37/だから彼は選んだ
下の層から上がってきたタマゴに大きな羽を付けたような化物の群れが、プレタの糸を断ち切りながらこの世界と現実を繋ぐ穴に向かって殺到していく。
ウィンとクウォンタ、アンナが迎撃に当たっているが、数が多すぎて処理しきれない。
このままでは孔は完全に塞がれて脱出が不可能となる。その前にクーレたちはなんとか引き上げたいところだったが、それもなかなか難しそうだった。
「潮時かもしれませんね」
クモの巣のように張った糸を足場にしながら、アンナが言った。
「そうだな、貴方たちは先に戻るといい」
「ウィンさんはどうするんですか?」
「この世界から脱出する方法は三つ。残る二つに期待しよう」
ちなみにその二つとは、現実世界のダノラウトを殺す事と、夢の世界のスロウを先に殺してからダノラウトを殺すことだ。
ただ、それはあくまで可能性であり、成し遂げれば確実に脱出できる保証があるわけではない。少なくとも、プレタの視点ではそうだった。
「そっちの可能性も高いんですね? だったら、私もそれでいいかな」
と、アンナはあっさりと残ることを選ぶ。
「吾輩も問題ないぞ。この怪物共はなかなか歯ごたえがあるしな! 魔法の加減の練習にもなるし、最後まで付き合おう!」
埒外の三戦力は最後まで他の人達の脱出の手伝いをしてくれるようだ。
だったら、プレタが取るべき道も決まっている。この世界に巻き込まれた人たちの救助を続けるだけだ。
そうして作業を続けていると、真下で大きな亀裂が走るような音が響いた。
次いで、周囲の光景が散り散りに解けていく。
「外部の干渉ではないな。ダノラウトとスロウもまだ生きている。……つまり、四つ目の方法という事か」
そう呟いたウィンの視線の先には、最下層で輝く魔法陣があった。
§
ディ・ジャ・ヴィグァに痛めつけられた身体がようやく不自由なく動かせるようになってきたところで、マネキンのような無数の人型が足元から浮かび上がってきた。
「なんだ、こいつら……!?」
驚愕を滲ませながら、ふらふらと立ち上がっていたゼクスが影が揮った剣の一撃を受け止め、反撃で一体を仕留める。
しかし、その隙に背中に一撃を貰ってよろめいた。
一撃で致命傷を与えられない以上、そこまでの驚異ではなさそうだが、いかんせん数が多い。多すぎる。あげく、こちらは万全には程遠い有様。
抵抗は無意味だろう。このまま全員踏みにじられて終わり。誰でも簡単に想像できる結末だ。
だというのに、エイダも諦めるつもりはなさそうだった。
(無駄な事を……)
蔑みを覚えながら、しかしラミアは彼女を襲った敵に火球を放つ。
彼女の背中を守るように、同じく無駄な抵抗を続ける。
続けた末に、足の健を切られ、四方から抑えつけられ、あとはもう剣でめった刺しにされるだけという状況になったところで、それは起こった。
マネキンのような人型と同じく足元から一斉に現れた無数の槍と剣が、三人の身体を避けるようにして人型だけを串刺しにしたのだ。
「どうやら、こちらのエスコートにも間に合ったようですね」
「……マウロ・バレンタイン。どういうつもりかしら?」
「そんな事は今重要ではありません。それよりも時間がない。早く立ち上がって、彼の元に行ってください。道は私が作りますので」
具現化の魔法が、追加で現れた人型たちを串刺しに、言葉通りルートを用意する。
(彼……?)
それが一体誰なのかなんて、考えるまでもなかった。
だからだろう、気付けばラミアは走り出していた。
用意された道に従い、角を曲がり階段を降りて、要塞の魔法陣の要の一つに向かう。
その途中で、周囲の世界が砂の城のように崩れ出した。さらさらと音を立てて、消えて行く。
心臓が、嫌な音を立て始めていた。痛む身体に鞭を打っているからじゃない。この光景が意味するものを理解してしまったからだ。
(これは、解の魔法だ)
恩恵ではない。間違いなく魔法の行使だった。
そして、ククルは神子ではない。
(いや、でも、ここは夢の中……)
器の強度など関係ないのだから、もしかしたら致命的な負担なく使えるのではないか。
縋るような希望はと共に速度を上げて、辿りつく。
はたして、そこにククルはいた。
ピキ、パキ、と全身から嫌な音を立てながら、彼はぼんやりと空を見上げていた。
その視線が、ゆっくりとこちらに向けられる。
「なんだ、本当に連れて来たんだ、あの人。余計な事をしてくれるね」
寂しそうな笑顔だった。
その頬に、一際大きな亀裂が走る。
「……どうして? どうしてよ! 貴方は、そんなことしなくて良かった筈でしょう?」
この世界に、ヴラドやリリスが失って困る人間はいないのだ。
シャルロットの精神だって別に必要ない。マヌラカルタと繋がっている領域さえ手に入ればいいのだから。
「そうだね、だからここに落ちたのは僕の意志だ」
そこで、エイダとゼクスも追いついた。
「お前、その身体……」
「ねぇ、どういう状況なの? さっきの人は、なに?」
「判らないほど馬鹿じゃないでしょう? 僕が解の魔法を使って、この世界を壊した。それだけだよ。君達をここまで連れてきた人は、僕もよく知らないけれど、この魔法については知っていたみたいだね。魔法を使うのに都合が良いこの場所まで露払いをしてくれた」
胴体に大きな亀裂が走り、飛び散った欠片が光となって消えて行く。
「他に、なにか訊きたい事でもある?」
ククルの視線は真っ直ぐにラミアを見つめている。
「……だから、どうして……そんな事を、したのよ?」
吐きだした声は、どうしようもなく震えていた。
「どうせ、僕はじきに殺される。きっとあの悪魔によって核を奪われるだろう。契約者の力と一緒にね。だったら、こっちを選んだ方がマシだって、そう考えただけだよ。要は、つまらない二択さ」
「……嘘だな」
真っ直ぐに、ゼクスが言った。
拳を強く握りしめて、睨みつけるようにククルを捉えながら続ける。
「最後なんだろう? 吐けよ」
「……」
その視線を直視できなかったのか、ククルは一度目を逸らしてから小さくため息をついて、泣きそうな笑顔で視線を戻し、
「恥ずかしい事、言わせないでよ? 嫌な奴だなぁ。……まあ、いいけどさ、どうせ、最後だし」
と言ってから三人を一度見渡して、ぼそぼそと答えた。
「結局、変わってなかったって事なんだろうね。人を殺して、国の裏切り者になって、立場が変わって、嘘を知って、それでも今までの事が全部塗りつぶされたわけじゃなかった。……大事なままだった。だから、選択の余地なんてなかったんだ。ただ、それだけのこと」
話している最中にも彼の身体は崩れて行く。
その光景を前に、エイダは涙を滲ませその場にへたり込み、ゼクスの手を強く握りしめていた。
「ねぇ、ラミア」
「……なに?」
「もう、足が動かないんだ」
言われて、躊躇いがちに彼に近付く。
手が届く距離。指が二本砕け散った右手が、ラミアの頬に触れる。
「やっぱりまだ慣れないな。その顔。……でも、表情の方は馴染み深い。それだって、嘘の方がきっと多かっただろうにね。……だからさ、許してあげるよ。認めてあげる。俺は、君も好きだったんだって」
「っ、ククル、私は――!」
§
「――私は!」
吐きだした声と共に、目が覚めた。
心臓が痛い、嫌な汗が滲んでくる。
周囲を見渡すと、傍らにククルの姿があった。眠っているように見える。
「……ククル?」
震える声をもらしながら、胸に耳を当てる。
音は聞こえない。呼吸をしていない。でも、嘘だと信じたくなるくらいに、触れた頬はまだ温かかった。
それが一層強く、彼が今死んだ事を痛感させて、壊れたみたいに両の眼から雫を零させた。
ぽた、ぽた、と彼の服に染みが浸透していく。
抑えつけられていた想いと共に、広がっていく。
それが、ついに決壊した時、
「…………私も、貴方が好きだったわ」
消えてしまいそうな声と共に、ラミアはククルの唇に別離のキスをした。




