06/人肌の蛇擬き
一日が消化され、決闘まであと四日となった。
その一日で、どうやら両陣営は上限ギリギリまで人員を揃えたようだ。
アルドグノーゼの側についたのは、グンダル、ディ・ジャ・ヴィグァの二人と配下の精鋭たち。ルウォの側にはデューリ(リグチラ)トォーベ、マウロ、ヘカテの四人と配下の精鋭たちがついた。
これで、今日から行われるのは、最後の決闘を優位にするための潰し合いとなったわけだが……。
「おや、貴方たちが一番乗りでしたか。今回は味方のようでなによりですね」
この地下城の作戦室にやってきたマウロが言った。
「こちらはまだ中立よ。その辺りは間違えない方がいいわ。勝手に裏切られたなんて思われても不快だしね。……まあ、お前たちの側に付く可能性もないとは言えないけれど」
リリスは心底つまらなそうに言葉を返す。
「つまり、この決闘に参加する意志はあるという事か。そして勝利が約束されるまではどの陣営にも入らない。大した身分だな」
続けてやってきたデューリが棘を刺してくる。
「そうね、わたしたちにはそれが許されるだけの価値がある。だからこうして、中立なのに此処に居ることも出来ているのよ。他でもないお前たちの主の提案によってね。さあ、そんなわたしたちに、お前たちはどのように接するのが正解なのかしら?」
口元に手をあてて、リリスはくすくすと微笑んだ。
と、そこで会議開始時刻を告げる時計の音が鳴り響く。
会議にはヘカテとトォーベも参加する予定だったはずだが、二人はまだ姿を見せていない。
とりあえずアラームを止めて、数分ほど待つ事になった。
「……近づいている気配もなし。どうやら本格的に遅れそうだな。どうする?」
デューリの視線がマウロに向けられる。
「そうですね、では、状況の整理でもしておきましょうか。齟齬があっても問題ですし。お二人も、それで構いませんか?」
「そうね、重要な部分の確認は必要不可欠だわ。――ということで、早速始めましょうか。お前たちはどっちの味方?」
冷めた眼差しをマウロとデューリに向けながら、リリスが言った。
「それは、どういう意味でしょうか?」
涼しげな表情を維持したまま、マウロが訊き返す。
「もちろん、そのままの意味よ。そこまで莫迦でもないのだから、言わなくても判るでしょう?」
「スパイの可能性の排除。もちろん、私も賛成ですが、それは二人が来てからでも良いのではありませんか?」
「もう死んでいるかもしれない奴等を待つなんて不毛だわ」
「どちらも、それほど簡単に処理できるような相手とは思えませんが――」
と、そこで前触れもなくドアが開かれた。
何事かと四人は視線を向けるが、そこには何もない。
警戒心が一気に滲みだす。
(視線誘導か)
ヴラドが胸の内でそう呟いたところで、風を切る音が背後から鳴った。
どうやら最初からこの作戦室にはなにかが潜んでいたようだ。そして外からドアを開き、注意がそこに向いたところで仕掛けてきた。
ここに居たのがそこら辺の兵士だったなら、立派な奇襲となっていたことだろう。だが、悲しいかな敵の小細工はまったくの無意味で、デューリもマウロも当然のように一切の動揺も遅滞もなく、背後からの奇襲を回避した。
矢のように放たれた毒々しい紫色の液体を滴らせた爪が、二人の脇を通り過ぎる。
それを放ったのは、一個の生物のように壁を這うやたらと指の長い手だった。
あっという間に再生させた爪にも紫色の液体を滲ませて、次の攻撃準備を整えようとしている。
「これはディ・ジャ・ヴィグァ殿の手ですね。魔力の放出を感じないという事は、魔法ではなく生物的な特性の可能性があります。射出された爪にも間違いなく毒が含まれているでしょうし、少々厄介ですね」
左手に分厚い短剣を具現化しながら、マウロが呟く。
その言葉通り、魔法ではない毒は、魔法の毒と違って魔力の出力や色格によって効果を緩和する事が出来ず、解毒などの専用魔法や血清に頼る必要が出てくるため、場合によっては魔法毒よりも遥かに危険な存在になる事が多かった。
(奴の魔法は具現化だったな。血清も作れそうか?)
(魔力の色を見たら解るでしょう? 無理よ。そういう類じゃない)
(そうか、なら別にいらないな)
(そうね、そこまで価値のある魔法ではないわ)
リリスとそんな雑談をしている間にも、ディ・ジャ・ヴィグァの攻撃は続いている。長机の下や家具の隙間に身を隠しながら、なかなか上手い立ち回りだった。
ただ、遠隔で操作しているからなのか、動き自体は酷く単調。
「――そこですね」
程無くして、速度やリズム、パターンなんかを読み切ったマウロの投擲によって、手の甲のど真ん中に短剣を突き立てられる事となった――が、ディ・ジャ・ヴィグァの手はその瞬間に五つに裂けて、短剣の拘束から逃れ、蛇ような動きで分散し、何事もなかったかのように攻撃を再開し始める。
(……こっちには仕掛けてこないな)
暇が出来たので、ヴラドはポケットから飴を取り出して、特に中身を確認することもなく包みを剥がして口の中に放り込んだ。
しゅわしゅわという音が舌の上で鳴る。炭酸を含んだオレンジ味の飴だった。
(無意味だって判ってるからじゃない? お前の魔法は普通の毒にも有効だしね。それにわたしたちはまだどちらの陣営でもない。下手に刺激をして、確定的な状況にしたくないんでしょう。きっとね)
リリスもヴラドの懐から取った飴を口に含んで、じっくりと味を堪能しながら高みの見物へと興じ、
(……なるほど、大体わかったわ。こいつ、忌子の掛け合わせね。だから原初でもないのに、三つの特権を持っている。でも、それだけね。魔法は平凡。特権の質も全部中途半端。不細工な設計だわ。大して強くもないくせに、力任せな仕事ばかり。こんなものを生み出して、あの臆病者はなにがしたかったのかしら? 本当、滑稽ね)
その侮蔑と共に、戦闘の方も終了した。
斬り殺すのが難しいのならと徹底的に叩き潰されたディ・ジャ・ヴィグァの右手は、もうピクリとも動かない。
「魔法が切れたのか、感知が可能になりましたね」
手にしていたハンマーを消し去りながら、マウロが呟いた。
「つまり、所有している魔法は隠密の類という事か。魔力行使の技法としてここまで完璧に気配を隠せていたのなら脅威だったが……こういう存在は、他の魔法も使えたりするのかね?」
口元に手を当てていたデューリの視線がリリスに向けられる。
「この魔力の色からして、契約者ではないし、心臓に複数の核をもっているわけでもなさそうね。まあ、まだ魔眼持ちの可能性は残っているけれど、奇襲と毒が主力なのは間違いないでしょう。解毒手段さえ用意してしまえば、脅威にはならないわ」
そうリリスが結論を出したところで、こちらに近づいてくる気配を捉えた。
数は1。ふわふわとした魔力だ。戦士ではない。
数秒後、その認識通り、慌てた様子の文官が姿を見せて、
「ヘカテ様とトォーベ様が襲撃に合い、病院へと搬送されました」
と、引き攣った声と共に、そんな報告を寄越してきた。




