03/悲報と朗報
リグチラとマヌラカルタの裏切りによって不死の力を完全に失った直後、エンシェから一つの連絡が届けられた。
ルシェドとの交渉という方針を、彼等はもう取らないと言うのだ。
急な方向転換の理由は不明。一方的な通知だけで、彼等との関係は途切れてしまった。
これにより儀式の権利を得る道筋が狭まったのは、まず間違いないだろう。
さらに、殆ど間を置くことなく、レナリアとララエスタがサラヴェディカから姿を消したという報告も届けられた。
彼女たちは別に味方ではなかったので戦力の当てにしていたというわけではないけれど、当てにするという選択肢もまた、これで消えてしまったというわけだ。それに、そういった都合抜きに叔母とは色々と話がしたかったので、正直少しショックだった。
ただ、何事も悪い事ばかりが続くわけではなく、良い報告もそのすぐあとに届けられていた。
シャイア、カンゼリッツァ、ボーゼスが同盟を持ち掛けてきたのだ。なんでも夢の中でクーレから情報を貰ったシャイアが二人と相談した結果、そうなったらしい。
チュルとマウロという二人の神子は離れてしまったが、三人の神子が味方になってくれた。……まあ、最大の貢献者であるクーレは、なぜかその流れに難色を示していたのだけれども。
ともあれ、新たな仲間との会合が今から始まる。
場所はいつものごとくサラヴェディカの第七庭園。
こちらの主要人物はすでに集まっていて、
「此処への転移を実行します。よろしいですか?」
確認を求めてくる天使に頷くと、即座に空間が開かれ、三人の神子とザーラッハの第一皇子であるスラヴェルルルラーク・グラニ・ザーラッハが姿を見せた。
「兄上まで来たんだ。もしかして暇なの?」
開口一番、クーレが呆れた調子で言う。
それを無視して、第一皇子はシャルロットを真っ直ぐに見据え、
「多くが手を取り合い世界の危機に対応できる事、その決断を迅速に行ってくれた事に感謝を」
と、謝辞を述べた。
「相変わらず堅苦しいなぁ、だから王族って嫌いなんだよね。本当、どうして連れてきたのやら」
クーレの冷ややかな視線がシャイアに向けられる。
途端、澄ましていた彼女の表情に焦りの色が浮かび上がった。
「わ、私は国の代表ではありませんので、当然の事かと」
「でも、協力を持ち掛けたのは君なんだよね? 窺う必要なんてなかったでしょう? そもそも、どうしてそんな選択を取ったのかな?」
「も、もちろん、それが最も我が国を守れる選択だと判断したからです。そ、それに、貴方様は、困難は好きでも、無意味は嫌いでしょう? だ、だから、嫌な顔はしても、けして断りはしないだろう、と、思って……」
思いきりクーレから視線を逸らしながら、シャイアはぼそぼそと言う。
普段の彼女とは明らかに違うその振舞いに、二人の神子は困惑した様子を見せていたが、それに全く気付けないくらい、シャイアにとってクーレ・サーランタという存在は大きいようだ。
ただ、それでも言い返したという事実は、クーレにとっても意外だったのか、
「確かに勝ち目がゼロの戦いは僕も好きじゃないけど、まさか君の口から言われるとは思わなかったな。だから連れてきたんだと思ってたんだけど。……ふふ、君も、少しは勇気ある選択が取れるようになってきたみたいだね。うん、ちょっと好きになれたかも」
と、口元に手を当てながら可笑しそうに微笑んだ。
こういう仕草をしている時は、本当に綺麗で可愛いお姉さんにしか見えない。そしてそんな彼の悪戯っぽい振舞いに、きっとシャイアという女性はやられてしまっているのだろう。
見る見るうちに赤くなっていく顔を見ながらそんな事を思いつつ、シャルロットは、こほん、と咳ばらいを一つしてから、本題に入る事にした。
「では、まずはお互いの状況を共有して、それから今後の動きについての話を詰めていきましょうか」
ここで何よりもはっきりさせなければならないのは、お互いがどこまで協力できるのかという点だ。
ルシェドの問題を解決しなければ世界が終わる、という共通認識によって両者はこうして手を組むことが出来たわけだが、望んでいる結末は必ずしも一致していない。
三人の代表者は良き王だ。彼等の最優先事項は国家の存続であり、国民の安全確保という事になる。つまり、最悪世界は捨てても構わないという前提があるのだ。逃げるという選択が残されている。
だから、最後まで彼等の手を借りられない可能性は高いうえ、状況によってはかなり早い段階でそれが訪れる事も考えられた。
(だからこそ、そうさせないための動きを真っ先に取らないと)
肝となるのは星舟だ。この世界から逃げ出すための箱舟でもある、リリスが今所持している手札。
幸い、こちらもそこに用があるので、最初の目標を一致させるのは簡単だ。
逆に難しそうなのは、自分からその方向に話を進めるのが良いのか向こうが提案してくるのを待つのが良いのかの見極めだろうか。あまり積極的過ぎると不審に思われるし、かといって受け身すぎると相手主導になってしまうから、タイミングが重要になってくるわけで――
(……って、私、何考えてるんだろう)
味方になってくれた人達を裏切るような画策を率先して行おうとしている自分に気付き、酷い自己嫌悪に襲われた。
星舟を奪う流れを作り、そのうえで星舟を壊してしまえば、たしかに彼等に逃げ道はなくなり、最後まで協力する流れを生み出す事が出来るのかもしれないけれど、それを行えば多くの人が助かるかもしれない未来も摘み取る事になるのだ。そんなのは絶対に間違っている。
なのに、すぐに判ることのはずなのに、危うく見逃しかけた。
余裕がなくなっているのだ。不死を失った事で大きく減退した存在価値が、視野すらも狭くしている。
(……発言する前で良かった)
でも、そう思う反面、気付いてしまった事に後悔を覚える自分もいた。
必要な事に変わりはないからだ。どういう流れになるのかまだ判らない以上、それこそ戦力に妥協はできない。言葉だけでは無力なのだから、状況を生み出すための力は失えない。
いい加減、本当の意味で傲慢にならないといけないのかもしれなかった。自身の都合のために無関係な他者を犠牲にするような、そんな人間に。じゃないと――
「ところで、ルシェドとの交渉が破談になった場合、君たちのセカンドプランはどうなってるんだい? やっぱり、この世界の外から来た星舟を使っての離脱なのかな?」
おもむろに、クーレがそう切り出した。
まだお互いが提供できる戦力などを確認している段階での事だったので、それは本当に唐突で、
「……そちらは、違うとでも?」
と、カンゼリッツァが当然のように不信の色を節々に滲ませながら訪ね返す。
「あぁ、僕は違うね。けど、他はそうかもしれない。無理して付き合うようなことでもないしね。だから、君たちとは最後まで協同出来ると思うけれど、まあ、だからこそかな、君たちが誰を残すのかが気になってね」
「それはどういう意味だ?」
ボーゼスが眉を顰めた。
「星舟がどれだけの人数を収容できるのかは判らないけれど、間違いなく神子が三人とも逃げられる未来はない。向こうも多少は余裕があるみたいだけど、それでも余った魔力は全部見逃してあげるなんて事はしないだろうからね。もちろん、君たちに彼を欺く術があるのなら話は別だけど?」
「あの力を見て、その自惚れはさすがに出来なかったな。だから、既に結論は出ているよ」
柔らかな苦笑を浮かべてからシャルロットの方に視線を向けて、カンゼリッツァが言葉を続ける。
「これはルウォ帝国でも示した事だが、我々は誰一人として星舟には乗らない。だから、星舟を壊す算段を立てる必要はないんだよ、優しいお嬢さん」
「え?」
思わずドキッとした。遅れて嫌な汗が滲んでくる。
そんなシャルロットを前に、クーレは呆れたようなため息をついて、
「別に驚くような事でもないでしょ? 今思いついて、思いついたことに後悔して、だけどやらなきゃって自分を追い詰めて。それ全部、顔や気配に出てたんだから。あぁ、でも、結局やらなさそうで良かったよ。誰でも出来るつまらない事なんて、僕たちのリーダーが取るべき道じゃないからね」
と、楽しそうな笑顔で締めくくった。
「嫌な圧の掛け方」
ぼそりとノスティワが零す。
「親切なルール説明って言って欲しいな。……まあ、それはそうと、神子なしで本当に大丈夫? 三つの異なる国の人間を押し込んでの航海となるわけだけど、仲良くできるの?」
「後任の指導者たちは既に決まっている。それぞれが二名ずつを選出し、計六名で運営していく予定となっているよ」
一切淀みのなく、カンゼリッツァはそう答えた。
「へぇ、もうそこまで話も詰めているんだ。じゃあ、余計な心配だったかな。まあ、それでも上手くいくとは思えないけれど」
酷く優しい表情を湛えて、クーレは水を差す。
いっそ悪意すら含まれていそうなその物言いにボーゼスが憤りを見せたが、それをカンゼリッツァは手で制した。
それから同じように優しい笑顔を返し、
「たしかに、内部分裂は間違いなく起きるだろうし、最悪星舟内で起きた戦争によってこの世界の人類は最期を迎えるのかもしれない。だが、それで滅ぶような恥知らず共なら、それこそ他の世界のためにも滅んだ方がいい」
最後の言葉には、底冷えするような冷たさがあった。
あまりの切れ味に、何人かが息を呑む。
「……へぇ、なるほど。いいね、少し君の事が判った気がするよ。前言撤回、それを判っている人たちが指揮を執るなら、大丈夫そうだ」
心の底から嬉しそうに声を弾ませて、クーレは両手を叩いた。
ぱん、と軽やかな音が響き、ぎくしゃくとしていた空気が払拭される。
「さて、じゃあ裏切りという懸念が消えたところで、さっそく星舟の略取計画について話を進めるとしようか。リーダー、あとの進行は――」
と、そこで、突然黒い孔が目の前に広がった。
そして、雪そのもののように真っ白な手が、そこから、すぅ、と現れて、ゆらゆらと上下左右に揺れ、
「あ、大丈夫そう」
という緩い声と共に、その手の主であるルナが孔の中から現れた。
続けてアンナも姿をみせる。
こちらが夢の世界に囚われる前にザーラッハに帰っていた二人が戻って来たのだ。(ちなみにルナは皆が眠っている時に一度戻ってきていたが、スロウがレナリアの元に贈られる少し前に、アンナの無事を確認するためザーラッハにまた移っていた)
「ええと、ただいま」
そんな彼女は、はにかんだ笑顔を浮かべ――重要な、本当に重要な情報を、シャルロット達に齎した。
次回は10月26日に投稿予定です
よろしければ、またお付き合い頂けると幸いです。




