あっさりと追いつかれて組み伏せられた。

 身体がしっかりと密着する。この時点でサキュバの毒は十分だ。その気になれば、この程度の魔力の相手、十秒で倒錯的性行為以外考えられない脳味噌に書き換える事が出来る。

 それを上手く調整して、相手をどう誘導するかが腕の見せ所といえるだろう。

「わ、私に、こんな事をしてタダで済むと思っているの? 私は、平和主義者の一員なのよ! デューリ・コンクのお気に入りなんだから!」

「だからなんだってんだ? そんなの俺たちには関係ねぇよ」

「あぁ、でも、たしかに良い身体はしてるしな。どっかの男のお気に入りなのは、間違いなさそうだ」

 下卑た笑みを浮かべながら、接触している方の男がラミアの制服を引きちぎった。

 豊満な胸が露わになる。

「や、止めなさい!」

「気取ってんじゃねぇぞ! 商品風情が!」

 悲鳴を上げると、鼻っ面を手に甲で叩かれた。

 更に首を絞められて、息が出来なくなる。

「おいおい、殺すなよ? 今の話が本当ならなかなかの商品だ。それに、俺は死姦の趣味ねぇしよ」

「嘘付け。てめぇ、昨日死体とやってたじゃねぇか」

「気付いていたら死んでたんだよ。仕方がねぇだろう、血を見ないと興奮できねぇんだから」

「それは別の奴でやれ。ほら、ちょうど近付いて来てるぞ」

 その誰かが、曲がり角から姿を見せた。

 男に覆い被られているラミアには目視出来ないが、見なくたってこの距離で間違えるほど、その魔力との縁は薄くなかった。向こうもそうだろう。

「おい、なにしてるっ……!」

 耳が痛いほどの怒声を放ちながら、ククルが低下の魔法を周囲に解き放った。

「は、冷気の魔法か。普通だな。売り物にはならないか」

「だが出力は高いぞ。心臓には価値が出るかもしれない。いずれにしても臓器コースだな」

 男たちが余裕ぶった調子で嗤う。

 やはり彼等も、その魔法の本質を誤認したわけだ。この時点で勝敗は決したといってもいい。

 あとは、横槍が入らなければ、捕まっている間に届けられた偉大なる主の命令を過不足なく実行できそうだが……

(……大丈夫そうですわね)

 外から入ってきた戦力は、デューリが上手い具合に誘導して、ある一人を除いて此処に来れないようにしてくれている。『黒潰石』の傭兵も何人か投入されているだろうに、完璧な仕事だった。

(果たして、ヴラド・ギーシュとどちらが強いのかしら?)

 そんな事を考えつつ、ぼんやりとククルの戦いを観測する。

 酷い敗戦の影響か、要所で動きに硬さが見られていた。保健室の時もそうだったが、自分の攻撃が通用しないのではないかという、迷いのようなものが滲み出ている。

 それでも、さすがに実力差があるので、ククルは順当に一人を打ち倒した。

 倒したところで、ようやく相手の実力が自分たちより上だと人攫いの男は理解したようだ。総じて頭の悪い連中である――と、侮蔑を抱いたところで、こちらを拘束していた男が、ラミアを無理矢理立たせ、盾にしながら、

「おい餓鬼、お前この女を助けに来たんだろう? いいのか? そんなに暴れてよ」

 と言った。

 追い詰められた莫迦が取る行動としては、極めて妥当だ。ただ、サキュバの毒を受けているこの男の行動はそれだけでは終わらない。独占欲というものが付加されているからだ。

 だから、男は下手をしたら人質としての価値が下がる情報を、ククルに投げつけた。つまりは、先程ラミアが零した、自分は平和主義者だという秘密だ。

 もちろん、この状況下でそんな話を信じるほどククルは素直ではない。

「ここまで酷い嘘を聞いたのは初めてだな」

 怒りを更に増加させて、こちらに向かって大きく踏み出す。

 その視線は、真っ直ぐにラミアに向けられている。こちらが動くのを待っているのだ。もう低下の深度を自由に操れる段階に到達したらしい。

 だけど、まだ早い。

「……ラミア?」

 意志疎通が上手くいっていないと感じたククルが少し不安そうな表情で名前を呼んだところで、ラミアは頷き抵抗を試みた。

 人攫いの男の意識が、こちらに流れる。

 だが、それが行動に繋がる前にククルは間合いに入り、男の腕を斬り裂いてラミアを自由にした。

 そして、間髪入れず剣の柄を相手の顔面に叩きこんで無力化する。またしても、彼は敵にトドメを刺さなかったのだ。人殺しという初体験を避けた。

 そのふがいなさを醒めた心で受け止めつつ、ラミアはぽろぽろと涙を流しながら、ククルの胸に飛び込んだ。

「遅いですわ、莫迦! 私、本当に怖くて、怖くて……!」

「……ごめん」

 躊躇いがちに抱きしめられる。

 と、そこで、デューリが見逃した気配がこの場に到着した。

「……なかなかにややこしい状況だな」

 ククルからしたら突然の乱入者だったのか、彼はびくっと身体を震わせてから、少しピリついた空気を漂わせて、そちらに視線を向ける。

 それに合わせて、ラミアも胸にうずめていた顔を離して、ちらりと相手を確認した。

 騎士団の格好をしている。初めて見る顔だ。

 だが、どういう系統の魔法を有しているのかは、この局面に投入されている時点で想像がついていた。

「とりあえず、その娘から離れなさい。その娘は平和主義者の一員だ」

「……は?」

 まさか、人攫いの戯言を騎士団の人間にまで言われるとは思っていなかったのだろう。ククルが間の抜けた声をもらす。

「私の魔法は音を拾う事に長けていてね。人攫いを相手に、彼女自身が口にしていた。もちろん、時間稼ぎ目的のデマカセという可能性もなくはないが、シャルロット・デ、グゥオンが誘拐された際に、彼女が手引きしたのではないかという疑いもある。いずれにしても、はっきりとさせる必要はあるだろう」

 淡々とした口調で言って、騎士は懐から一つの魔石を取り出す。

「これがなにか判るか? まあ、トルウォラトに在籍している人間に確認する必要もないと思うが」

「証明石、でしょう?」

 裁判などでも使われる、嘘を暴く石だ。

 正しくは、心を見透かす石であり、嘘を言っている当人がそれを嘘だと認識していない場合などには機能しないが、間違いなく今のラミアや、人質に成りすます可能性がある人攫い共には有効な代物だった。

「ひ、必要ありませんわ! 私が平和主義者なんて、ありえない! こんな侮辱、許せるわけがない!」

 怒りを露わに、ラミアは声を荒げてみせる。

 と同時にククルに身体を寄せて、騎士から隠れるようなポジションを取った。

 動揺と不安の表現だ。他人ならともかく、ククルは間違いなくそれに気付くだろう。

 案の定、ほんの少しの疑いをもった眼差しがラミアを捉えた。

「な、なによ? まさか、貴方も私を疑うの? この私を……?」

「そ、そんなわけないだろう……!」

 焦ったように、ククルは口早に言う。

 相変わらずわかりやすい男だ。

 ラミアはショックを受けたような表情を浮かべつつ、ククルから身体を少し離す。

 それに更なる焦りをククルが抱いたところで、

「今からこれを起動し、質問をさせてもらう。色が変わらなければ、それで終わりだ。手間はかからない。ラミア・シャーレ。貴女は平和主義者の一員か? はい、か、いいえ、で答えてくれ」

 と、淡々とした口調で騎士が言った。

 ほぼほぼ詰みの状態だ。どれを選んでも、ククルに自分が平和主義者だとバレる。

 ここでラミアが取る選択は一つだ。煩わしい存在の排除。つまりは騎士への攻撃である。

「……答える前に、それが本物かどうか、まずは確認させていただけるかしら?」

 そう言いながら、騎士の元に歩を進め、射程に入った瞬間にラミアは右手に刃のように研ぎ澄ませた魔力を構築し、首筋目掛けて手刀を放った。

 もちろん、警戒心をもった騎士相手に通じることはなく、あっさりと防がれて反撃の一撃をもらう。

 ラミアがもう少し脅威となっていたら、それは咄嗟の行動となり、下手をしたら即死していたかもしれないが、実力差があった事もあり、騎士はちゃんと情報源を殺さないように手加減した一撃を放ってくれていた。

 狙い通りだ。

 ラミアはそれに対し、ただ受けるという選択を取る。

「――なっ!?」

 脊髄反射の回避込みで、それなりの深手を与える事を目的としていた騎士が驚きを滲ませた。

(致命傷の一歩手前くらいがいいわよね)

 少しだけ身体の位置を微調整して、右肩から左腰骨の少し上まで剣が走り抜けるようにする。

 鮮血が噴いた。

 一気に力が抜け落ちる感覚に逆らうことなく、ラミアはそのまま仰向けに倒れる。

「ラミア!?」

 ククルが駆け寄ってくる。

 足音がうるさい。意識が朦朧とする。けれど、予定通りに進めて大満足だ。

「ごめんなさい、でも、私……」

 力なく手を伸ばし、そこでラミアは意識を手放した。


                §


「……自決も含んだ特攻だったわけか」

 倒れたラミアを前にそう呟き、騎士はククルに視線を向けた。

「なんにしても、これで確定だ。君も判っただろう。その娘は逮捕する」

「――」

 咄嗟に、ククルは剣に手を掛けて、こちらへの接近を拒む。

 それを前に、騎士はため息を一つついて、

「平和主義者の味方をするのか? それがどういう意味か、分からないほど愚かではないだろう?」

「……彼女は、どうなるんだ?」

 こんな事、訊かなくても判る事だ。

 これはただの確認。自分の行動を定めるための猶予みたいなものだった。

「尋問を受けて、情報を開示することになるだろうな。そのあとは、法の裁きを受ける事になる」

 淡々と、騎士は答える。

 まあ、そうなるだろう。そして、その先にある判決は間違いなく死刑だ。或いは、裁判になどかける事なく、自白の結果の死を実行する可能性も考えられた。自決の兆しを見せた犯人に騎士団は猶予など与えないからだ。治療の手間を省いて自白のための魔法や薬を投与し、吐いたらそのまま放置して殺す。

 いずれにしても、目の前の騎士に彼女を任せるという事は、彼女の死を意味していた。

(……ふざけるな)

 何故彼女が憎むべき平和主義者についているのかは不明だが、きっと止むを得ない事情があるに違いないのである。

 絶対にそんな事は許さない。

 判りきっていた結論に辿りつくと共に、ククルは騎士に向かって一歩踏み出した。

 低下の魔法を纏いながら、斬撃を放つ。

 抵抗は想定済みか、騎士は一切の遅れなくそれを防いで見せた。

「愚かな真似を」

「愚かかどうかは、どちらの勝算が高いかによって変わるものだ」

 落ち着き払った声が、騎士の背後から聞こえた。

 それが耳に入った時にはもう、彼の両足は撃ち抜かれていた。

「デューリ・コンク……!?」

 それを行った者を視認し、ククルは目を見開く。

 平和主義者のトップ。ラミアの両親を殺し、彼女を復讐に溺れさせた元凶。

「手酷くやられたな、ラミア。一刻も早く手当をする必要があるか」

 つまらなげに呟きながら、デューリは両足を失っても戦意を失うことなく手にもつ剣に力を込めた騎士の、その手首を踏み砕き、

「……それで、君はどちらを選ぶんだ? 彼女を見捨てて逃げるのか、それともこの騎士を殺して彼女の味方である事を証明するのか。私はどちらでも構わない。もちろん、この国の多くの愚者に倣って私に挑んで死ぬという結末でも良いがね」

「お、俺は……俺は……!」

 人生を確実に変える決定的な選択肢を前に、ククルは握りしめていた剣を震わせながら、生死の境にいるラミアを見て、強く噛み過ぎて奥歯が割れた音と共に、その剣を振り上げ――


 



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