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君>世界   作者: 雪ノ雪
第八章『死者の未来』
158/172

33/眼差しの違い

 突然、凄まじい気配がシャルロットたち四人の全身を粟立たせた。

「……この感じ、あの獣のものかもしれないな」

 と、マヌラカルタが呟く。

 シャルロットにはそれが真実かどうかわからない。自分を殺し、思考をクリアにしてくれた獣の気配は、それだけ巧妙に隠されてもいたためだ。

「場所はルウォ・ステラ要塞のあたりか。罠の可能性も否定できないが、どうする?」

「……行きます。他の人達とも合流できるかもしれないし」

 反対意見はなく、行動は即座に決定した。

 そうして要塞に向かって駆けている最中、クーレの気配を察知する。

 向こうもこちらに気付いたようで、真っ直ぐに近付いてきて、

「やぁ、どうやら無事だったようだね」

 軽く片手を上げ、立ち止まった彼は爽やかに微笑んだ。

「貴様、今まで何をしていた?」

 眼を細め、咎めるようにマヌラカルタが言う。

「なにって、そうだな、モルガナを探してたかな。ちょっとこの世界に邪魔された所為ではぐれちゃってね。そっちは? なんだか酷く疲れているように見えるけれど――」

 そこから移動しながらの情報交換が始まり、仲間が最後にいた階層やシャイアが敵の手に渡った事など、細かな部分まで共有したところで目的の場所が見えてきた。

「どうやら、此処に来たのは正解だったみたいだね」

 クーレの呟きを聞き終えたところで、シャルロットもその魔力を捉える。

 モルガナだ。ルウォの首都がある方から、物凄い速度で要塞に向かっている。

「彼女死んだみたいだね。それでルウォ帝国で目覚めたのか……敵になっていたらそれはそれで面白かったんだけど、殺気が向けられている方から見るに、その線はなさそうだ」

 残念そうにクーレがため息をつく。

 つきながら、モルガナの方に進路を変えた。

 速い。とてもではないが追いつけない。

 それでも追いかけなければと両足に魔力を集中させたところで、

「注目は奴等だけに集めさせておけ。それより、要塞内にはどうやらにスロウがいるようだぞ? アステアとダノラウトの気配もするな。ただ、シャイアの気配はしない。という事は奇襲狙いか。或いは調整に手間取っているだけなのかもしれないが、いずれにせよ周囲の警戒は怠るなよ?」

 と、マヌラカルタが鋭い声で促してきた。

 言われてから警戒をする自分にちょっと情けなさを覚えつつ、一度そこで足を止め、どう動くべきかを少し考える。

「……神子を討つのは、私たちに出来る事ではありませんわ。けれど、スロウの法は魔法陣によって維持されている。それを破壊する事は、私達にも可能な筈よ」

 移動によって少し乱れていた呼吸を整えながら、ラミアが言った。

 現実でもそうであるように、どうやらこの要塞は魔法の効果を強化するのに一役買っているようである。

「どうするの? シャルロット」

 と、エイダが訪ねてくる。

 間髪入れず、その隣にいたゼクスも口を開いた。

「俺はラミアの意見に賛成だ。あっちを追いかけても正直俺たちに出来る事なんてなさそうだしな。まあ、あんたは別だろうから、加勢に行っても問題はないと思うが」

 ただ、その場合はエイダ、ゼクス、ラミアの三人で要塞に潜入する事になるので、戦力的にも隠密性能的にもかなり厳しくなる。実質捨て駒のような扱いとなってしまうだろう。さすがに、そんな真似は出来ない。

「きっと、もうすぐ派手な魔力が吹き荒れると思うから、そのタイミングで要塞への潜入を開始します。……それでいいかな?」

 視線を流すと、三人は小さく頷いてくれた。

 程無くして、予想した通りモルガナが戦闘を開始した気配が伝わってくる。

 相手はザーラッハとルウォ帝国の精鋭たち。おそらく、現実世界のそこに駐留していた騎士たちが反映されているのだろう。

 シャルロットは周囲に広がった激突の魔力に紛れるように光の魔法をドーム状に展開して、外側からこちらが見えないようにしつつ、慎重に要塞に近づいていき、

「要塞の構造が現実と同じなら、西側に脱出用の隠し扉があるはずですわ。以前、デューリ・コンクが用いたルートが」

 というラミアの先導の元、そこから内部へと侵入した。


               §

   

 クーレとモルガナの対処に相当数が割かれたためだろう、内部には殆ど人の気配がなかった。

 とはいえ、その数少ない気配はどれも強烈であり、見つかれば終わる可能性が非常に高い事を示唆している。

 それらをどう潜り抜け、目的を果たすべきか……

「なにかしらの方法で敵を釣りたいところだな。誰かが囮になるのが一番だが……ん、なんだ?」

 ラミアにじめっとした視線を向けられ、マヌラカルタが眉を顰めた。

「貴方、死ぬことへの影響はどうなっているのかしら? シャルロットが無事なら汚染はされないのではなくて?」

「今の私に何秒耐えられるというんだ? 陽動にはならんよ」

「それは、多分ここに居る全員に言えることだけどね。大体、それでスロウがやってきたらどうするの?」

 ため息交じり言っておく。

「奴が直接始末に来ることはないだろうさ。部下を寄越すのが先だ。なにせ傲慢な奴だからな。……あぁ、だがまあ、状況の不味さ次第ではそうとも限らないのか。では、大きな動きがあるまで待つのが最善という事になるな。怪物も外には居なかった事だし、仮に奴がすでに内部に潜入しているのなら――」

 ドス、という音がマヌラカルタの言葉を遮断した。

 ゆらりと彼の身体が倒れる。見ると、彼の背中には青白い手が突き刺さっていた。

「――っ!? ディ・ジャ・ヴィグァよっ! 警戒してっ!」

 叫びながら、ラミアが炎の魔法をばら撒いて追い払う。

「――っ、うぅ」

 シャルロットの影に戻ってきたマヌラカルタから、気持ち悪い感触が伝わってきた。

 毒だ。即座に魔力の繋がりを断ったので致命傷は避けられたが、全身から嫌な汗が滲んでくる。それと同時に眩暈と吐き気、そして平衡感覚の狂いが襲ってきた。

 そんなシャルロットを守るようにゼクスとエイダが間隔を詰め、周囲を見渡し、天井の灯の上に張り付いていたディ・ジャ・ヴィグァを発見する。

「ゼクス!」

「あぁ!」

 エイダが水の弾丸を連続で発射。それに合わせて、ゼクスが『拡縮』の魔法を解き放った。

 ディ・ジャ・ヴィグァに迫る弾丸がみるみる大きくなり、天上に着弾する頃には掌サイズの水球の群れは半径五ヘクテルほどの巨大な水の塊へと変貌する。

 ゼクスの魔法については以前に教えてもらっていたが、想像していた以上に強力な魔法だ。

 回避は不可能と判断したディ・ジャ・ヴィグァが魔力障壁を展開する。

 魔法を完全に防ぐほどの出力は脅威だが、余裕をもって防げているわけではない。火力を足せば突破はできそうだ。

 なら迷う事もないと、シャルロットはふらつく身体に鞭を打ち、高出力の閃光を解き放つ。

 マヌラカルタが持ち込んだ毒の所為で少し魔力が乱れて狙った心臓には当たらなかったが、脇腹を穿つことには成功した。

 夥しい血が天井から降り注ぐ。

 これで、多少の優位は確保できただろうか?

 そんな希望を抱いた途端、ディ・ジャ・ヴィグァの傷が完治した。一瞬と表現してもいいレベルの異様な再生速度である。

(……種の保存か。幻獣種の特権だな。それをたった一つしかいない存在が有しているとなると、奴の細胞を全て滅ぼさない限り奴を殺すことは出来ないという事になる。現実の方でもな。要は私の下位互換だ。全部殺せば片は付く)

 毒の影響か少し強張った聲で、マヌラカルタが情報を寄越してくる。

 ずいぶんと簡単に言ってくれるが、そのディ・ジャ・ヴィグァの身体は再生と並行してバラバラに分裂したあげく、あっという間に散り散りになってしまっていた。

 ヘビのように、或いはクモのように、百近くに別れた部位が自ら分泌した毒血の雨を降らしながら動き回っている。

「うげぇ……」

 ショッキングな光景と、ただの血の匂いとは決定的に違う異常なほどの悪臭に、ゼクスが顔をしかめた。

 凄まじい毒性の雨は、じわじわとこちらに向かって近づいてきている。

 この局面、強行突破するべきか、それとも一旦引き下がるべきか……

(……どちらも無理になったな)

 ぽつりとマヌラカルタが零したところで、前後の通路に異変が起きた。

 空間が揺らめき、液体のようなものへと変わったのだ。

(これは、この世界そのものの干渉だ。我々の魔法では突破は難しいだろう)

 素直に納得は出来ないので、最大限の火力をとりあえず正面に叩きこんでみる。

 が、シャルロットの力では波紋一つ立てるのが精いっぱいだった。当然、後ろの方も同じだろう。

 逃げ場がなくなった以上、ここで打ち倒すしかない。

 ……とはいえ、すでに詰んでいるというのが現実で、ディ・ジャ・ヴィグァの毒はあっという間に閉鎖空間を満たし、四人に重度の混濁と鈍りを齎していた。

 そんな状況下で、百近い群れが襲い掛かってくるのだ。散弾のように爪や骨の一部をばら撒いてくる。

 それを、エイダが水の防壁でなんとか防ぎ、その隙にラミアとシャルロットが反撃を試みるが、やはりこれも時間の問題で、最初に毒の濃度を拡散するのに全魔力を注ぎ込んでいたゼクスが魔力切れを起こし倒れた。

 次にラミアが倒れ、そして自分を庇ったエイダも倒れてしまう。

(ここまでだな)

 冷めたマヌラカルタの聲に、反発を抱く事ももう出来ない。

 どさり、と自分の身体が倒れる音を他人事のように聞く。

 このまま目を閉じてしまえば、全てが終わる。

(……嫌、だ)

 魔力を絞り出して、最後の抵抗を試みる。

 意味なんてないのは判っているけれど、それでも一縷の望みをかけて立ち上がる。

 ――と、そこで、凄まじい破裂音が鼓膜に突き刺さった。

 背後にあった空間の壁を破って、漆黒の魔力が濁流となって殺到したのだ。

 シャルロットの身体どころか空間全てが瞬く間に呑み込まれ、そこにあった無数のディ・ジャ・ヴィグァの気配もまた完全に消え失せた。

 覚えのある魔力だった。だから、死んだと思った。

 けれど、まだ意識はあって、それどころか徐々に体調が戻っているようでもあって……

「……レナリア叔母様?」

 その名を呼んだところで、闇が晴れた。

 エイダもゼクスもラミアも息をしていた。死に絶えていたのは、ディ・ジャ・ヴィグァだけだった。

「大した毒ね、誰一人殺せないだなんて」

 蔑むような呟きを零しながら、レナリアがこちらに視線を向けてくる。

 前に会った時と同じく冷たい、でも以前とは少し違う気がする眼差し。

 何が違うのだろうと考えて、そこに憎悪がない事に気付く。代わりに、そこには憂いのようなものがあった。

 もしかしたら、この世界でなにかがあったのかもしれない。

「貴女が此処に来た理由は何?」

 そんな叔母が、デザインナイフをこちらに突き出し、刺すような口調で訪ねてくる。

「私は、お父様を止めに来ました。この世界に呑み込まれるわけにはいかないから」

「――殺してでも?」

 ぞっとするくらいに乾いた声だった。

 しかしそれに臆することなく、シャルロットは「はい」と答える。

「そう、ならいいわ」

 デザインナイフが仕舞われた。

 こちらから視線を切って、彼女は颯爽と歩き出す。

 その背中に、シャルロットは躊躇いつつも言葉を投げかけた。

「叔母様は、何故此処に来たのですか?」

「クリスエレスを滅ぼすため」

 振り返る事もなく、彼女は底冷えする声で言う。

「それは、どうしてですか?」

「答える必要はないわ。誰にもね」

 これ以上の言を許さないトーン。痛々しいくらいに厳かな怒りだった。

 でも、それはシャルロットに向けられたものじゃない。それはきっと、彼女自身に向けられたもので……

(……やっぱり、そうなんだ)

 情報だけの段階ではまだいくつかの疑問が残っていたけれど、これで確信できた。

 彼女は自分の息子を愛していたのだ。シャルロットの父であるダノラウトとは違って、クルジェという個人をちゃんと想っていた。復讐に、その身の全てを委ねられるくらいには。

(なんだろう、嫌だな……)

 苦しくて、悔しくて、憎らしくて、寂しくて、色々な想いが胸の奥底から溢れ出て息が詰まる。

 まったく想定していなかった感情の動き。

 ……もしかすると、自分は、本当は目の前の彼女を憎みたかったのかもしれない。全部貴女の所為だって、許さないものだとして蓋をしていた憎悪や怨嗟を叩きつけて楽になりたかったのかもしれない。

 だけど、もうそれは出来なくなってしまった。彼女の痛みが、本物だと判ってしまったから。

「あ、あのっ! ……協力、しませんか? スロウを討つという点で、私たちは協力できる筈です」

 だからこそ、シャルロットは言った。感情を無視した声で合理を取った。

 レナリアの足が止まる。

 振り返った彼女は、酷く苦々しい表情で、

「……気持ち悪い娘」

 と、小さく吐き捨て駆けだした。彼女からすれば、ずいぶんと遅い速度だった。

 提案を、受け入れてくれたのだ。

 しかし、すぐに追いかける事は出来なかった。仲間を置いて行く事に躊躇を覚えていたからだ。

 そんなシャルロットの心情を察してか、立ち上がれる程度には回復していた三人が声をかけてくる。

「あとは任せますわ」

「そうね、早く行った方が良い」

「大丈夫、ここは夢の中なんだろう? だったら、あんたが勝てば死んだってなんの問題にもならないんだからさ。気軽にいこうぜ」

「……うん、ありがとう」

 その言葉に背を押されて、シャルロットもまた駆けだした。


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