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君>世界   作者: 雪ノ雪
第七章『遠い半身』
115/125

31/駒集め

 裏世界からルウォ・ステラ要塞を経由して、ヴラドたちはルウォ帝国に戻った。

 ターカスで起きうる事態を色々と想定しながら、トォーベの元に向かう。

 彼は『真深夜』に匹敵すると言ってもいいほどの戦力であり、さらに広範囲に干渉できる魔法特性も有していて、こちらが求める条件を完璧にクリアしていた。

「さっさと話を纏めて次に行けたらいいけれど、どうなる事かしらね?」

 プレタという手札がなくなって、細かな情報を拾えなくなったことが原因か、リリスは少しだけ面倒の予感に身構えながら、酒場のドアを開けた。

 中央に演奏する場が設けられたその店は、静かに飲むというよりは騒ぐことを目的としているようだ。あまり長居したくはないが、目的の人物はその中心部で弦楽器を派手に引いていた。

 ずいぶんと盛り上がっている。その盛り上がりが判る程度には、音の感じも悪くはなかった。

 一、二分ほど待っていると演奏が終わり、トォーベがこちらに気付いた。

「ん? なんか久しぶりだな。こんなところで会うとは思わなかったが、もしかしてオレ様に用なのか?」

「ええ、そんなところよ。――この店で一番高いお酒とつまみを持ってきて」

 カウンターに居る男に告げて、空いているVIP席へと向かう。おそらくは演奏前のトォーベが座っていた席なのだろう。

「ところで、どうだったよ? オレ様のライブは?」

 タオルで汗を拭きながら、そこに戻って来たトォーベが自慢げに笑う。

「まあ、悪くはなかったわ。おめでとう。だからお前は最後まで演奏することができた。――ということで、早速取引と行きましょうか。ねぇ、一度くらいは自分の案を通してみたいと思わない? ないんでしょ? 一度だって」

「ん、んなわけねぇだろっ!」

「当たりか」

「当たりね。お前って本当……」

「なんだよ? 言えよ?」

「いいの? 言ってしまっても?」

「……」

「それで、どうなのかしら?」

「条件は何だよ?」

「わたしたちね、ターカスから人を一人攫いたいのよ。でも、そこはとっても厳重でね。陽動が必要なの。派手に暴れてくれる人がね。お前、適任でしょう?」

「まあ、暴れるのはいいが…………ん? いや待て、ターカスは不味いんじゃないか? 不味いよな?」

「大丈夫よ、変装道具を持ってきたから」

 言って、リリスは平和主義者の仮面を差し出した。

 以前、ヴラドがつけていたものだ。処分したものだとばかり思っていたが、どうやら倉石あたりに保管していたらしい。

「これを被ってれば絶対にバレないわ」

 ちなみにだが、そこまでの効果をこの仮面はもっていない。誇張もいいところだった。

 が、特に疑うことなく、

「そうなのか? まあ、そういうことならいいか。……しかし、カッコいいな、これ」

 と、トォーベはそれを受け入れた。

 さっそく仮面をかぶって、

「どうよ?」

 と訊いてくる。

「……ええ、似合っているわ。うん」

 リリスは満面の笑みで心にもない賛辞を贈り、そうして交渉は成功した。

 次の候補もこれだけ簡単ならいいが、果たしてどうなることやら。

(そちらの方は問題ないわ。次は次で合理的な相手だし。それよりも、重要なのはあの記者もどきの方よ。未来視があっても、上手くいくかどうかは不明だからね)


                §


 ヴラド達が二人目の交渉相手の元に向かっている最中、パウたちも目当ての一人を補足していた。

 ギリアム・ローウェンハイロゥ。ノイン・ゼタの第四位。『万壁』の異称をもつ『真深夜(レドゥフォドゥン)』の傭兵である。

 深緑色のスーツを纏い縁なしの眼鏡をかけた、なかなかに神経質そうな男だ。

「あのぉ、ギリアム・ローウェンハイロゥ様ですよね?」

 路上に佇んでいた彼に恐る恐る声を掛けて、早速後悔を覚える。こちらに向けられた視線が、あまりにも冷たかった所為だ。

(これは、人を人とも見ていない感じだなぁ……)

 そしてここはザーラッハの特区。仮にノイン・ゼタの看板が殺人を犯したとしても、何の御咎めもない。

「……要件はなんだ?」

 ため息を一つ零してから、ギリアムが口を開く。

 ひとまず、特に問題なくスタート地点には立てるようだ。

 その事実に安堵を覚えつつ、

「は、はい、是非とも貴方様にご依頼したいことが――」

 そこで、パウは自身の心臓が潰れる音を聞いて絶命する……という未来を、イリアの魔法に拠って体験する事となった。

 未来に跳んでいた意識が、現実の肉体に戻ってくる。

 此処はビジネスホテルの一室だ。自分の身体はベッドに腰かけていて、隣には半身であるイリアがいる。

「――う、ぐぅ、がはっ、ごほっ」

 込み上げてきた吐き気と痛みに、胸を押さえる。

 本当に心臓が潰されたような感覚。

「大丈夫?」

「あ、ああ、問題はないよ」

 背中をさすってくれたイリアに引き攣った笑みを返しつつ、殺された原因に思考を巡らせる。

 誰もが判るようなヘマはしていないと思うが、どこを間違えてしまったのか……

(……テンポ、かなぁ?)

 会いに来た時点で依頼である事はほぼ決まっているのだから、無駄な前振りなどするなと言う話だ。

(その個所を削って、今度はすぐに内容に移行してみるか)

 方針が決まったので、呼吸を整えてから、もう一度未来へと意識を跳ばしてもらう。

 出会う直前のシーン。

 先程との違いはない……と言いたいところだが、声を掛けた時のギリアムの足が右ではなく左になっていた。タイミングをミスった所為だ。

 些細な変化ではあるが、場合によってはそれだけで展開が大きく変わるのが、未来という不確定である。

「私に何か用か?」

 それを如実に物語るように、今度は向こうから話しかけてきた。

 機嫌は変わらず悪そうだ。少しでもマイナスな感情を抱かれたら、また簡単に殺されてしまう事だろう。

 まあ、受動的な未来視と違って、能動的に行えるこの意識の跳躍に明白な回数制限はないので、まだミスは許されるが、精神の摩耗は前者の比ではないので、出来れば今回で成立させたい。

「排除していただきたい勢力があるのですが、お話を聞いていただけないでしょうか?」

 懐から魔石が詰め込まれた布袋をとりだし、パウは堂々とした調子で言った。

「……」

 数秒ほど、こちらを吟味するように鋭い視線をさらに鋭利に細めてから、ギリアムが止めていた足を前に踏み出す。

 そのまま、どこかに向かって歩き出した。

 他の看板を見つける事が出来ていれば、ここで諦めても良かったのだが、生憎と彼以外に見つけられなかった以上その選択はもうないので、パウもそのあとを追いかけて――隣に並んだ瞬間、意識が吹き飛んだ。どうやって殺されたかのは、まったく認識できなかった。

 おかげで、最初に殺された時みたいな後遺症に苛まされる事はなかったが、失敗したことに変わりはない。

「やっぱり、難しい相手みたいだね。今度は二人で行く?」

 憂いを帯びた表情で、イリアが言った。

「いや、それは止めた方がいい。負担が増すだけだしね」

 なによりシミュレーションのようなものだったとしても、彼女が死ぬ光景を見るのは御免だ。

「大丈夫、ある程度傾向は見えてきたから。……というわけだから、またお願い」

「それが嘘なのは、解るんだけど……わかった」

 若干不満そうな表情を見せながら、イリアはパウの額に手を置いて――

(……少し前に跳んだな)

 前々回は楽器店を横切ったところで、前回は角を曲がった直後、そして今回は角を曲がる直前の未来に自分の意識は跳んだようだ。

 この辺りの微調整は本当に難しい。ゆえに、全く同じ行動を再現するのもなかなかに難しいわけだが。

(接触は前回と同じでいいけど、向こう主導だったからなぁ。最初みたいに自分から声を掛けた方がいいか)

 そう決めて挨拶をし、余計な前置きを一つ省いて報酬と依頼の内容を大まかに提示すると、ギリアムはまた無言で歩き出した。

 ただし、向かっている方向は前回と違う。

(出会ったときに足を止めていたのは、その時点ではどこに行くのか迷っていたから? ……いや、目的地は同じだけどルートに迷っていたという線の方が濃厚かな)

 そんな推測を立てつつ、今度は慌てて追いかけるのではなく、二、三後ろをついていくことにする。

(……まだ死んでない。ってことは、ついていったから殺されたわけじゃのか。並んだから?)

 偉大なる『真深夜』の傭兵に、木っ端の人間風情が並び立つなど許しがたいという事なのだろうか。

 その線が濃厚な気がするが、さすがに違う気もする。

 まあ、いずれにしてもまだ生きているのだ。交渉を続けなければならない。

(足が止まるまでは待つか、それとも――)

 思考を遮るように、視界の隅で異変が起きた。

 向かいから歩いてきていた傭兵と思わしき男が、突然消えたのだ。

 そして近くの排水溝から、夥しい量の血が噴いていた。

「……景観を汚す塵屑が」

 憎悪に満ちた呟きが、ギリアムの口から零れる。

 それで、一つの可能性に思い当たった。

(もしかして、パトロールでもしているのか?)

 だとしたら、それが終わるまでは余計なことを喋らないのが正解かもしれない。

 とりあえず、そうだと仮定して静かに付き添っていると、公園に差し掛かったところでギリアムは足を止めて「……悪くはない仕事だな」とまた小さく零してベンチに腰を下ろし、足を組んだ。

 そこで、やっとこちらを見て、

「時間を無駄にするな」

「排除をお願いしたのはターカスの兵士です。数は二万。そこまでの移動手段は既に確保しております。……お願いできますか?」

「……」

 ギリアムは無言で左の掌をこちらに軽く向けてくる。

 そこに両手でもった布袋を置くと、念のためだろう、袋を開けて中の魔石を確認し、

「良いだろう。ちょうど今日の用は済んだことだしな」

 と、布袋の紐を手首に巻き付けて、ベンチから立ち上がった。

 二度の失敗でクリアできたのなら、上出来だろう。

「ありがとうございます、ローウェンハイロゥ様」

 胸の内で安堵の息を吐きながら、頭を下げて感謝の言葉を述べる。

 直後、再び心臓が潰れる音をパウは聞くことになり、

「ギリアム・ローウェンハイロゥだ。二度も間違えるとは、万死に値するな」

 死の間際に、そんな言葉を耳にした。


 それから三度ほどのチャレンジをした結果、パウはようやく依頼が何事もなく成立する未来にたどり着いた。

 ちなみに二回の失敗は全て名前に関することで、どうやらイントネーションの違いが逆鱗に触れていたらしい。

 いたるところに地雷がありそうなタイプだという事がこれではっきりしたわけだが、今のままではまだ不安なので、さらに五回ほど地雷探しのために依頼の予行演習をしてから、パウはそれを現実にするべくノイン・ゼタの特区に足を運び――


                §


「……そう、上出来よ。余ったお金はお前の報酬にしていいわ」

 通信でパウの報告を受け取った時、ヴラオ達はイェンティカという都市に足を踏み入れていた。

 ザーラッハ南部にある中規模な歓楽都市だ。特権階級をメインターゲットにしているリゾート地で、首都アンシェルとは転移門で繋がっているがセキュリティーの関係から、それを使える人間も限られている。

 ヴラドがルシェドと共にアルタ・イレスのホテルに足を運んだのを境に、彼らの拠点は此処に移されていた。きっと、ルシェドに会った事がよっぽどのストレスだったのだろう。まあ、その行いの所為で今度は他の客が極度のストレスを抱える事になっているようだが。

(そういえば、どうしてアルタ・イレスを最初に選んだんだ?)

 ふと、気になった事をリリスに訪ねる。

 最初からルウォと組むルートでも良かった気がしたためだ。

(ずいぶんと今更な質問ね。もちろん窓口が広かったからよ。逆にルウォは非常に狭かった。いい流れがあったから切り替えたけれど、それなしだったら、果たしてどの時期に内部に干渉出来る立場になれたか。計画に組み込むには不透明な点が多かったのよ。それに、臆病者と平凡顔のパワーバランスも把握出来ていなかったからね。臆病者がずっと出ている状態だったら、わたしがばれる危険性も今の比ではなかったでしょうし……わかるでしょう?)

 トールヴェンという存在は全ての悪だ。存在が知られればあらゆるしがらみを取っ払う法則が発動して、ほぼ全ての神が自分たちを殺しに来る。

(そういう意味では、愚かな色狂いが思った以上に表に出ているというのも、こちらにとっては良い流れではあったわね。アルタ・イレスよりもお金で動かせる事も多いでしょうし。――いや、お前のおかげで、そのあたりはもう誤差なのかしら?)

(どういう意味だ?)

(誤魔化さなくていいわ。お前は既にアルタ・イレスと繋がっている。奴がお前の最後のカードになったんでしょう?)

 その言葉を前に、共有化の状態を確認すると、

(本当にそうなのね。お前に交渉が出来るとも思っていなかったけれど……あぁ、一応確認しておきましょうか。外れの方ではないわよね?)

 外れとはもちろんオセの事だ。

 カマ掛けに引っ掛かったのは癪だが、まあ、別にそこまで必死に隠す必要があるものというわけではない。

(どうだろうな)

 適当に言葉を返す。

「良かった。それなら安心ね。……そっちじゃないわ。こっちよ」

 リリスの足が、アルタ・イレスが今根城にしているらしい郊外の方角から外れる。

「直接赴くより、ここの協会を通した方が良い。今表に出ている愚かな色狂いはカジノで大損をしたみたいだし、ここ数日協会に大きな仕事を催促しているみたいだから、きっと飛び付くわ。あと一、二時間くらいでね。多分、二番が使えるはずよ。アルタ・イレス唯一の『真深夜』である、あの『坩堝(るつぼ)』がね」

 と、言って愉しげに微笑み――そうして、すべての準備が整った。


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