03/話し合い
サラヴェディカの復旧がようやく終わった。
結果、シャルロット達も無事に帰還を果たし、会議室となっている七番庭園へとまた集まる事が出来た。
そこで安否確認を済ませてから、現状の確認へと移行する。
今回は、ゼクス、エイダ、ククルも参加者だ。別に極秘の作戦というわけでもなし、ここで部屋に戻すのもなんだか除け者にしているみたいで嫌だったというシャルロットの気持ちを汲み取るように、クーレがそう話を進めてくれた。
「さあ、じゃあ始めようか。まずは、ザーラッハの状況だね」
そう言って、クーレがノスティワに視線を向ける。
彼女は沈痛な面持ちで、頭上に今の首都の映像を映し出して、こう言った。
「ノイン・ゼタ特区を中心に、一千万人以上が死亡したのを確認した。具体的な数については、まだ判っていない」
「一千万って、それだけの何かが起きたようには見えませんけど……?」
戸惑いを露わに、エイダが言う。
その反応に躊躇いのようなものを滲ませながら、ノスティワは映像を切り替えた。
上空からの俯瞰視点。場所は先程見たのと同じノイン・ゼタ特区だ。
そこに無数の光が殺到して、特区は一瞬で巨大なクレーターへと変わった。その余波によって炎が上がり、首都の三分一ほどもあっという間に焼け野が原となる。
そこで、映像が少し地表に寄せられた。
かろうじて残った建物に、黒焦げになった人達。
爆心地には何も残っていなかった。
「攻撃を受けた直後の映像が、これよ」
「……」
言葉も出ない。
余所者でしかないシャルロットですらこうなのだ。そこで生活を営んできたククルや、エイダ、ゼクス、マルテシアの衝撃は計り知れないだろう。
そんな彼らに、すぐにまた大きな衝撃が届けられる。
爆心地が出来てから一分もかからずに、冗談みたいに全てが元通りになったのだ。
上半身がなかった人も、影しか残さなかった人も、みんながあまりにも簡単に元に戻った。
そして、彼らは何が起きたのかをまるで把握していないみたいに、そのまま日常を続けていく。
……ノスティワは、一千万人以上が死んだと言った。そして具体的な数が判らないとも。
サラヴェディカのシステムで人を計る事は簡単だ。数億人だろうが、数秒あれば計測できる。なのに、それが判らないというのは、つまり元に戻ったように見える人たちは、けして同一人物ではない事を示唆していた。
「……まるで悪夢ね」
ぽつりとプレタが呟く。
傍らにいた半身である風の精霊は、怯えたように彼女の腰に抱き着いていた。
「酷い光景はまだ続くよ。むしろ、ここからが本番だ」
淡々とした口調でリグチラが言う。彼女もこの国の人間だろうに、本当に冷たいと感じてしまう。それはきっとある種の美点でもあるのだろうけれど、さすがに今好意的には受け止められなかった。
しかし、そんな感情も次に差し出された現象を前に消し飛ばされる。
頭上のモニターは魔力も計測していて、特区を囲むように神子に相当する存在が点在していたのだが、それが一瞬で消えたのだ。
あげく、一際強大な魔力を有していたシシカ・ギコードの魔力が乱れたと思ったら、次の瞬間、世界が裂けた。
そう表現するしかないほどの閃光が空を真っ二つに分けて、黒界と呼ばれる星と星の間を埋め尽くす領域を焼き払い、何もかもを蒼く染め上げる炎を明るみにする。
やがて偽りの夜が世界を包み、今に至った。
この辺りの光景は肉眼でも確認していたが、その全容は想像を遥かに超えていたというわけだ。
「これが、ルシェド・オルトロージュ……」
慄きを滲ませたファリンの呟きが、この場に重くのしかかる。
しかし、その所業を前にしても、元々彼の下についていた傭兵たちには動揺の色は一切なく、
「原初の神がこの様子だという事は、やっぱり殆どの陣営が認識してなかったみたいですね。団長だけ条件が決定的に違う事に」
呆れ交じりに、アンナはそう言った。
「それは、どういう意味?」
と、その原初の神たるノスティワが眉を顰めて訪ねる。
「見たまんまですよ。貴女達にとっては最後に万全のカードを切れるかどうかが勝利の鍵だったみたいですけど、あのヒトにとって重要なのは、生贄をどれだけ集められるか、それだけだった。或いは、唯一の負け筋を潰す事だけ」
「負け筋か、そんなものがあったようにも見えないが?」
口元に手を当てて、リグチラが言った。
「異世界の侵略者が来た時。あの時彼等も味方に引き込んで、全勢力で効率的に消耗戦をすれば、可能性はあったと思いますよ。あのヒトも疲れはするみたいだし」
「認識阻害があったようだからな。それは不可能だろう」
雨のように静かな声で、ウィンが補足を加えた。
そこにララエスタが口を挟む。
「たとえ可能だったとしても、実行できたとは思えないけれどねぇ。だって、神子って協調性がないから」
「……そうね」
ノスティワが神妙に頷く。
頷いてから、でもこのままの空気ではいけないと思ったのか、
「幸いな事は一つ、これだけ派手に示したから、もう認識阻害は機能しないという点」
と、現状唯一の好材料を口にした。
が、それもすぐにシャルロットの影から顔を出した悪魔の愉し気な言葉によって踏みにじられる。
「しないではなく、する必要がない、だろう? どちらにしても、あまりにもささやかな救いだな。むしろ絶望な気もするが」
「……」
ノスティワの視線が僅かに落ちる。
自分が何者なのかを知ったからなのか、明らかに彼女の表情は以前に比べて豊かになった気がする。
まあ、今こんなところに目を向いているのは、まさに現実逃避でしかないわけだが……
「……だが、ヴラド・ギィーシュという男は、どうやってあんな化物を討つつもりなんだ」
難しい表情で、ファリンが呟いた。
「それは、やっぱり『最疫』とやらを解放してじゃないんですか?」
アンナが言う。
その言葉に、ノスティワが目を見開く。
「待って。やっぱり、というのはどういう事?」
「どうもこうも、言葉通りだろう? ヴラド・ギィーシュの契約者はアンフェノ・リリスなのだからな」
小馬鹿にしたように、マヌラカルタが嗤った。
そこで、彼女がリリスの情報をあまり更新できていなかった事に知る。
色々と情報を得やすい立場だが、どうやらその機会には恵まれていなかったようだ。まあ、別の件にリソースを割き過ぎていた所為なのだとは思うが。
「そんなはず、ない。彼女はサラヴェディカが厳重に封印処置を施している。契約をする隙間なんてないわ」
「その時死んでいた奴に言われてもな。確認はしたのか?」
「……」
「顔色が悪いぞ、どうした?」
「封印石のキーが無くなっている。誰かが持ち出したようね。そして別の地に秘匿していたその石の消失の隠蔽も、今確認できた」
苦々しい表情でノスティワが言う。
「誰か、か。ずいぶんと曖昧な物言いだな」
嘲るようにマヌラカルタがそう言葉を返した。
それに対して、彼女はちらりとファリンの方を見てから、
「キーはイリア、本体を封じた石は、おそらくヴラド・ギーシュが確保したんでしょう。ただ、まだ確定ではないから誰かという言葉を使っただけ。……でも、これは最近の出来事。復元したアクセス履歴がそれを物語っている。ヴラド・ギィーシュが契約した時期には間違いなくアンフェノは封印されていた。彼には契約出来ないという事実は変わらない」
「その節穴で語られてもな。貴様たちの落ち度だと考える方がよほど自然だ。違うか?」
「それは……そうね、否定はできない。…………でも、いずれにしても、『最疫』の復活は、なんとしても避けなければならない。それだけでは絶対に許されない」
「そうは言っても、同格っぽい存在同士で潰し合わせる以外、未来があるようには見えないけれどねぇ」
のんびりした調子でそう言ってから、両手で口を覆い、ララエスタが欠伸を一つ零した。
「ですね。私もララエスタさんに同意です」
と、アンナが加勢する。
「まあ、仮にその手段で勝てたとしても、そのあとに生きている存在は皆無となりそうだがな」
心底嬉しそうに、マヌラカルタが嗤った。
確かに、両者が全力で戦った場合、余波だけで人類が消失しそうではある。
とはいえ、どちらも儀式の行使を目的にしている筈なので、この世界の被害は最小限に抑えるはずだ。そういう意味では、実際問題、ルシェド相手に最も有効な手段であることに変わりはないわけだが……。
「……あのさ、一ついいか?」
おずおずと左手を上げながら、ゼクスが口を開いた。
「なんていうか、その、戦う事前提で話進んでるけど、そもそもそれって絶対に避けられない事なのか?」
素朴な問いかけ。
ある意味、当然の疑問でもあった。
けれど、此処に居る人たちの多くが暴力による解決を得意とし過ぎている人達だからか、半数くらいがきょとんとした表情を浮かべていて、かくいうシャルロットもヴラドたちがその選択を推し進めていたからか、平和的な解決という発想はまるで頭になかったので、本当に寝耳に水と言った感じだった。
(いや、でも、確かにその通りだよね)
ルナから聞いた話が本当なら、ルシェドの目的は迷子の子供を元の世界に戻す事。この世界を滅ぼすことはあくまでそれに必要な代償でしかないのだ。
滅ぼす事が目的でないのなら、代替案さえ用意できればその未来を回避する事も不可能ではないはず。
「あの、その事で、情報を一つ共有しておきたいんですけど――」
そうして、シャルロットがルナのしてくれた話をみんなに伝えると、話の流れは一気に交渉の方へと傾いた。
あからさまに不満げだったのはクーレくらいだろうか。
「でも、そっちの交渉を考えるなら、『最疫』との交渉を考えるのもありだと思うけどね。というか、僕はそっちの方を推すかな」
その彼が言う。
「正気を疑う言葉ね」
と、ノスティワが嫌悪を滲ませた。
「君にとってはそうなのかもね。でも、僕にとって『最疫』という存在はよく判らないものだ。歴史なんて勝者の都合でしかないからね。実際にその存在がなにをしたのか、復活した際になにをするのかは見当もつかない」
「そもそも、貴女たちはなにをしてトールヴェンという名の神を『最疫』に貶めたのかしら? まさか、自分たちはただの被害者でなにも悪いことはしていない、なんて言わないわよねぇ?」
愉しそうに、ララエスタが嗤う。
嗤いながら、
「パパ」
と、影の中から全身を拷問に晒された契約者を召喚し、その舌から赤い糸を伸ばしながら続けた。
「悪魔の契約をしましょう。嘘はなしよ。真実を話すの。貴女の言葉に説得力があれば、私も貴女の側に付いてあげる」
「……いいわ」
頷き、ノスティワは小指に絡みつく赤い糸を受け入れた。
これで彼女は嘘をつけない。
「では、まずは、そうねぇ、基礎なところから埋めていきましょうか。トールヴェンとは、具体的にはどういう存在なのかしら?」
「この世界の最重要プロテクトよ。我々がこの世界を管理する神だとするのなら、彼女は外敵からこの世界を守る神だった」
「なるほど、だから決定的に性能が違うのね。でも、そんな存在なら、なおさら復活させた方が今の状況的にはよろしいと思うのだけど、それを避けたい理由はなに? 貴女たちが復讐されて滅ぶだけの話じゃないの? それなら、私達には関係ないわよね?」
「彼女の目的は世界のリセット。この世界にいる全てにとって無関係ではないわ」
「リセット、ね。そうだと断言できる根拠はなに?」
「彼女が原初の神だからよ。……おそらく、現存する中で唯一まともなね。だからこそ、彼女は他の管理者が欠けたうえ、停滞しているこの世界の状況に対して、その決断をするしかない」
と、答えた。
「貴女達も神なら、その正しさを享受するべきではないのかしら?」
ニコニコとした笑顔で、ララエスタは言う。
その容赦のない言葉を前に、ノスティワは寂しげな微笑を浮かべて、
「私は、もう正しくないもの。たとえ間違ってしまったとしても、築き上げてきた歴史をなかった事には出来ないし、死にたくもない」
と、答えた。
悪魔の契約をしているから当然ではあるのだけど、それは紛れもなく彼女の本心に聞こえた。
「俗物的ねぇ。でも、いいわ。納得した。他の方々はどうかしら?』
ララエスタが周囲を見渡して問い掛ける。
結果、クーレの案は棄却される事となった。
「まあ、仕方がないかな」
強く推したい方針というわけでもなかったのか、あっさりとそのクーレが受け入れたところで、
「それはそうと一つ聞かせてはくれないか? そのトールヴェンとは、一体どういう魔法を所有していたんだ?」
と、クウォンタがやや口早に訪ねた。
「……何故、そんな事が知りたいの?」
「無論好奇心だ。守護神という事は戦いの神という事だろう? 戦いに殉じる者としては気になるからな!」
本当に、それ以外に他意はないと即座に理解できたのだろう。ノスティワはやや戸惑いながらも、素直に答えた。
「無限と無制限。それが、彼女の権能だった」
「だったら、対となるレティソラエールの魔法は、私に近いものだったりするのかしら?」
同じく傭兵として戦いに纏わる話題には興味があったのか、口元に手を当てながらララエスタが問う。
「そうね、彼女の権能は『零』。文字通り全てのエネルギーを無にするという特性を持っていたわ」
「つまり、その二つが永遠に相殺する事で、あの蒼黒の太陽は存在し続けているという事ね。……だったら、やっぱり違うのかしら?」
「違う?」
「なんでもないわ。ただの杞憂よ。そんなことよりも、交渉を成功させるにしても他の手を打つにしても、まだ貴女たちには戦力が足りないと思うのだけど、その辺りはどう考えているのかしら?」
ララエスタの視線がこちらに向けられる。
確かにその通りではあるが、特にそのことについて考えていなかったシャルロットは助けを求めるように視線を彷徨わせて、
「またエンシェの手を借りるというのはどうかな? この状況だ、もう内輪揉めに気を遣る必要はないだろうし、イヤリングを使えばこちらからの接触もそう難しくない。なにより、『叡の劫火』の知恵こそが、今は最も価値があるように思えるしね」
と、助け船を出してくれたリグチラの案に乗っかることにした。
ちなみに、イヤリングとはシャルロットが寝る前につけている盗聴用の代物で、マヌラカルタがシャルロットの身体に勝手に宿していた刻印をリグチラの魔法に拠って移したものだった。
(知らない間に、ずいぶんと下品な真似をしてくれるものだな)
どの口が言っているのかというような内容をマヌラカルタが胸の内に響かせてきたが、それはしっかりと無視して、皆を反応を確認してから話を纏める。
「どうやら異論はなさそうですね。じゃあ、すぐにイヤリングを取ってきます」
転移の力を借りて最短で部屋へと戻り、シャルロットはベッド脇にそれを手に取った。
思えば、盗聴を施したすぐ後にマヌラカルタがこちらの味方になった事もあって、結局これが活かされる場面はなかったわけだけど、それが巡り巡ってコンタクトの手段として機能するというのだから、なんに対してもとりあえず手を打っておくという姿勢は大事なようだ。
そんな教訓を胸に刻みつつ、再び庭園に戻り、シャルロットはイヤホンに魔力を流し込み、一、二分ほど、そちらの陣営と話し合いがしたい、という旨の言葉を繰り返した。




