34/殺し合う血族
最初に向かった魔方陣の傍には、当然のように精鋭が配備されていた。
『黒潰石』に該当する傭兵たち。
単体の強さだけを見ればどれもレナリアには劣るが、その数が三十も揃えば話は別だ。二人での突破は不可能に等しい。
彼等が生きていれば、間違いなくそうだった。
「……口だけかと思っていたけれど、本気だったようね」
ぽつりとレナリアが呟く。
どうやらこれを行った誰かに心当たりがあるようだが、シャルロットもこの一切外傷を作らない手口には覚えがあった。
ララエスタだ。どこにいるのかはまったく分からないが、彼女がこちらの手助けをしてくれているようである。
事実、次の場所にも、その次の場所にも綺麗な死体が溢れていた。
そうして一切の消耗なく、二人はアステアとダノラウトが待ち受けていた五つ目の魔方陣の元までたどり着く事が出来た。
「お久しぶりね、お姉さま。あまり変わりがないようでなにより。でも、実力の方はどうかしら?」
アステアが優雅に微笑む。
そんな彼女とは対照的に、傍らのダノラウトは憎しみに満ちた眼差しをこちらに向けてきていた。
だが、声は出さない。そのような事が許される空気ではない。
「すぐに判るわ」
低い声と共に、レナリアがデザインナイフを構える。
それに合わせるように、アステアもまた静かに細剣を構え――対極の道を歩んだ二人の、最後の戦いが幕を開けた。
§
目の前に呪わしい妹がいる。
なのに、心は不思議と穏やかだった。
(……お膳立てはここまで、という事ね)
ララエスタの介入はもうない。
おそらくこの近くにはスロウもいるのだろう。
「こちらの始末がつくまでは、もちこたえなさい」
シャルロットにそう命じつつ、レナリアは地を蹴った。
彼女と刃を交えるのはこれで三度目。一度目は戦いを知らない彼女に辛勝し、二度目は才能の差と、なによりブランクの痛さを思い知らされる形で惨敗した。
あれから何年が経ったのか、研ぎ澄まされた怨念は果たしてこの幻影に届くのか。
(試してやるわ)
全身に『死陰』の魔法を纏い、さらに影を実体化させて数的優位を確保する。アステアには一度も見せた事のない戦術だ。
「不浄な色ね。けれど、出力は悪くない。いいわ、披露の機会を与えましょう」
動揺など微塵もない悠然とした口調。
相変わらずの上から目線に懐かしさを覚えながら、レナリアは壮絶な剣戟を奏でていく。
接近戦はこちらがやや有利。
ただ、やや、というのはあまり望ましい状況ではない。両者を囲むように展開された光球から放たれる閃光によって、二対一の優位性がいやらしく潰されている。
「――っ」
中距離になると途端に不利だ。『死陰』の魔法は圧倒的な殺傷力をもっているが、射程距離や範囲にはいくつかの弱点がある。ディ・ジャ・ヴィグァを始末した時のような攻撃にはタメが必要なのだ。だが、この相手にそのような余分を確保するのは現実的ではない。
なにせ、今目の前にいるのはダノラウトの幻影ではなく、おそらくはスロウの幻影である本物の極めて近いアステア・ディ・グゥオンなのだから。
故に、この戦いは距離の奪い合いが全てとなる。或いは、シャルロットとダノラウトのどちらが勝者になるかという点も重要になってくるだろうか。
「私が死んでから、お姉さまはずいぶんと鍛錬されたのね。環境が変わった。前向きな燃料を注ぐようになった。だからこそ、ここまで私相手に善戦出来ている。誇らしいわ。一体どのような変化があったのかしら? 是非とも、国民全体で共有したいところね」
……これは、挑発でもなければ皮肉でもない。彼女はただ本心を口にしているのだ。そして悍ましい事に、その怪物性は養われたものではなく、生まれ持ったものでもあった。
「もうじき死ぬ貴女が、わざわざ知るべきことじゃないわ」
込み上げてきた嫌悪を魔法として発散しつつ、こちらの攻撃に合わせて放たれた背後からの奇襲は影を滑り込ませることで凌いでみせる。
そして、その影を自身の身体に纏い、レナリアは勝負に出た。
全速力の短距離走だ。息が切れるまでに殺せなければそれで終わりの特攻でもある。
「思い切りのいい事ね。嫌いではないけれど、愚かよ。私は付き合わない」
「でしょうね。そうやって大局ばかり見ているうちに、死ねばいいわ」
§
吹きすさぶ殺意と共に、ダノラウトの剣が暴れまわる。
鋭く速く重たい斬撃の嵐。けれど、神子に近しい力を得たわりには、そこまでの驚異は感じられない。
技術にしてもそう。かつて優秀な騎士だったとは思えないくらい、それは凡庸だった。おかげで大した苦も無く対処出来ている。
「薄汚い悪魔が! いつまで抵抗しているつもりだ!」
「……これは、抵抗じゃない」
大上段からの一撃を受け流しながら、シャルロットは呟く。
夢の維持に相当なリソースを割いている所為か、それとも神子もどきになって歪んだ所為か、彼は元々有していた『雷』の魔法を行使出来なくなっているようだ。
使えば優位に立てる機会を三度得てなお、何もしなかったという事実が、それを如実に物語っていた。
(さて、弱点は見つかったようだが、それでも背中は押した方が良いか?)
悪魔の聲がする。
必要ない。それを証明するように、シャルロットは次の攻撃でわざと大きく姿勢を乱して大振りの一撃を誘い、そこにカウンターを合わせて父の心臓を光の剣で貫いた。
手応えはなかった。細剣でも良かったのに咄嗟に魔法を使ったのは、その手応えを無意識に嫌っての事か。
胸に去来した苦しさの余韻は、しかし長くは続かない。一度殺したくらいで、この夢の世界の主が死ぬわけもないからだ。
「……あの方を殺すだけでは飽き足らず、私にまで手に掛けるとは、どこまでも親不孝な娘だな。貴様は」
魔力が跳ね上がった。
(なるほど、そういう仕様か。これはなかなかに面倒だな。だが、貴様が正しく殺せた事は褒めておいてやろうか。くく)
(余裕そうだね。不味い状況になってると思うんだけど)
(これくらいは想定していたからな。構わず殺し続けろ。その歪みを大きくするんだ。奴が自身の存在を隠しきれなくなる程度にな。……なに、厳しいようなら私も口を貸してやるさ。貴様がもう一度殺したあとで、だがな)
ずいぶんと愉しそうに言ってくれる。
けれど、そこに反発しても仕方がないので、歯を食いしばって再度油断を誘い、シャルロットは同じような形でもう一度父を殺してみせた。
直後、マヌラカルタが影の中から出てきて、
「一つ訊きたいのだが、その安易で無様な死は、不死の優位性を失っている我々に対する皮肉のつもりなのだろうか? だとしたら、残念ながらあまり効果的はないぞ?」
「今だけだ」
「そうだな、貴様の魔力はまた一段大きくなった。その割に、性能の方はあまり上がっていないようだが。まあ、回数を重ねていけばいつかは我々を殺せる程度になるのだろう」
そこで、マヌラカルタはちらりとアステアの方に視線を向け、
「だが、果たして彼女はそこまで貴様の醜態を許容してくれるのかな? あの冷徹にして平等な英雄が、貴様だけは特別だとその非人間性を捨てる? 私は、あり得ないと思うのだが」
「黙れ!」
渾身の一撃がマヌラカルタに振り下ろされる。
しかし、これもまた大振りだ。どれだけ速くとも予備動作が多ければ回避はそこまで難しくない。
「くく、判りやすい男だな。さすが親子というべきか、不安が透けて見えているぞ?」
「黙れっ!」
追撃の太刀がマヌラカルタの胴体を半ばまで切り裂く。
かなりの深手。ただ、感情任せの一撃は大きな隙を生み出す。
そこを突いて、シャルロットはダノラウトの首を細剣で刎ね飛ばした。
堕ちた頭部が溶けるように消えると同時に、新しい首があっという間に生えてくる。
「間抜けが、言った傍から無能を晒すなよ」
「悍ましき悪魔が……!」
(さて、目的は果たした。私は戻る。あとはなんとかして耐えろよ)
(え? ちょっと――)
こちらの思考より早く、再度踏み込んだダノラウトの一撃で今度はマヌラカルタの首が飛んだ。
今まで以上に大きな隙。
殆ど条件反射的に、シャルロットは閃光を解き放つ。
が、今度は避けられた。また性能が上がった証拠だ。しかも、上がり幅が明らかに大きい。
「――っ」
攻撃に回せる余裕も、あっという間になくなってしまった。
それほどまでの速度をもって繰り出される猛攻に、呼吸する暇すらない。
このまま行けばあと数秒で死ぬ……筈だったのだが、寸前でまた性能が落ち着いた。確実に勝利できたはずなのに、その機会を自ら失ったのだ。
(嬲り殺しにしようとしてるの?)
だけど、父の目は異常なほどに血走っていて、ただただ憎悪に振り回されているように見えた。そういう発想が出てくる状態には見えない。
(だったら、別の要因か)
胸の内でマヌラカルタの意識がまた目覚めたのを感じつつ、シャルロットは防戦に努めながら考える。
そして、彼の力をスロウがコントロールしている(この場合はセーブと言った方が適切だろうか)という結論にたどり着いた。それはつまり、彼がこの世界で必要以上の強さを得る事、或いは彼に必要以上の力を使われるのを相当に嫌っていることを示している。
(もう少しだ。もう少し耐えろ)
面倒そうに、マヌラカルタが言ってきた。
あと少しでスロウの正確な位置を掴めるという事なのだろうか?
まあ、なんにしても、耐えられるまで耐える事に変わりはない。とにかく防御に徹して、生存に努めて、時間を稼ぐ。
結果、レナリアの状況の方が先に大きく動いた。
彼女の決死の猛攻が功を奏したのだ。
「――っ、どけぇええっ!」
アステアの腕が斬り落とされた事を察知したダノラウトが、シャルロットを振り払い一直線に駆けだす。
今までとは比べ物にならない出力。
咄嗟に閃光を放つが、魔力障壁一つで歪められてしまった。
「もっと強くだ。確実に当てられるように効果範囲も上げろ。三人纏めて始末するつもりでやれ」
影から顔を出したマヌラカルタが小さな声で言う。
「それは――」
「どうせ夢の中だ、誰を殺したって問題はない。そうだろう?」
躊躇いは覚えたが、これが好機なのは確かだ。
最大火力を用意してタイミングを見計らう。
レナリアもアステアもこちらには気付いている。だが、ダノラウトは気付いていない。
おかげで、思いのほか早くその機会はやってきた。
(――そっちじゃない、こっちだ。撃て)
不意に、頭の中にマヌラカルタの聲が響いた。と同時に意識がある箇所に引っ張られる。
動揺はなかった。
躊躇いもなく、シャルロットはそこに向かって閃光を解き放つ。
なにもない筈の空間が歪み、スロウが姿を見せた。
マヌラカルタが小芝居を打った甲斐もあってか、多少は奇襲としての効果もあったようだ。スロウは回避ではなく、防御という選択を取った。
本来の彼女なら、当然無傷で済んだだろう。しかし、彼女の身体には火傷の痕が残っていた。明らかに現実の彼女より弱いのだ。
シャルロットがその事実を認識した刹那、頭上から真紅の奔流が殺到し、流星の如き不意打ちをもってスロウに直撃した。
「……来ると思っていましたよ。ヴラド・ギーシュ」
涼しげな声。
漆黒の獣の完璧な奇襲を防いだのは、もちろんスロウ――ではなく、傍らに潜んでいた人影。
「時間はかかりましたが。シャイア・テキーラの精神は完全に掌握しました。これで彼女の悪夢も、この通り。私の忠実な騎士となってくれた」
人影に色と輪郭がつき、やがてそれはタシネル・リャンタへと至った。
彼女は無言だ。性能だけを抽出した結果だろうか。人形にしか見えない。
「この世界の彼女はきっと、現実世界にいた彼女よりも強いと思いますよ。ただの人間など踏みにじられるだけ……なんて、もちろん油断はしません。どうやら一度誰かに殺されてしまっているようですし、そのレベルの暴力に晒されたらいくら私でもただでは済まない。ですから、まずはしっかりと守りを固めるとしましょうか」
その言葉に操られるように、タシネルの指が踊り、三体の人型を生み出す。
全身を鎧で纏い、巨大な盾をもった三体。
「これは、ただ守る事だけに全てを注ぐ盾の英雄たち。私の魔法でもきっと傷一つ付けられない強度です。ふふ、これでようやく落ち着いた気持ちで結末を見ていられますね。あとは、そうそう、無断で外に出ようとする不届き者達にも罰を与えておかないと」
タシネルの手が、また異質な怪物を創造する。
今度は巨大な翼をもったタマゴだった。
タマゴはバサバサと大きな音を立てて羽ばたき、いくつもの羽根を落とす。その羽根の根元から新しいタマゴを次々と生み出しながら、建物を突き破り上空へと向かって行っていく。
――と、そこで、強烈な魔力が左手の方角で発生した。
シャイアの気配だ。それに紛れてクーレとモルガナの気配も感じ取る。
「向こうも佳境のようですね。さて、どちらの結末が先に訪れる事になるのか。ふふ、見物ですね」
優雅に微笑むスロウは、まさに現状の支配者が誰であるかをこれ以上なく物語っていた。




