02/貴女はどちらを選ぶ?
案内されたのは、東側にある地下城の作戦会議室だった。
中にはまだ誰もいない。ルウォは所用を終わらせてから来るとの事だった。
「他の将軍たちは?」
西側の地下城からそれなりに離れたところで外に出てきていたリリスが、テーブルの上に置かれていた紅茶セットを使って手際よく紅茶を三人分用意したヘカテに向かって訪ねた。
「現時点では不透明だ。ディ・ジャ・ヴィグァは十中八九敵になるだろうがな」
「意外ね、特にあのツンツン頭なんかは、真っ先にこちらにつくと思っていたのだけど」
「あれで慎重なところもある男だ。部下の未来が絡めば特にな」
この戦争において、ただの兵士たちが消耗される事はない。アルドグノーゼの奴は重要な情報ではないと認識してか説明を省いていたが、参加人数にも制限が掛かっているためだ。(その杜撰さに本気で苛ついて、リリスは此処に来るまでに事細かに彼らの決闘のルール確認をしていた)
最大で二十人。故に、各将軍の精鋭くらいしかこの戦いには参加できない。
ただし、将軍の責任は一般の兵士たちにも向けられる。もしその将軍が負けた側についた場合、当然部下の立場も悪くなる。
「あの顎髭の不潔男はどうなのかしら? お前は、どちらの側につくと考えているの?」
「正当な理由で斬れるのなら、それに越したことはないな」
淡々とした口調でそう言って、ヘカテは自らの淹れた紅茶を一口飲んだ。
あまり望んだ味を再現できなかったのか、表情がやや曇る。
その様子を見て、リリスは飲むのを止めたようだが、ヴラドはちょうど喉が渇いていたので一気に飲み干した。
悪くはない味。なので、リリスの分も貰っておく。
「あ、ちょっと、それわたしの――」
言葉の途中で、ドアが開かれてルウォが入って来た。
付き人はいない。一人だ。
すぐさまヘカテが姿勢を正し、彼を王として迎え入れる。
ルウォはそれに一瞥だけをくれてから、ヴラドを真っ直ぐに見据えて、
「貴様は何を求める?」
と、訪ねてきた。
「条件は変わらず一つだ。ルシェド・オルトロージュを討て。その姿勢を見せろ。奴から逃げるな。この世界の王を謳うのならな」
「あれを見てなお、貴様は奴を討つことを諦めないのだな」
感心したように、ルウォは言う。
それから少し目を伏せて、
「すぐに答えは出せない。勝機がない戦いをするほど、愚かにはなれないのでな」
「ではこちらも、お前たちの不毛な遊びには付き合えないわね。役立たずに割く労力はないから」
悪意を満面の笑顔に変えて、リリスが言う。
アルドグノーゼに吐き出せなかった分の感情がそこには多分に含まれていた気もするが、ルウォの方は特に反応なし。
それに気を悪くしたように鼻を鳴らしてみせてから、リリスはヴラドの手を掴み、足早に作戦室出るように促してきた。
まあ、拒む理由もないので、付き合って一緒に外に出る。
出たところで、リリスはヴラドのコートの外ポケットに入っている飴を取り出して、それを一つ口の中に放り込み、
(それで、どちらも拒んで、次はどうするんだ?)
(もちろん、この件の最重要人物に会いに行くのよ。しっかりと踊ってもらうためにね)
と、涼し気な聲でそう答えた。
§
その最重要人物であるモルガナは、城内に宛がわれた自室にいた。
普段通りの下着みたいな恰好で部屋から顔をだしてくる。起きたてなのか、酷く眠たそうな眼をしていた。寝癖もある。
「……たしか、そう、あの子のあれだよね。あー、じゃあ、蹴散らすのもあれか。ちょっと待ってて」
ばたん、とドアが閉められて、
「化粧箱どこやったっけ? ……あれ? うそ、私今下着じゃない? ……うぅ、あぁ、うわぁあ、良く知らない人に下着見せちゃったよぉ、恥ずかしい。……違います。あれは見せていいやつで、これはダメな奴なの。わかんないかなぁ。――あ、ネイル発見! どこに行ってたんだよぉ、新しいのもう買っちゃったんだぞ。まあいいけど。ええと、櫛、櫛、櫛はどこだっけ? ……いい加減、部屋片そうかな」
ぼそぼそとそんな独白めいた言葉を垂れ流しつつ、支度を始めたようだ。それなりに時間がかかりそうだった。
(ヘカテの話では、こいつも決闘には参加しない筈だが)
(そうね、だからここに来た理由はそれじゃない。まあ、彼女自身が悪魔の契約をしたわけではないから、関与させる事は出来るけれど。その必要性は今のところ感じないわね。別に、そんなものなくても好きな方を選べるし)
くすくす、とリリスは嗤う。
こちらが関与した方が勝つと確信しているのだ。
(だったら、どういう目的だ?)
(あの臆病者の力では、なにかしらの儀式を用いたとしても瞬時にこの世界の外には出られない。距離が足りないの。そして今それが可能なのは、わたしたちが保有している星舟を除けば一つだけ)
(なるほど)
納得したところで、ドアが再び開いた。
出てきたのは、キラキラと虹色に輝く肌の上に先程とは違う下着を纏い、巨大な魔女帽をかぶったモルガナだった。髪の毛もしっかりと整えられている。
それほど時間は経っていない筈だが、なかなかの早業だった。
「……それで、この私に、なんの用か?」
上半身をわずかに逸らし、こちらを見下ろすような傲岸不遜な構えでモルガナが言う。ヴラドに比べて背は低いので、見下ろされている感じはまったくしなかったが、当人はそのモードにちゃんと乗れているようだ。
「訊きたい事がある。ルシェド・オルトロージュの力を見て、お前はどうするつもりなんだ?」
心情を探るように相手の目を見ながら、ヴラドは訪ねた。
「どうもこうも、それは陛下次第だろうさ」
退屈そうにモルガナは答える。
「そう、役を間違えているのね」
と、口元に手を当てたリリスが微かに目を細めながら言った。
「どういう意味だ?」
「この世界の王が、おめおめと自分の世界を捨てて逃げるか、それとも支配の王に相応しき矜持をもって外敵を打ち倒すか、お前は見たい方を選べるという話よ。だって、現状お前だけがこの世界から逃げる術をもっているのだからね。だから、お前だけが逃げるという選択を彼等に与えられるの。助けを求めさせて悦に浸るのもいい。……なんて、言うまでもない事だったかしらね? 初めからそのつもりだったでしょうし」
確信を持った調子でリリスは言う。
モルガナ・レッテンハイネはけして従順な女などではなく、好きという感情で遊んでいるだけの奴だと見抜いたのだ。だからこそ、必ずしもルウォの味方になるとは限らない事も読んでいた。
そのうえで、多分はっきりと考えていたわけではないだろうが心の片隅においていた願望を言語化し、彼女をコントロールしようとしているわけである。
(最終的に逃げるのを推奨するような事を言うんだな?)
(こう言ったほうが、こういう女はその気になるのよ。五千年だっけ? 人間、生きる事なんかにはとっくに飽きているでしょうしね。集中して貰いましょう。自分の欲望を満たすことに。そうして脇を甘くしてもらう)
(……そうか、この女を始末するんだな。具体的なプランは?)
(それはまだ。まあ、そのあたりはわたしに任せておきなさい。セカンドプラン込みで上手くやっておくから)
(つまり、いつもの綱渡りか)
(得意でしょう? お互いに)
悪戯っぽく、リリスがわらう。
今更そこに文句もない。
(そうだな、任せる)
静かにそう言葉を返して、ヴラドはモルガナに背を向けた。
此処での要件はもう済んだからだ。
「期待しているわ、お前の選択に。それでは、またね」
軽く手を振って、リリスが別れの言葉を告げて、二人はこの場をあとにした。




