35/星火燎原
(――不死を切れ!)
リリスに命じながら、ヴラドは攻撃後の離脱から一切の間を置かずにダリーメジェスとディアの間に入り、最大火力で迎え撃った。
結果は先程と同じだ。多少は威力を減退させる事に成功するが、突破は避けられない。砲撃をもう一度撃てば相殺まで持っていけそうだが、その猶予もなかった。
だから自身に『盾』の魔法を行使して最短の防御を構築し、ディアだけは守る。
その試みはなんとか成功したが、シャルロットの代用品である不死を切ってしまった以上、この魔法を抱えられていられる間になんとしてでも優位を得なければならない。
(空戦士はもういい。援護しろ!)
右手に魔力を集中させ、巨大な爪を構築させながら、強引な突貫を試みる。
が、絶妙なタイミングで放たれた強烈な震動波によって、その前進は潰されてしまった。
「最初の一撃を受けた時よりも回復が早い。これはもはや不死の部類。ダメージレースをしようとしていたのに、死なないのなら意味がないのだわ。……それにしても凄い色格ね。たった六万人程度の補助で私の出力とやり合えるなんて、貴方ちょっと怖いから、時間をかける事にするのだわ」
どうやら相手は消耗戦をする気のようだ。儀式の後、すぐに本番が待ち受けている筈なのに、にわかには信じられない判断である。
(神子が、神子以外を相手にここまでリスクを背負ってくるとはな)
この相手は、ヴラドを対等以上の敵として扱っている。
正直、その事実が一番の誤算だった。
「スロウちゃん、そろそろ結界の方は任せられる?」
「ええ、もう大丈夫ですよ。飛竜の方の妨害も落ち着いてきましたしね」
気安い呼び方が気に入らなかったのか、微笑を湛えながらもどことなく不機嫌そうな声を返しながら、スロウが要望通りに結果を展開した。
所々に瑕疵がみえる粗末な代物だが、ディアが突破するには足を止めての最大火力が必要となるだろう。無論、こんな状況では不可能だ。
(もう数を少し減らしてからでも――)
(奴に攻撃を許したら、それこそ巻き添えを喰らって終わりだ)
リリスの意見を一蹴し、ヴラドは敵の頭上を取って地面に張り巡らされた結界諸共消し飛ばす勢いで魔法を乱発する。
やや遅れて、リリスもそれに続いた。
今のこちらの火力ならスロウの結界くらいは突破できる。だから、相手は自身と結界の両方を守る必要があるのだが、これも見事に凌がれた。
「どうやら、私たちの処理能力と貴方たちの処理能力は互角のよう。様々な儀式を担えるロマの並列処理は神様の中でも随一のはずなのだけど、お互い抜け駆け出来ずにしっかり殺し合っている。やっぱり危険な相手。直感に従って正解だった。あと注意するべきは、三度目の正直をどこで仕掛けてくるか。果たして私は片腕だけでそれを防げるのか。……ドキドキするね。最高の気分なのだわ」
集中力に満ちた、澄んだ表情でダリーメジェスは言う。
その言葉通り、二度目の斬撃によって彼女の右腕は上がらなくなっていた。首への通りはずいぶんと良くなっている。……ただ、もうその間合いに容易に入る事は出来ないだろう。
結局、こちらが致命傷を与えられる段階になかったから、相手はそれを許したに過ぎないからだ。他を優先していただけ。
このまま一対一を続けても、勝機を得ることは難しいだろう。
(……進捗は?)
(六割程度ね)
(そうか)
どうやら、本命の方は予定通りに進んでいるようだ。
このまま進めば、召喚の儀式が成立する寸前に条件をクリアできる。
けれど、このままでは、それより先に間違いなくこちらが潰える事になるだろう。対消滅のカードを切れば、或いは儀式まで引き延ばせるかもしれないが、それを使えばルシェドに対抗する手段がなくなるので、使った瞬間にここまでの十年も無駄になる。
「――っ」
何発かの攻撃が相殺ではなく貫通された。
ダリーメジェスが、自身から流れる血を燃料に注ぎだしたからだ。その分向こうの消耗はこちらより大きくなったが、まだ向こうの方が余力はあるし、そもそもこちらが動かされる展開自体あまりよろしくない。
ディアを守れるポジションを維持できなくなる可能性が高くなるからだ。そして彼女を失えば、スロウは足元に結界を展開する必要がなくなり、より強力な加護を受けた空戦士をこちらに向かわせてくるだろう。
敵のリソースと注意の分散は、この戦いにおいては何よりも重要。感情を抜きにしても、今彼女を失うわけにはいかない。
(……一等級はあと何が残ってる?)
(対消滅、星火燎原、完全複製、次元干渉の四つね。今使えそうなのは星火燎原くらいだけど。あぁ、それと、一応星舟の主砲は撃てるわ。アンフェノの力は使えないけれどね)
(わかってる)
彼女の存在が明るみになれば、その時点でリリスの正体も確定させられる。そうなれば、この世界に施された最優先事項が発動して全ての神が殺しに来て終わりだ。対消滅を使うのと同じで、ルシェドを殺せる条件が失われてしまう。
(スロウがこちらに干渉できるくらい回復したら撃て。それと、星火燎原を切る)
触れた瞬間から、対象の全てを破滅させるまで燃え続ける炎を対象の魔力と出力を用いて発生させるその魔法は、極めて高い強制力をもった自殺を促す魔法だ。
ルシェドやアルドグノーゼには通じないし、アルタ・イレスに関しても通じる保証はないが、それ以外の神子なら確実に殺せる唯一の代物で、本来はモルガナか万全のスロウが障害になった時に使う予定の切り札中の切り札でもあった。
(……わかった。いつでも使えるように、それも裏世界で繋げておくわ。だから、必ず通しなさいよ)
リリスが『翼』の規模を広げ、相手に専守を要求する。
出力の方にあまり変化はないので、相手の攻撃の脆弱性をより的確につくようになったのだろう。互角と評価された事がよほど気に入らなかったの違いない。
ともあれ、これでまた相手を崩す事だけに専念できるようになった。
揺さぶりをかけるために、こちらも速度を限界以上に引き出す。不死性を最大限に活かして、リスク度外視の接近を執拗に試みる。
そのたびに身体がミンチになったが、即座に元に戻る異様な感覚に、吐き気が込み上げてきた。
おかげで少しだけシャルロットの居た世界を痛感する事が出来たわけだが、それでも成果はまだない。……いや、相手もさすがに神経を擦り減らしているのか、疲れの色は浮かべていたが、今はそれくらいだ。
やはりこのやり方では間に合わない。
あげく、ディアの方が先に限界を迎えそうな状況に陥っていた。
片翼が撃ち抜かれたのだ。まだ、なんとか飛べているが、生命線である速度は奪われた。これ以上は無理だ。
(どうする? 今撃たせるか?)
仮に、今星舟の主砲を撃てばスロウでは防ぎきれない。少なくとも、足元に結界を張ったままでは無理だ。
ただ、逆に言えば、結界を破棄すれば今の彼女でもギリギリ凌げる程度でしかないのである。ザーラッハに放たれた最初の一撃は異世界の神の魔力を存分に宿した一撃だったので、ルシェド以外ではおそらく防ぎきれないものだったが、現状の主砲の火力はその程度のものでしかない。
確実にディアが立て直せる猶予を稼げる保証がない以上、安易に切りたくはない。無駄になる選択を取れる余裕などないからだ。
だが、このままでは……
「――よぉ、手間取ってるみたいじゃねぇか?」
不意に、一陣の風が吹いた。
それはディアを執拗に攻め立てていた空戦士たち二十数人の首を撥ね飛ばし、返り血に塗れていた大鎌を振り払い、風切り音を竜巻へと変える。
(……お前の隠し玉か?)
(ええ、もちろんよ……と、言いたいところだけどね。わたしも驚いているわ。あの男、どうして此処に居るの?)
リリスの聲には困惑の色が強かった。
まあ、それはヴラドも同じだ。
傷だらけの仮面をかぶり、返り血に塗れた髪を逆立てたトォーベが此処に来る理由など、どこにも見当たらなかったから。
「けど安心しな、このトォーベ様が来たからには、てめぇの仲間も殺させはしねぇからよ!」
その理由を、彼は高らかに宣言した。
既に依頼は達成し、報酬にあまりにも不釣り合いなリスクを背負わされたこの男が、そこで引き下がらなかったのは、数度会議で顔を合わせて、一度戦場を共にしただけの相手を、身内だと認識しての事だったのだ。
なんてシンプルで、愚かな理由。
……けれど、だからこそ不思議なくらい納得できた。
まあ、仮面の意味とか、満身創痍の身体で何を言っているのかとか、色々と思うところはあったが、今はどうでもいい事だ。
トォーベは弱っていようが『真深夜』相当、空戦士くらいなら対処できる。少なくともディアの延命は確定した。この均衡を、もう少しだけ続ける事が出来る。
「ってわけだから、本気で行くぜ? お前も巻き込まれんなよ?」
ディアに注意を促しながら、トォーベは周囲に発生させた竜巻に歪な気配を注ぎ込んで、それを無軌道に暴走させる。広がったり狭まったり、伸びたり縮んだり、角度をぐるぐると変えたり、おおよそ普通の竜巻では起きえない変化を目まぐるしく行いながら、周囲すらも狂わせていく。
(熱と風の二色を混ぜたような色ね。ただの風じゃない、これは周囲を熱狂させる風だわ)
(どういう効果だ?)
(出力の上振れ下振れが激しくなる)
(……それで?)
(それだけよ。所詮はただの六大系統の一種だもの。その中では珍しいというだけ。でもまあ、あの男には合っているみたいね。コントロールしようなんて考えず流れに乗ってる。センスがあるわ)
珍しく他人を純粋に褒めながら、リリスはその意識をディアに向けて、
(傷を治す。翼だけでもね。そのあいだ、抑えられる?)
(まだ無理だ。だから、あの男を狙わせる。奴なら避けられるだろうからな。おらくは)
(酷い男ね、大賛成よ。それで行きましょう)
リリスが翼の一部を糸に変えて、それをディアに伸ばしていく。
ダリーメジェスは気付かない。さすがに、これだけ派手な相殺合戦をしている中で、ここまで微弱な魔力を捉えるのは難しかったみたいだ。
なら、均衡が崩れた瞬間に彼女が取る選択は、状況の確認だろう。何が原因で自身の攻勢が上回るようになったのかを探るはず。
もちろん、そんな作業に大した時間はかからないが、そのわずかな時間も有効にしなければ、この相手は殺せない。
(――ディア)
糸が彼女に届く直前、彼女にトォーベの意識をダリーメジェスに向けさせる指示を出し、ヴラドは『翼』を羽ばたかせて望む展開になりそうな位置に移動した。
それに合わせて、ダリーメジェスも当然のように接近潰しの魔法構成に切り替える。
予期せぬ乱入者を前にしても、この女に揺らぎはない。
だから突然相殺が崩れても特に乱れることなく、即座に余ったリソースをこちらへの攻撃に回すのではなく、すぐに始末できると踏んだトォーベに向かって解き放った。ついでにディアも仕留められる角度と規模だ。
「――っ、これだから神子は嫌いなんだよ! 反則過ぎだろ! それ!」
(あ、本当に避けたわ。凄い)
他人事のような感想と共に、回復措置を済ませたリリスが攻撃にリソースを戻す。
これでさらに猶予が伸びた。
(それはそうと、こちらは条件を達成したわよ。そっちはどう? その女を始末するのに、まだかかりそう?)
(もうすぐだ。次で仕留める)
そう答えながら、ヴラドは星火燎原の核を自身の体内へと溶かしていき――
§
この均衡は、おそらくもうじき崩れる。
どういう崩れ方をするのかは、まだはっきりしていないが、空戦士の全滅よりはヴラドの魔力切れの方が早いだろう。
(……あぁ、そういえば、あまり気にしていなかったけれど、進行具合はいかが?)
ダリーメジェスは気の抜けた聲で半身であるロマに問う。
別に彼の援護はこれ以上必要ないが、少し時間をかけすぎていると思ったのだ。
(今、済んだ。これから門を開く。あとは契約を果たすだけだ)
ロマの声には隠しきれない歓喜があった。
本来なら、自分も同じように喜ぶべき場面だ。物心がついた時から彼はそばにいて、その時からずっと追い求めていた結果だったのだから。……でも、どうしてだろう、そんな気分にはなれなかった。
(その契約にも、時間ってかかったりする?)
そんな自分の感情を誤魔化すように、今に意識を戻す。
(すぐに済む。交渉の必要はないからな)
(そ。じゃあ、そろそろこちらも決着をつけてやるのだわ)
おおよそ相手の特性は理解できたし、殺し切れるかどうかは不明だが、無力化する術は用意できた。
向こうも切り札の一つや二つはまだあるだろうし、出来れば切られる前に処理したい。そうしなければ不味いという直感がダリーメジェスの中にはあった。
間違いなく最上の相手だ。実際、つまらない神子と戦うよりも、よっぽど神経を使っている。
けれど、この認識もまたロマとはズレていて、
(いや、その状況を続けてくれ。神子でもない相手に、これ以上無駄なリソースを割く必要はないからな)
と、当然のように目の前の敵を蔑ろにしてみせた。
情報処理の部分で、こちらの戦闘もある程度共有しているはずなのだが、どうしてそんな言葉を返せるのか……。
今日もまた、不満が一つ溜まってしまった。
食い下がった方がいい気もするが、その気持ちを削ぐようにスロウの聲が飛び込んでくる。
(ええ、そうですね。彼等には御二人方の最初の生贄になっていただきましょう。試運転にはいいちょうどいい相手でしょうし)
(その物言いは、さすがに不敬ではないか?)
あからさまにロマの機嫌が悪くなった。
カラエルの信奉者である彼にとって、スロウは正直目障りな存在なのだ。だからアルドグノーゼかルシェドと事を構える際に、頃合いを見計らって後ろから刺す予定でもあった。まあ、これもあまり気乗りはしないが。
(そういえば、まだお伝えしていませんでしたね。今、我々が対峙している敵は、アンフェノ・リリスです)
スロウの方もあまりこちらを信じていないのか、今さら新しい情報を寄越してくる。
その名前にロマはたいそう驚いていたが、脅威なのはヴラド・ギーシュであって、そのアンフェノではない。あくまでそいつはヴラドの補助役でしかないからだ。
(……ねぇ、貴方は、半身の神様とはどんな関係なのかな?)
今、この場にいる中で一番話が分かりそうな敵に、胸の内で問い掛ける。
もちろん、聞こえるわけがないんだから、答えも返ってはこない。
(ダメなのだわ。集中しないと、本当に――)
その瞬間、こちらの感情が僅かに沈んだのを見計らったように、ヴラドが踏み込んできた。
素晴らしいタイミングだ。
でも、沈んでいようが集中は切れていない。
緩急の妙にも、ここ一番でのフェイントにも問題なく対応してみせる。
そうして前進を封殺する揺れを多分に含んだ超振動を、しっかりとヴラドの動きに合わせて撃ちこみ――そのまま何の影響もなく突破して来た身体から振り抜かれた渾身の一撃を、ダリーメジェスは腰から抜いた剣で受け止めようとして、間に合わずに頬を斬り裂かれた。
回避のモーションも取っていたので、軽傷だ。せいぜい外から歯が見える程度。
……でも、だったらどうして自分はわざわざ得物でそれを防ごうとしたのか?
その答えは、ほどなくして訪れた。
身体の内側が急速に熱を帯び始めたのだ。
それを感知した時にはもう燃え上がっていた。
発端は両手足から。それがどんどん心臓と頭部に向かって迫ってくる。咄嗟に、魔法で炎を消し飛ばそうとしたが、不発。
魔法が使えなっている。それに必要な魔力が燃えているのだ。
(この位置は不味いのだわ)
思考と同時に身体が動いた。
ありったけの力をもって、ルナの眠る祭壇のもとに跳び退く。
おかげでトドメに放たれそうだった有象無象の魔法の雨霰をなんとか中断させる事が出来た。
「やっぱり、その子が大事なのだわ。……いいな、一生懸命で羨ましい」
本心を零しながら、なんとか掴めている剣をルナに振り下ろす。
「――リメっ!?」
驚愕に満ちた様子で自分の愛称を叫ぶロマと、硬い金属に弾かれた手応え。
当然のように割って入って来たヴラドが、今目の前にいる。巨大な血の翼も爪ももう消えて、すっきりした格好だった。魔力が底を尽きかけているのだ。
「この剣が届く間合いにまでおびき寄せただけなのだわ。少し考えれば判る事だよ、ロマ」
くすりと笑ったところで、焔が心臓と頭部に到達する。
どうやら、この魔法の方はなにがあっても最後まで機能するようだ。……まあ、別に驚きはない。痛みも不思議と感じなかった。
「じゃあ、最後に、手合わせをお願いするのだわ」
まだ炎に汚染されていない、なけなしの魔力で体感数秒にも満たないであろう延命を試みながら、ダリーメジェスは剣を構える。
ヴラドも長刀の柄に手を乗せて――二つの銀閃が、瞬きを許さぬ速度で走った。
交錯し擦れる刃の音。
けれど、役目を果たしたのは一つだけ。
「……お見事。やっぱり、私も、ただの神子だった。非常に、残念なのだわ」
完全に力を失った身体が、仰向けに倒れた。
その最中に、ルナの姿が消える。開かれた門の中に引きずり込まれたのだ。
これでもう誰も邪魔できない。契約は成立した。
「やった、やったぞ! ついに、ついにあの方が全てを動かしてくれる日がやってきたのだ!」
最後に届いたのは、悲願を達成したロマの歓喜。
ダリーメジェスの死などどうでも良さそうな感じだ。まあ、それは彼自身の命にも適応される事ではあるけれど。
(……わかっていた事だけど、ね)
人間は変わり、神は変わらない。
寂しい変化をしたこの関係性に今一度想いを馳せつつ、
(あぁ、でも、どうやって私の妨害を無視できたのかしら? 実は最初から出来たなんてことはないだろうし、しまったのだわ。愚痴なんて並べずに、それを訊いておけばよかった。本当、残念なのだわ)
それ以上に気になった事に残りの思考を費やして、ダリーメジェスは人間としてはあまりに長かった人生に幕を閉じた。




