27/正常な再会
幼い少年が殺される映像が、今シャルロットの脳裏には流れ込んできていた。
それとは別に、殺してやるという声、お前が死ぬべきだったという声も、鼓膜を包むように響き続けている。
「大丈夫か? まだ覚えているか?」
「……」
「駄目そうだな。叩けば思い出すか? 先程、貴様が誰に殺されたのかを」
「…………必要ないよ。ユーリッヒ、でしょう」
悪魔に言葉を返しながら、思い出す。
此処は夢の中だ。だから死人に殺されるなんて妙な事が起きているし、今自分が幻覚と幻聴に苛まされている事も、マヌラカルタの声がなければまた悪魔憑きの罪人という立場に戻されていた事も自覚出来ている。更に言えば、誰かの夢が混ざっているのも認識出来ていた。
「でも、これ以上死ぬのは不味そうだね」
マヌラカルタが声を掛けて来るタイミングはどんどん遅くなってきている。彼もまた汚染され始めているのだ。
「とはいえ、相手は神子の力を揮ってくる。――そら、また来たぞ」
先程と同じだ。
一度目は不意打ちでやられて、二度目以降は抵抗空しく殺され続けている。
ちなみに、これで五度目。
「下劣な悪魔憑きが、いい加減に諦めたらどうだ? 無様な命乞いを早くみせなよ」
「……最初の奇襲も、この台詞も、まったく同じか」
同じ事を繰り返しているだけの人形だ。完全に固定された存在。
変化がないのなら、五度の死で掴んだ攻略の糸口が役に立つ。実際、殺されるまでの時間は延びている。
ただ、こちらも未だに決定打を用意できてない――というより、どう足掻いても用意できないが正解だろうか。火力が足りないのだ。これではどれだけ粘っても勝機はない。
案の定、今回も時間だけは引き延ばせたが、それだけだった。
「これで終わりだよ」
片足を討ち抜かれたところで、光の球体が周囲を囲む。
これは三度目と同じ死に方だ。だからこそ、あと少しは耐えられる。
きっと意味なんてないだろうけれど、という弱気をかみ殺しながら、シャルロットは包囲射撃の隙間に飛び込んだ。
左腕が焼き切れ、脇腹に孔が開く。まだ生きているが、次で確実に死ぬ結果だ。
「しぶといな、これ以上手間取らせないでよ」
初めて聞く台詞。
一応は、進展といえるのだろうか。
(だから、まだ、まだ続けられる。続けるんだ……!)
死んだあとに備えて自身に強く言い聞かせながら、シャルロットはゆっくりとこちらに向けられる照準を睨みつけ――
「――え?」
間の抜けた声が、ユーリッヒから零れた。
彼の首は宙を舞っていた。真後ろから迫っていた真っ黒な獣の爪によって、撥ねられたのだ。
その首が、ごとりと地面に落ちるより先に、
「――あ」
こちらも酷く間の抜けた声を漏らしながら、自身の心臓が巨大な爪で抉られる音を聞いた。
§
「――っ、ごほっ、ごほっ」
遅れてやってきた痛みに、シャルロットは激しく急きこんだ。
咄嗟に触れた胸に傷はない。
また死んだ。ユーリッヒではなく、今度はよく判らない怪物に殺された。
周囲には自分を悪魔憑きと罵るためにセットされた住人たちがいる。身体をゆっくりと起こしたタイミングで一斉に罵声が飛んでくる。
先程と同じ内容だ。音の強さもリズムも全部同じ。
ここまで同じだと、いっそ手抜きにすら見えてくる。
「……どうやら、正気のようだな?」
呆れを覚えたところに、マヌラカルタの声が響いた。
もう影から顔を出している。そして当たり前のように、シャルロットも彼の存在を覚えていた。
「あ、うん、そうだね。どうしてだろう、凄くクリアな感じがする」
理由は判らないが、それを探るよりもユーリッヒへの対処が先だ。
もうじき襲ってくる彼に備えて、いくつかの魔法を用意しておく。
しかし、その準備は無駄に終わった。
肝心のユーリッヒの気配が、一向に迫ってこなかったのだ。
隠密からの奇襲に切り替えたのだろうか? そんな器用さがこの悪夢にあるかは判らないが、ないと言いきれない以上警戒は必須だ。
そうして感知に力を注いだ結果、一つの異常に気付いた。
空に、孔が開いている。
「見てみろ、なにか堕ちて来るぞ」
「――っ!?」
目を凝らして、それが誰なのかが判り慌てて駆けだす。
空から落ちてきたのはエイダとゼクスだった。ゼクスは無傷だが、彼に背後から抱きかかえられているエイダは額から血を流して気絶している。
「……ユーリッヒは近くいないな。消されたとみるべきか。だが、だとするなら、あの獣は一体なんだ?」
不死の悪魔が独白している最中にも、空にはいくつもの亀裂が走っていた。
その不穏を視界に収めながら、落下地点に急ぐ。
途中で意識を取り戻したエイダが、水の膜をパラシュートのように薄く広く展開させて落下速度を低下させたのが確認できた。この分なら、問題なく着地できるだろう。
程無くして、屋根をぶち破って屋敷の中に落ちた二人の元に辿り着く。
「二人とも、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ、なんとか」
「あ、ありがとう。ごめんなさい」
抱きかかえられていたエイダが、血を拭いながら言った。
拭った先に傷痕は存在していなかった。上の世界から下の世界に落ちる過程で状態がリセットでもされたのか、正確なところは判らないが、五度殺されて無事な自分がいる時点で、そう深く考える事でもないのだろう。
「そんな気にすんなよ。役得もあったしな」
そう言って笑ったゼクスの手は、しっかりとエイダの胸に触っていた。(気絶した彼女を庇うように抱きしめた際の事なので、それが不可抗力なのは間違いない)
「……ば、莫迦」
顔を赤くしたエイダが軽く小突きつつ、慌てて距離を取る。
「平和な学生共だな」と、マヌラカルタが盛大にため息をつき「それで、なにがあった?」
「二人が落ちてすぐに、シャイア様とタシネル様の戦いが本格的になって、その余波喰らってエイダが吹っ飛ばされてさ、それを追っかけてって感じだな」
「すぐ、か」
どうやら上と下ではずいぶんと時間の流れが違っているようだ。
(だとするなら、現実とこの世界もずいぶんとズレているのだろう。つまり、現実世界でダノラウトを誰かが始末したとしても、こちらの世界の奴には猶予があるという事だ。その上で、この世界では誰もが不死になれる。これは、思っている以上に不味い事態のようだな。最悪、道連れは確実に行えそうだ)
下手に不安を周りにばら撒くのもよろしくないと判断したのか、シャルロットにだけ聞こえるようにマヌラカルタが言った。
それから彼は落としていた視線を空に戻して、
「リグチラたちはまだ上に居るんだな?」
「あぁ、多分そうだと思う」
「そうか。……亀裂が止んだな。抵抗は機能しているのか。……ん? 待て、この気配、どうやらお前たちの大事なお友達もこの階層にいたようだな」
「友達? それって――」
そう促されて、シャルロットも気付いた。
この気配はラミアのものだ。
やや遅れてそれを察知したエイダとゼクスが駆けだす。
「学生の御遊びに付き合っている暇はないと思うが?」
追いかけようとしたところで、マヌラカルタが釘を刺してきた。
が、
「ダノラウトの居場所はわかったの?」
「……いや。上手く隠れているな」
「闇雲に探すくらいなら、少しでも戦力を整えた方がいい。違う?」
「本当に僅かでも戦力になるのなら、そうだろうな」
「じゃあ、決まりだね」
呆れるマヌラカルタから視線を切って、シャルロットは二人のあとを追い掛けた。
§
「裏切り者」
「絶対に許さない」
「全てはアルドグノーゼ様の為に、それが貴様たちの使命だ。違えるな。違えるな、違えるな」
どこかから、複数の聲が木霊する。
その内のいくつかには聞き覚えがあった。それはククルのものであり、ゼクスのもであり、エイダのものだったのだ。
ラミアは膝を抱えて泣いている。「ごめんなさい」と繰り返し泣いている。
自分の置かれていた状況に、少し似ているように感じた。
こうやって、この世界に閉じ込められた者の心を削っているのだ。支配しやすい状態にするために。
(本当、最低な世界)
胸がムカムカしてくる。
ただ、これは裏を返せば、それだけ友人という存在を彼女が気にしているという事だ。特にククルの声は大きくて――
「「償え!」」
うずくまる彼女の影から現れた三つの偽者が、声を揃えて恫喝する。
ククル、ゼクス、エイダを模したなにか。そこにシャルロットがいないのは、まあ、付き合いの薄さを考えれば妥当だろう。
「勝手に人の事騙ってんじゃねぇよ!」
苛立ちを滲ませながら、ゼクスが自身の影を斬り伏せた。
「まったく同感ね」
水の刃をもって、エイダも残り二人を無力化する。
その上で、
「おい、らしくないぞ!」
「そうね。こんな言葉で揺らぐほど、貴女は繊細じゃない。そうでしょう?」
と、意識が混濁しているラミアに発破をかけた。
それが功を奏したのか、彼女の瞳に理性の光が戻る。
「正気に戻ったか? 立てるか?」
「問題、ありませんわ。……ええ、状況も多少は理解しました。私は、精神攻撃を受けていたみたいですわね」
涙を乱暴に拭って立ち上がろうと試みる
しかし、上手く出来ない。足が震えているのだ。その様子を前に、エイダが彼女の手を掴んだ。
微かな驚きと少しの躊躇いの後、ラミアはそれを握り返して、ゆっくりと立ち上がる。
「ククルの奴も、この世界にいるのかね?」
三人揃ったからか、いつものメンバーの最後の一人の名前をゼクスは口にした。
「その可能性は低いだろう」
淡々とした口調で、マヌラカルタが言う。
「それはやっぱり、契約者の所為で?」
「そうだ。この世界はどうやら色格が重要のようだからな」
シャルロットの問いに不死の悪魔がそう答えたところで、空が揺れた。
また亀裂が広がりだして、いよいよ空が堕ちてきそうな感じだった。
(やはり、状況を解っている奴等がどれだけ世界の維持に努めようと、神子同士の争いを前には焼け石に水だな。そして、タシネル・リャンタはこの世界の駒。積極的に全てを此処に落とそうと画策する事だろう。或いは、抑止力でなければならないシャイア・テキーラすらも、同じなのかもしれない)
かもしれないと言いつつも、マヌラカルタの言葉には確信めいたものが宿っていた。
(どうして、そう思うの?)
(私は悪魔だからな。鬱屈している人間というものは一目でわかるんだよ。あぁ、あれは実に溜まっている女だったぞ)




