14/近況報告
「……嘘、これって」
壁を上った先にあった光景を前に、シャルロットは呆然とした声をこぼした。
クリスエレスの周辺にはザーラッハ、エンシェ、ムルカ連合の三国があるのだが、それらの国の都市が視界には広がっていたのだ。
まるで、国と国を隔てる部分が全部切り取られたような有様だった。歩いて十数分で別の国に行けるという状況。
「こんな事、一体どうやったら……」
「モルガナ・レッテンハイネ。彼女がその気になれば、大陸にある全ての国を一つに纏める事も出来るだろうね」
冷めた表情でザーラッハの首都アンシェルの居住区を見据えながら、リグチラが言った。
「でも、どうしてそんな事を?」
「もしかしたら、けしかけるためかもしれない」
「けしかける?」
「以前、彼女と話している時にそういう事を口にしていたからね。最近のルウォの行動が面白くないと」
その言葉に、マヌラカルタが再び影から顔を出す。
「これはどう見ても極日の儀式への妨害だ。ルシェド・オルトロージュが許しはしないだろう。いくら頭の中に花を咲かせていそうなあの変人でも、それくらいは判っている筈だ」
「そうだね、敵となるのがルシェド・オルトロージュなら、彼女もそれを選びはしなかっただろう」
「どういう意味だ?」
「ルシェド・オルトロージュは、もう死んでいる」
静かな口調で、リグチラは言った。
「……は?」
間の抜けた声がマヌラカルタから零れる。
もちろん、唖然としているのは彼だけではない。
「いつ、どこで、どうしてそんな事が起きたというの?」
微かに震えた声で、ノスティワが訪ねた。
それに対して、リグチラは思案するように口元に手を当て、数秒ほど押し黙ってから、
「そこの不死が言った通り、私はルウォ帝国に居たが、ヴラド・ギーシュを追う必要が出来てね。ザーラッハを経由してクリスエレスに向かう事にしたんだ。その直前で同士から連絡が届けられた。ノイン・ゼタの特区で妙な事が起きているとね。確認が必要だと判断した私は予定を変更し、そこで異様な破壊の痕跡を目の当たりにした。死体は見つかっていないが、この状況で動きがないという事は、そういう事なのだと思う」
「……あ、あの、ルナさんは?」
話を聞いたシャルロットが真っ先に思ったのは、彼女がやった可能性だった。というか、他にルシェドに何かできそうな相手が思い浮かばない。
「貴女が想像した通りだよ。おそらく相打ちで両者は消滅した。神子同士の戦いでは、よくある結末だね」
「そんな……」
真っ先に思い浮かんだことではあったけれど、それでもそれを受け入れることは出来なかった。
「もちろん、まだ可能性の話だ。確証は得ていない。だから、今からそれをはっきりさせるため、私はザーラッハに戻るつもりだ。どういうわけか、ヴラド・ギーシュの気配もそちらに移っているようだしね」
そう言って、リグチラは軽やかに外壁から飛び降りて、首都アンシェルに向かって駆けだして行く。
「二人の気配もそちらにありますね。……いや、そちらにもある、というのが正解ですか」
淡々と呟き、マルテシアがその背中を追い始めた。
確かにプレタとアンナの気配がそちらからも伝わってきている。これは一体どういうことなのだろうか?
いずれにしても、手がかりがあるのなら、正規兵に追われるリスクのある此処よりもザーラッハを先に調べる方が建設的だ。
シャルロットたちはアンシェルへと足を運び、そこでクーレとウィンの気配を捉えた。続けてエイダとゼクスの魔力も察知する。
出来れば合流したいが、やはり正確な位置は……
(……いや、エイダさんとゼクスさんの位置は、わかるかも)
どうして二人が此処に居るのかは判らないけれど、まあ、それは当人に訊けばいいだけの事だ。
止めていた足を再び動かして、シャルロット達は二人の元に急ぐ。
二人もこちらの気配に気づいたのか、近付いて来ているのがわかった。
無事、商店街の一角で合流を果たす。
「……シャルロットさん。良かった」
エイダが安堵の息を吐いた。
この様子からして、彼女たちも気配はあるのに見つけられないという状況の中に居たのだろう。
「お二人はどうしてここに? サラヴェディカから出ていたんですか?」
「いや、目が覚めたらどういうわけか自宅にいたんだよ。それで、向こうに戻る方法も判らなくて、困ってたんだ」
と、ゼクスが答えた。
「他になにか、めぼしい情報は?」
ノスティワの視線が、ゼクスとエイダに向けられる。
その問いに、エイダの表情が微かに揺らいだ。
喋るべきかどうかを迷うように、下唇が微かに上下する。
「なにかあったんですね?」
シャルロットが踏み込むと、エイダは微かに腰を引かせて、
「ええ。けれど、この件に関係あるとは思えないから」
と言った。
どうやら、個人的な問題になにか変化が生じたという事のようだ。
踏み込むべきか少し迷うところだが、今は少しでも手がかりが欲しい。
「でも、もしかしたらそれが突破口になるかもしれませんし、話してくれませんか?」
「……そうね、わかった。……私もね、目を覚ましたら自分の家に居たんだけど、その、家の状況がずいぶんと変わっていたのよ」
「それはジュード商会が、という認識で良いのかな?」
静かな口調でリグチラが確認する。
「あぁ、そうね、そう言った方が適切だったわね。うちは社宅で、会社の中にあるから、社員さんたちの話もすぐに聞ける状況にあって――」
そうして、エイダはまず、自身の家族が経営してる会社の、これまでの内部事情を説明してくれた。
祖父と父が派閥争いをしていたが、父が平和主義者のスポンサーをしていたのがバレた事で大打撃を受け失脚。結果エンシェの企業によって株を殆ど買い占められる事になり、実質的な経営権を奪われてしまっているといった内容だ。
「でも、そのパワーバランスが変わったみたいで、今はお父様が実権を握っているみたいなの」
それは確かに妙な話だった。
エイダの父はずっとサラヴェディカの深海世界に匿われていて、そもそも干渉できる立場に居なかった筈だからだ。それとも、こちらが把握出来ていないだけで、秘密裏にコンタクトをとって、逆転の一手でも用意していたのだろうか。
「どうしてそうなったのかは、わかっているんですか?」
と、シャルロットは訪ねた。
「ええ、どうやらエンシェの方針が変わったみたい。それでお父様を旗頭にして、クーデターを引き起こさせるつもりのようね」
「その情報は誰から?」
「古株の幹部の人よ。だから、信頼できる情報だと思う」
「このタイミングでザーラッハに仕掛ける? それをエンシェが後押しする理由は何だ?」
口元に手を当てて、リグチラが眉を顰める。
「普通に考えれば都市魔法陣の確保だろう。他にはない。今の時期に国の利益などなんの価値もないからな。それより、シャイア・テキーラの動きはどうなっている? そんなスタンスを取った商会にいたんだろう? だったら、その辺りの情報もつかめていると思うが?」
鋭い口調でマヌラカルタが訪ねた。
その言葉で、思い出したのか、
「そういえば、現状の説明を受けていた時、他の社員の人が『神子の確保も叶った』って話してたわ。多分、シャイア様の事だと思う。もし他の国の神子だったら、『叶った』なんて言葉は使わないと思うから」
と、エイダは答えた。
「なるほど。……しかし、確保、か。人質でも使ったのか? 奴に家族はいるのか?」
「いないわ。ご家族は皆亡くなっている」
「即答する程度には有名な話なんだな?」
「ええ、自国の神子の話ですもの。知らない方が少ないと思うわ」
「では、近しい間柄の他人に心当たりは?」
「婚約者がいるわね。第一皇子様。ただ、政治的な理由で決まったお相手だから、親しいかどうかまでは判らないわ」
「いや、親しいかどうかは重要ではないさ。なにせ、国家に従順な、自分では何も決められない騎士様だからな。皇族が人質に取られれば、簡単に軍門にも下るだろう」
小馬鹿にするように、マヌラカルタが嗤う。
その性根の悪さに舌打ちをしながら、
「で、その情報を得て、我々はどうするんだ?」
と、ファリンが訪ねた。
今のシャルロットたちの目的はアンナを発見する事だ。ルナを探していた彼女を見つける事。それがなによりも優先されるべきなのは間違いない。
しかし、ジュード家の問題を放置するという事は、すなわち本格的な骨肉の争い許すという事でもある。それは出来れば回避させたい。エイダが傷つくのは目に見えていたからだ。
(……強者は傲慢であれ)
難しい選択を前にした時はいつも、その言葉が頭に浮かぶ。
リリスの言葉だ。今の自分が強者かどうかはともかく、それが出来る自分でなければ、何も手に入れる事は出来ない。
だから、シャルロットを呼吸を一つ整えてから言った。
「アンナさんたちを探しつつ、エンシェの動向も探りましょう。なにか大きな情報が手に入るかもしれませんし」
「説得力のない発言だな。人手が足りているとは言い難い状況で取るべき選択でもないだろう」
蔑むようにマヌラカルタが言った。
まあ、これは予想通りだ。問題は他の人達の反応で――
「貴女がリーダー、私はそれでも構わない。それに、本当に無関係とも言い難いわ。この局面で起きていることは、全てが絡んでいると見るべきだと思うし」
静かな口調で、ノスティワが言った。
「私の方も問題ありません。一応、この国の秩序者でもありますしね」
と、マルテシアも同意し、マヌラカルタの肩を竦めさせることに成功した。




