36/舞い落ちる
ヴラドの放った真紅の爪の一撃を、巨大な盾をもった創作の騎士はいともたやすく受け止める。
その隙間を縫うように、スロウが閃光を放ってきていた。
秩序の光。触れたらルールを書き換えられる類だ。
とはいえ、出力はかなり低い。リリスの思惑通り、現実の方に力の大半を置いてきている所為だろう。つまり、鎧さえ突破できれば十分始末できるというわけだ。
まあ、タシネル本体の脅威もあるので単独で行うのは難しいが、幸い此処にはレナリアとシャルロットもいる。後者はともかく、前者はトォーベと同等かそれ以上なので十分役に立つはずだ。
そのレナリアは今、アステアとダノラウトに押されている。こちらに手を貸せる状況には見えない。それを、シャルロットがどの程度覆せるか……
(……戦場には、ずいぶんと慣れたみたいだな)
ヴラドの登場に動揺を覚えていても、スロウに攻撃を続けるわけでも最大の驚異であるタシネルを過度に警戒するでもなく、彼女は即座にレナリアの援護に踏み込んでいた。
訓練もしっかり続けてきたのだろう。少なくとも、決別をしたあの日よりも間違いなく強くなっている。
(状況が動くまで待つのも手か)
彼女に期待をする事にして、意識をタシネルとスロウに集中させる。
この戦いで最も重要なのは位置取りだ。両者の間に入って同士討ちのリスクを与え、神子の火力や攻撃範囲を常に制限し続ける必要がある。
難度の方は程々。創作物だけが厄介といったところだった。
「――」
外の変化に気付いたのか、スロウの眉が微かに動く。
彼女が今最も警戒しているのは、シャイアかそれともモルガナか。
「掌握したんじゃなかったのか?」
「必要なものは全て掌握しています。今も」
こちらの挑発に淡々とそう答えながらも、スロウはタシネルに追加で一体騎士を拵えさせる。神子の奇襲に対する防御要員だ。
しかし、ただでさえ大量の創作物をばら撒いている最中にこれだけの存在を生成すれば、さすがに他の強度は維持できないだろう。魔力の質がそれを物語っている。
案の定、先程までは通らなかった一撃で鎧の騎士に傷がついた。
それに気付けなかったわけでもないだろうに、スロウは追加戦力の保持を選ぶ。
「ずいぶんと臆病だな。アルドグノーゼと合うわけだ」
蔑みを口にしながら、ヴラドは鎧への攻撃を加速させていく。
数度の攻撃で亀裂が走った。そこから零れた魔力によって核の位置を把握することも出来たが、代わりに欠けた金属から小さなタマゴが生えてきて、追尾攻撃を仕掛けてくる。
亀裂が再生される気配はない。タマゴの方も自動的に増殖する事はなかった。夢の中とは言えど、創作物に込められる特性の数には限度があるようだ。
(なら、脳と核さえ守ればいいか)
タマゴに大きな脅威はないと判断し、鎧の破壊に専念する。
結果、全身に小さな穴が開き血塗れとなったが、なんとか一体仕留める事が出来た。
「無駄な事を」
その言葉を嘲笑うべく、ヴラドは伸ばした血の爪でスロウの頬に紅い線を走らせ、守りが一つ減るというのがどういう事なのかを教えてやった。
「次は届きそうだな」
全身から噴き出す血液を用いてさらに攻勢を強め、追加でもう一体を破壊する。
そのタイミングで、シャイアに用意されていた保険がこちらに牙を剥いた。
「いいのか? それを使って」
「ええ、彼女はもう届きませんから」
涼しげな微笑をもって、スロウはそう答える。
どうやら外に放っていたタシネルの手駒がシャイアたちを追い払う事に成功したようだ。
ただ、まだ本当の意味で安心できるラインにまでは離せていないのか、外で行われている最後の仕上げに神経を集中させている。おそらく、タシネルの創作物の目でも借りて観察しているのだろう。
もうこいつはレナリアを見ていない。初めからずっとスロウを本命として捉えていた、シャイアよりも危惧するべき相手を警戒から外したのだ。そしてシャルロットもまだ生きている。まあ、期待してみたほどの成果は出していないが、お膳立ての一つでもしてやれば状況は動かせそう。
(これだけのノイズがあれば十分か)
全てを終わらせる一手は、もう間もなく決定的なところに辿り着こうとしていた。
§
戦いで流れ落ち、床に付着していた血だまりが、一瞬泡立ったのをシャルロットは目の端に捉えた。
この中で血液を操る魔法をもっているのはヴラドだけだ。つまり、これは彼の合図という事になる。
しかも、それはアステアとダノラウトが把握する事のできない完璧な隙間で行われており――程無くして、血液が刃となって跳ねた。
狙いはアステア。
片腕をまだ失ったままの彼女は、その奇襲を凌ぎきれずに大きく姿勢を崩す。
ダノラウトが咄嗟に彼女を守ろうとするが、予め奇襲に合わせる心構えが出来ていたシャルロットも閃光を上手く用いてそれをなんとか抑えることが出来た。
その隙にレナリアはアステアを討つ――ではなく、一直線にスロウに向かって地を蹴る。
タシネルも彼女の創作物も、ヴラドが引き受けているので邪魔は出来ない。更に彼はそのタイミングで周囲に撒き散らした自身の血を霧に変えて魔力の流れをグチャグチャに歪め、視界も含め感知が非常に困難な環境を生み出してもいた。
(これは徹る)
しかし、その確信はあっさりと裏切られる。
レナリアの一撃を、スロウは完全に読み切っていたのだ。
「ユーリッヒにダリーメジェス、貴方はこれまで神子を相手に決定打に迫る一手を必ず決めてきた。それを知る私が最も警戒していたのはモルガナでもシャイアでもない。貴方の思惑です。ですが、どうやらそれは過大評価だったようですね。ずいぶんと貧弱な一手でした」
勝ち誇った微笑と共に、スロウはレナリアの身体を袈裟懸けに切り裂く。
勝負の一手が防がれたのだ。レナリアによって成り立っていた拮抗も瞬く間に崩れ、シャルロットはアステアとダノラウトによってあっという間に致命傷を負わされて、ヴラドもまたタシネルと彼女の創作物によって決定的な一撃を貰ってしまった。
「……さて、最後になにか言い残すことはありますか?」
死にかけのレナリアを踏みつけながら、スロウがヴラドを見下ろす。
そんな彼女に、ヴラドは小さく吐息を零して一言。
「天上のスロウ。地べたに這えばなにも見下ろせないのは、そこらの羽虫と――」
「つまらない負け惜しみですね」
言葉を遮って、スロウはヴラドの首を刎ね飛ばした。
死んだことで影響力を失ったからか、獣の姿をした頭部は本来のヴラドの姿へと戻り、一秒程度宙を舞い地面に落ちたそれは、虚ろな瞳をこちらに向けて――シャルロットは、声にならない悲鳴を上げた。




