17/はじめまして、さようなら
「余計な事をするな! 今の貴様は不死ではないのだぞ!」
苛立ちに溢れた不死の悪魔の声が、自身の影から聞こえてくる。
確かに、そちらを優先した事もあって、召喚獣の爪を躱し切れずに鎖骨が断たれてしまっていた。
でも、その敵が一番厄介で、早めに倒したかったので、肉を切らせて骨を断つ作戦は成功だ。
シャルロットは傷口を強く抑え、血まみれにした左手を大きく振り払って周囲に自身の血をばら撒き、そこに宿っている純度の高い魔力を使って、遠距離攻撃に専念していた召喚獣たちに最大火力の閃光を放った。
ある程度の戦果を確認したところで、視界を潰す閃光をばら撒き、屋上から飛び降りる。
「逃がすな! 殺せ!」
上空の敵の数はまだまだ多い。
彼らの殺気には一切の揺らぎがなく、まさにクリスエレスといった有様だった。
けれど、その分状況も見えていない。
「――これで、終わりだ」
厳かなシャイアの声が、微かに鼓膜を震わせた。
タシネル・リャンタの手駒が上空へと動かされ、攻撃範囲に気を使う必要がなくなったのだ。
その光景を、シャルロットは光の魔法を用いてしっかりと左目で見ていた。
現状において最も警戒しなければならないのは、こちらを取り囲む召喚獣の群れや騎士たちではなく、二人の神子の戦いの余波だったのだから、当然だ。
無数の刃物がこすれ合うような音が、響き始める。
「な、なんだ、この音は――」
クリスエレスの騎士の一人が不安を口にしようとしたが、その先を続ける事はできなかった。
空に居た一切合切が、細切れになったためである。
タシネルが行使していた絵画の世界もまた、その末路を避けることは叶わなかった。
「……さすがに安いレプリカでは、こんなものか。次はもっと素晴らしい絵を使う事にしましょう。いや、自分で描いてもいいわね。なにせ、久しぶりの戯れなのだから」
虚空から響くような奇妙なタシネルの呟きにやや硬い表情を浮かべながら、本体の居場所を突き止めたらしいシャイアがそちらに向かって飛び立つ。
それを確認したタイミングで、シャルロットの身体は地面へと着地した。
とりあえず、もう彼女の方に意識を向ける必要はなさそうだ。その事実に安堵の息を吐きつつ、エイダとゼクスの後を追いかける。
追いかけながら骨肉の争いの中心となりそうな場所の全体像を把握できるように、複数の鏡を用いて離れた場所を見るのと同じような要領で光を反射させ、頭上からの視点を手にした。
エイダの父と祖父は、自らも直接戦うつもりなのか、軍の最後尾から中央へと移動していっている。
(自分の手で殺したいくらいに、許せないってことなのかな……?)
だとしたら、なんとも哀しい話だ。
それを果たして、エイダは止める事が出来るのだろうか。
「……もうだめ。いい加減、頭にきた」
魔力で強化していた聴覚が、そのエイダの呟きを拾う。
「こうなったら喧嘩両成敗よ! どっちも張っ倒してやる!」
「お、おい、お前自棄になってないか?」
焦ったようなゼクスの声。
「なってるわよ! 決まっているでしょう! シャルロット、聞こえてるなら援護して!」
鋭いそう告げながら、エイダは全身に魔力を纏っていく。
「え? は、はい!」
急な指示に戸惑いを覚えつつも、シャルロットは駆ける速度を上げて上空に光弾をセットした。
その間に火蓋は切って落とされ、激しい魔法の撃ち合いが始まった。
前面に展開された結界を崩すための消耗戦だ。炎や雷、氷や水の塊が、激しく交錯し、多種多様の轟音を響かせる。
「――え? ちょ、ちょっとっ!?」
そんな戦場のど真ん中に、エイダが一直線に駆けだした。
シャルロットは慌てて閃光を撃ちおろし、彼女に当たりそうだった攻撃を相殺する。
(なんだ、つまらない優等生とばかり思っていたが、なかなか愉快な娘じゃないか。これからは常に怒らせておいた方がいいんじゃないか?)
どこか楽しそうにマヌラカルタが戯言を並べているが、そんなものに付き合っている暇はない。
全神経を迎撃に回して、とにかくフォローに回る。
「「――っ、攻撃中止!」」
自殺行為をしている相手がエイダだと気付いてか、ほぼ同時にその声は響き渡った。
練度の高さを物語るように、ぴたりと攻撃が止まる。
「「お前は一体、なにをしているんだ!」」
これまた全く同じタイミングで、騎士たちの波をかき分け最前線へと躍り出て、二人は声を荒げた。
「それはこちらの台詞よ! こんな情勢の中で、お二人は一体何をしているの? 本当にこれが最適な選択だと思っているの?」
一切気圧されることなく、エイダは交互に二人を睨みつけてから叫び返す。
腰に両手を置いて、仁王立ちで、まるでこの戦場を支配しているかのような佇まいだった。
「ただ此処で暮らしている人たちを脅かして、何がしたいの!」
「……子供にはわからない事だ。いいから、早く下がりなさい!」
苦々しい表情でロワァードが言った。
その言葉に、エイダは寂しそうに微笑んで、
「そうね、私はまだ子供。だから、大人の世界に口を出しても仕方がないって、ずっと我慢して来た。……でも、もう無理。だって嫌なのよ。苦しいの。父親と祖父が憎み合ってるのをずっと見せられているこっちの身にもなってよ。私、お父様もお爺様も、大好きなのよ……」
そう、苦し気に吐き出した。
そんな彼女を前に、
(おい、私に魔力を寄越せ、貴様の願いを叶えてやる。早くしろ、機会を失いたいのか?)
と、マヌラカルタが言った。
理由は聞かせて欲しいところだったが、その時間も惜しいという事なのか。
(……わかった)
性格はともかく、彼が自分の味方なのは確かなのだ。
裏切りの心配がないのなら、この悪魔は実際頼りになる。そう自分に言い聞かせて魔力を提供すると、影から姿を見せた大人姿のマヌラカルタは、シャルロットの細剣をすっと抜き取りつつ、滑るようにエイダの元へと移動して、その背後に回り込んで身体を拘束し、首筋に細剣を押し付けた。
(な、なにしてるのっ!?)
(なにって、見ての通りだろう? 貴様と違って、血縁としての価値があることがはっきりしたんだからな、それを最大限利用しているだけだ。そして、こいつらは私の事をよく知らない。本気で殺される心配をするだろう。故に、私が適任というわけだ。わかったなら、その位置で大人しく見ていろ)
眼を見開くシャルロットにつまらなげに返しつつ、マヌラカルタはさらに細剣を押し付けて、赤い雫を彼女の首筋に浮かび上がらせる。
「何をボケっとしている? 双方早く兵を退かせろ。でなければ、この小娘の首がもっと真っ赤に染まることになるぞ?」
「「貴様! 一体何が目的だ!」」
またも完璧に同時に、レナードとロワァードが怒りと恐怖を滲ませた。
「今、口にしただろう? ここで戦われたら迷惑なんだよ。まあ、大事な跡取りを見捨ててでも、ここで決着をつけたいというのなら、仕方がないと諦めてやってもいいがな」
くつくつと、マヌラカルタはいやらしく嗤う。
悪意に満ちた笑みだ。
その笑みのまま、エイダに顔を近づけて、
「さあ、貴様の家族は、貴様をどう扱うのだろうな?」
と、細剣をさらに深く押し付けた。
エイダの表情が恐怖で引き攣る。そこに嘘はない。
だからこそ、この脅しはこれ以上ないほど二人に刺さったようだ。
「わ、判った! 判ったから!」
「剣を離せ! 離してくれ!」
上擦った声で言いながら、二人は引き連れた兵士たちを下がらせる。
下がらせたところで、こちらに近づいてくる気配を捉えたのか、
「あぁ、前言撤回だ。退くのではなく、貴様たちの兵には彼等の相手をしてもらおうか」
と、マヌラカルタは言った。
その言葉で、二人も察知したようだ。
視線をそちらに向けて、追加でやってきたクリスエレスの軍勢を目の当たりにした。
「――っ」
その中にアステアの気配を確認し、シャルロットも息を呑む。
冷たく刺すような魔力は、明らかにこちらに照準を合わせていた。
(こいつらだけではどうにもならない。奴の相手は我々がする事になるだろう。ちゃんと斬れるか? 国の誉れたる実の母を)
マヌラカルタは相変わらず愉しそうだ。
(……斬れない理由はないよ。よく知らない人だもの)
静かにそう言葉を返し、シャルロットは魔力を全身に充満させて、臨戦態勢に入っていく。
その答えに満足したのか、笑みの種類を少し変えて、不死の悪魔はエイダの耳元に口を当て、
「これで余計なものに邪魔されることなく、家族と話せるだろう。まあ、この機会を活かせるかどうかは貴様次第だがな」
「あ、ありがとう」
「ふん、行け」
二人の兵がクリスエレスに攻撃を開始したところで、マヌラカルタは、どん、とエイダを突き飛ばした。
その音に二人が反応し、慌ててエイダの元に駆け寄ってくる。
それを尻目にマヌラカルタがこちらに戻って来た。
「ほら、自衛用の得物だ。返すぞ。前衛は私がやる。貴様は後衛からしっかり私を援護しろ。そして不味くなったらさっさと逃げろ。いいな?」
「……」
無言で受け取り、シャルロットは近場にあった四階建ての建物の屋上に飛び乗った。
そこからクリスエレスの兵達に閃光を複数撃ちこむ。
しかしそれらの攻撃は全て、蒼い閃光によって相殺された。
簡単にそれを成し遂げたアステアが大きく跳躍し、こちらが陣取っていた建物の端へと降り立つ。
「はじめまして、我が娘。まさか貴女とこうして会う事が出来るなんて夢にも思っていなかった。けれど、残念ね。今の魔法はなに? 神子だというのに、どうしてそんなに乏しいの? それに、その汚らしい黒はなに? クリスエレスに相応しくない色だわ」
「寝言だな。死人が生きている方が、よほど相応しくないだろうに」
侮蔑の笑みを返しながら、マヌラカルタが地を蹴った。
甚大な魔力を宿した四肢を鈍器に、襲い掛かる。
「貴方が娘を穢した魔神なのね。エンシェは本当に陰湿な事ばかりが得意で、うんざりする」
猛攻をあっさりと捌きながら、アステアは腰から細剣を引き抜き、これまたあっさりとマヌラカルタの心臓を刺し貫いた。
「安心しろ。貴様の国よりは遥かにマシだ」
そのタイミングに合わせて細剣を掴みながら、マヌラカルタが蹴りを放つ。
シャルロットと違って本体ではないからなのか、それともマヌラカルタの不死性に関しては機能不全を起こしていないのか、その程度の損傷は全く問題ないようだ。
だったら、こちらも気兼ねなく攻撃できると、アステアが細剣を手放し距離を取ったところに閃光を放つ。
最大出力の一撃。
さすがにそれは相殺できないと判断したのか、彼女は大きく左手に回避して、建物の屋根から離れ――
「乱れたな? 終わりだ」
その動きを読み切っていたマヌラカルタが、アステアの心臓目掛けて貫手を放つ。
「そうね、さようなら」
直後、マヌラカルタの胴体が千切れとんだ。
建物の脇から垂直跳びして迫ってきていたダノラウトの太刀をもろに受けたのだ。
「あなた、あとは任せますね」
「はい! 全力で排除します!」
嬉々と弾む声で、ダノラウトは続けざまにマヌラカルタの上半身を蹴とばして、こちらとの距離を稼いだ。
死んでいないからこそ、マヌラカルタは即座に戻っては来れない。
その猶予をもって自分を仕留めるつもりなのだろう、
「魔法の腕はもう見ました。次は剣技の方を確認する事にしましょうか。お願いだから、一つくらいは価値があるところを見せてから処断されてね。私の娘だという事を、少しは実感させて欲しいもの」
軽やかなステップをもって近づいてきながら、好き勝手なことを言ってくる。
「さっさと逃げろ! 私の悲願を潰す気か! この愚か者がっ!」
迎え撃つ構えを取った事がよほど気に入らなかったのか、遠ざかるマヌラカルタが怒声を放っていたが、そもそも移動速度に差があるのだ。逃げ切れるわけがないし、背中を見せた方が早く死んでしまうだろう。
ここで凌ぐのが最善。
そう信じて、シャルロットはアステアとの剣戟を演じる道を選んだ。
次回は8月23日に投稿予定です。
よろしければ、また読んで頂けると幸いです。




