15/復活
リグチラとファリンにアンナ達の捜索は任せて、シャルロットたちはジュード社に足を運ぶことにした。
まずは、そこで詳細な情報を手に入れようという算段だ。
(……大きな会社)
ザーラッハでは非常に有名な企業だというのは訊いていたけれど、目の前に聳え立つ高層ビルが丸々全部自社だというエイダの話を聞いて、ようやく実感が湧いてきた。
入り口には警備兵が二人ほど佇んでいる。そこらの騎士よりはずっと強そうな感じ。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
その二人が、両開きのガラスドアを開けて恭しく頭を上げた。
「ええ、ただいま」
優雅な微笑を浮かべて、エイダが中へと入っていく。
シャルロットとゼクスも特に制止される事なく、あとに続く事が出来た。
「お父様は今どこに居ますか?」
受付の前に足を運んだエイダが訪ねる。
「社長は現在三十四階の応接室におられます」
「そう、お相手は?」
「シャイア・テキーラ様です」
事務的な口調で、受付の女性はそう答えた。推測が事実だったことが、これではっきりしたわけである。
「そうですか。ありがとう」
感謝を述べて、エイダはエレベーターへと足を向かわせた。
一緒に中に入り、上昇に身を任せる。
程無くしてエレベーターが止まり、エイダは迷いのない足取りで左手に歩を進めて、応接室の前へと辿り着く。
そこで、こちらに視線を向けてきた。
シャルロットが小さく頷くと、彼女は短く息を吐いて、ドアを開ける。
応接室の中には、エイダの父であるロワァード・ジュードと役員と思わしき男性が数名、そしてシャイア・テキーラの姿があった。
「エイダか、一体どうした?」
スケジュールになかった相手を前に、ロワァードが微かに眉を顰める。
「お父様こそ、一体どうなさったんですか? クーデターなんて、正気じゃないわ。都合よく使い潰されて終わりじゃない」
そう言葉を返すエイダの声には、戸惑いの色が濃く滲んでいた。
どうやら、ここで目覚めた時には、まだ父親とは顔を合わせていなかったようだ。だからこそ、サラヴェディカに居た彼とあまりにも異なる今の様子に衝撃を覚えているのだろう。
自身に満ち溢れた表情に、野心を覗かせるギラついた眼差し。正直、シャルロットもすぐに同一人物だと認識する事が出来ないほどの変貌ぶりだった。
或いは、それこそが失脚する前のロワァードだったのかもしれないが、なんにしても昨日の今日でここまで激変するのは、異常としか言いようがない。
「そうさせないための神子殿だ。我々は既に対等の立場を手にしているんだよ。だからこそ、いよいよ、この間違った国を正す時が来たのだ」
熱を帯びた声で、ロワァードは言った。
「……そして、お爺様も討つのですか?」
微かに震えた声で、エイダが問う。
「父が敵になるつもりなら、そうなるだろうな」
そっけない調子で、彼は言葉を返し、
「話はそれだけか? ならば、私はもう失礼させてもらう。お前は大人しく部屋に戻っていなさい」
と言ってから、対面のソファーに腰かけていた神子へと視線を向け、
「それでは、私は先に失礼させていただきます」
頭を数秒ほど下げてから、颯爽とした足取りでこちらを横切って応接室を出て行った。他の役員たちもシャイアに一礼をしてから、逃げるように応接室を出ていく。
そうして、シャイアだけが残った。
彼女が残ったのは、テーブルの上にまだ殆ど手の付けられていない飲み物が置かれていたからだろうか。
それに口を付けてから、
「私にもなにか、話がありそうだな」
と、鋭い視線がこちらに向けられる。
敵意はないが、油断もまるでない眼差しだ。
「……貴女の選択は、貴女自身の意志なんですか?」
圧迫感に息を詰まらせながらも、シャルロットは真っ直ぐに訪ねた。
「無論だ。この国は今正常には程遠い。なにせ、紛い物が王を務めているくらいだからな。そして、愚行を重ねている。あの方が正しく玉座に戻れば、そのような事が起きる事もなくなるだろう」
「そのために、エンシェと手を組むと?」不快感を滲ませたノスティワが、おもむろに口を開いた。「それは、とても理性的な選択とは言えない。大体、あの男が王になったら、今よりも酷い状況になるだけ。そもそも、あの男が王など選ぶわけがない」
「確かに、これまではそうだったかもしれない。だがすでに状況は変わっている。アルドグノーゼを討つには、どうあっても原初の力が必要だからな。私だけでは足りないが、あの方がいれば勝機はある。それはあの方にとっても悪くないシチュエーションだろう」
何処か恍惚とした様子で、シャイアは語る。
と、そこで、彼女の懐から振動音が鳴り響いた。
シャイアは取り出した通信石を耳に当てて、
「……そうか、わかった。では、早速始めようとしよう。この国を取り戻すための戦いを」
そう呟き、席を立った。
殺気が溢れ出す。そこには歓喜の色も滲んでいて――
『――愚物が、身の程を弁えよ』
突然、甲高い女性の声が室内に響き渡った。
発生源は壁に掛けられていた絵画。見ると、そこに描かれていた軍服を纏った女性が、おもむろに額縁の外に手を伸ばして、絵の中から這い出てきた。
「やはり聞いていたか、タシネル・リャンタ」
絵画の女性を鋭く睨みつけながら、シャイアが右手に魔力を収束させていく。
完全な臨戦態勢だった。
「タシネル? あの外神も復活したというの?」
ノスティワの呟きをかき消すように、ギチギチという音を立てながら、無数の口へと描き替えられた絵の背景部分が一斉に室内へと広がり、その一部がシャイアに襲い掛かった。
「……貪食姫か」
つまらなげな表情を浮かべながら、シャイアが右手を振り払い、不可視の斬撃を放つ。
しかし、口はその斬撃を当たり前のように平らげた。さすがに完璧に無力化することは出来なかったようで、即座にその口はバラバラに裂けて霧散したが、相殺する事には成功したわけだ。
かなり特殊な魔法。そしてシャイア相手に出力勝負ができるという点から見ても、絵画から出てきた相手も神子であるのは疑いようがなかった。
「想像の具現化。それがタシネル・リャンタの魔法だったのね。条件はベースがある事か。規模には制限がありそうだけど――」
「――っ!」
分析に集中していたノスティワを抱き上げて、シャルロットは距離をとった。
直後、口の中から飛び出してきた長い長い舌が周囲の空間を溶かしていく。
「離れましょう! 急いで!」
突然の事態に呆然としているゼクスとエイダに叫びつつ、シャルロットは前面に魔力障壁を展開しながら、しんがりを務める事にした。
この防御に関しては気休めもいいところだが、それでもないよりはマシだろう。
二人が駆けだしたタイミングで、本格的な戦闘が開始された。
一応、こちらに気を使ってくれているのか、それとも協力相手の建物の被害を嫌ってか、シャイアの方も攻撃の規模は必要以上に抑えてくれているようだ。
その事実にホッとしつつ、こちらも神子たちから距離を取っていく。
「貪食姫というのは?」
流れ弾を警戒しつつ、ある程度のマージンを確保できたところで、シャルロットは腕に抱えたノスティワに訪ねた。
「あの絵画に描かれていた女性はミラ・アンブーケ。かつてその異称で畏れられていたザーラッハの神子よ。その力を、彼女は行使している。絵という手段を用いてね」
「つまり、絵になっている物ならなんでも再現できる魔法という事ですか?」
「どのラインまで可能なのかはまだ不明よ。もう少し観察できれば、そのあたりも把握も出来そうだけど……どうやら、その猶予はなさそうね」
ノスティワがそう呟いたところで、外から激しい爆発音が轟いた。
それを急いで確認した方がいいと判断したのだろう。先行していたエイダとゼクスがエレベーターを素通りし、非常階段のドアを開けて、そこから外を見渡す。
程無くして追いついたシャルロットも、外の様子を一望して、息を呑んだ。
白い翼を生やしたクリスエレスの召喚獣たちが、頭上から火球の雨を降らしていたのだ。
「悪魔を匿うものはすべて悪魔だ! 全てを焼き尽くせ!」
その上に乗っていた何者かが、声高らかに命令している。
もはや正気の沙汰とも思えないが、彼等はシャルロットを炙り出すために、無差別攻撃を開始したのだ。
「なんてことを……!」
足元から聞こえてくる市民の悲鳴を前に、取るべき行動はすぐに決まった。
「エレベーターで下に降りてください」
三人にそう告げて、シャルロットは頭上目掛けて閃光を解き放つ。
「――っ、居たぞ! 忌まわしき悪魔憑きだ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」
「殺せ! 殺せ! 殺せ!」
おそらく召喚獣に乗っている正規騎士の全てが、殺意の合唱をし、火球をばら撒きながら、こちらに突っ込んでくる。
それらに迎え撃つべく、シャルロットは非常階段から跳躍し、屋上へと移動した。




