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君>世界   作者: 雪ノ雪
第八章『死者の未来』
155/172

30/幻想の限界

 アステア・ディ・グゥオンは天才の中の天才だ。

 自分より優れた才能など知らなかったし、誰にも負けたことがない。

 少なくとも、彼女を生み出したダノラウトの認識ではそうだった。

 故に、この世界にちりばめられた情報を拾う事が出来る立場にもあった彼女は矛盾を突きつけられる。自分という存在に揺らぎを覚える。

 ただ、その揺らぎを一切合切無視できる精神構造に嘘はない。

(まあ、いいわ。あとで気にしましょう)

 それよりも目の前の神子をどう崩すかに神経を注いでいく。現状用意できる最大のパフォーマンスをもって、なんとか追い縋る。

 将軍たちの方もまた、こちらが想定していた以上に状況を崩せていた。

 ならば、かつて神子を討った時のように、神の手を借りずともこの神子を――

「――なんか、がっかりだな」

 ぽつりと、防戦に回っていたモルガナが呟いた。

 瞬間、アステアの身体は宙を舞って、地面に叩きつけられると共に振り抜かれた蹴りを前に肋骨が砕けれ、そのまま吹き飛ばされる。

「――っ!?」

 致命傷ではないが、動きに大きな支障が出るのは避けられない。

 追い討ちが来なかったのは幸いだが、残念ながら味方のフォローによる結果ではない以上、そこに安堵を覚えることは出来なかった。

「かつての神殺しであり、性能においても今の私と五分以上の相手だと思ってわくわくしていたが、所詮は紛い物か。貴様の戦いには華がない。何をしでかしてくるのか、と期待させる要素がまるで見当たらない。単調とは罪だ。そして私への無礼でもある」

 いっそ嫌悪すら滲ませた言葉を連ねながら、モルガナは今までの善戦が嘘だったかのようにアステアを圧倒していく。性能面では何も変わっていないのに、為す術がない。

 理解できない現実だ。まるで悪い夢のよう。

 或いは、未知の魔法に翻弄されているかのような――

「最後に良い事を教えてやろう。私自身に、魔法はない」

 心を読み取ったような言葉と共に、モルガナは刺突を放ったアステアから細剣を掠め取り、一切の淀みのない流麗さでその細剣を振り下ろした。

 鎖骨が断たれ、肉を刃が滑らかに切り開いていく。

 かろうじて身体を逸らせたので臓器にまでは届かなかったが、武器を奪われたあげくに、右腕も上がらなくなった。

「この心臓には、どういうわけか核が見当たらなくてな。だから、契約者になるまではずっと外に出る事を禁じられていたよ。無論、私は今も昔も万能の天才だからな、それを恥じた事はなかったが。……はぁ、なんだろ、私、今物凄くカッコいい事言ってるのになぁ、全然気分が上がらないや」

 退屈そうな眼差しをこちらに向けながら、モルガナが止めを刺しに近づいてくる。

 ……下手に動けば、その時点で死ぬ。

 確信めいた予感を前に、しかしアステアの表情に絶望はない。いや、そもそも絶望という感情を持ち合わせていない。そんなもの、英雄である彼女が持ち合わせているわけがないという盲目の所為で。

 だから、代わりに彼が絶望するのだ。その敗北に。

 そして、それを懸命に否定しようとこの場に現れる。

「化物がっ! アステア様から離れろ!」

「わ、突然沸いた。吃驚するなぁ……」

 軽い反応を見せながら背後からの奇襲を当たり前のように回避して、モルガナは振り向きざまにダノラウトの首を刎ね飛ばした。

 しかし、この世界の主である彼はこの程度ではびくともしない。

 そのまま突っ込んで、タックルを見舞う。

「――うぎゃ!? さ、触られたっ!? 知らない首無し男に触られたっ! なんで死体が動いてんだよ! ってか、こいつが元凶だった! やば、忘れてた。もしかして汚染が進行してる? 一旦、上に戻った方がいいのかな。――あぁ、早く帰って爺やの声聞きたいな」

 慌てふためいていたと思ったら急にどんよりとした表情になったり寂しそうに呟いたりしながら、咄嗟に間に差し込んでいた腕を器用に使ってスペースを作り、モルガナはダノラウトの鳩尾に膝を叩き込み呼吸を止め、続けてあっという間に再生した頭部の側面に肘を打ち込んだ。

 頭蓋骨が砕ける音がはっきりと聞こえたが、ダノラウトの身体はやはり揺らぐことなく、その衝撃をなかった事にしながらモルガナの腕を掴もうと手を伸ばす。

 しかし、吹き飛ばせないなら自分から離れればいいと、モルガナは即座に対応を切り替えて、ダノラウトの顔面を踏み台に大きくヘカテの元へと飛び退いた。

「なんか、あいつ気持ち悪い。ざらつく感じがする。だから、ええと、そう!  そいつらは私が黙らせるから、貴様が処理するのだ。というか、して!」

「それは無理な相談だな」

 淡々とした口調でヘカテは答えた。

 まさか断られるとは思わなかったのだろう、モルガナはぎょっとした表情と共にヘカテに視線を向け――ぞぶり、という音が届いた。

 続けて鈍い打撃音が響き、モルガナの身体がヘカテから弾かれるように離れる。

「奇襲自体は完璧に嵌ったと思ったのだが、あそこから即死を回避できるとはな。天才という自称も、あながち大言壮語というわけではないか」

 離れ際の蹴りによって折れた左の手首をさすりながら、ヘカテがつまらなげに呟いた。

「――うぅ、ごほっ」

 片手で刺突された箇所を抑えながら、モルガナが血を吐く。この魔力の流れからして、肺だけではなく心臓にもダメージが入ったようだ。

「どう、して……?」

「この世界に汚染されていないのに、か? 答えなど、少し考えれば判る事だろう?」

 治癒を施しながら上げられたヘカテの左手に合わせて、トォーベとグンダルを抑えていた不瑕疵の騎士たちがモルガナ目掛け一斉に攻撃魔法を連発する。

 今の彼女に回避は困難だ。それでも、ある程度は凌いでいるあたり尋常ではないが……。

「愚図共め、何を呆けている。貴様たちも早くトドメを刺しに行け」

 視線をトォーベやグンダルに向けて、ヘカテが追い打ちを命じる。

「いや、待て待て、これはどういうことだよっ!?」

 トォーベが目を大きく見開きながら訪ねた。

 盛大なため息が、ヘカテから漏れる。

「どうもこうも、見たままだろう? 真正面からではこの戦力でも奴を始末するのには手間取りそうだったのでな、より確実な方法を取っただけの事だ。まあ、そこの男で状況を作る予定ではなかったので、こちらの用意は一つ無駄になってしまったが。わかったのなら――」

 と、そこで、硬いものがひしゃげる凄まじい衝突音が響き渡った。

 それは放っておいてもじきに死ぬほどの傷を負ったモルガナが、最後の火を滾らせるかのように圧倒的な出力をもって不瑕疵の騎士を二名ほど叩き潰した音であり――

「あんな男に、つくなど、つまらないことをするもの、だな」

 ごほ、ごほ、とまた激しく血を吐きながら、それでもモルガナは傲慢な笑みを湛えて見せた。

「私から言わせてもらえば、どちらもそう大差はない。あの方は確かに国を動かすという点では優秀だが息苦しさがあったし、アルドグノーゼ様も優秀とは言い難いが別に悪政を行っていたわけではないからな。ならば、忙しくなりそうな今後において、目の保養はあった方が良い」

 淡々とした口調でヘカテは言う。

「――は? ん? いや、待て! それってつまりあれか、顔で選んだのかよ、お前っ!?」

 驚愕するトォーベ。

 そういう感性はアステアにもなかったので、完全に彼と同じ感想だった。

「音楽という芸術に触れているくせに、美醜の価値も判らんとは。嘆かわしいにも程があるな」

「……美醜の価値が判らないのは、貴様の方だろう? あんな誰でも考えつくような平均的造形になんの価値があるというのだ? そんなものに、私は負けない! 負けてたまるか! こうなったら徹底抗戦だ! 死ねば諸共の美学を教えてやる!」

 逆鱗に触れたのか、モルガナは死に体のなか無駄に声を張り上げて――二度目の奇襲にまったく反応できず、その上半身を失い即死した。

「……は?」

 誰もそれを想定していなかったのか、複数の間の抜けた声が鼓膜に届く。

 そうして、誰もが突然に現れた漆黒の獣じみた怪物に唖然とし――


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