35/弄ぶ麗人
クーレとモルガナが要塞に侵入し適当に敵を蹴散らしてる最中、それは訪れた。
シャイアによる奇襲である。まあ、驚きはなかったし遅れも取らなかったが、また外に吹き飛ばされる羽目にはなってしまった。
「少し見ぬ間に、ずいぶんと様変わりしたものだな。悪い方向に。まったく、仮にも私の抑止力たらんとしたものが、あまり失望させないでほしいものだ」
モルガナが大仰な口調と共にため息をはく。
それに対して、シャイアの反応は一切なし。彼女はぼんやりとした目で、ぱくぱくと口を上下させている。
「んー、なんだ? やっと貴方様と共にいれる? 永遠に?」
読唇術の心得があったのか、モルガナは眉を顰め、
「……ね、ねぇ、もしかして私、告白されてる?」
クーレの袖をくいくいと引っ張りながら、顔を真っ赤にしてそんな事を言ってきた。
次に涙をぼろぼろと零して、
「やっぱり、私って可愛いんだ。良かったぁ……良かった、うぅ」
と、感無量となり、
「でも、これって禁断の恋ってやつだよね? 戦場で芽生えた禁断の恋。……ふ、ふへへ」
最後に、若干気持ち悪い表情で笑いだした。
なかなかに愉快な百面相である。
「もしかして、告白されたの初めてなの?」
「わ、悪いっ!?」
「いや、悪くはないけれど、意外だったからね」
「そ、そう? まあ、そうだよね! 私可愛いし!」
「それで、どうするの?」
「困ってる。どうしよう」
本気で困っているようだった。ふるのは可哀想だと思っているみたいだ。
「別にどうもしなくても大丈夫だよ。彼女が言ってるの、僕の事だしね」
勘違いを正すと、モルガナは驚愕に眼を見開き、わなわなと唇を震わせ、
「…………なんで?」
と、恨めしそうな声で言った。
「なんでって、僕が彼女の初恋相手で、ついでに幼馴染だから」
残念ながらクーレは鈍感な人間ではないので、それはもう手に取るように彼女の気持ちには気付いていた。
「えっ!? そ、そうなの?」
「うん、そうなの」
「幼馴染で初恋とか、それって最強じゃない?」
「まあ、僕の方は彼女に欠片も興味ないんだけどね」
そうぶっちゃけると、モルガナは慄くような表情をみせ、
「あ、悪魔なの? 貴方って」
「君の事が好きなんだよ」
と返すと、彼女は数秒ほどぽかんとしてから、動揺に眼をキョロキョロと動かし、汗を垂らしだした。
「ほら、興味ない奴に言われても迷惑なだけでしょう?」
「い、いや、め、迷惑ではない、けど……!」
「でもそれは嘘だって判っているから」
「それは、まあ、そうだけ――」
「まあ、本当なんだけどね」
彼女の、まあ、に被せるようにクーレは言った。
「――っ、く、うぅ、き、ききき、きさま、私を弄んでいるなっ!」
「まさか? そんな悪趣味はもってないよ。向こうの反応を見ているだけ」視線をシャイアに向ける。「どうやら、完全に堕ちているというわけでもなさそうだ。少なくとも外部の刺激を感じ取る事は出来ているみたいだね。気をつけて、多分君を狙ってくるから」
「……そうだ、貴様がいるから、私は」
冷たい殺意をもって、シャイアは右手に剣を形どった『斬撃』の魔法を顕現すると共に地を蹴った。
狙いは予想通りのモルガナ。
荒い攻撃だ。殺すことにあまりにも意識が傾きすぎている。
とはいえ、出力は桁違い。簡単にカウンターで殺せるというわけでもないし、ただ殺したところでまたすぐに復活して終わりだ。逆にこちらは、彼女に殺された時点でこの世界に呑みこまれる。
それなりに不利な状況だが、揺らぎがあるのならなんの問題もない。
シャイア・テキーラは良くも悪くも我慢強く、バランスというものを考えて動いてしまう女性だ。国の事、別の誰かの立場などに心を向けて、自分の願望を選ばない。誰かに強要されてなお、振り切れていないのがいい証拠だ。そしてこの愚かしいとも言える美徳を、スロウはおそらく理解出来ていない。
ゆえに、クーレは問うのだ。
「……ねぇ、シャイア、君は本当にそんな事がしたいの? 邪魔な奴を殺して、欲しいものを手にして、神子らしい神子になりたいの? 違うでしょう。間違えるなよ。君は選べなかったんじゃない。君は今までずっと選んできたんだ。選ばない事をね。君には何か一つに全てを捧げる事なんて出来やしない。だって君は凡人。神子の癖に本当につまらない多くに縛られて生きる、取るに足らない存在なんだから」
「違う! 私は――!」
モルガナに流れていた殺意がこちらに向けられた。
猛攻を凌ぎきる力など当然クーレにはない。そもそも、これ以上抵抗するのも面倒だった。
だから、何手かは防げる中で、あっさりと初手を受け入れるという選択を取る。
結果、心臓の脇に刃が通った。彼女があと少しでも腕を動かせば、クーレの心臓は簡単に破れてしまう事だろう。
だが、あまりにもあっさりその状況に到達した事もあってか、戸惑いが彼女の手を止める。
「どうしたの? 僕を殺して、君が望む僕を手に入れるんじゃなかったの? まあ、それってもう僕じゃないと思うけれど」
息がかかる距離で、クーレは涼しげに語る。
説得に必要な工程はこれで全部だ。あとは、このつまらないがけして嫌いでもない彼女の本質を信じるだけ。
「…………これ以上、苛めないでください。もう、目が覚めましたから」
魔力の剣を消し去り、泣きそうな顔でシャイアは言った。
「私の自我の比重を重くしたのですね。そうして私を明晰夢に近い状態にした」
「正解。……うん、本当に目が覚めたようだね」
さらに顔を近づけて、クーレは微笑む。
「あ、あの、近いです」
「そうだね」
「……」
数秒ほどしてから、シャイアがおずおずと距離を取った。
「……ちゅー、しないんだ」
残念そうに、モルガナが呟く。
そこで彼女の存在を思い出したのだろう。ぎょっとした表情で、
「そ、そんなことするわけがないだろう!?」
と叫んだ。
「別にしても良かったけど」
「えっ!?」
「する?」
「……し、しませんよ! そんな破廉恥な事! というかザーラッハの王たる者が軽々しくそのような発言をしないでください!」
顔を真っ赤にしてシャイアが言うと、クーレは小さく笑って、
「君の小言も久しぶりだな。少し昔を思い出したよ。まあ、それはさておき、他になにか違和感はある?」
「そうですね、不快な感触は消えましたが、元々あったものも消えているような、妙な喪失感があります」
「それはきっとタシネル・リャンタだね。君が正気に戻ってもまだ消えていないという事は、その辺りを剥がされて使われているみたいだ。厄介な事にね」
「私が処理します。ですからクーレ様は――」
言葉を遮るように、魔法砲撃が飛来した。
そのタシネルの創作物による攻撃だ。こちらに攻撃シャイアが障壁を張って防いでくれたが、障壁にはヒビが入っていた。
出力差はこれまた明白。モルガナも相当に消耗しているし、今仕掛けられたら厳しい。
が、要塞から出てきた羽根つきのタマゴたちは、こちらではなくそのまま空に向かって移動している。
(絶好の機会だと思うんだけど、こちらの状態の把握までは出来ていないのか。だとするなら、横槍の一撃はタマゴに意識を向けさせるため、そちらへの対処を促す事が目的といったところかな)
そう結論を出したところで、頭上から無数の糸が垂れてきた。
「おや、これはプレタの糸かな?」
手を伸ばすと、向こうから絡みついてくる。
(聞こえる?)
「あぁ、聞えているよ。そっちの状況は?」
(三割くらいが脱出に成功したわ。確認取れないから断定は出来ないけど、多分現実の方に帰れたと思う。ただ、ちょっと不味い状況になりそうでね、継続が難しそうなのよ)
「あぁ、そうみたいだね。わかった。大人しくそっちに運ばれるとするよ。そういうわけだから、シャイアは此処に残って敵の注意を引きつけておいて。君が残ればタマゴもいくつかは戻ってくるだろうからね。それ以上の事はしなくていい。神子の下手な魔力行使で大切な仲間を巻き込まれても困るし、自衛だけに留めるように。わかった?」
「そ、それは了承できません。私は貴方様の傍に――」
「ガジャ、出来る?」
無駄な問答をする気はないので、さくっと片付けるべく影から半身を呼び出す。
妙な世界なので本調子には程遠そうだが、ガジャは実に元気そうで、
「あぁ、もちろんだ。そんな女に任せなくてもこなしてやるさ。俺なりの方法でな」
と、鼻息荒く応えてくれた。
そんな彼の胸に手をおいて、クーレは微笑む。
「良かった。やっぱり君は頼りになるね。さすがは僕の半身だ」
「ま、待ってください! 私がやります。そのような悪魔より、私の方が適任だ!」
焦ったようにシャイアが言った。
「そう? じゃあ二人に任せるね」
これでシャルロット達にかかる負担も多少は減らせるだろうし、ヴラドへの助けにもなるはずだ。
クーレはあっさりと二人から視線を切り、
「それじゃあ、行こうか」
と、モルガナの手を取る。
その手になすがままに引かれながら、とんでもなく怖い表情でこちらを睨みつけてくる二人から眼を逸らしながら、モルガナは小さく零した。
「や、やっぱりこいつ悪魔だ。怖……」




