エピローグ/嘘をつく意味
「状況が変わったわ。お前をただの娘に戻すのは、また次の機会ね」
と、部屋に入って来るなりそう言いながらリリスが手にしていた魔石を起動させた瞬間、足元の感覚がなくなって、シャルロットとルナはだだっ広い平原へと放り出された。
魔力を波紋のように広げながら周囲を見渡して、なんとか現在地を把握する。
ここは送獣乗り場だ。以前、関所からザーラッハの首都であるアンシェルに向かうために利用した場所。
早朝という事もあって、送獣を利用できる時間まではまだまだ遠い。
(ひとまず関所に向かう? いや、でも、それでいいのかな?)
そもそもリリスは、どうしてこんな何もない場所に二人を飛ばしたのか。彼女の事だ。気紛れという事はないだろう。きっと、なにか意図がある筈だ。
そのことについて考えていると、突然大地が大きく揺れた。
やや遅れて、信じられないほどの魔力がアンシェルの方から流れ込んでくる。破壊の本流だ。今の揺れは間違いなく神子の攻撃によって発生した。
(相当数が死んだな。首都崩壊か。派手な事をする。――いや待て。なんだ、この魔力は……!?)
他人の死を娯楽として受け止めていた不死の魔神が、急に気配を変えて不死の力をこちらに流してきた。ここまで被害が訪れるかもしれないという危惧を抱いたのだ。
その危惧は幸い杞憂で済んだが、ほどなくして空が真っ白な閃光によって裂けた。
そして、ヴェールをはがされた世界に、蒼い光が降り注がれる。
あまりに眩く、あまりに暴力的な光景に呆然としていると、不意に夜が訪れた。
異常な現象が、別の異常現象によって上書きされたような感じ。
こんなデタラメ、神子だって容易じゃない筈だ。
だとしたら――
「――やぁ、迎えに来たよ。ルナ」
背後から、たった今脳裏に浮かび上がった男の声が響く。
ゆっくりと振り返ると、そこにルナの身体を抱きかかえたルシェド・オルトロージュの姿があった。
以前会った時同じ、どこまでも真っ白な男。
そんな彼が、視線を無垢の天使に収まっているルナに向けると、彼女の身体は突然崩れ落ちて、代わりにルナの指先がかすかに動いた。
どういう方法でかはまったくもって不明だけど、中身を移したのだ。そうして本来の身体を取り戻したルナの覚醒に合わせるように、ルシェドはゆっくりとその身体を両足を地面に降ろす。
ふらふらと身体を揺らしながら地面に立ったルナは、ぼんやりとした表情を緩慢に周囲を見渡して、自分の最も近くにいた男に対して、
「……貴方、誰?」
と言った。
続けて、こちらに視線を向けて、
「ねぇ、アンナは知ってる?」
と、訪ねてくる。
もしかして、また記憶障害が発生したのだろうか? 動揺が過ってしまい、すぐに言葉を返す事が出来なかった。
そんなシャルロットを前に、ルナは不思議そうに首をかしげて、
「……あ、違う、シャルロットだ。そうだよね、お父様」
「あぁ、そうだよ、彼女はシャルロットだ」
何一つ変わらない日常を流すように、ルシェドは頷いた。
ルナは、その返答に満足したように微笑んで、でもすぐに視線を地面に落とし、
「眠い」
本当に眠そうな声でそう呟いて、また身体をふらふらと左右に揺らしだす。
「色々とあったようだしね。今日はゆっくりと眠るといい。さあ、帰ろう」
そう言って、ルシェドはこちらに背を向けて、向けた先にあった空間を別の場所に繋げ、悠然と歩きだした。
「うん」
子供のように素直に頷いてからルナもルシェドの後を追いかけて、彼が中に入ったタイミングで、
「また――ね。シャルロット」
と、軽くウィンクを一つして、消えていった。
「また」と「ね」の間に無音の「聞かせて」という言葉を含めて。
これにて第七章『遠い半身』は完結となります。
ここまでお付き合いくださり、誠にありがとうございました。
次章の方は、来週の土曜日から、2日に1本の間隔で完結まで投稿していく予定です。
少しペースが遅くなってしまいますが(書き溜めていたストックが切れてきたので)またお付き合いして頂ければ幸いです。




