12/三つの立場
無数の稲妻と光が踊り、周囲の建物を容赦なく破壊する。
一定の距離を保ったまま続けられる射撃戦。
はっきり言って自分らしくない消極的な戦いだ。リボンもまだ焼き切っていない。というか、どういうわけか焼き切れない。
高出力の魔法を行使しようとすると、途端に安定性がなくなるのだ。
その所為で、アンナはこの距離での戦いを余儀なくされていた。
(前にも一度こんな事あったけど、あの時と違って今は別におでこでお湯が沸かせる体調じゃないしな。やっぱり、魔法の干渉を受けてるって事で良さそうかな)
それが目の前の相手の仕業なら何の問題もないのだが、彼女の方もなんだか不調そうだ。この魔力の感じならもっと上の領域がある筈なのに、今の自分と同じラインに留まっている。
手加減されている感じもしないし、無差別な魔法がばら撒かれていると考えるのが自然だろうか。
出来れば、そいつを発見してから無茶をしたいところだったが、
(……そろそろ、まともな増援が来るな。その前に、優位は手にしておかないとね)
あっさりとリスクを負う事を決め、攻撃に使っていた雷を自身に纏い、アンナは踏み込んだ。
向こうもつまらない拮抗に飽きたのか、ステップで逃げることはせずに腰から抜いた細剣で迎え撃ってくる。
硬質な金属同士が凄まじい速度で衝突したことを告げる、刺激的な音。
「悠長なのが嫌いなのね。貴女とは仲良くなれそう」
「私は無理ですね。死人となんて仲良くなれない」
とめどなく急所を狙う斬撃と刺突が飛び交う中で、二人は淡白な調子で言葉を交わしながら、互いに必殺の一手に向けて青写真を描いていく。
(……リーチは向こうの方が上だけど、速度で問題なくカバーできる。力は五分、技術も五分。魔法はお互い不調っぽいから、これも五分かな)
ならば、重要になってくるのはセンス。仕掛け時を読む嗅覚であり、相手の呼吸に合わせるリズムの切り替えだ。
果たしてそちらでも、彼女は『真深夜』の傭兵に並び立てるのか。
(――ここ)
ほんの少しだけ変えた斬撃のテンポに一瞬だけ対応に迷いを見せたアステアに、アンナは躊躇なく踏み込んだ。
そこは相手がカウンターを用意していたポジションで、殆ど条件反射的に刺突が放たれたが、迷いが生み出した刹那のおかげで、最小限の動きで最低限の防御は間に合う。
アンナは肘を当て角度を変えて心臓から軌道を逸らし、細剣が右肺を貫通していく感触を味わいながら、逆袈裟に細剣を振り抜いた。
向こうも咄嗟に上体を逸らして、心臓まで届くのは避けたが、どちらの損傷が深刻なのかは明白だ。
細剣が体内でまた動き出す前に引き抜いて、傷口を雷の熱で接着させる。
これで優位は確保できた。
「ごほっ、ごほっ」
肺に溜まった血を吐きだしながら、雷撃で動きを抑えにかかる。
向こうも閃光で迎撃するが、ダメージの所為か精度が落ちている。
ならばと魔法戦を再開し、少しずつ追い詰めていく。
「……怖い子ね。今の、タイミングが少しでもズレていたら、貴女はただ死んでいたわ」
脂汗を滲ませながら、アステアが言う。
そこには、微かだが驚きの色が含まれていた。少し意外な反応。自分ほどではないにしても、戦闘経験はそれなりに豊富だろうに、この女は特攻を警戒していなかったのである。
「殺し合いをしているんだから、命を賭けるのは当たり前でしょう? 何を驚いているんです」
「それだけの価値があるのに、命を粗末にしていることによ。駄目よ、それは、とても罪深い事だわ。止めなさい」
……命乞いというわけではないのだろう。むしろ、アステアの眼差しには哀しみが満ちていた。
(宗教国家って感じだなぁ……)
神子を信仰対象にした国というのは、半分くらいがこんな感じになるので、殊更に珍しくはないが、それでもやっぱり、ちょっと気持ち悪い。
だから、さっさと殺してやりたいところだったのだが、ここで増援がやって来た。
「アステア様!? ――貴様ぁあああ!」
憎しみを露わに、無策で突っ込んでくる。
多分、再生能力持ちだ。技術がないくせにこういうことをする奴は、大抵がそう。
肉を切らせて骨を断つという戦法で一番必要なのは、それを悟らせない事だ。間違っても、度胸や無鉄砲さではない。
(大体、近付かせなきゃそれで終わりだしね)
雷撃を左右から同時に叩き込んでやる。
が、増援の男は全くの無傷だった。
結界が展開された気配もないのに、これは異常だ。
(神子並の強度って事? たしかに、出力は相当なものだけど……)
なんだか腑に落ちない。
腑に落ちないが、別にそれを吟味する必要はなかった。
此処での目的は、あくまで騒ぎを起こして、自分たちが今どのような異常事態に晒されているのかを把握する事だったからだ。
そして、それは既に果たされている。
これだけ派手に暴れても、近くにいるはずの知り合いが誰も来ないのだ。気配自体がまやかしなのか、それとも接触という行為が封じられているのか、いずれにしても、彼等との接触が現状不可能なのはまず間違いない。
(プレタさんも、もう十分離れてるしね。私もそろそろ退散かな)
目前に迫ってきていたイノシシの斬撃を躱しつつ、アステアに攻撃を再開する。
「――っ、怪我人を狙うか! 卑怯者が!」
「一般人ならいざ知らず、弱らせた敵を利用するのは当然でしょう? 貴方、戦場知らないの? それとも自分の事だけは棚に上げられるタイプ? まあ、どっちでもいいけど」
相手の寝言に嘆息しつつ、牽制の合間に頭上に溜めていた魔力を落雷にして解き放つ。
当然のように男はアステアを庇い、その隙を使って悠々とアンナは離脱を果たしたのだった。
§
クリスエレスから星舟に、ヴラド達は戻って来た。
その足で深海世界に入り、見回りを済ませたところで、
「……落ち着く場所で少し考えさせて」
と言って、自室へと籠ってしまったリリスをのんびり待つ。
此処までかなりの速度で飛ばした事もあってか、それとも夜更かしでもしていたのか、傍らのディアはかなり眠たそうだった。
その頬を撫でながら、ヴラドはこの深海の町をなんとなく見渡す。
欠陥だらけの自宅と、全く同じ形状の屋敷が三つ、広場が一つあるだけの、小さな世界。
最初は窮屈さが目立っていたが、今ではこの場所に安堵を覚えるくらいに、此処を拠点だと認識している自分がいる。
そこに寂しさのようなものを覚えながら、少しシャルロットの事を考えた。
彼女は今、どのような状況に置かれているのか……。
「何を考えていたの?」
自宅から出てきたリリスが、興味なさそうなトーンで聞いてきた。
ヴラドは、ディアに預けていた身体を起こして、真っ直ぐに彼女を見て答える。
「お前の答え」
「……正直、気乗りはしない。必要のないリスクばかりでメリットが殆どないもの。でも、計画は立てたわ。お前の機嫌を取ってあげる。だから、しっかり感謝しなさい」
不貞腐れたような表情で、リリスは吐き捨てた。
そんな彼女に、ヴラドは言う。
「ありがとう」
多分、この言葉を口にしたのは、これが初めてだった。
だからだろうか、突然背中を押されたみたいにびくっと身体を微動させて、瞬きの回数を増やして、最後に困惑を示すように彼女は眉を顰めた。
「どういう、気の迷いかしら?」
声が弱い。動揺が手に取るように判った。
それが可笑しくて、ヴラドは少しだけ笑う。
「最後の前だと、お互いやりにくくなるだろう?」
「……不愉快な気紛れ。そんなものを不意打ちで決めてくるなんて、性格が悪いわ。誰に似たのかしら?」
眉間の皺をさらに深くしながら視線を落として、リリスがぼやく。
それから、ちらりとこちらを見て、また視線を下げて、
「…………わたしは、もう言ったから。あれがそうだから!」
と吐き捨てるように言って、背を向けた。
向けたまま、話を戻す事にしたようだ。
「事に当たる前に、状況の整理をするわ。現状、決闘の勝者は臆病者になる可能性が非常に高い。羽虫の女王が味方に付いたことが確定したからね。あげく、奴は自身の信仰を最大値に戻している。なんとも恥ずべき方法でね。おかげで始末しなければならない相手が増えた。で、そいつの始末の方法で、今わたしは非常に悩んでいるわけなんだけど――」
と、そこで、リリスが所持している通信石が震えた。
「どうしたの?」
『モルガナが動く未来を捉えたよ』
イリアの声が響く。
「そう、いいタイミングね。いつ?」
『今から七時間後』
「具体的な内容は?」
『そこはまだ視ていない。そういうものは同時に共有しろといったのは貴女だったと思うけれど?』
「あぁ、そうだったわね。では今すぐ来て」
要求を伝え、リリスは通信石の回線を切る。
それから五分後に、パウとイリアが姿を見せた。
「早速見せて」
「そんなに急かさないで、視えたものを他人に共有させるのは簡単じゃないんだ」
愚痴っぽく言いながら、イリアは両の手の甲を天井に向けて、そこに魔力を流した。
手の甲の瞳が淡く輝き、それは頭上に彼女が視た未来の光景を映し出す。
場所は自室だろうか。相変わらずというかなんというか、浮き沈みの激しさを物語る百面相でペディキュアを施していたモルガナが、作業を途中で止めて部屋を出て、うぅ、うぅ、と唸り声をあげながら十秒ほど通路を歩いたところで、
『――そうだ、シャルロットに相談しよう』
と呟き、突然糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
それから数秒後、何事もなく身体を起こした彼女は、難しい表情を浮かべ、短く吐息を零す。
そこに、スロウとダノラウトの二人がやってきた。
『何か用か?』
『そう警戒しないでください。我々はとても良い話を持ってきたのですから。貴女の願いが叶うような、良い話を――』
そこで、映像が途切れた。
直後、イリアとパウの身体が崩れ落ちる。
二人して意識を失ってしまったのだ。その所為で、魔法を維持できなくなった。
「もう少し頑張って欲しいところだったけれど、まあこれで昏睡の条件ははっきりしたし、交渉の余地も生まれてくれた。必要十分と見るべきか」
口元に手を当てながらリリスはそう呟き、こちらを真っ直ぐに見て、
「では、お前の要望通り、わたしも今殺したくて仕方がない奴を、殺しに行くとしましょうか。そろそろ事態も大きく動くでしょうしね」
と、悪意に満ちた微笑と共に言い放った。
§
「……なるほど、状況は理解しました。でも、あまり好ましいものではないわね。私が死んでいた十七年で、この国はずいぶんと弱ってしまったみたい」
凱旋を終え、王宮の一室に身を預けたところでダノラウトの話を聞き終えたアステアは、冷ややかな表情で嘆息を零した。
「申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに」
「そうね。本当に不甲斐ないわ。これから改善しなさい』
「は、はい! もちろんです!」
厳しくも優しいエールがなによりも嬉しくて、ダノラウトは少年のように声を弾ませる。
そんな彼を、少しだけ呆れるように微苦笑を浮かべてから、
「ところで、あの子はどうしたのかしら?」
と、アステアは言った。
「あの子?」
一体誰の事を指しているのかすぐには理解できず、ダノラウトはつい間の抜けた反応を見せてしまう。
「私よりも寝惚けているの? シャルロットの事よ。私の愛しい娘の事」
「そ、それは……」
言いよどむダノラウトの代わりに、私用を終えて戻って来たスロウが答えた。
「貴女の娘は、残念ながら悪魔に憑かれてしまいましたが、我が国の罪を背負う事は果たしてくれました。少なくとも、ある程度はですが」
「そうですか、国の為に役立っていたのであれば良かった」
アステアは当たり前のようにそう言葉を返し、それから真っ直ぐにスロウを見据えて訪ねた。
「それで、今はどうなのですか?」
「残念ながら、有益な存在とは言えませんね」
「では、娘は私が始末しましょう。――あなた、それで良いわね?」
有無を言わせない、無機質な瞳。
彼女が英雄である何よりの証。懐かしく、待ち焦がれた冷淡さ。
「はい、もちろんです」
込み上げてくる最大級の歓喜に震える心を必死にこらえながら、ダノラウトは殊勝に頷く。
頷きながら、同時に込み上げてきた娘への憎悪に歯を軋ませた。




