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君>世界   作者: 雪ノ雪
第八章『死者の未来』
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04/不穏の香り

 結果は五分後に届けられた。

 エンシェからサラヴェディカに連絡が寄越されたのだ。それから十分後、実に迅速に会談は成立した。

 やってきたのはマウロとチュルの二人。

 最初、マウロは神子に見えなかったのだが、彼の影から着物を纏い高下駄を器用に履きこなす金色の美女が現れた瞬間、否応なしにそうなのだと皆が自覚する事となった。

 その反応をつまらなそうに眺めていたチュルは、数時間前に失った血液をまだ取り戻せていないようで非常に顔色が悪い。ついでに言えば、ララエスタやアンナ、クウォンタに手酷くやれたばかりという事もあり、ピリピリとした怒りも滲ませてもいた。

 とはいえ、異世界の侵略者の時と違い、今は本当に一致団結しないと全てが滅ぼされかねない状況なので、波風を立てるつもりはなさそうだ。

「……リズ」

「久しいな、マヌラカルタ」

 マヌラカルタに、件の神が微笑む。

「そうだな、特にその姿を見るのはな」

「……」

 どうしてか、隣にいるマウロが悔しそうな表情を滲ませた。

 そんな彼の頭を軽く撫でて、リズが口火を切る。

「用件は、ルシェド・オルトロージュの件か?」

「はい、そうです」

 シャルロットはルシェドの目的を話し、共に戦闘以外の解決法を探るという方向性を提示した

「……ふむ、その話が本当であるのなら、たしかに可能性はあるのかもしれんが、すでに色々と探った末にその結論に至ったのなら、そう簡単に突破口は見いだせないであろうな」

「いや、そんなに模索とかはしてない思いますよ。あのヒトが世界を滅ぼすのは、それが一番簡単だったから。或いはぱっと思いついた手段がそれで、他の手を考える必要が早々に無くなったからとかだろうし」

 と、アンナが口を挟み、ララエスタも同意を示す。

「そうねぇ、団長はそうよねぇ」

「そもそも、三百万年も暇を潰せるわけだからな。それだけで名案だったことだろうさ」

「それは、どういう理屈じゃ?」

 追撃に加わったマヌラカルタの言葉に、リズが眉を顰めた。

 それに少しだけ呆れるように……いや、どちらかと言えば親しみを向けるようにだろうか、マヌラカルタは微苦笑を浮かべて、

「貴様は常に知るという行為に没頭できるから縁もないのだろうが、誰しもが時間を有意義に使い続けられるわけではない。そして退屈は神すら殺す。つまりはそういう事だ」

「そうか、思わぬところで知見を得たな。今後に活かせる事を祈ろう」

 左手に持っていた煙管を咥えて、リズは薄紫色の煙をゆっくりと吐き出す。

 嫌な臭いを想像したが、鼻孔に届けられたのはお香のような匂いだった。

「協力に異論はない。汝らと共に、最後の足掻きをするとしよう」

 煙管を口元から口元から離し、リズがこちらに手を差し出してくる。

 その手を握り返して、協力関係は成立、情報の共有も行われる事となった。

 そうしてマウロとチュルが帰っていったところで、

「……では、私はルナ様の元に戻り、ここでの方針を伝えてきますね。どうも、向こうからは来れない状況みたいですし」

 大きく伸びをしてから、アンナが言った。

「ならば吾輩も戻るとしよう。ララエスタはどうする?」

「私はいいわぁ。この件には特に興味もないし」

 そう言って、彼女は優雅な足取りでこの七番庭園を出て行った。

 最後に、不穏な言葉を残して。

「あぁ、でも、気が向いたら絡むかも。どういうカタチでかは判らないけれど、その時は、よろしくねぇ」


                §


 言葉にした通りに、アンナはクウォンタと一緒にザーラッハの特区に戻ってきた。

 サラヴェディカで見た映像のままに、特区は日常を保っている。道行く人々も一見するといつも通りだ。けれど、最高峰とはいかなくとも鋭敏な感知能力を有する二人の『真深夜(レドゥフォドゥン)』にとって、今目の前にある光景はあまりに異様だった。

「どいつもこいつも中身がないな。本当に動いているだけだ。一体全体どういう魔法なのだろうな、これは」

 口元に手をあてて、クウォンタが難しい表情をする。

 アンナもこれまで特に追求してこなかったルシェドの魔法。

 まるで全てを自由自在に操れるような理不尽さを覚えるものだが、もしそうなら儀式も必要ないので、実際はそこまでなんでもありというわけではないと思う。けして無敵ではない筈だ。

 先程の会議で平和的な交渉に舵を切る事に放ったが、失敗した時の事は当然考えてしかるべきなので、ルシェド抹殺は今後もテーマにする必要がある。

(法則とかが解れば、そこから付け入る隙も見つけられそうではあるんだけどなぁ……)

 そんな事を考えていると、不意に街角からルシェドが姿を見せた。

 一般人みたいな面をしてこちらにやってくる。

「やぁ、二人とも無事でなによりだ。ずいぶんと遠い場所にいたようだね」

「ララエスタさんとゲームをしてたんですよ。どっちが先に神子を殺せるかっていうゲームを」

 つまらなげに、アンナはそう答えた。

「神子を殺されたら困るのだけどね」

「心配しなくても結果は両者失敗の引き分けです。まあ、ララエスタさんはその過程で出くわしたヒトの事が気に入ったみたいなんで、彼女からしたら勝ちなのかもしれないですけど。……そんなことより、ルナ様はどこですか?」

「部屋にいるよ」

「そうですか」

 ならここに突っ立っている理由もない。ルナの部屋に向かって歩を進める。

 すると、なぜかルシェドも一緒について来た。非常に不穏だ。だが、拒むわけにもいかないので、そのままのペースで彼女の元に向かう。

 クウォンタとはそこで一端別れた。元々つるむほどの仲というわけでもなし、これ以上一緒に行動するのも不自然だったからだ。

 ノイン・ゼタ専用の高級ホテルに入り、エレベーターを用いて最上階の一つ下の階に向かう。

 その階の全てが、ルナ・オルトロージュの住まいだった。

 ちなみに、ルシェドの住まいは最上階のフロア全てで、ルナの下の階はまだウィン保有しており、その下の階はギリアムが占有している。

 要は、序列順で一桁クラスの看板たちに一フロアを丸々宛がっているというわけだが、ララエスタだけはその恩恵を受けていなかった。

 理由はもちろん団長の頼みを無碍にし過ぎているから、ではなく、此処以上に豪華でサービスが充実していて価値の高い寝床を複数所有しているためだ。

 たしか、この首都アンシェルで最も高いホテルも彼女が買収して、個人の邸宅にしていたはずだった。

 正直、一体いくら使ったのかは気になるところが……まあ、毎日大金を使う事を信条にしているララエスタにとって、そのレベルの出費すら日常の範疇でしかないので、きっと聞いても「知らないわぁ」という答えしか返ってこないのだろう。

 さすがは世界で一番お金を稼いでいる個人。特に欲しいものがあるわけでもないだろうに、よくもまあ二十年で一億人以上も殺せるものだと感心するし、ちょっと心配にもなる。

(別に楽しそうに殺してくれればなぁ、それも気にならないんだけど。あの人、そうじゃないからなぁ)

 なんて、考えても仕方がない事に頭を使いつつ、魔力の波を事細かに放ってルナが今どの部屋にいるのか探り当て、その部屋の前で足を止めた。

 ノックするが返事はなし。

 いつもの事なので気にせずにドアを開けて中に入ると、彼女はベッドの上でぼんやりと天井を見上げていた。

 なんだか様子がおかしい。記憶障害はもう治っている筈なのだが、こちらが把握していないところでで、また何か問題でも起きたのか……?

「ルナ様」

 声をかけると、彼女はゆっくりとこちらに視線を向けて、

「……あ、シャルロット……と、お父様、だよね?」

 と、これまでと変わらない曖昧な表情でそう言った。

 それから、こちらの反応を見てだろう、首をかしげて、

「あれ、違う? ……アンナ、だっけ?」

「はい、そうですよ。ルナ様」

 こちらもいつものように笑顔を返す。

 それに安心したように、頬を緩めてから、彼女は周囲をきょろきょろと見渡して、

「ここ、どこ?」

「ここはルナ様の部屋です」

「私の部屋? こんな、広かったっけ? もっと……」

 そこで数秒ほど押し黙って、彼女は自分のお腹に手を当てて、

「お腹、空いたな」

 と呟いて立ち上がった。

 そして、ふらふらとした足取りで歩き出した。

 その後を、当然のようにアンナは追いかける。

「気を付けて出歩くんだよ」

 背中から届けられたルシェドの声に、疑いの色はなかった。


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