06/神姉妹交流
高速で動き回る標的を目で追いながら、アンフェノは無垢の天使が有する閃光の魔法を解き放った。
が、当たらない。偏差射撃だってちゃんとしているのに、まったく間に合わない。
「動くな! 止まれ! 当たれ! 当たれ! 当たれって言ってるでしょ!」
癇癪を起しながら乱発するが、相手はまったくこっちのいう事を聞いてくれない。
あげく、こっちが攻撃中だっていうのに、ナイフを差し込んできやがった。
「――っ!」
幸い皮膚を貫くほどの威力はなかったが、それでも痛いものは痛い。
痛いなんて許せない。そんな感覚を押し付けて来る奴なんて、殺してしまえばいい。
これがただの訓練だという認識は、その時点で消し取んだ。
訓練中の事故なんて、よくある事。
最低限の言い訳を用意するや否や、アンフェノは何の躊躇もなくセーフティーを解除し、最大火力を一斉掃射して――
「本当に判り易いな、お前は」
「――え?」
世界がひっくり返った。
瞬き一つの間に肉薄してきていた標的――ヴラド・ギーシュがアンフェノの手首をつかんで投げ飛ばしたのだ。
これ以上なく綺麗に身体が一回転し、背中から星舟の冷たい床に叩きつけられる。
間髪入れず鳩尾に長刀の鞘が打ち下ろされ、完全に呼吸が奪われた。
さらにトドメとばかりにこめかみ目掛けて容赦なく爪先蹴りが放たれたが、それはなんとか防ぎ、アンフェノは慌てて体勢を立て直す。
が、その一瞬の隙にヴラドの姿は消えていて――
「そこまでね」
観戦していたリリスが一言発した直後、背後から鳴った靴音でようやく位置を把握する事となった。
もし彼女が止めていなければ、多分頭頂部に思いきり鞘を叩きつけられていた事だろう。
それが避けられたことは幸運だったが、それだけだ。状況は全然よろしくない。
(私、なんでこんな事してるんだろう……?)
ずっとムカムカしっぱなしで、これっぽっちも楽しくない。こんなに殺したくて殺したくて仕方がないのに、お預けを喰らってるのが耐えられない。
だから、せめて慰めて欲しいのに、リリスは今もこっちの事なんて見もせずに、
「昨日と同じ感じだけど、成長は期待できそう?」
「もう少しまともに身体を動かせれば、雑兵以外にも使えるようにはなるだろう。手練れは無理だがな」
「つまり大差はないという事ね。……やっぱり、後方支援を徹底させた方がいいのかしら?」
ようやくこちらに向けられた視線も、どこか冷たくて――
「わ、私、出来るもんっ!!」そのまま視線を外されるのが怖くて、アンフェノは咄嗟に叫んだ。「あとちょっとでコツも掴めそうだし、そうしたらそんな奴、簡単に殺せるくらい強くなるんだからっ!」
「だそうよ。しっかりとコツを掴ませてあげて。もう少し手荒でも構わない。――貴女も、言ったからにはそれでいいわよね?」
微かに目を細めてリリスが言う。
その中にあった「手荒」という言葉に、この男と訓練を始めてから刻まれた数々の痛みが思い出されてしまい、
「え? や、でも、痛いのは好きじゃないし。大体、その男の教え方が悪いだけだし!」
と、ついつい逃げ腰になってしまった。
そして、零された控えめな吐息を前に、盛大に後悔するのだ。
その感情を追い出すように激しい憤りが湧き上がってきて、眼の奥がチカチカしてきた。二つの感情を上手く共存させられなかったからか、ボロボロと涙も溢れだす。
「……なんでそんな目で見るの? 私、いっぱいいっぱいママのために頑張ってるんだよ? 殺したいのに我慢して、壊したいのに我慢して、なのに、なのに……!」
このままだとリリスにまで攻撃的な姿勢を見せてしまいそうなのが怖くて、アンフェノはヴラドだけを強く睨みつけ、
「莫迦! 死んじゃえっ!」
と叫んで、その場から逃げ出した。
未だに上手く使えない天使の身体に殺意を覚えながら、広間から狭い通路へと出る。乱れた自身の呼吸と足音だけが鼓膜を叩いていた。誰かが追いかけて来てくれる気配は、ない。
「うぅ、うぅうぅうう!」
唸り声をあげながら、速度を上げる。
それでも背後への意識はまるで捨てられず、その所為で躓き、盛大に転んでしまった。
そのささやかな痛みが引き金となって、アンフェノはついにわんわんと泣き出す。
これでもかというくらいに声を上げて泣いてやる。
だけど、やっぱり、リリスは此処に来てくれなかった。それが本当にどうしようもなく悲しくて、ただただ泣く。
泣いて、
泣いて、
少し泣き疲れたところで、
「……ほんに、生まれたばかりの赤子のようじゃな」
という声が届けられた。
顔を上げると、そこには着物を身に纏ったリズの姿。
独りぼっちの寂しさを感じていたアンフェノにとって、それは嬉しくもあり、より寂しくもありと複雑なものだったが、
「不足かもしれんんが、妾が慰めてやる。じゃから、もう泣くな。綺麗な顔を汚すのは好ましくない。母様も、きっとそう思うはずじゃ」
そう言って抱き締められた途端、嬉しさが全てを塗りつぶした。
§
そうしてしばらくリズの胸で心を落ち着かせたところで、アンフェノは身体を離した。
「でも、どうして姉さまが此処に?」
「泣き声が聞こえたからな。それで少し心配になってといったところじゃ」
微かに憂いを帯びた眼差しで、リズはそう答える。
――嘘。
直感が告げる。何か目的があって、彼女は此処に来たのだ。
「心配してくれたんだ、私のこと」
途端に冷めていく自身の心を感じながら、アンフェノは平坦な声で言う。
するとリズは、くすりと可笑しそうに微笑んで、
「天使の身であっても、その感覚の鋭さは健在のようじゃな。書庫の情報通りでなによりじゃ。まあ、母様が絡むと途端に機能しなくなっている気もするが、そなたの生まれを考えればやむなしか。……あぁ、確かにそれが全てではない。だが、全てが嘘というわけでもない」
つらつらと言葉を並べながら、着物についていた鼻水を蒼い炎で蒸発させ、懐からハンカチを取り出し、それでアンフェノの鼻をつまんで付近の鼻水を処理して、また蒼い炎をもってハンカチを消滅させた。
最後の言葉に、嘘はなかった。
「そなたと落ち着いて話がしたかった。今後の事や、あの男の事、なにより母様の事についてな」
「あの男を殺すの? どうやって殺すの? いつ殺るの?」
最高の予感を前に、アンフェノはぐいっとリズに顔を寄せる。
しかしリズは静かに首を左右に振って、
「すぐにそれを実行することは出来ぬよ。少なくとも、ルシェド・オルトロージュを討つまではあの男とは上手くやる必要がある。それは、そなたも判っておるであろう?」
「それは、そうだけど……でもっ――」
「故に、その時に本当に好きにやれるようにするための準備を、今から始めるのが肝要。その方針なら、妾もそなたに協力できるやもしれん。むろん、一人のほうがやりやすいというのなら、それでも構わぬが」
「そんなことない! 姉さまが手を貸してくれた方が絶対いいもん! 姉さま、人間苦しめるの得意そうだし、あの男はどこまでも苦しめたいし!」
その想像するだけで、胸が高鳴る。アンフェノがまた嘘をついていたかどうかを判別するのも忘れてしまうくらいに、待ち焦がれてしまう。
「ま、まあ、たしかに、そなたより上手くできる自信はあるが……ひとまず、場所を変えるとしよう。せっかくの姉妹水入らずの時間を、このような薄暗い廊下で過ごすのもあれじゃし。そうじゃな、ルーメサイトが見える窓のある場所にでも向かうとしようか」
そう言って、リズはへたり込んだままだったアンフェノに手を差し伸べた。
次回は11月3日に投稿予定です。
よろしければ、また読んで頂けると幸いです。




