04/後悔を残さない方法
ルナから齎された情報を軸に行われた話し合いが、無事に纏まった。
全会一致。いくつかの不安材料は残っているが、十分勝機のある計画を立てられたと思う。
「まあ、こんなところで良いでしょう」
大きく伸びをして、クーレが気の抜けた息を吐きだした。
それに釣られるように皆も張りつめていた緊張の糸を解いていく。
と、そこでまたも両手を叩いて、彼は注意を自身に引き戻し、
「さて、それじゃあ、最後に文章を考えるとしようか」
「……文章?」
第一皇子が真っ先に怪訝そうな反応を示した。
他の面々も言葉の意図を呑み込めなかったのか、少々困惑した様子だ。もちろん、シャルロットにも何の事だからさっぱりだった。
「頭が回ってないなぁ、皆これくらいの事で疲れすぎじゃない? まあ、それだけ充実した時間だったっていうのは喜ばしい事だけど」
「御託はいいから早く説明しろ」
苛立ちを露わにファリンが言う。
その直情的な反応があまりに予想通りだったことが可笑しかったのか、クーレは短く笑みをこぼしてから、言葉を続けた。
「当然、星舟に送る宣戦布告の書状の中身の事だよ。なにせ、この世界の命運を決める大一番だからね。こういう手続きはちゃんとしておかないと」
「それは、確かにそうかもしれないが、だが不意打ちの機会を失うというのもな……」
口元に手を当てつつ、ファリンが難しい表情を滲ませる。
すると、クーレは一瞬きょとんとした反応をみせて、
「いやいや、無警戒を突くなんて作戦はそもそも成立しないでしょ? だって、僕たちが不死を取り戻すために動くのなんて、向こうにはわかり切ってる事なんだよ。相手ヴラドとリリスなんだよ? 君じゃないんだよ?」
「わ、私じゃないとはどういう意味だ!」
「まあ、言葉通りでしょうね。私もその手の奇襲が成立させられるとは到底思えません。モルガナ・レッテンハイネの手でも借りられるのなら話は別ですが、彼女は現状敵側ですし」
淡々とした口調で、マルテシアが追い打ちをかける。
ちなみに、それが可能かつ味方であるルナの名前があげられなかったのは、彼女がこの件でいくつかの制約を負っているためだ。
儀式が終わるまでに間、日常的な不自由の解決と自己防衛以外で魔法は使わない事。それを破った瞬間、当初の予定通りに事を進めるというのがルシェドの今のスタンスだった。
ルナという別格の戦力に頼れないのは正直辛いところだが、条件さえ守ればギリギリまで待ってくれたうえで交渉のテーブルについてくれるというのだから、違える理由は見当たらない。
「不毛なやりとりは程々に、手早く片付けてしまいましょう」
そろそろ本格的に喧嘩を始めてしまいそうなファリンにため息をつきつつ、ノスティワが手綱を握った。
そして、視線をこちらに向けてくる。
「……え? 私が書くんですか?」
「それは当然でしょう?」
愚問だと言わんばかりの表情だった。
(そ、そうなのかな?)
まあ、たしかにヴラドと争う事を決めたのはシャルロットではあるが、宣戦布告の話を言い出したのはクーレである。きっと、それを書きたいのも彼だと思うのだが……そんな彼は、何故かにこにことした笑顔で、
「しっかりと相手の神経を逆撫でするような内容にするんだよ。大丈夫、リリスとの付き合いは僕より君の方が長いんだから。きっと、彼女が顔を真っ赤にするようなものが書けるさ」
なんて、胃が痛くなるような無理難題を要求してきたのだった。
§
幸いな事に? 宣戦布告や降伏勧告の書状を他国に送り付けた事のある神子が二人もいたので、彼等のアドバイスを参考に、シャルロットは自身に与えられた仕事を果たす事に成功した。色々な人から計三十五回ほどのダメ出しをくらったが(特にプレタが多かった)、なんとか纏め上げた。
そうして会議は無事終了し、本番までの準備期間に突入して二日ほどが経過したわけだが……訓練以外に、特にする事が見当たらない。
まあ、情報収集や兵隊集めなんかをシャルロットが出来るわけないので、当然といえば当然なのだが、正直手持無沙汰なのはいただけない。
刻一刻と過ぎていく時間に、不安が増していく。
それを解消するべく、色々な相手に何か自分にも出来ることはないかと訪ねてみたが、やっぱり訓練という答え以外返ってくることはなかった。しかも、オーバーワークだけはしないように、と釘も刺されてしまっていた。
おかげで見事な宙ぶらりん。
あてもなくサラヴェディカ内を彷徨い歩いて、ちょっと疲れたので庭園で休もうと決めて――そこで、ウィンに出会った。
彼はいつものように訓練中で、その研ぎ澄まされていながらも安らかであるという不思議な気配についつい心を奪われていると、
「話をもちかける相手を間違えている」
型を保ち緩やかに身体を動かしたまま、こちらに一切視線を向けることもないまま、言葉を投げかけられた。
「此処に居る者の多くは普通ではない。そもそも人間ではないものが大半だしな。だから、彼等は普通の選択を口に出来ない。貴女は普通の娘だ。普通の相手に訪ねるのが良いだろう」
なんだか先回りして無駄な時間を回避されたような、そんな感じだった。
そう捉えてしまうのは、今の自分が卑屈だからだろうか? いずれにしても、此処で時間を潰すのは止めた方が良さそうだ。
「……そう、ですね。ありがとうございます」
頭を下げて、シャルロットは庭園をあとにした。
廊下に出たところで歩調を落とし、そこで少し彼の言葉を噛みしめる。
(普通の相手、か)
たしかに、エイダやゼクスの元にはまだ足を運んでいなかった。
今はまだそっとしておいた方がいいのかもしれないというのが一番の理由だが、さすがにこの距離感のまま戦いには挑みたくないし、この機会にそろそろ様子を見に行くのもいいのかもしれない。
そう結論を出して、別の庭園で転移装置を起動させ、彼らのいる区画にジャンプする。
(……良かった、いる。あ、でも、三人一緒なのか)
エイダの部屋にゼクスとラミアがいるのが判り、果たして自分がお邪魔してもいいものかと悩んでしまう。
が、どうやら向こうもこちらの魔力を察知したようで、
「お、やっぱりいた、シャルロットさんも一緒にどうだ? 今、軽食パーティーしてんだけどさ」
と、こちらにやって来たゼクスが誘ってくれた。
「いいんですか?」
「むしろ来て欲しいから足運んでんだよ」
苦笑気味にそう答えて、ゼクスは軽やかな足取りでエイダの部屋に戻っていく。
そのあとにシャルロットも続くと、部屋の中には様々なお菓子や飲み物が置かれていた。
「好きなの食べていいからな。全部オレが買ったやつだし。とりあえず、このあたりはシャルロットさんの担当って事でよろしく。あ、ここで全部は食べられないだろうから、そこの袋に入れて持ち帰ってくれよな」
「あ、ありがとうございます。……ええと、首都の方に戻っていたんですか?」
押し付けられたお菓子の山を受け取りつつ、ふと気になった事を訪ねる。
「あぁ、許可を貰って、少しの間な。色々と向こうの状況も自分たちの目で見ておきたかったし」
声のトーンから見て、親しい人達は本当に無事だったようだ。
とはいえ、ククルを失ってまだそれほど時間が経っていない事もあって、三人ともその表情にはどこか陰りがある。特に顕著なのはラミアで……きっと、だからこそ、このパーティーは開かれたのだろう。
三人は懐かしむように、或いは寂しさを埋めるようにククルの話をして、シャルロットもまた触れる事の出来なかった彼の一面をそれで知っていく。
「本当、嫌味な奴だったよな。でも、意外と面倒見は良くてさ。あとたまに天然で」
「そうね、時々凄く莫迦だったわよね。まあ、普通に莫迦だったところも多々あったけれど」
澄まし顔で、エイダが頷いた。
「あぁ、一部の座学は酷かったよな、あいつ。まあ、オレも人の事は言えないから、一緒にカンニング計画立てた事とかもあったけど。いや、惜しかったんだよなぁ、あれ。もう少しで赤点回避だったんだが、バレそうになって、あわや停学って感じでさ」
「なにそれ、初耳なんだけど? いったいなにをしているのよ、貴方たち」
「まったくですわね。そんな莫迦な事をする前に私に相談してくだされば、答えの載った用紙の一つや二つ簡単に用意して差し上げましたのに」
未開封のお菓子の袋を開けながら、ラミアが言った。
「……ちょっと待って。それってどういう事?」
引っかかりを覚えたらしいエイダの眉間に縦皺が寄る。
「どうもこうも、私は暇な学生などではなく、ルウォ帝国の工作員だったのよ? 不毛な科目の勉強に時間なんて割けるわけがないじゃない。莫迦ね」
「うわぁ、お前エセ優等生だったのかよ? 知らなかったなぁ。ちょっと親近感湧いたかも」
「湧くな」
べしっと、エイダがゼクスの肩をたたく。
手応えが足りなかったのか、べしべしべし、と追加でたたく。
「いたっ、いや、そこまで怒ることないだろう! だから痛いって!」
何とも微笑ましい光景だ。
こういうじゃれ合いを、世間一般ではなんというのだったか。
そんな攻撃が一段落ついたところで、
「心配せずとも、貴女の想い人は私の好みではありませんわ」
と、ゆったりとした口調でラミアが言った。
「きゅ、急に変なことを言わないでっ! 何度も言うけど、婚約者っていうのは、お爺様が勝手に言ってるだけの話なんだから!」
顔を赤くして、エイダが反論する。
傍らのゼクスは苦笑を浮かべているけれど、その表情にはどこか寂しさが滲んでいた。
それが、少し意外だった。
なんというか、両想いである事に気付いていないような鈍感な人物には見えなかったからだ。だから、今の関係が心地よくて、それを維持しているものだとばかり思っていた。
(もしかして、そうじゃなくて結構我慢してたりするのかな?)
ただの憶測だ。まだそこまでの付き合いではないシャルロットには、確信なんて持てるはずがない。
「でしたら、私が貰ってもいいのかしら?」
と、その確信を持てていそうなラミアが言った。
「え?」
「私、もう独り身ですもの。そして言いなりのお人形に慰めてもらう趣味もないの。だから、好みではないけれど、貴女が要らないなら貰ってあげますわ」
手慣れた様子でゼクスに身を寄せて、ラミアが妖艶に微笑む。
かつて騙っていた豊満な肢体ではないけれど、それでも色気の方は健在で――
「――っ、やめてよっ!」
唇が触れそうなところで、エイダが乱暴にラミアを突き飛ばした。
「痛いですわね。こんな戯れ一つで過敏になって、一体どうしたのかしら?」
「ふざけないで! いくらなんでも冗談で言っていい事じゃないでしょうっ!」
眼を剥いて、エイダが叫ぶ。
物凄い剣幕だったけれど、ラミアは全く動じない。怖いくらいに静かな瞳でエイダを見つめ返していて、
「冗談ではありませんわ。だって、独りで死ぬのは嫌ですもの」
「は? 死ぬって――」
「もうじき世界は終わる。きっと皆死んで終わる。貴女たちは抗えると思っているみたいですけど、私はそうは思わない。時間はもうない。いつ手遅れになるかもわからない」
寂しそうに微笑んで、ラミアは立ち上がった。
そこでエイダから視線を切り、少しだけ俯いて、
「私は、ちゃんと伝えたかったわ。生きている間に」
ぽつりと、そう零してから、
「貴方にとってはそうではなかったのかもしれませんけれど、今日はいい気分転換が出来ました。ありがとう」
と優雅に会釈をし、一瞬だけこちらに視線を流してから、颯爽とした足取りで部屋を出ていった。
「あ、そ、それじゃあ、私もこの辺りで失礼しますね。今日はありがとうございました」
シャルロットも軽く頭を下げて、そのあとに続く。
部屋を出て、扉を閉める間際、
「性質が悪いのよ、なにをするにしても……」
というエイダのぼやきが耳に届いた。
後悔を含んだその呟きを胸に留めつつ、シャルロットは少し離れた位置でこちらを待っていたラミアの元に小走りで駆け寄る。
「意外とお節介なんですね。ラミアさんって」
「貴女の方も、意外と空気が読めるようで何よりでしたわ」
涼しげにそう答えて、ラミアは歩き出した。
その隣になんとなく並ぶと、
「昔から、ずっとああなんですのよ。臆病者の潔癖症とカッコつけのお莫迦さん。誰だってあんな茶番ばかり見せられていたらうんざりしますわ。だから、これはお節介なんかじゃなくて、ただの憂さ晴らし。嫌な女だもの、私は」
と、どこか楽しそうに、それでいてまた寂しそうに、そう言った。
先程見せた表情は意図されたもののようだったけれど、これはとても自然なものに見えて、だからだろうか、
「この後、少し話しませんか? 私の部屋で」
気付けば、シャルロットはそんな言葉を口にしていた。
「……どうして?」
「頂いたお菓子、まだたくさん余ってて。これ全部足が早そうですし、私一人じゃ消化できないですから」
「置いて帰れば良かったのに。律儀なのか食い意地が張っているのか。……まあ、いいですわ。私もまだ食べ足りなかったですし。付き合って差し上げます」
次回は10月29日に投稿予定です。
よろしければ、またお付き合い頂けると幸いです。




