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君>世界   作者: 雪ノ雪
第七章『遠い半身』
113/124

29/取り戻したもの

 中枢の制御室でパージされた区画の転移を済ませたタイミングで、別の区画制御室から干渉が発生した。おそらくはスロウの手によるものだろう。

 そうして、ノスティワの身体は庭園の一部へと転移させられた。

(……どうやら、小範囲を転移させる手段をとったようね)

 結果、その時手が届くほどの距離に居たファリンとマルテシアもまた、ノスティワと同じ場所に飛ばされたようだ。

(私一人の方が都合は良い筈だけど、小範囲の方が設定は簡単。操作を行ったのは部外者か)

 孤立しなかったのは不幸中の幸いだが、さすがに盤石とは言い難い。

「ファリン、天使は呼べる?」

「いえ、不可能です」

「やはり、中枢を何者かに抑えられているようね」

 呟きながらこちらに出来る手段を検索する。

 とりあえず、周囲の情報の確保は出来そうだ。

「……エンシェの軍隊が入り込んでいる、か。サラヴェディカの現在地は、ずいぶんと低空にあるみたいね」

 そこそこの大きさの転移石で渡れる距離だ。

 これの首謀者はチュル。ただ、彼女の気配はない。外部からの侵入者に手酷くやられたのだ。おそらくこの場にはもう戻ってこないだろう。

 クーレたちがここに居ないのは痛いが、それなら中枢さえ取り戻せばパージした区画を戻すのはそこまで難しくない。

 問題は、現在のサラヴェディカの状態だ。

 出力が相当に低下している。クウォンタが引き起こした壊滅的なダメージの立て直しにシステムのエネルギーの大部分を担っていた中で、区画の強制転移まで行ったのだから当然と言えば当然だが……

(……この状況が成立したのは、おそらくスロウの補助を受けたアブロイの罪の魔法に拠るもの。けれど、システムは学習するから何度も同じ手は使えない。サラヴェディカを完全に掌握するには、私というパーツがまだ必要なはず)

 つまり、エンシェの兵達の目的はノスティワの確保という事だ。

 状況はあまりよろしくない。が、最悪でもない。

 まだエンシェに完全包囲されたわけではないのだ。ならば、この程度の戦力でも、中枢制御室の奪還は十分可能なはず……。

 と、そこで、今居る庭園に展開させた無数の映像の中にパウの姿が映った。

「まさか、イリアが……?」

 ショックを覚えたようなファリンの反応。

 その線は考えていなかったが、確かにこの緊急時に取るべき行動には見えない。正確な情報を把握できる中枢や管理室に向かうのではなく、彼等は一体どこに向かっているのか。

 確認する必要はありそうだが……とはいえ、そこに割けるリソースもない。

「今は中枢の奪還が最優先。貴女たちにはその道を切り開いてもらう必要がある。もちろん、私自身も戦う事は可能だけど、不足は否めないから」

 今のノスティワはサラヴェディカからの魔力提供で存在しているので、リリスのように一般人以下の魔力量しか持ち合わせていないわけではないが、それでも足を引っ張らない程度の戦力しか持ち合わせていないし、なにより魔法が使えない。クーレが魔力提供をしてくれて、彼が『重力』魔法の使用を許可してくれれば、ノスティワにもその魔法を行使する事は出来るが、現状それは不可能だった。

「後方は私が警戒しておきますので、貴女は前を見ていてください」

「人間風情が、私に命令するな」

 マルテシアの言葉に嫌悪を見せながらもファリンはそれに従い、中枢に向かって移動を開始する。

 その途中で、エンシェの兵達と遭遇した。

 最も手薄なルートだ。数はざっと見て三百。質もそこそこ。

「道を開けなさい」

 一応の警告をするが、当然のように彼等は得物を抜き臨戦態勢に入った。

 後衛の二百人程度が補助の魔法を前衛に掛け、五十人ほどが弓をもって援護の構えを取り、残った五十人程度が突っ込んでくる。

 基本的な戦術の形だ。

 通路の幅は三十ヘクテル程度あるので、五十人程度なら邪魔にはならない。

 もちろん、こちらは二人なのでさらに邪魔になる事もないが。

「雑兵が、身の程を知れ!」

 二十ほどの光の槍を背後に展開し、自身の左手にも青みがかった巨大な光の槍を顕現しながら、ファリンが地を蹴った。

 二十の槍を射出しながらの、大振りの横薙ぎ。

 ここ最近事を構えた相手が異常だっただけで、彼女自身は非常に強力な戦力だという事を思い出させるように、回避も出来ずに十の兵士が吹き飛んだ。

 援護射撃もワンテンポ遅い。その撃ち終わりにファリンが槍をお返しする。

 ただし、後衛の補助と回復の所為で致命傷まではたどり着けない。思ったよりも削るペースは遅くなる。

 手間取っている間に、外から転移石を用いて援軍がやってきた。

 そこにククルたちもやってくる。

 しかし、この程度の戦力では焼け石に水だ。ジリ貧になって敗北するのが目に見えていた。

「……強行突破をします。貴方達は足止めと時間稼ぎ」

 淡々とした口調で言って、マルテシアがノスティワを抱き上げた。

 突然の事に驚く間もなく、敵陣に突っ込んでいき、

「数は公平にいきましょうか。総合的な戦力差は、そこまでないようですしね」

 と、一人を切り伏せたところで呟き、天秤の魔法を起動させる。

 これで後ろにいるククル、ラミア、ファリン、エイダ、ゼクスがやられるまでは、こちらに手を出せる相手は一人だけになった。少なくともこの部隊は問題なく突破できるようになったわけである。

 今なら中枢まで安全に行ける。そして中枢さえ取り戻せば、無垢の天使などの防衛機能を最大限に行使できるようになるので、盤面をひっくり返す事も十二分に可能。乗らない理由は見当たらなかった。

 他の面々もそれが最善だという認識か、覚悟を決めた面持ちと共に戦闘を開始する。

 そうして、なんとか最短で目的地にたどり着けた。

 たどり着いたところで、地面に降ろされる。

「敵は一人のようですね」

 静かに呟き、マルテシアが細剣を引き抜いた。

 ノスティワも向けられた視線に頷き、ロックを解除、扉を開けて中に入る。

 無数の魔方陣と少数の情報端末だけで構築された、半径二十ヘクテルの開けた空間。その中に、ダノラウトはいた。

 本来なら何の問題もなく処理できる相手。

 だが、今目の前にいる男の身体には無数の刻印が刻まれており、夥しい量の魔力が溢れかえっていた。  

 異様な圧迫感。神子の補助なのは間違いなさそうだ。

「全てはクリスエレスの、あの方のために」

 悲壮な呟きと共に、ダノラウトが地を蹴る。

 目を見張る程の速度。その勢いを最大限に活かし放たれた斬撃に、細剣で受け止めたマルテシアの身体が左後方に吹き飛ばされる。

 その際、大きく姿勢も崩されたが、追撃が行われる事はなかった。無理やり引き上げられた自身の性能にまだ慣れていないといった感じだ。

「右足がまだ痛いので、お互い使わないでおきましょうか」

 開いた傷口から溢れる血を左手で抑えながら、マルテシアが天秤の魔法を行使する。

 しかし、届きそうで届かない。

 どうやら色格の方も相当に強化されているようだ。

「卑劣な魔法など、今の私には通用しない。悍ましき悪魔の使途よ、後悔と共に死ね!」

 自身の方が優勢だと認識してか、悲壮感は鳴りを潜め、激しい憎悪が顔を出す。

 その憎悪を隠し味に構成された雷は黒く染まり、のたうつ蛇のように不規則な軌道をもってマルテシアに襲い掛かった。ただ、ろくに道が構築されていないので精度は最悪だ。動かなくて当たりはしない。

「ずいぶんと力に溺れているようですね」

 呆れるようなトーンで呟きつつ、マルテシアは突っ込んできたダノラウトの上段からの一撃を今度は綺麗に受け流した。

 そして前のめりに体勢を崩したところに、胸部めがけて刺突を放つ。

 タイミングも角度も完璧だ。それは骨をすり抜けて心臓を射抜くはずだった。

 が、細剣は先端が少し食い込んだ程度でその威力を失ってしまう。そこまでの出力差はなかったはずなので、体内に込められた何かしらの法による結果だ。

 しかも、それは報復の効果も持っていたのか、異様な反発が細剣を伝ってマルテシアの利き腕を内側から破裂させた。

 鮮血と共に砕けた骨が飛び散る。痛覚がある生物にとっては耐えがたい損傷のはずだ。だが、そんなものはまるで気にせずに、マルテシアは即座に細剣を左手に持ち替えながらダノラウトの追撃を回避し、前に踏み出されていた右足の健を斬り裂いた。

 今度は反発が生じることはなかった。つまり、重要な臓器だけに施された保険だったという事だ。

 その情報は大きな突破口になりそうだったが、ダノラウトの傷は瞬く間に修復されてしまい、殆ど効果がないようにも感じられた。

 彼女一人で対処するのは、正直少し難しそう。

 ゆえに、こちらからもフォローしたいところだが、お互いの動きが速すぎる所為で援護が出来ない。そして今のノスティワに出来る事は、せいぜい魔力の塊を尖らせて撃ちだすというシンプルな攻撃しかなかった。

(……不味い)

 刻々とダノラウトがマルテシアを追い詰めていっている。

 自分は、このままただ見ているだけなのか? 他に何か手はないのか?

 思考を巡らせるが、有効打は見当たらない。

「無駄な抵抗を続けるな! おとなしく死ね!」

 他者の力で跳ねあがった出力にも慣れてきたのか、必要最低限の精度を取り戻した七本の黒い雷の一つが、マルテシアの傷んだ右足を撃ち抜いた。

 伝播しないように魔力の膜を張っていたので全身に広がる事はなかったが、右足は完全に黒焦げになり使い物にならなくなる。

「これで、終わりだ!」

 剣に雷を宿し、ダノラウトが最後の猛攻を仕掛ける。

 もはや受け流すだけでもダメージを負う状況に、マルテシアのポーカーフェイスもついに崩れた。

 微かに悔しそうな表情。

 それを、どうしてだろう、懐かしいと感じると共に、脳裏に無数の映像が流れ込んできた。

(――あぁ、そうか)

 実体化を一度解除し、子供の姿を破棄。ノスティワ本来の姿に戻しながら両者の間に割って入る。

 ただの案山子に見えていたのか、ダノラウトがかすかな動揺を見せた。といっても、それは殺したら不味いかもしれないという認識からくる反応で、こちらを脅威だとは微塵も感じていないようでもあった。

 ある意味で、それは正しい。ノスティワには直接的な戦闘経験は皆無だし、当然技術もありはしなかったからだ。

「邪魔をするな、貴様は大人しく――」

 言葉の途中で剣を持っていた方の手首をつかみ、空気投げを敢行する。

 掴んだ手からは煙が出ていたが、かる火傷程度で済むくらいには、サラヴェディカが提供してくれている魔力は強力だ。

 なら、この男自体には何の問題もないと、鼻頭に爪先蹴りを叩き込む。

 すると反発が発生、足の指が何本か傷んだが、鼻血を噴出させる事は出来た。ついでに、武器を奪い取る事にも成功する。

「リスクがあるのは胴体と頭だけみたいね。それに技術の方は知れている。右足を抑えたら、すぐに終わるかな」

 使い慣れていない大剣のカテゴリーに入りそうな分厚い剣を両手で構えながら、ノスティワは自身の魔力をマルテシアに提供する。

 出力を上げる事で、天秤の魔法を成立させるためだ。

 その意図はすぐに察したのだろう。

「お互い右足を使うのは止めましょう。そうすれば、すぐに終わりますから」

 言葉に魔力を乗せて天秤の効果を補助しつつ、マルテシアは左足で踏み込んだ。

「――っ、貴様!」

 急に動かなくなった右足に焦りを滲ませつつ、ダノラウトが左足を使ってバックステップする。

 距離をとって魔法で凌ぐ方向に切り替えたのだろう。

 エンシェの軍隊がこちらに近づいてきている気配もある。時間稼ぎを許すわけにはいかない。

「とりあえず、この部屋から出て行ってもらう。それで貴方に付与された一度きりの此処での権限も消えそうだしね」

 雷撃を躱しながら側面に回り込んで、ノスティワは居合の構えを取る。

 もし、敵が自分のアドヴァンテージを完全に理解していたのなら、こちらの攻撃に対して頭や胴体を捧げる動きを見せただろうが、この男にはそれがない。

 それを確認しながら、左腕の健を斬り裂く。

 腕ごとを落とすつもりだったが、なかなかに硬い。それに再生能力も健在だ。

 だが、痛みに対する適応処置などはされていないようだった。動きにぎこちなさが生じている。

 それなら、肉体ではなく精神をへし折ってしまえばいい。

「――シア、合わせて!」

 自然と出た言葉に乗って、太刀を躍らせる。

 大剣を使うのは初めてだが、大太刀の扱いは手慣れたものだ。重さを、反動を、上手く自身の身体に馴染ませながら、致命傷にならない箇所を削いでいく。

 まあ、こちらも攻撃にかなり偏らせた戦い方をとっているので、所々で危険なシーンに出くわしているのだが、昔のようにその穴はマルテシアが埋めてくれて、気持ちよく攻撃に専念し続ける事が出来た。

 そして、ほどなくして相手の精神が折れる瞬間が訪れる。

 逃げたらダメだと認識しているくせに、まだ戦える身体を持っているくせに、この男は敵に背中を見せて中枢管理室から飛び出したのだ。

「追うのは危険だよ。それに必要もない」

 追走しようとしたマルテシアに言いながら、ノスティワは管理者権限を取り戻し、天使を起動させていく。

「……どういう事ですか?」

 独白のような、内に籠った言葉が響いた。

「その身体捌きに太刀筋は、私の良く知る人そのものです。なにより、私の使い方がそうだった。……貴女は、姉さんなんですか?」

 視線を戻すと、そこにはいつもの能面があって、だけど足の方に目を向けると強く親指で地面を噛んでいるのが判って、その相変わらずの感情表現が、ひどくおかしかった。

「マリアは死んだ。ルウォ・ステラ要塞で役目を果たせずに殺された。私は、そのマリアの魂を使って再起動した存在でしかない……でも、そうだね、多少はマリア・キャンディスでもあるのだと思う。戦いが終わってもまだ眼鏡をかけていない事に落ち着かないところとか、久しぶりに貴女と共闘できたのを嬉しいと感じているところとか」

「私は、貴女の事を、そんな風には――」

 と、そこで突然マルテシアの身体が崩れた。

 どさりと左肩から地面に倒れて、微動だにしなくなる。

「シア!?」

 慌てて駆け寄ろうとしたところで、首筋に冷たい感触が押し当てられた。

 と同時に、マルテシアの影の中から見知った悪魔が姿を現す。

「完璧なタイミングだったよ、パウ」

「……イリア」

 裏切りが確定した瞬間だった。

「心配しなくても殺してはいないよ。それをしたら貴女が激しく抵抗するのが視えているから。そしてそうなればボクたちでは対処しきれない。こちらの用が済むまで大人しくするのが、お互い不幸にならない唯一の道」

 淡々とした口調で、こちらの行動を制してくる。

 逆らえば間違いなく、イリアの手によってマルテシアは殺されてしまうだろう。

 手にしていた剣を落とすと、首筋に触れていた冷たさも離れた。

 そして視界にパウが姿を見せて、システムの操作を始める。

 浮かび上がったモニターにファリンたちの姿が映った。天使の起動を察知してか、エンシェの兵はもはや撤退の構えだ。こちらは問題なさそう。

(……良かった)

 と、小さな安堵を覚えたところで、全身を粟立たせる存在が姿をみせた。

 見せた瞬間に、ファリンの両足が千切れ飛ぶ。

 ヴラド・ギーシュだ。

「……彼の側についたのね。でも、どうして? 脅されているの?」

「多少は。でも、仮にそうでなくても、ボクたちは彼についていたよ。サラヴェディカの目的を果たせるのは、彼だけだから」

「そんな未来が視えたの?」

「視えたとしても、その未来は絶対ではないよ。残念ながらね」

 ……つまり、もっと根拠のある理由で、彼女は決断したという事だ。

 彼女は一体何を知って、その結論に至ったのか……

「まだ?」

 追及をする前に、イリアがパウに視線を向けた。

「もうじき終わるよ。多分、向こうの交渉と同じくらいかな」

 パウの視線がモニターのヴラドに流れる。

 ヴラドはククルとなにか取引をしているようだが、音声がカットされているため内容までは読み取れない。

「……了解。そっちに門を開きます。……ええ、貴方の要望通りに操作しておきましたよ。もろもろの回収を終えたら、こちらも戻りますね」

 パウが端末を操作し、ヴラドの前に転移門を展開した。

 その中に、ククルが最初に入る。それからエイダとゼクス、ラミアが続き、最後にヴラドが入って、門は閉ざされた。

 それを確認したところで、サラヴェディカ内の灯が消える。システムが落ちたのだ。

「これで、よし、と」

 完全な暗闇の中でパウの声が聞こえ、続いて足元でなにかが割れる音が鳴る。

 おそらく、転移石を砕いたのだろう。

「それでは我々も失礼します」

 予備システムが灯りを復旧する。

 そうして視界が戻った時、パウとイリアの姿は消え去っていた。

「……状況を」

 しゃがみ込み、マルテシアの安否を確認しながらシステムに問う。

 だが、答えは返ってこない。どうやら、情報が抜き取られただけではなく、システムの一部権限も奪われているようだ。おそらく、強制パージの隙間になにか細工をしたのだろう。未来が視えるイリアなら、十分可能な事だ。

(彼等もシャルロット、いや、クーレを隔離しておきたいという事か)

 それだけ警戒されている宿主を褒めるべきか、嘆くべきか、

「復旧までには、まだ時間がかかりそうね」

 ため息をつきながら、ノスティワはその場にへたり込み、抱きかかえていたマルテシアの頭を太腿の上においた。


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