29/将軍と英雄
アルドグノーゼの側についていたグンダルは、この世界のことを事前に知らされていた。だから天使の意向に従って陰で色々と暗躍していたのだが……どうにもこちらの成果との結びつきは弱く、全体の流れはやや劣勢と言った具合に傾いていた。
そんな中に、異様に背の高い男がふらりと現れる。
「ディ・ジャ・ヴィグァか。お前さんもこっちに来たのか? 現実世界での仕事はどうした?」
「もうない」
「それは全員やったという認識でいいのか? それとも邪魔でも入ったか?」
「ボーゼス」
「……ボーゼス? あの神子が関与しているのか。そういえば『波』に纏わる魔法だったな。波長を広げて、全体の動きを監視している。その所為で下手に動けなくなったというところか?」
その確認に、ディ・ジャ・ヴィグァは小さく頷いた。
「ふむ、しかし、どうして奴がルウォにいるんだ? 現実の方の状況はなかなか混沌としているようだな。優位性が奪われたのも痛い。もっと早い段階で厄介そうな面子を始末しておけばよかったものを、いろいろ後手後手だな。あげく、今の主導権は完全にスロウが握っている、か。気に食わん話だよ」
「何故?」
「何故って、さすがに言葉が足りな過ぎだ。もう少し判るように話せんのか?」
「…………陛下」
長考の末、ディ・ジャ・ヴィグァはそう言った。
これまた全然足りていないが、まあ、そこら辺は付き合いの長さで解決するしかない。
「儂がルウォ様ではなく、アルドグノーゼ様の側についたのが気になる、でいいのか? 今訊くことでもないと思うが、儂が裏切るかもと不安にでもなったのか?」
「……」
視線だけを向けてくる。
おそらくは、正解なのだろう。
「そうだなぁ、判りやすいから、だろうな」
「?」
「王としてはルウォ様の方が優秀なんだろうが、どうにもあの方のスタンスは儂の肌に合わんのだよ。回りくどすぎるからな」
回りくどいのは自分の魔法だけで十分という奴である。
「そういうお前さんはどうなんだ? 何故、こちらについた?」
「…………」
「あぁ、悪かった。そう難しい顔をするな。さすがに愚問だったな。まあ、いずれにしても、儂らのすべき事は変わらん。この世界を破壊しようとする輩の排除――あぁ、いや、今はどういうわけか、ここに落ちてきたモルガナの捕獲になったんだったか。神子を捕らえろだなんて、また無茶な要求をしてくれるものだが」
だが、それを多少なりとも現実的にするため、グンダルは今有力者をこちら側に落とすという作業を行っているわけである。
本当に面倒くさいし大変。故に、作戦成功のあかつきには是非とも特別手当をもらいたいものだった。
「次」
「そう急かすな。すでに味方にしたい奴等を最下層に落とす行程は完了しているんだ。あとは何度か殺して汚染を強め、手駒にするだけ。その最初の相手は慎重に選びたい。何事も楽に進めたいからな」
片手に持っていた酒瓶を煽って、グンダルは気だるげに言う。
「まあ、心配せずとも、必要最低限の戦力はじきに用意できるだろうさ。おそらくだが――」
不意に、背後から風を切る音が迫った。
咄嗟に得物である斧で受け止める。
「良かった。貴方もちゃんと戦力にはなるようね。けれど、怠慢は許されない。トォーベという将軍が最も脅威であると聞いたわ。まずはそこに向かいなさい」
仕掛けてきたアステア・ディ・グゥオンが、細剣を鞘に仕舞いながら言う。
殺気すらろくに見せずにこちらを殺そうとするあたり、他者を踏みにじる事にずいぶんと慣れているようだ。
「トォーベか。儂らだけではやや不安だが、クリスエレスの英雄殿は手伝ってくれるのかね?」
「ええ、もちろんです。ルウォの将軍の実力には興味もあったしね」
そう言って、アステアは優雅に微笑んだ。
§
「――くっ、さすがにこれは、キッツイだろっ!」
ディ・ジャ・ヴィグァ、グンダル、アステア三名による猛攻を前に、トォーベは当たり前のように追い詰められ、死を迎えようとしていた。
それでも三人それぞれにそれなりの手傷を負わせるあたり、さすがは四将軍最強というべきか。
「でも、これで終わりね」
ディ・ジャ・ヴィグァの背中越しにアステアが放った閃光が、トォーベの心臓を貫く。
仲間を巻き込むことに微塵の躊躇もない一撃だった。まあ、そこに憤りを覚えるほどに綺麗な戦いに慣れているわけでもないが、なにも思わないほどに汚さに慣れているわけでもない。
(だが、強さは本物か)
一対一でやっても、おそらくトォーベに勝てる程度には、このアステアという女は強い。
この分なら、他の戦力もサクサクと集められるだろう。モルガナも空間行使を封じられているようだし、あと数人用意出来れば行けそうだ。
「ん? あれ、たしか、オレ様……」
その場で死から復活したトォーベが、ぼんやりとした表情を浮かべている。
そこにアステアが適当な嘘を吹き込むと、彼はあっさりとそれを信じた。元々単純な奴だが、それでもここまでではない。傍から見ると、やはりこの世界の異常さが目立つ。
(儂もどの程度汚染されていることやら)
それを危惧出来るうちはまだ大丈夫、と自分に言い聞かせつつ、グンダルはぱっくりと裂けた自身の脇腹の傷に魔力を注ぎこんで応急処置に努めながら、次の戦力を求めて移動を開始したアステアの後を追いかけた。
§
戦力は問題なく集まり、ようやく本番を迎えることになった。
その本番において一番の懸念は、モルガナが一人かどうかという点だ。
魔法が使えなくとも、神子としての圧倒的な魔力はこの世界でも健在なのだ。仲間がいたらさすがに処理は難しい。
アステアは、故にこの世界が彼女を孤立させるなどと言っていたが、果たしてどの程度信用していいものなのか……
(……ふむ、駄目だな、やはりこの娘は信用しない方が良いか)
早々に結論を出し、グンダルは手持ちの干し肉をかじった。
発見した標的の傍らには、よりによってヘカテがいたのだ。
「クーレ・サーランタとの分断は成功したのに、妙なのがいるわね」
口元に手をあてて、どこか楽しそうにアステアが呟く。
「おい、その情報は初耳だぞ。共有はちゃんとしてもらいたいところだな。そもそも、その情報が誰から齎されているのかも気になるところだが」
眉を顰めながら訪ねると、
「もちろん、私の夫よ」
と、彼女は答えた。
「なぜスロウではないんだ?」
「今のあの方にそのような余力はないからよ。力の多くを現実に残している中で、この世界の法の維持に努めているのだからね。そんな事よりも、彼女を抑える事は出来そう?」
「部下が居なければな」
近くに姿は見えないが、相当数の気配がヘカテの背後に控えているのをグンダルは察知していた。
この統一感は十中八九彼女の精鋭たちだ。敵として対峙した場合、間違いなく最悪に分類される集団。
「――そこにいるな? 淑女を覗き見とは、良い趣味とは言えないぞ、トォーベ」
隠密が性格的に苦手な奴が、うっかりヘカテの領域に足を踏み入れてしまったようだ。ただ、モルガナよりも先に彼女が気付いたというのは、彼女の魔法が本当に封じられている証左でもあり、その点はひとまず安心と言ったところだろうか。
「貴様はルウォ様の陣営だと思ったのだがな。いつから尻軽な男にまで成り下がった? 軽いのは頭だけにしておくべきだぞ。無論、洗脳などもってのほかだ」
ざっ、と彼女の背後から一糸乱れる足音と共に不瑕疵の騎士たちが姿を現す。
その数はざっと見て百程度。こちらも一応、味方に変えた数百の精鋭をやや離れたところに待機させているが、練度の差は歴然だった。
「な、なぁ、オレ様、もしかして洗脳されてんのか?」
敵に言われた事を真に受けたトォーベが、物凄く不安そうに訪ねてくる。
それを無視して、
「担当」
と、ディ・ジャ・ヴィグァが単語を放った。
「神子は私が。貴方たちには他を任せます」
当たり前のようにそう答えて、アステアが腰の細剣を抜く。
正直、彼女一人であのモルガナを相手に出来るとは思えなかったが、下手な事を言って余計な仕事を増やされるのも嫌なので、グンダルは「あぁ、了解した」と従順な対応をして、早速戦闘を開始する事にした。
(とりあえず深追いは禁物だな。流れが出来るまでは、適度な距離でちょっかいでもかけておくか)
そうして多分に余白を残しつつ、クリスエレスの英雄様のお手並みを拝見する事を優先する。
結果、アステアが耐えられる時間がおおよそ判明した。
こちらの体感で大体五分程度だろうか。つまり、それまでにヘカテを無力化する必要が出てきたわけである。
(はなから勝ちの目がなさそうなら見捨てても良かったんだが、一応、可能性はあるのか)
ならば、気乗りはしないが仕方ない。
安全策の様子見を捨てて、グンダルは深く敵陣に踏み込んだ。
気紛れのようなその変化に、少しくらい面食らっても良さそうなものだが、不瑕疵の騎士たちの対応に乱れはない。
ただ、グンダルの魔法が機能すれば、その安定を崩す事も十分可能だろう。
(どうだ、行けそうか?)
自身の魔法に訪ねてみる。
現在の可能性は限りなく零。数字として出るわけではないが、直感としてない事を教えてくれている。
(まあ、だろうな)
それを百にするのが、グンダルの仕事だ。
この『確率操作』という名の魔法は、それが起きる可能性を上げる事で強制力を高め、ある一定を超えたところで確定の未来に書き換える。逆もまた然りで、ある一定以下の確率を零にする事も可能としていた。
基本的な使い方は、偶然を味方にする事だ。たとえば、相手が右に避けるか左に避けるか七対三くらいの割合で迷うような場面で、かならず右に舵を切らせたり、今にも落ちそうな木の実を特定のタイミングで落とさせたりと言った具合である。
はっきりいって非常に使いにくい。が、同時に看破もしにくいので、対策される心配はなかった。
(まずは手近なものから弄っておくか)
ヘカテと不瑕疵の騎士たちに魔法を放ち、モルガナとアステアの戦いに横槍を入れる確率を零にしておく。
これで、少なくとも今の状況においてその心配は一切しなくて良くなった。が、当然状況が変われば優先事項というものも変わるので、永遠に封じられるわけではない。
こちらの兵が二割でもいなくなるか、モルガナが相当に追い詰められるような事態になれば、魔法の効果は切れてしまうだろう。
「悪いが早々に片付けさせてもらうぞ。――トォーベ、そんなところで遊んでないで、早くこじ開けてくれ」
「遊んでねぇよ! 相手不瑕疵だぞ! 無茶言うな!」
そう言いながらもトォーベは暴風の魔法を最大限に解き放ち、こちらにヘカテへの道筋を示してみせる。
そこに、接敵前に潜伏してたディ・ジャ・ヴィグァが手を加えたところで、グンダルは地を蹴った。
「……いつもこれくらい連携が取れれば、陛下も喜ぶだろうに」
嘆息を零しながら、ヘカテが腰の鞭剣を抜く。
彼女の戦闘能力は四将軍の中では一番低い。とはいえ、傭兵協会の強さ基準で言うところの『黒潰石』の上位程度には位置しているので、一対一の状況を作り出せたからといって、即座に制圧できるほどの差があるわけでもなかった。
「奇襲の対応は四人で良い。他は、そこの可愛くもないハリネズミを包囲し、磨り潰せ」
その言葉を言い終える前に、不瑕疵の騎士たちは四人でヘカテをディ・ジャ・ヴィグァの奇襲から守り、残りでトォーベを追い詰めていく。
(相変わらず気色の悪い統制だな)
四人はかなり少ないだろうに、騎士の誰一人とて彼女の指示に反する可能性が絶無なのだ。蟻だってここまでの統一感は出せないだろう。
(……だが、ヘカテの奴の魔法も、現実世界よりは効果が落ちているな。魔力量も減っている。だったら、クリスエレスの英雄が落とされる前に回復切れを起こさせるのが最善か。これまた面倒な話ではあるが)
やれやれ、とグンダルも胸の内でため息を零しつつ、間合いに入ったところで大上段からの一撃をヘカテに放ち、将軍同士の一騎打ちは幕を開けた。




