11/暴走少女
アンナの依頼でルナを探す事になったプレタは、彼女と共にクリスエレスへ向かう事になった。何故クリスエレスに向かう事になったのかは、よくわかっていない。なにせ、なんとなくというアンナの感覚頼りで決まった事だからだ。
まあ、言語化できない根拠があったのだろうが、そのあたりは天才の領域なので、プレタには何も言えない。
ともかく、そんな曖昧な理由でサラヴェディカを介してクリスエレスにやってきた二人だが、はたしてルナの気配はすぐに見つける事が出来た。
ただ、成果はそこまでで、具体的にどこにいるのかはまるで判らない、というのが現状だった。
「まあ、ルナ様の魔力は特別ですからね。そんなこともあるんでしょう」
投げやり気味なアンナの言葉を聞きながら、魔力を広げ、強化した聴覚で耳を澄ましつつ、探索を続ける。
現在地は外壁の傍だ。外回りから埋めていく方針でそうなった。
街の空気は非常に重苦しく、以前とは比べても治安の悪化は目に見えていた。それが顕著なのは裏通りだ。怒声や悲鳴、暴力の気配が感知範囲ないだけでも複数確認できる。
まあ、つい先日にララエスタが大虐殺を行ったあげく、スロウも死んだという状況なので、仕方がないと言えば仕方がないのかもしれないが。
「ちょっと疲れたので、少し休みましょうか」
近くにあった飲食店に視線を向けながら、アンナが言った。
異論はない。もう三時間は歩いたので、こちらも少し喉が乾いていた。
二人は近場の飲食店に足を運び、軽めの軽食を取る。
テーブルに置かれた水をお互いが飲み干したところで、広げていた魔力の網が、見知った気配を捉えた。
「この気配、ヴラド・ギーシュですね。あの人も此処に来ているのか。なんか、嫌な感じだなぁ」
同じタイミングでアンナも察知したのか、眉間に皺を寄せながら、口に含んでいた氷を噛み砕く。
「具体的な位置は割り出せましたか?」
「いや、ルナと同じね。近くにいるような、遠くにいるような、気持ちの悪い曖昧さがずっと漂ってる感じ」
「つまり、これはルナ様の魔力による隠匿ではなく、誰かのジャミングである可能性が高くなったという事ですね。……めんどくさ」
注文したメニューがやって来た。
二人はしばし無言で食事に集中する。
先に完食したのはプレタだった。アンナはデザートに取り掛かったところで、アイスクリームの入ったクッキーに舌鼓を打っている。
その年相応な様をなんとなしに眺めていると、脇をくいくいと引っ張る感触が届けられた。
見ると、半身であるレーニィスが物欲しそうにクッキーを見つめている。
「食べますか?」
視線に気づいたアンナが、それを乗せたお皿をこちらに差し出してきた。
「いいのかい? ありがと」
皿を手に取って、彼女の目の前に置くと、彼女はプレタが使っていたナイフとフォークを使って、手のひらサイズのクッキーを丁寧に切り分けて、上品に食べていく。
そういった所作込みで、食事という行為を真似してみたくなったのだろう。
「よく躾けられてますね。私よりもテーブルマナー良さそう」
「いや、そういうのを教えたことはないんだけど、見て覚えたみたいね」
「好奇心旺盛なんですね。そのあたりはさすが精霊種ってところなのかな」
アンナはじっとレーニィスを見つめながら、テーブルに置かれていた紙ナプキンで口元を拭った。
「……そういや、あんたはどうして契約者にならないの? やり方とかは、その気になれば簡単に手に出来たでしょうに」
「メリットがないからですよ。私、そっちの器は小さいみたいなんですよね。代わりに可能性の器とやらは凄いらしいですけど」
「可能性の器?」
「団長が勝手に言っていることですから、それが具体的にどういうものなのかは私も知りませんけど。多分、儀式の生贄としての価値の事を指しているんじゃないですかね。もうそれ以外に、あの人にとって必要なものとかもなさそうだし」
つまらなそうにそう答えて、アンナは席を立った。
「さて、休憩も済ませたし、なんかシャルロットさんの気配もするし、ちょうどいいから、そろそろ暴れましょうか」
言葉が届いた時にはもう、店内の照明石と窓ガラスは全て割れていた。
彼女が四方八方に放った雷による被害である。
結果、他の客たちが悲鳴を上げ、外にいた騎士たちがこちらに向かってきた、その騎士に向かって、彼女は自分が座っていた椅子をぶん投げる。
あまりの速度に騎士は全く反応出来ずに失神した。
「――っ、ちょっと!?」
突然の凶行に驚くプレタの事など気にせず、彼女は軽やかな足取りで外に出て、今度は裏路地に向けて雷を放ち、複数の絶叫を追加させた。
「煩いな」
続けて、騒然とする人達の周りに、雷の蛇を走らせる。
凄まじい出力だ。触れたら最後、骨まで炭化してしまう事だろう。止めようにも、のたうちまわるその蛇が怖くて近づけない。
そうこうしている間に、別の騎士たちがやって来た。
西に東に北に南に、騒ぎを聞きつけて、ぞろぞろと数を増やしていき、あっという間に二十人ほどの集団となる。
「このような少女が、一体何故このような凶行を――」
そのうちの一人が、嘆くように言葉を並べている途中で、落雷を受けて煙を上げながら倒れた。
「最初に謝っておきますね。貴方たちは別に悪くない。でも、必要な事だから、受け入れてください」
言葉が終わるまでに、三人がダウンする。
今度はアンナの指先から走った紫電による結果だった。
「少女の姿に惑わされるな! これは悍ましき悪魔の一派だ! そうに違いない!」
悪魔という一言で、騎士団の顔色が変わる。
憎悪が感情の全てを埋め尽くして、一切の躊躇が失われたのだ。
信仰という名の狂気、それが齎す統率は、格段に彼らの脅威度を引き上げる。
しかし、だからとって彼等がアンナを無力化するのは不可能だ。根本的に実力が違い過ぎる。
結果としては、団結など無意味と言わんばかりに蹂躙は続き、騎士たちは一人また一人と崩れ落ちていく。近付く事すら出来ない。
「相変わらず本当に弱いな、ここの騎士って。なんでやれてるんだろう?」
どうでも良さそうに煽りつつ、なんとか剣の間合いに入った騎士の一撃を造作もなく躱し、鳩尾に鞘を突き立てて内臓を潰し、悶絶させる。
いつでも皆殺しに出来るのに、こうして半殺しで済ませているのは、もちろん殺す事が目的ではないからだ。
彼女は派手なアクションを起こして、顔見知りたちがどんな反応をするのかを探ろうとしているのである。実際、シャルロットがこちらに干渉できる状態なら、まず間違いなく止めに来るだろうし、その方法は有効と言えた。
(……それにしても、ほんと、無茶苦茶な事を平然としてくれるわよね。こいつらって)
『黒潰石』――いや、その一つ下の『青銀石』くらいの傭兵から顕著になるのだが、とにかく高位の傭兵という存在は法というものを軽視する傾向が強かった。本当に簡単に、思い付きのままに罪を犯すのだ。
理由は明白で、そこらの騎士では基本的に歯が立たないからである。そしてそれは騎士たちもよく理解していて、結果犯罪がうやむやに片付けられる事も多かった。
まあ、たった一人に対する暴行事件が、下手につついた所為で数百人の死傷者を出す大事件に発展する可能性だってあるのだ。しかも捕まえる事も叶わずに逃げられる可能性も高い。そんな現実を前に、最小限の犠牲で済ませようと努力するのは、ある意味では正しい。
正義など、結局は暴力という強制力が伴っていなければ、何の価値もありはしないのだから。
「……連れが迷惑をかけたわね。すまなかった」
嘆息を零しながら、プレタはいつのまにかテーブルに置かれていた高価な宝石を店主に手渡した。
「悪いと思っているのなら、止めてください!」
宝石を受け取らず、店主は言う。
こういうところは高潔なようだ。この国の理念が行き届いている。ゆえに、裏側の醜さも目立つわけだが。
「……これは、知らない人だな」
ぽつりとアンナが呟いたところで、こちらに近づいてくる強力な魔力をプレタも察知する。
さして濃くもない薄霧の中から突然浮かび上がったような、これまた奇妙な気配の現れ方だった。
(――っ、あいつ)
姿を見せた女には、見覚えがあった。
たぶん、この街のほぼ全ての人間が知っている人物だ。なにせ、この国にはその肖像画が山ほどあるのだから。
「ずいぶんと派手にやられているようね」
凛然とした声で、女が呟く。
その声に宿された清廉たる魔力が、周囲の恐怖を振り払った。
「アステア様!」
「アステア様だ!」
「アステア様が来てくださったぞ!」
代わりに溢れ変わったのは、熱狂。
まるで支配の魔法でも喰らったみたいに、陶酔したような目で、ボロボロの騎士も住人達も彼女を一心に見つめる。
「アステア? それって死人じゃなかったっけ? もしかして復活した? ほんと、神子ってデタラメなことばっかりするな」
呆れたような表情を浮かべながら、アンナは躊躇いなく雷撃を放つ。
それを、アステアは造作もなく躱して見せた。
「雷の通り道を作るのはとても速い。でも、その過程がよく見えるのは減点ね」
「そりゃあ、手加減していますからね。殺さないのって難しいし。……でも、貴女には、そんな気遣い、しなくてもいいのかな?」
アンナの目の色が変わった。
空気が一気に重くなって、周囲のあちこちで静電気の弾ける音が鳴り始める。
「……なるほど、『真深夜』の傭兵なのね。貰い物しか取り柄のないそこらの神子よりは、歯ごたえはありそうかしら?」
相手の存在感に対応するように、アステアの魔力も跳ね上がる。
かつて神子を討った事もある英雄。いくらアンナが強くても、一人で戦うのは酷な気がするが――
「弱い人は引っ込んでいてください。邪魔になるだけですから」
こちらの危惧を読み取ったように、アンナは淡々とした口調で言った。
正直、もの凄く腹が立ったが、これだって事実なので受け入れるしかない。
「……偉そうなこと言ったんだから、ちゃんとなんとかしなさいよ。 ――ってか、あんたらも! さっさと離れなさい! 巻き添えで死ぬわよ!」
プレタは慌ててこの場から距離を取りながら叫び、二人が戦いやすい状況を促し、それがある程度成り立った瞬間、二人の埒外は目のも止まらぬ速さの戦闘を開始した。




