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君>世界   作者: 雪ノ雪
第七章『遠い半身』
107/115

23/紙一重

 クーレはそれを察知して直前で攻撃を止めてくれていたが、大剣の方は見事にシャルロットの腹部を貫通した。

 当たり前だけど、慣れていても凄く痛い。

 けれど慣れているので、特に怯むこともなく自身の血に含まれる魔力を全力で散布しつつファリンを抱きしめて、彼女の身体と魔力を抑えにかかる。

「は、離せ!」

 戸惑いを見せながらファリンが暴れるが、もちろん離すつもりはない。

「他にも侵入者が居る事に、貴女は気付いていますか?」

「――」

 微かな驚きがファリンの表情に刻まれる。

 演技の線はないだろう。

「元々のサラヴェディカがどういう場所だったのか、私は知りません。貴女にとって、私たちは世界を壊した元凶でしかないのかもしれません。でも、この流れの中で私たちと敵対するのは本当に正しい事なんですか? 儀式の勝敗に絡むかもしれない要素を、貴女は放置するという事でいいんですか? ルーメサイトの未来なんてもうどうでもいいの? それなら、貴女は敵だ。私も容赦はしない。……でも、そうでないのなら、決別する前に、まだ出来る事はあるはずです」

「…………内部のサーチを更新。……そうか、わかった」

 ファリンから敵意が消えた。

 ひとまず休戦は出来そうだ。

「説得するとは思わなかったな」

「殺してしまっても良かったのにな」

 クーレとマヌラカルタがそれぞれ感想を口にする。

「とりあえず、貴方はしばらく黙ってて」

 事態を悪化させかねない悪魔を分厚く固めた魔力の壁で影の中に押し込みつつ、シャルロットは突き刺さった大剣をゆっくりと引き抜いた。

 大量に血が溢れるが、それが地面に到達するより先に傷は完治する。

「さて、なにはともあれ一段落したところで、君に訊きたい事があるんだ。いいかな?」

 パンと手を軽く叩いてから、クーレがウィンに視線を向けた。

「あぁ、答えられる内容なら構わない」

「君はララエスタの魔法についてどれくらい知っている?」

「事を構えるつもりなのか? この混沌とした状況下で?」

「忙しい方が好きだからね。僕は」

「知るだけでいいのか? 私は傭兵だ」

「それは過分だよ。ゲームにならなくなる。情報くらいがちょうどいい」

 あっさりとクーレはウィンの助力を断った。

 そういう流れだと思っていたシャルロットとしては驚くばかりだが、その驚きはマヌラカルタの方が大きかったようだ。

「ちょっと待て! ヴラド・ギーシュの手は借りようとしていたのに、こちらは過分だというのはどういう理屈だ?」

 黙っていてと言っているのに、また影から顔をだして詰問口調でまくしたてる。

 それに対してクーレは不思議そうに首を傾げ、

「僕、ヴラドと手を組みたいなんて言ったっけ? 巻き込みたいって言っただけの筈だよ。味方としてじゃなくて第三勢力としてね。その混沌の中で勝つのは色々と難しいし、楽しそう。でも、ただ味方にして戦ったら、それはもう判りきっている答えだ。やる意義がない」

 と、当たり前のようにそう答えた。

 認識の祖語。こういう部分は少しずつ理解していく必要がありそうだが……

「あぁ、でも、神子を討つ際は別だよ。さすがに僕一人じゃ絶対的に火力が足りないからね。だから、その時は手を貸してもらうつもりだけど、必要な条件はなに? まあ、ある程度は予想できているけれど、具体的なラインが知りたいな」

「……サラヴェディカは烏合の衆だ。強大な敵を前に戦えるような状態にない。これでは空中分解寸前のノイン・ゼタの方がマシだ」

 静かな口調で、ウィンは言った。

「なるほど、団結したノイン・ゼタのような存在を君は望んでいるわけだね。そしてその可能性が此処にはあると見ている。……ふむ、どうやら、ファリンを殺さなかったのは正解だったみたいだね」

「そうだな、ただでさえ足りない戦力を零すようなら、期待を維持する事は難しかっただろう」

「わかった。方向転換。ノスティワとの着地点も修正しよう。この件は平和的に、効率的に解決する。……とはいえ、どうするべきかな? ねぇ、この足止めって、それに絡んでいたりもするの?」

「どうだろうな。そうした方が良い気がした、という直感に従っただけだからな。もちろん、いくつか吟味したかったという理由もあるが」

「勘、か。勘は大事だよね。僕も良く勘で決める事多いし――」

『ちょっと! 今そっちどうなってるの! 返事しなさい!』

 突然、苛立ちに満ちたプレタの声が響いた。

 かなり焦っている様子だ。

「プレタか、水の結界で通信を遮断している間に問題が起きていたようだな。良ければ、こちらにもその声を届かせてもらえないか?」

「今の言葉、聞こえた?」

 悪戯っぽいトーンでクーレが言う。

『ええ、とりあえず朗報が一つって事でいいのよね?』

「多分ね。それで、そっちの方は?」

『今、リグチラがチュルと戦ってる』

「その神子は謎の二人組の方を見てるんじゃなかったっけ?」

『そいつらがこっちに連れて来たのよ。あの神子を』

「で、巻き込まれたと」

『リグチラだけね。あたしは予定通り、今ルナとノスティワを追ってる。だから結構近くに居るんだけど、あたし一人じゃ正直確保は難しい』

「無垢の天使だっけ? 何体居るか知らないけれど、それくらいなら君でも頑張れば処理できるんじゃない?」

『マルテシアもいるのよ。やりとりを聞く限り向こうについたみたい。だからシャルロットを貸して。で、あんたとウィンはチュルの方に向かって欲しい』

「善戦出来てるんだね?」

『ええ、ヤバい二人組だよ。だからリグチラもやり過ごすんじゃなくて参加する事を選んだ。今なら多分、奇襲も刺さる。あんたやウィンならやれるかもしれない』

 チュルを始末出来れば、この反乱は否応なく終息するだろう。彼女という戦力があってこその暴挙だからだ。

「わかった。すぐに向かう」

 頷き、クーレはウィンに視線を向けた。

「エンシェ陣営にも可能性を感じなくはないが、ここで神子を失うようならそれまでか」

 彼も手を貸す事に決めたようだ。

 二人が駆けだして行く。

 そのタイミングで、目の前に風の精霊が姿をみせた。勝気そうでいて打たれ弱そうな美少女、彼女の嗜好の具現化した存在であるレーニィスだ。

 以前に見た姿よりもかなり小さい。手のひらサイズだった。

『そっちの状況を詳細に把握しておきたいから、その子と一緒に行動して』

 精霊が前を飛ぶ。彼女の傍には空気の膜が展開されていて、周囲に感知される恐れを軽減しているのがわかった。

 そのあとを、気配を殺しながら追いかけていく。

『接敵まであと五秒。さすがにそろそろ感知される距離ね』

 プレタのその言葉を聞いて、シャルロットは足を止めた。

「直線距離は、どれくらいですか?」

『百五十ヘクテル程度だけど、まさか壁抜きでもするつもり?』

「はい、右足を狙います。照準の方、お任せてしてもいいですか?」

 人差し指と中指を照準に見立てて、そこ魔力を収束させていく。

『簡単に言うわね。まあ、問題ないけど。――レーニィス、合わせてあげて』

 プレタの言葉に頷き、風の精霊がシャルロットの手首をつかんで壁越しの敵に照準を定めていく。

『速度よりも威力をもう少し上げて、それだと壁を溶かすのに時間がかかり過ぎる。ええ、それくらいでいい。零の合図と同時に撃って。……三、二、一、零』

 語尾が耳に届くと同時に解き放った閃光は、壁を抜き先行していたマルテシアの右足の太腿を射抜いた。

 その一瞬の光景を目視する間もなくまた駆け出し、角を曲がり、三人の姿を視界に納める。護衛の天使の数は四だった。

「……やってくれますね」

 撃ち抜いた方の足を軽く動かして状態を確認しながら、マルテシアが相変わらずの無表情をこちらに向け、細剣を引き抜いた抜く。

 それに合わせるようにノスティワが二体の天使を現し、自身とルナの身体を抱き上げて移動を再開した。

 追いかけたいところだが、四体の天使と目の前に立つ相手を無視して行えるほどシャルロットは強くない。

「その魔法は本当に脅威ですね。使われない方が良い。右足もそう。お互い使わない事にしましょう」

 その言葉を聞いた瞬間、二つの機能が全く動かなくなったのを実感する。

 魔法の方は既に経験済みだが、四肢の一つが動かせない状態での戦いというのは、思った以上に難しそうだ。

(当然と言えば当然だが、向こうはその状態に慣れている感じだな。動きに一切ぎこちなさがない。どうする? また私に頼ってみるか?)

 マウントを取ることに喜びを覚えているような悪魔の聲。

(……そうだね。お願い)

 多少の抵抗を覚えつつも魔力の使用権をマヌラカルタに預け、影の中から青年の姿の彼を顕現させる。

 それに対しても、マルテシアは「数の方も釣り合いをとりましょう。これは、私と貴女だけの戦いであるべきですから」と言って再度天秤の魔法を起動させた。

「そうか、時間勝負がしたいか。いいだろう、すぐに後悔させてやる」

 愉しげな言葉と共に、マヌラカルタが天使に襲い掛かる。数という天秤に乗せられた天使を処理することで、その効果を破綻させるつもりなのだ。

 それを当然のように理解しているマルテシアもまた、相当な前傾姿勢でこちらに向かって踏み込んで来た。一対一という条件でなければ負けるという認識があるのかもしれない。

(先日のように、拘束されて薬かなにかで落とされる展開だけは避けろよ。不味いと感じたら手か足を切り落として死を宿せ。それで最悪、意識もすぐに戻せる)

 脳裏に悪魔の忠告が届けられる。

 言われなくともな内容だけど、正直守れるかどうかは怪しい。

 なにせ、三手目の攻撃でもう細剣を弾かれてしまっていたからだ。そこからは相手も武器を鞘に納めて、組み付かんと手を伸ばしてくる。

 肉薄されるのは不味い。

 全力でバックステップをして距離を稼ぐが、片足の使い方の差によって、あっという間に詰められる。

「――っ!?」

 手首を掴まれた。

 必死に振り解こうとするが、その力を利用して投げ飛ばされる。

 視界の上下が反転し、背中に衝撃が走った。

 一瞬、呼吸が出来なくなる。その一瞬の間に、マルテシアの姿も見失ってしまった。死角に入られたのだ。

 シャルロットは咄嗟に首と口元を両腕で守るが、

「右腕を使うのもダメですね。お互い止めましょう」

 突然、右腕に一切の力が入らなくなり、だらんと地面に落ちた。

 そうして出来た隙間の床に、魔石が一つ落とされる。

 一体なにが宿されているのか、答えは程無くして顕された。

 真っ白な煙。いやに甘い匂いがする。それを認識した直後、強烈な眠気に襲われた。

 色格も相当に強いのか、魔力では遮断出来ない。

 肉体にダメージがない攻撃だ。これでは不死による意識の復帰もかなわないだろう。

 急いで左手で石を遠ざけたいところだったが、多分それは狙われている。

 だから今は、とにかく最小限の動きで身体に痛みを与えるのが最善だとシャルロットは判断した。

 一番手軽に行えるのは舌を噛み千切る事だ。その損傷で死ぬことがないのは知っているので、多分無理やり不死を発動させるのは今の自分では無理だが、相手にそこまで分かるとは思えないので、揺さぶりくらいは掛けられるはず。

 願わくばその隙に懐のナイフを取り出して、どこでもいいから動脈に突き刺し、死の可能性と再生をループさせる。そうすれば――なんて考えは完全にお見通しだったのか、突然差し込まれた血まみれの右足が左腕の動きを制限し、それに驚く暇もなく半開きだった唇に押し込まれた左手によって、舌を噛むという選択肢も潰されてしまった。

「右足はもういいですね。お互い使う必要もないでしょうし」

 一瞬だけ戻っていた右足の感覚が、また完全に失われてしまう。

 彼女の左手に握られていたもう一つの魔石から溢れる煙は、息を止めたところで防ぎようがなかった。

 完全な詰みだ。

 意識が落ちる……その間際、突風が走った。

 直後、明瞭な感覚が戻って来る。

 壁抜きを行ってすぐに姿を消していた風の精霊であるレーニィスが、その力を使って煙を全てマルテシアに殺到させたのだ。

 ピンチが一転チャンスになった。このタイミングで行動できないほど、シャルロットも経験不足ではない。

 左手だけを抜いて離れようとした彼女を、今度はこちらが引き留めて床に押し倒す。口内の魔石を吐き出しながら、彼女の冷めた視線を真っ直ぐに受け止める。

 相変わらず感情は全く読めない。けれど、効果的とは言い難い乱暴な暴力――肘打ちや頭突きなどの抵抗が、彼女の焦りを如実に示していた。

 攻撃は全部見えているので意識が刈り取られる心配はないし、これくらいの痛みならいくらでも我慢できる。そして呼吸を止めようがレーニィスの魔法は容赦なく、こちらにもたらされた状況以上の早さでマルテシアの体内に煙を注入していき……ほどなくして彼女は目を閉じ、完全に意識を手放した。

「……ありがとうございます、レーニィスさん」

 拘束を解き、起死回生の勝利を与えてくれた風の精霊に向き直り、感謝を述べる。

 彼女は澄ました顔をしつつも、顔を真っ赤に染めて、こちらには何も聞こえなかったが唇を動かして、また突風と共に空気に溶けて消えてしまった。

 なんというか、無性に可愛い仕草の数々に、プレタが入れ込む理由に強い共感を覚える。

 まあ、それはともかくと視線をもう一つの戦いの方に向けると、ちょうどマヌラカルタが最後の天使を壁に吹き飛ばしているところだった。

「貴様一人だったら確実に負けていたな。まったく、頼りにならない主だよ」

「ご、ごめんなさい」

 至極真面目なトーンで言われたので、ついつい謝ってしまう。

 と、そこで、プレタの声が届けられた。

『どうやら終わったようね』

「プレタさんも、ありがとうございました」

 あのタイミングで仕掛けてくれたのは、間違いなく彼女の指示によるものだろうし、本当に彼女たちがいなければ、どうしようもなかった。

「そっちの状況はどうなっていますか?」

『確保したわよ。たった今ね。……まあ、三体ほどの新顔に睨まれてるけど』

「たった三体、ノスティワの方も打ち止めか。莫迦な天使が乱用してくれたおかげだな」

 くすくすと、マヌラカルタが嗤う。

 その天使であるファリンは、戦闘が終わったこのタイミングでこちらにやってきていた。クーレの方に行くかこちらに行くか迷ったあげく、こちらを選んだようだ。大変に不機嫌そうな様子だった。

「おや、これは失礼。陰口のつもりだったんだが、堂々としたものになってしまったな」

 絶対に嘘。この悪魔は近付いて来ているのが判っていて口にしたのである。本当に性格が悪い。

 その揺らぎようのない事実に小さくため息をついたところで、

「その娘も、殺さないのだな……」

 と、ファリンは苦しげに呟いて、

「天使は、私が止めよう。その数ではもはや失うだけだからな。それはサラヴェディカの為にならない」

「ありがとうございます」

「……先に行く」

 バツが悪そうにそっぽを向いてから、彼女は翼を羽ばたかせた。


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