07/扱いの差
二人の容態の確認がしたいという事で、ヴラドたちは地下城から1ヘクターも離れていない場所に建てられた病院へと足を向かわせた。
そこは、この地下街には珍しく高さを確保した施設で、十階建ての吹き抜け構造となっていた。おかげで天井がとにかく高く、圧迫感がない。そういった精神的な負担を避けるために、このような建築となったのだろう。
「こちらです」
此処に来るまでに文官が話を通したのだろう、エントランスに入るなりこちらに近づいてきた受付の看護師が、いそいそとした足取りで案内を始めた。
そのあとに続いて、エレベーターで七階に上がり、左手に進んで、十五番目の部屋の前で足を止める。
傍らには護衛と思わしき騎士が二人ほど佇んでいた。おそらくはヘカテの部下だ。表情にこそ変化はなったが、そわそわと落ち着かない様子なのが指先や視線などから窺う事が出来た。
そのうちの一人が、静かにドアを開ける。
元々は重役向けの個室だったのだろう。かなりの広さをもっているが、そこに無理やりベッドをもう一台設置して、一つの部屋だけを警護すればいい状況にしたようだ。
「どちらも外傷はなさそうね。扱いはずいぶんと違うみたいだけど」
リリスの言葉通り、元々あったベッドに眠らされているヘカテがしっかりと整えられた状態でいるのに対して、トォーベの方はただベッドに投げ捨てられたような恰好をしていた。
彼の部下は此処に来なかったのだろうか? 人望がないという感じではないので、単純にその情報がまだ伝わっていないという事なのだろうが……。
「まあ、それはそうと、どこで発見されたの? こうなった原因は?」
「場所は東の地下城の、ヘカテ様の執務室です。お二人がそこで倒れているところを一時間ほど前に彼女の部下が発見しました。昏睡の理由に関しては、薬を嗅がされた形跡も、注射をされたような痕もなく、現時点では不明としか」
困ったような表情で、ヘカテの脈を計っていたらしい医師が答えた。
「それなら精神干渉系の魔法の可能性が高いですね。魔眼には、そういうものも多いと聞きますし」
と、マウロが言う。
たしかにその可能性が高そう。だが、魔眼の類は意外と機能させるのが難しい。特に精神干渉系は条件が必要な事も多く、実力者二人に同時に機能させるというのは現実的ではない気がした。まあ、ヘカテの方は色格がそれほど強くないというか、良くも悪くも調和寄りなので多少は無理も徹せるだろうが、トォーベが鬼門だ。そもそも条件の難しさなどを抜いたとしても、彼に奇襲を成立させるのは至難と言えるだろう。
「この男が、その手の奇襲を喰らうとも思えないがな」
「ずいぶんと評価しているのですね、彼を」
ヴラドの言葉がよほど意外だったのか、マウロが目を丸くした。
簡単に出し抜ける相手だから、暴力の方でも同じだと捉えているらしい。
「ずいぶんと目が悪いんだな、お前は」
率直な感想を、ヴラドは口にした。
瞬間、マウロの表情に険が過ぎる。それは瞬く間に隠されたが、よほど気に入らなかったようだ。下手な鉄砲で感情を乱すタイプとも思えないので、存外痛いところでも突いてしまったか。
「いずれにしても、ディ・ジャ・ヴィグァ一人で為し遂げた事ではなさそうだ。グンダルの魔法についての情報は?」
口元に手を当てながら、デューリが問う。
だが、答えを知る者はいなかったようだ。
「……ふむ、ここには付き合いの短い者しかいないとはいえ、情報取集を怠る者ばかりというわけでもなし。これは、露見されると価値を落とす初見殺し系の可能性が高そうだな。両者の合わせ技なら、この状況も問題なく用意できるだろう」
そうデューリが締めくくったところで、外から叫び声が聞こえてきた。
悲鳴に怒号に笑い声。複数人が発している。明らかに正常な精神状態の人間が出す音ではなかった。
「これも陽動の可能性がありそうね。わたしたちが行く。お前たちは、そうね、そこの無防備な弱者共でも守っておくといいわ」
返答を待つこともなく、ヴラドとリリスは外に出る。
左右に視線を流すが異常行動をしている人間は見当たらない。ならばと吹き抜け部分から下を見ると、すぐに発見する事が出来た。
壁に額を叩きつけているのが三人。視線を彷徨わせ刃物を適当に振り回しながら大声で歌っているのが二人。床に寝転がり仰向けに倒れ大きく見開いた瞳で天井を凝視しながらぶつぶつとなにかを呟いているのが五人。近くにいた人間の髪の毛を食べているのが二人。手すりから身を乗り出して、この吹き抜け部分から飛び降りているのが五人。他にも、色々と尋常はでない有様の人間で溢れかえっている。
精神干渉系の魔法なのは間違いないだろう。ただ、その魔力が感じられない。
いや、まったく感じられないわけではないのだが、どこから発生しているのかが判らない。強弱も不明。
なんとも妙な感覚だ。それが影響しているのか、抵抗力の弱い人間が全員やられているというわけでもなさそうだった。まともな反応をしている人間も一定数いる。
(この違いはなんだ?)
(……ともかく、状況は把握したわ。戻りましょう)
リリスの方も、答えには辿り着けていないようだ。
思ったよりも面倒そうな類のようだと認識を改めつつ病室に戻るが、そこに無事な者は一人もいなかった。
護衛の二人含め、全員が昏睡している。
外傷の類はなし、先に昏睡した二人と同じ方法でやられたと診て問題なさそうだった。
「なんだか無差別に見えるわね。こちらを避けた木偶の坊の混血のスタンスとは違う気がするわ。だとするなら、これは別勢力の攻撃という事になりそうだけど……」
退屈そうに言葉を並べながら、リリスはマウロに焦点を定めた。
「神子の特権を仕舞いすぎた弊害でしょうね。いや、それとも、この程度の人間を信用した落ち度というべきかしら? ……いずれにしても、お前は不確定要素。だから、悲しいけれど此処でお別れよ、リズ」
優しい聲。
ある意味で、娘に向けるものとしては適切なトーンではある。
「というわけだから、苦しまないように即死させてあげてくれる?」
「断る」
端的に、ヴラドは答えた。
「どうして?」
「当然、最後に敵になるからだ。お前のな」
不確定要素というのはルシェド戦が片付いた後の話だ。ヴラドとリリスが器の主導権を巡って決闘を行う場面での話。
そこでリズがどちらにつくのかは明白だ。味方として使える駒を、今ここでヴラドがわざわざ殺す理由はない。
「小賢しい事ね。まあいいわ。もしかしたら、この子でもルシェド・オルトロージュを消耗させる事が出来るかもしれないしね。では、ひとまず彼等の安全を確保するためにも、一度我々の世界に戻るとしましょうか。それに異論はないでしょう?」
「あぁ」
頷き、ヴラドはトォーベとヘカテを脇に抱えつつ、マウロの足首を掴んで、ずるずるとその身体を引きずりながら、リリスの開いた裏世界への扉をくぐった。




