38/勝負あり
スロウの眼が大きく見開かれた。
腰が引けて、即座に逃げの姿勢を滲ませる。
と同時に、びくっ、とモルガナの身体が震え、ヴラドの右手も軽く動いた。
そしてこの場にて終始黙り込んでいたダノラウトは、動揺と混乱を露わに「嘘だ、嘘だ、嘘だ……!」という言葉を繰り返しながら、呆然自失へと陥る。
(……終わったようだな。我々の勝ちだ)
と、アブロイが呟いた。
(みたいだな。まあ、なんつーか、オレたちはただの聴衆でしかなかった気もするけど)
首筋をかきながら、チュルはこの消化不良感に眉を顰める。
(神子という抑止力にはなっていたさ。要求はこなしている。気にする事はない。それより、これからが見物だぞ)
愉しげに、アブロイは言った。たまにこいつが見せる悪趣味な空気感だ。正直嫌いじゃない一面。
だから、それに微苦笑を返したところで、事後処理が始まった。
真っ先に動いたのはルウォだ。
彼はおもむろにダノラウトの元に踏み込んで、具現化した魔力の剣でその身体を横一線に切り裂いた。
両断されなかったのは辛うじて顕現したルプテが割って入ったからだが、彼女に出来たのはそこまで。
時間差で迫っていたヴラド・ギーシュの一撃に反応する事は出来ず、彼女の身体は器の主もろとも今度こそ両断された。
「う、あ、あ……」
ルプテの手がこちらに伸ばされる。アブロイに助けを求めているのだ。
けれど、もちろんそんな事を許すわけがない。
「見苦しいんだよ、さっさと死ね」
嫌悪を露わに、チュルは無数の茨で彼女の上半身を覆い、力任せに引き千切った。ついでに器の方にも駄目押しの一手を喰らわせておく。
(……)
(なんだよ? 文句でもあんのか?)
(いや、大きな問題はない。誰かの楽しみを奪った程度の事だ)
誰かというのは、おそらくヴラドの事だろう。
だとしたら、手を出さない方があの女をより苦しめる事が出来たのかもしれない。そう思うとちょっと後悔だったが……まあ、自分の手でやれたのは間違いなく痛快だったので、それで良しとしておく。
「さて、状況が整ったところで話を戻そう」
発端となったルウォが相手の特性を完全に封殺する支配の剣を消して、視線をフェルスガリア――いや、今はもうモルガナか――に向けた。
「帝国の偉大なる才能よ。我等と共に、ルシェド・オルトロージュを討ってはくれないか?」
「え? え? あの、これどういう状況?」
きょろきょろと視線を彷徨わせ、モルガナが焦りを見せる。
それから、フェルスガリアに事情を聞いてだろう、
「な、なるほどなぁ、陛下、私の力が必要なんだ。――ぐ、ぐへへ、もしかして、まだ脈あるのかな?」
なんて事を呟いたところで、他の人もいる事に気付いたのか、
「い、今のは寝言だ! 誰も聞かなかった! 良いったら良いな!」
と、顔を真っ赤にしながら言った。
常に恥ずかしい事ばかりしているような女が、今更羞恥心を晒したところでなんの意味もないと思うのだが、その辺りは複雑な女心という奴なのだろう。
「でなければ全員の鼓膜を破裂させるですって。それは怖い話ね」
口元に手をあてて、リリスが茶化す。
「え? いや、そこまでは言ってないけど――」
「異論はないわ。従いましょう」
そうして彼女は視線をアルドグノーゼに向けて、話を戻した。
釣られるように、全員の視線もそちらに向けられる。
果たして、彼の解答はどうなるのか。
「……何故だ? 何故、この着地点を望んだ?」
苦々しげに、アルドグノーゼは訪ねた。
憎しみに近い眼差しが、半身であるルウォに向けられる。
「貴様なら、他にやりようはあっただろう? 我を排除したまま力を維持する事とて――」
「寝言だな。殺してしまっては支配も導きも出来なくなる」
冷ややかに、当たり前のようにルウォは言い放った。
その答えにアルドグノーゼはただただ唖然とする。リリスですらも、それには驚いたようで、
「導き? ずいぶんとご執心なのね。全部、それを目的にしていたなんて」
「ルシェド・オルトロージュを相手にするには必要だろう?」
「……なるほど、お前は最初から正しく見えていたのね、あの化物がどういう領域の存在なのかが。そして足りないものに価値がない事も判っていた」
「貴様が足りる存在なのか否かは、まだ定かではないがな」
微かに目を細めて、ルウォが言う。
それはリリスの正体がアンフェノかリズか、まだ判別がついていない事を示していた。この点はエンシェ陣営の方が情報アドヴァンテージを取れているようだ。
「……誤認も甚だしいですね」
流れを何とかして変えようと考えたのか、スロウが口を開いた。
「誰一人として、足りてなどいません。あの規格外に勝てる要素などどこにありはしない。そして我々にはまだ星舟があります。中に誰がいるのかは知りませんが、奪い取ってさえしまえば――」
「そういえばさ、私、夢を見たんだよね」
突然、モルガナがそれを遮って言った。
「夢の中で夢を見たというのもおかしな話なんだけどさ。辛くて苦しくて悲しくて、なにより許しがたい内容だった」
と、そこで表情が変わる。
大仰な舞台役者のようないつものものともまた違う、冷徹な眼差し。
「けれど、きっと私がそれに触れた事には、何か大きな意味があったのだろう。とても大きな意味が」
「急に、なにを言って――」
「クルジェ・デ・グゥオン」
「……は?」
その名前がなんなのか、スロウにはすぐに判らなかったようだ。まあ、もちろんチュルにもまったく分からなかったわけだが、おそらくそれが引き金になったのだろう。
ぞくりと全身が総毛立つほどの魔力と共に、スロウの両足と右腕が空間断裂によって失われた。左腕が残ったのは咄嗟に身体を逸らした結果だが、それはもう十二分に決定打だった。
「度し難き外道が、貴様は場違いだ。この私が、相応しい場所に送ってやろう」
次の瞬間、空間転移によってスロウの姿はこの場所から掻き消える。
数秒ほどの沈黙。
その余韻を打ち破るように、
「くだらない逃げ道が一つ追加されたようだが、結論は出せそうか?」
と、アルドグノーゼに手を差し伸べながら、ルウォが問うた。
アルドグノーゼは周囲を見渡し、他の者の反応を窺うが、誰も星舟による逃避に乗る者はいなかった。
更に数十秒ほどの沈黙が過ぎる。
それは彼のプライドが折れるまでにかかった時間。打ち倒すと決めた相手に完全に上から手を差し伸べられるという屈辱を受け入れなければ、自身に未来がない事を受け入れるために必要な時間だった。
かくして、ルウォとアルドグノーゼの決闘は片方を排除するという決着ではなく、表面的は対等の、しかし決定的にルウォがアルドグノーゼの心に食い込むカタチで幕を閉じ――




