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君>世界   作者: 雪ノ雪
第七章『遠い半身』
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22/強者の選択

 クーレに置いて行かれないように速度を上げながら、シャルロットは十四番庭園に辿りついた。

 プレタの情報通りならこの近くの個室に三人が居る筈だが、ノスティワとルナの気配は感じられない。

 感知範囲を広げると、二人がどこかに向かって離れて行っているのが分かった。空間転移を使わないのは、ルナの所為だろうか。転移機能自体が壊れていない以上、そう考えるのが妥当だろう。彼女の特殊な魔力特性が、サラヴェディカの機能を受け付けていないという可能性。

 それは、こちらにとっては朗報だと思うが……当然のようにこちらに気付き姿を見せたウィンという存在は、果たしてどちらなのか。

「やぁ、ウィン。君は誰の味方だい?」

「ルシェド・オルトロージュを討てる可能性がある者の味方だ。だから、今はどちらの味方でもないな」

「なるほど、吟味中なわけだ。ずいぶんと評価が低いんだね、ノスティワは。正しい器を手に入れられる機会を得てなお、僕たちと比べられるだなんてさ」

「自己すら持たぬ者では、戦いにはならないだろう」

「自己、か。……ねぇ、君は本当に彼女が誰なのか知らないのかい?」

「彼女は自らそれを取り戻さなければならない。でなければ、結局は自身を正しく定義できないだろうからな」

 静かにそう言って、ウィンはゆらりと右足を前に出した。

 ぴんと糸が張るような緊張感。

「どちらの味方でもないのではなかったんですか?」

 咄嗟に構えながら、シャルロットは訪ねる。

「答えは既に口にしている」

「確率を上げるための行動って事か。いいね。じゃあ僕も君に価値を示そう」

 クーレが双槍を構えた。

 ぞっとするくらいに重たい魔力を広がっていく。

「それを本当に実証させたいのなら、貴方も、もっと勝つことを優先させるべきだ。これは貴方だけの戦いではないのだから」

「……そうだね、考えておくよ。行って。ここは僕が引き受けるからさ」

 愉しげな声だった。

 願ったりかなったりと言った様子だ。

「悪いが、逃がしはしない」

 その言葉と共に、この庭園を水の膜が包んだ。

 さらに天使たちが転移してくる。数は十五。意志無き人形たちだ。

「――」

 閃光を放って突破を試みる。

 最大出力だったが、水の膜はエネルギーを綺麗に分散してみせた。綻び一つない。この分だと何発撃ちこんでも望んだ結果にはならないだろう。

「倒す以外に道はなさそうだね。天使は任せる。余裕があればフォローもお願い。彼は僕より強いだろうからね。せっかくだ、ここは仲間らしく協力して勝つとしよう」

 言って、クーレは軽やかに地を蹴った。

 その勢いを止めようと天使たちは真っ先にクーレを狙うが、彼は一切気にしない。

 いっそ怖いくらいの信頼。

 それを早々に失うわけにはいかないと、シャルロットは攻撃動作に入った天使たちに照準を合わせ閃光を解き放つ。

 しかし、無力化には至らない。

 天使たちは守りと攻撃の二つに役割を分けているようで、シャルロットの攻撃は巨大な盾を持った天使によって弾かれ、じりじりと距離を詰めてくる彼らの背後で、長い槍をもった天使たちが矛先に破壊の魔法を宿し、強力な次弾の準備を始めている。

 こちらもそれに対抗するため、閃光の出力を上げ迎撃態勢を整えつつ盾の突破を試みるが、思いのほか硬い。

 だったら強引に内側に入ろうと覚悟を決めるが、

(愚か者が、止めておけ。こちらの特性はばれているんだ。安易な特攻は有効ではない)

 と、マヌラカルタが忠告してきた。

 反発を覚えないでもないが、確かにその通りだ。

 なら今は我慢の時。クーレを狙う攻撃を迎撃することに終始する。

 といっても、数の差があるので、これだっていつまでも続きはしないだろう。

「少し交代」

「――え?」

 突然、クーレがバックステップをしてこちらとの距離をゼロにした。

 ぶつかると思う間もなく、すり抜けるように背後に回られる。

「――っ」

 目前にウィンが迫ってきていた。

 咄嗟に細剣を抜いて、彼の手刀を受け止める。

 途端、身体が宙を舞った。細剣を掴まれて捻られたのだ。こちらが相手の力に対抗しようとした瞬間の事だった。

 まったく歯牙にもかけられていない。それを強く自覚しつつも、閃光を乱発してクーレとの距離を維持させる。

 それも無意味。周囲に展開された水によって閃光は歪曲されて、ウィンの移動には一切の支障を齎す事が出来なかった。

 しかし、意識を割くことには成功していたんだろう。

 一瞬の隙をついたクーレの一撃によって、ウィンの身体は大きく吹き飛ばされた。長槍の横薙ぎを受け止めての結果だ。

「上出来。さぁ、また交代だ。そっちにも重さは付与できたからね。ガンガン攻めていいよ」

 その言葉が届く時にはもう、クーレはウィンに向かって突っ込んでいた。

 あまりの駆け引きの早さにちょっとついていけない。でもまあ、とりあえず役に立ったのならそれでいい。

 気を取り直して、天使への攻撃を再開する。クーレの魔法が効いているのか、反応全般が鈍い。

 言われた通りガンガン攻めるのが良さそうだと一気に踏み込み、側面に回って細剣を振りぬく。

 が、それは開かれた空間から伸びてきた槍によって防がれた。

 防いだのはファリン。

 さらに一緒に出てきた二人の天使の閃光が、シャルロットの左太腿と右肩を射抜く。

 再生は即座だが、痛みによる硬直は否めない。その隙にファリンが召喚した大剣を振りあげる。

 そのまま振り下ろされていたら確実に死んでいただろう。だが、大剣がこちらに振り下ろされる事はなかった。

 振り上げたところで、ファリンが大剣を手放したからだ。

「人形遊びは止めてこっちに来たのか。でも、指揮がなければガジャは抑えられない。駒の無駄遣いだね。それが判らないわけでもないだろうに……もしかして、映画館でやられた事まだ根に持ってるとか? その所為で冷静な判断が出来ないとか?」

 超重力をもってそれを引き起こしたクーレが、ウィンの攻撃を捌きながら呆れるように言う。

「人間風情がっ……!」

 激しい憎悪と共に、広げられた翼から閃光が放たれた。

 それに合わせてウィンが動く。クーレはウィンを優先し、結果閃光は彼の脇腹を削った。

「後悔するがいい!」

 自分でも傷を与えられるという事実が強力な後押しとなったのだろう。ファリンは歪な笑みを浮かべながら、ウィンの事をまるで考慮することなく魔法を連発する。

(……哀れだな)

 胸の内で、マヌラカルタが呟いた。

 協力というカタチすら取らず、ただ憎しみを果たそうとするその姿勢に対して、二人の傭兵も示し合わせるように一つの場所に留まらない高速戦闘に移行する。

 ファリンの眼ではまるで追えない領域。あげく、その流れで間近まで迫ってもクーレは視線の一つも送らない。

 居てもいなくても同じという認識を、これ以上ないくらいに体現している。

 当然、ファリンの憎悪は増大し、人形たちの照準を全てクーレに集中させた。

(間抜けが、何をぼけっとしている? これ以上ないほどに動きやすい状況だろうが。さっさと一網打尽にしてしまえ)

(……そうだね)

 静かに周囲に魔力を広げて場を作り、天使たちの背後から一斉に閃光を放つ。

 全弾命中。心臓を撃ち抜かれた彼等はぴくりとも動かなくなる。

 よほどこちらを侮っていたのか、ファリンは驚愕に目を見開いて、

「ありがとう。君のおかげでずいぶんと楽になったよ。ファリン」

 そんな彼女に、クーレはいつもの涼しげな笑顔で、この上ない皮肉を並べた。

 とはいえ、状況がけして良くなったわけではないのは、短時間の高速戦闘で負ったクーレの傷の多さと深さが物語っている。

 ウィンの方はほぼ無傷だ。どれだけ圧倒していたのかがよく判った。

「……こちらの優位は変わらない。無垢の天使たちもまだ居る。これ以上、貴様たちにこの世界の秩序を奪わせはしない」

 恐怖を呑みこむような硬い声で言いながら、ファリンがまた三体ほど天使たちを背後に召喚する。

 傷だらけの天使たち。ガジャと戦い損傷したものを無理矢理引っ張ってきたのだろう。覚悟は感じられた。けれど、少しだけだ。

 だからだろうか、ずいぶんと言葉が安い。その所為、という事はないと思うけれど、そこで急にウィンが臨戦態勢を解いた。

「あれ? もしかして終わり?」

「あぁ、足止めをする必要は無くなった」

 言って、ハンカチを取り出し頬についていた血を拭う。

 クーレも身体強化に費やしていた魔力を自己治癒に振り、当たり前のように戦闘モードを解いた。まるで訓練をしていたみたいな切り替えの早さだ。

「何を言っている? ふざけるな! 貴様、ノスティワ様を裏切るつもりなのか?」

「先程も言ったが、私は別に彼女の味方ではない。状況に応じて動いているだけだ」

 ファリンの怒りに対し、ウィンはただただ静かにそう答えた。

「そんな理屈が許されるものか! 戦闘を続けろ! でなければ、貴様をサラヴェディカの敵と見なすぞ!」

「後ろ盾がないと何もできないんだな。君は」

 ため息交じりにクーレが言った。

 残酷なほどの失望の色。

「黙れ!」

 閃光を放ちながら、大剣を両手で握りしめたファリンが決死の特攻を仕掛ける。

 結果は火を見るより明らかだ。

 止めるべきだろうか? 今は敵だが状況が落ちついたら味方に戻る可能性もあるのだ。無垢の天使の扱いにも長けているので戦力としての価値は十分ある。それに、彼女も誰かの都合に振り回されている一人だろうから、同情的な意味でも殺すという選択は取りたくなかった。もちろん、内輪揉めの芽というリスクは残るわけだが……

(……強者は傲慢なもの)

 その言葉を胸に、シャルロットは両者の間に割って入った。


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