13/帰還ならず
アステアの凱旋を見送ったところで雨がふりだしたので、予定通り傘を購入してから捜索を再開させたシャルロットたちだが、結局二人を見つける事は出来なかった。
気配はずっと漂っているのに、その姿は影も形も見当たらない。
その結果を前に、ノスティワは位相がズレている可能性を口にした。
「位相がズレる? それって、裏世界とかサラヴェディカのような場所にいるという事ですか?」
近くに確かにあるプレタとアンナの気配に意識を向けながら、シャルロットは訪ねる。
「そうね、そのような認識でいいと思う」
「解決法はあるんでしょうか?」
「どのような方法でそれが行われているのかが判らない以上、突破口はないでしょう。そして、その解析には時間がかかる。ただ、それはサラヴェディカ内でも行えることだから、ひとまず戻るのも手ね」
「そうですね。その方が安全だろうし」
ノスティワの提案に頷き、シャルロットたちはレナリアの屋敷へと戻った。
しかし、そこに開かれていたはずの孔が見当たらない。
「出る時に閉じたんですか?」
「いいえ、此処に誰かが入って来る想定はしていない。…………待って、これはどういうこと?」
どうやらサラヴェディカにアクセスをしたが、反応が返ってこなかったようだ。
その異常事態を前に、ファリンも表情を強張らせている。二人がそうだという事は、サラヴェディカの方に問題が起きていると考えるのが自然だろう。
「すぐに解決出来そうですか? そうでないのなら、速やかに移動する事を推奨します」
細剣に手を伸ばしながら、マルテシアが言った。
直後、複数の敵意が屋敷を取り囲もうとしているのを、シャルロットも感じ取る。
慌てて外に出ると、既に周囲は正規騎士たちに囲まれていた。
「「悪魔を殺せ! 悪魔を殺せ! 悪魔に死の鉄槌を!」」
高らかな声を上げ、魔力を同調させながら、それぞれが得物を取り出す。
彼らの殺意は全てシャルロットに向けられている。
それに触発されるように、ぞろぞろと周囲の建物から武器を持った人々が姿を現した。
血走った目。誰もが自分を殺したくて仕方がないといった様子である。……まあ、この国ではよくある事だ。今更、それに臆したりはしない。
「どうするんだ? 皆殺しにするか?」
影から顔を出したマヌラカルタが、獰悪な笑みを浮かべてみせた。
もちろん、そんな提案には乗れない。
「まずは包囲を突破します」
言って、シャルロットは先陣を切って敷地を出て、視界を確保するために目の前の屋敷の上に跳び乗った。
乗ったところで、伏兵の攻撃を受ける。真下から矢で射られたのだ。
かなりの魔力が込められていたのにまったく探知できず、右足の甲に穴が開いた。
身体のバランスを崩しながら、シャルロットは足元の敵に向かって閃光を乱発する。
が、敵はそれをするすると掻い潜って屋敷の外へと飛び出して、次の矢を放ってきた。
「――っ」
なんとか回避には成功するが、片足に深手を負ったままでは、次の回避に支障が出る。
その意識は、普段なら即座の修復をもたらす筈なのだが、どういうわけか一向に傷が治らない。
「ぼけっとするな!」
側面から飛んできた矢を、全身を露わにした青年姿のマヌラカルタが叩き起こした。そして、そのままシャルロットを抱き上げる。
「ちょ――!?」
「文句を並べている暇があるなら、さっさと邪魔者を始末しろ! 貴様らもこいつを守れ!」
苛立ちを露わに吐き捨てながら、マヌラカルタが屋根から屋根へと飛び移っていく。
この焦り具合からして、どうやら不死の力が今は機能していないようだ。理由は不明だが、プレタたちを見つけられないこの状況と無関係とは考えにくい。
矢は四方八方から飛んでくる。追いかけてくる騎士たちの数も、当然のように増えていく。
進路上を塞ぐ敵に向けてシャルロットは閃光を放つが、魔力障壁によってあっさりと防がれた。
ファリンも翼を広げて、両手に顕現した光の槍を投擲するが、それも届かない。彼らは一つの個体のように、完璧な協力をもって二人の攻撃を抑え込む。突破は難しそうだ。
ならばと、空の上に光の球体を放ち、それを一気に拡散させる。
殺傷力ではなく、明るさに特化させた光。
それは仲間を除く周囲の視界を白く焼き、シャルロットたちが逃げる猶予をもたらしてくれる。
「――っ、小賢しい真似を、どこに消えた!」
「見つけ出せ! 必ず殺すんだ! この国に、穢れは許されない!」
「そっちだ! そっちに居たぞ!」
飛び交う怒号が、急速に離れていく。
それが完全に途絶えたのを確認したところで、シャルロットは光を屈折させて透明化していた状態を解除した。
続けて、囮として動かしていた自身の幻像を、敵の視界から逃れたところで消し去る。
「……上手く凌げたようですね」
裏路地に背中を預けて片足立ちになっていたシャルロットの足に、懐から取り出した包帯を巻き付けながら、マルテシアが呟いた。
傷はやはりまだ治らないが、血は止まってくれた。
ひとまず、その事実に安堵の息を吐いたところで、
「どうやら助力はいらなかったみたいだね」
と、突然、背後から声がした。
慌てて振り返ると、そこにはリグチラの姿があった。
仲間が増えたことにシャルロットは頬を和らげるが、マヌラカルタの方は対照的に強い警戒心を滲ませる。
「ルウォ帝国にいるはずの貴様が何故ここにいる? サラヴェディカの機能は今停止しているのだぞ? 転移なども使えないはずだ」
「なるほど、外の様子を把握できていないんだね。ちょうどいい、外壁の上に行こう」
そう言って、リグチラは軽やかに駆けだした。
「……ただ移動するだけなら問題ないな」
と、言って、マヌラカルタがまた影の中に戻る。
そんな彼と違い、マルテシアは当然のようにノスティワを抱き上げて、
「しんがりはお任せします」
「早く行け」
突き放すような調子で、ファリンが言った。
言ってから、憮然とした表情のまま、シャルロットを抱き上げて、
「……この方が早い。暴れるなよ」
そうして、彼女はリグチラの後を追いかけて駆けだした。




