05/少女たちのお茶会
そうして自室に戻ると、部屋の前にはルナとアンナの姿があった。
「あ、帰って来た。待ってたんだ。少しお話がしたいなって、思って」
ほわほわとした空気感でルナが言う。
言ってから、隣に視線を流して、
「たしかラミアさんだったよね? もしかして、間が悪かったかな?」
「いいえ、お菓子の消費に付き合ってくれと言われただけですので、何の問題もありませんわ」
「そっか、じゃあ貴女ともお話したいな」
「それは構いませんが、どのような話をすればよいのかしら?」
「なんでもいいよ。あ、でも、そうだな、強いて言うなら日常の話? 私、記憶が曖昧な時はいつも同じ事ばかりしていて、日常の幅が殆どなかったんだぁ。だから、それを増やしていきたいなぁって、思ってて」
そう言って、えへへ、とルナははにかんだ。
埒外の美女がとんでもなく無邪気に微笑む様はやっぱり破壊力抜群で、そちら方面の耐性が高そうなラミアでさえ少しドギマギしているようだった。
「それで、部屋には入らないんですか?」
妙な空気を嫌ってか、それとも単純に突っ立ったままの時間が延びるのが気に入らなかったからか、冷めた声でアンナが促してくる。
(そういえば、ウィンさんが言ってた気がするけど、アンナさんって結構短気なのかな……?)
そんな事を思いながら、どうぞ、とシャルロットは三人を部屋に招いた。
「さっぱりした部屋ですね」
「面白みのない部屋ですわね」
「ベッド硬そう」
各々が感想を述べながら上がり込んでくる。
シャルロットはとりあえず部屋に備え付けられている端末を操作して、来客用の椅子を注文することにした。
誰かを招いたのはこれが初めてだったので、この機能を使うのも初めてだったが、操作を終えたらすぐに左手の壁のところの空間が裂けて、そこから真っ白な椅子が三脚顔を出した。
「へぇ、便利な機能がついているんですね」
感嘆の声を漏らしながら、アンナがまずルナに椅子を差し出し、それから自分の分を取って、彼女の隣に椅子を置いて腰かける。
これがゼクスやエイダだったら、ラミアはきっとその不親切さに文句を言っただろうが、さすがに『真深夜』の傭兵相手には控えたようで、特に反応を見せることなく自分で椅子を取って、二人から少し離れた位置に腰を下ろした。
(この二人は、ちょっと相性悪いのかもしれないな)
剣呑な雰囲気にならない事を祈りつつ、シャルロットは備え付けられていた小型冷蔵庫から飲み物を取って、それを三人に配る。
あとはお菓子を分配すれば準備完了だが、飲み物とは違い全部種類が違うので選んでもらうのが良さそうだけどその順番はどうするべきか、なんてことを考えだしたところで、
「本題に入る前に、一つ良いですか?」
真っ直ぐにこちらを見て、アンナが質問を投げかけてきた。
「なんでしょう?」
「貴女とヴラド・ギーシュの関係についてです」
「え?」
まったく想定していなかった話題に、シャルロットはついつい間の抜けた声を零してしまう。
「気になっていたんですよね、貴女がどうしてそこまでするのか」
「たしかに、私もそのあたりは疑問でしたわね。貴女は、彼とどうなりたいのかしら?」
真剣みのある表情を向けて来るアンナと違い、ラミアの方は明らかに楽しげだった。
「ど、どうって、別に。ヴラドさんは、私の恩人で、だからなにかお返しをしたいって、それだけで――」
「嘘ですね」「嘘ですわね」
相性悪そうだと思った二人が、息ぴったりに言う。
それで意気も投合してしまったのか、お互いにちらりと視線を合わせてから、
「本当の事を話してください。そちら側に付く身としては、納得はしておきたいですから」
「そうですわね。微力も微力ですが、私も星舟作戦には参加する予定ですし。大事なお友達である貴女の気持ちは知っておきたいわ。それに、女性が四人も集まってコイバナの一つもしないなんて不健全ですもの」
「あ、やっぱりそういう話なんだ。じゃあ、なおさら知る必要が出てきたかも」
と、滑らかに言葉を連ねながら、じりじりと距離を詰めてきた。
……なんだろう、得体のしれない危機感に襲われている。
そんなシャルロットを尻目に、ある意味一番の重要人物であるルナは、
「すごいなぁ、二人ともすぐに仲良くなっちゃった。アンナって人見知りだと思ってたんだけど、見当違いだったのかな。というか私乗り遅れちゃったな。人と仲良くする方法の本とか、読んでから来れば良かったかな」
と、なんとも気の抜けた感想をこぼしていた。
あげく、
「ところで、コイバナって、なに?」
と、こちらにそれを訊いてくる始末。
本当、よりによってだった。さすがに恨めしさを覚えてしまう。
だからシャルロットは黙秘するしかなくて……でも、黙ったところで他にも答えてくれる人はいるわけで、
「もちろん、恋愛の話ですわ。シャルロットさんがヴラドさまに恋をしているという話です」
くすくすと楽しげに、最初にその発言をしたラミアが答えた。
紛う事なき嫌な女だった。
「おぉ、そうなんだ。現実にもあるんだね、恋って。…………でも、そっか、だとしたら嬉しいな」
感心するような反応を見せたあとで、ぽつりとルナが零す。
「え? 嬉しい、ですか?」
想像していた反応ではなかったからだろう、ラミアが眉を顰めた。
同じように、アンナも困惑したような視線をルナに向けている。
それに気づいてか、
「私、もしかして変なこと言ったかな?」
と、ルナはまたもこちらにそんな事を訪ねてきた。
当然、それだって答えるのに困る疑問で、やっぱり黙るしかない。
「ええと、一つ確認したいのですけど、貴女にとってヴラド・ギーシュ様とはどういう存在なのかしら?」
やや臆し気味に、ラミアが踏み込む。
「あの子は、私の全て」
それは、微塵の迷いもなく紡がれた一言だった。あまりにも優しい微笑が、どうしようもなく真実なのだという事を知らしめてもいた。
「全て、ですか……?」
「うん。だからね、あの子が幸せだと私も幸せ。誰かに特別好かれるのって、幸せな事だよね? だからね、すごく嬉しいの」
「その所為で、彼の心が貴女から離れる事になったとしてもですか? それとも、絶対に自分からは奪えないという自負でもあるのかしら?」
理解できない考えに、ラミアが眉を顰めながらやや棘のある声を向ける。
それを前にして、
「あぁ、そっか、シャルロットはそれを気にしておろおろしてたんだね。確かに、小説とかだとダメなことだもんね。なるほどなぁ」
と、ルナは深く納得するように頷いて、
「でも、気にしなくても大丈夫だよ。私もあの子も、そういうのは全然気にしないから」
「気にしないって、それはどうしてかしら?」
そう訪ねたラミアの声には、微かだが明確な怒気が含まれていた。
最初はそれに意外さを覚えたけれど、じわじわと納得の方に傾いていく。彼女はエイダの事を潔癖症だと言っていたけれど、彼女自身もまたその性質を持っているように見えていたからだ。
「どうしてって、そうだなぁ、そういう常識はそこだけの話だから、かな? 少なくとも私が生きてきた場所にはそんなのなかったし」
さらりとルナは答えるけれど、彼女の過去を一部とはいえ知ってしまっている身としては、胸が重くなるような内容だった。
「……まあ、たしかに、一夫多妻も一妻多夫も、他の大陸の国ではそれなりにありますしね。だったら別にいいのかな、殺さなくても」
なんだか難しい顔をして、アンナが呟く。
最後にとんでもなく物騒な単語が聞こえた気がしたが、触れても良いことはなさそうなので、シャルロットはとりあえず他の気になった部分に手を伸ばす事にした。
「え、ええと、イップタサイとか、イッサイタフというのは……?」
「一人の男の人や女の人が複数の相手と結婚できる制度の事だよ。たしか、起源はジャジャ大陸にあるマルネス共和国といわれていて、とにかく人口を増やす必要性があったことから生まれた法律なんだけど、それが他所の国の一部の人達に富の象徴として認識されて、広がっていったって感じだったかな」
柔らかな口調で、ルナが教えてくれる。
「そう、なんですね……」
不倫どころか浮気すらも重罪のクリスエレスで生きてきたシャルロットにとって、それはあまりに非常識な話で、当然すぐに呑み込むことは出来なかった。
けれど、それではいけないと言わんばかりに、
「だったらなおさら、鼻につく献身はいただけませんわね。大体、リーダーである貴女が報われる結果でなければ、あのクーレ・サーランタが了承するとも思えませんし。ですから、ちゃんと教えて欲しいですわね。貴女が本当はどうしたいのかを」
と、ラミアが出来ればうやむやにしてしまいたかった話を戻してきた。
「……どうして、そんなことに拘るんですか? たしかにクーレさんはそうかもしれないけど、ラミアさんには関係ない事ですよね?」
「あら? 貴女が言ったのよ、私はお節介だって。だから、またお節介をしてあげているの。――ふふ、もし後悔を覚えたのなら、口は災いの元という言葉も覚えておくといいですわ」
どうやら、彼女にとってそれはよほど心外な言葉だったようだ。
いっそ清々しい気持ちでその嫌味を受け止めながら、シャルロットは彼女の問いに改めて向き直る。
(……私が本当はどうしたいのか、か)
そんなの、誰に言われるまでもなく判り切っている事だった。
でも、きっとそんなのは無理だって、叶うわけがないって、そもそも願ってはいけない事だって思ったから、現実的にギリギリ可能そうな選択だけを選ぶことにしたのだ。不死の悪魔の誘惑にだって負けなかった。ここまでは、ちゃんと自分を騙せていた。
なのに、これで全部台無し。
逃げ道を潰されて、メッキを剥がされて、その奥底まで覗かされて、もう繕いようがない。
「私も知りたいな、シャルロットが本当にしたいこと」
真っ直ぐに、本当に何一つ負の感情のない瞳で、ルナが見つめてくる。
それがトドメだった。
シャルロットは諦めたように息を吐いて、
「……私、半年ほど前までは、本当に何もなかったんです。ずっと終わりたかっただけだった。でも、ヴラドさんに会って、リリスさんに会って、嘘みたいに全部が変わって、毎日が新鮮で、不安で、やりたい事とかも出来て、未来に希望があって、そしてその中心には二人がいて……だから、取り戻したい。そのうえで初恋だってちゃんと最後まで頑張りたいし、リリスさんからもまだいっぱい教わりたい事があるし、もっと普通に友達みたいな事もしたいし、学校だってまた通いたいし、あの変なお屋敷にだって愛着が湧いていたから、そこでの暮らしだって再開したい。全部欲しいよ。どれも諦めたくなんてない」
言葉にした途端、今までずっと抑えていた感情まで溢れて、声が少し上擦ってしまった。
「……まったく、全部だなんて、思っていた以上に強欲でしたわね」
呆れたようにラミアが笑う。
けれど、その声はずいぶんと優しくて、やっぱり彼女はお節介なのだと思った。誰かに素直に優しくする機会が奪われていたから、それが出来なかっただけの普通の子なんだと信じられた。
「ですが、納得は出来ました。これで、あと気になるのは儀式の使い方だけになりましたね。目的が変わったのなら、そこの内容も変更する必要があるでしょうし、正直それなしで実現可能とも思えませんし。――あ、それはそうと、私はそのお菓子が欲しいです。良いですか?」
淡々とした口調を最後まで維持したまま、アンナが一つのお菓子を指さした。
熱心な眼差しだった。初めから狙いを定めていた感じである。
「あ、どうぞ」
再び滲み出た威圧感に気圧されながら、シャルロットはそれを献上する。
献上したところで、
「じゃあ、私は、それ、かな?」
と、ルナが別のお菓子を指さした。
「では、私はそれを頂きますわ」
流れに乗ってラミアも手を伸ばす。
そうして皆にお菓子が行き渡り、儀式の使い方を巡る話し合いは、どこか娯楽めいた雰囲気と共に行われる事となった。
お菓子を食べてジュースを飲んで、案を出し合って、その中でヴラドの事を想って、リリスとの和解を願って、お互いが受け入れられそうな着地点を探して、当然すぐに答えなんて出ないから別の話題にシフトしちゃって、それで気分転換したらまた話を戻して。
不謹慎かもしれないけれど、そんな時間はとても楽しくて、でも同時にとてももどかしくもあって……
「……やっぱり、リリスさんをどうするのかが最も大きな焦点になりそうですね。彼女を『摘出』や概念干渉レベルの『切断』の魔法などを用いて排除しないという前提だと、儀式を用いた説得が一番の選択になりそうですけど、そこに儀式を使うと破綻するものも出てきそうですし」
最後の未開封お菓子に手を伸ばしながら、アンナが呟いた。
「そもそも、儀式を用いてしまったら、それはもうシャルロットさんの知るリリスさんではなくなってしまいますしね。目的ともズレてしまいますわ。ですから、説得には他の材料が必要になってくる」
そう指摘してから、ラミアは三割程度残っていたジュースを一気に飲み干した。
「材料かぁ、私リリスさんの事は良く知らないしなぁ、そのあたりはシャルロットが見つけるしかないのかもしれないね」
「そう、ですね」
ルナの言葉に頷きつつも、そこでまた気分転換の別の話題が発生して……この日、儀式についての話が再開される事はもうなかった。
結局、問題の解決策を見つけることは出来なかったというわけだ。
ただ、欲が出てきたおかげかめげる事もなく、シャルロットはその後もずっとリリスの説得方法に考えて――そして、決戦の日を迎えることになった。
次回は10月31日に投稿予定です。
よろしければ、またお付き合いいただけると幸いです。




