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君>世界   作者: 雪ノ雪
第七章『遠い半身』
105/114

21/獣炎人魔

 武器の手入れや作戦などの準備を済ませて、シャルロットたちはサラヴェディカに戻ってきた。

 侵入した場所は八番庭園だ。

 早速魔力を走らせて周囲の様子を探ってみるが、何も感じ取れない。どうやら魔力遮断が施されているようだ。リグチラの痕跡が見つかったのか、それとも不測な事態でも起きているのか、どちらにしても早速想定外のスタートとなったわけである。

「アクセス自体は問題なくできそうだね。試す価値はあるか。ただ、それをすると間違いなく侵入がばれる。その前に、二人は移動を始めておいた方がいいかもね」

 庭園の特定の座標に設置されているアクセスポイントを人差し指でつつきつつ、クーレが言った。

 プレタとリグチラが小さく頷き、各々が魔法を用いて空気に溶け込んで、音もなく離れていく。

 二人の目的はルナの確保だ。そして残ったシャルロットとクーレの二人が陽動と攪乱を担当する。

「……あぁ、そうだ、一応念のために言っておくけれど、チュルと交戦した際はあまり追い詰め過ぎないようにね。なりふり構わない攻撃をされると、このサラヴェディカが壊滅しかねないし、そうなれば僕たちも全滅だから」

「どう考ええても、それはこちらの台詞だろう? まあ、人間風情に奴が追い詰めらるとも思えんが、本気にさせる可能性くらいはあるだろうしな。せいぜい短気なくせに冷めやすい奴の感情を、上手くコントロールして立ち回る事だ」

 影から顔だけを出して面倒そうに言って、マヌラカルタはすぐにまた影の中に引っ込んだ。

 少しらしくない反応。もしかしたら、クーレに苦手意識でも持ったのかもしれない。

「そうだね、善処するよ」

 楽しげに笑って、クーレはアクセスポイントに魔力を流してシステムを起動した。

 このシステムは基本的にサラヴェディカ内の誰でも使えるが、特定の相手が使えないようにロックすることも可能で、その権限はノスティワが有していた。

「やっぱり、ロックもされていない。僕の権限を無効化する時間はなかったみたいだね。リグチラが言った通り、彼女の行動は突発的に始まったようだ。彼女以外もそうだといいんだけど……うーん、識別コードは切ってるのか、ルナもチュルもウィンもノスティワも見当たらないね。これは探索の方もプレタに任せるしかなさそうかな。こっちも陽動を頑張らないとね」

 軽やかに言葉を並べつつ、クーレは得物の双槍を軽く構えた。

 早速敵が現れたのだ。

「自動的な連中か。たしか、無垢の天使だっけ? まあ、初手はそうだよね」

 表情を持たない多くの天使たち。

 彼等は全て同じ、とある天使の複製体だ。だから魂を持たない、ただの兵器として存在している。

「誰が操っているのかな? ファリン以外だったら、ちょっとは面白くなりそうだけど……残念、ただの処理になりそうだ」

 ピクリと一斉に動いた天使の反応から、彼女だというのがはっきりしたようだ。

 元々クーレに対して強い敵愾心をもっていた天使なので、この流れについてはシャルロットも想定出来ていた。

「以前と同じように行くと思うなよ? あの時と違って、貴様の魔法は明かされているのだからな」

 一人の天使が、無表情のままファリンの言葉を並べる。しかし、そこには隠しきれない怒りが滲んでいた。

「それでこの戦力? チュルはどうしたの? エンシェも此処の機能は残したいだろうから全力を出せないにしても、彼女が来るのが一番いいと思うんだけど」

 と、そこで言葉を一度止めて、見透かすように目を細めてから、クーレは訪ねた。

「……うん、そうだね、一つだけ確認しておこうかな。君は今、誰の側についている?」

「我々天使が身を置くのは、いつだって正義の側だ」

 この場に集まった十二の天使が臨戦態勢に入る。

 対するクーレは、今の発言で相当に白けたのか、

「ガジャ」

 と、自身の契約者を呼んだ。

 影が広がり、そこから五ヘクテルくらいはありそうな体躯が姿を見せる。

 高さもそうだがとにかく分厚い。ごつごつした岩で造られたような人型の悪魔。

「……俺が、やるのか?」

 乗り気じゃない様子でガジャが言う。

 そんな彼にクーレは優雅に微笑んで、

「久しぶりに、君のカッコいいところが見たいと思ってね。期待に応えてくれるかい?」

 と、その身体を軽く叩いた。何とも気安いスキンシップ。

 たちまちガジャの顔が赤くなる。そして、凄まじい気迫が全身から吹き荒れた。

(悪魔が人間にいいように弄ばれるとは、滑稽の極みだな。……まあ、分からなくもないが)

 ぽつりと、マヌラカルタが胸の内で呟く。

 その内容に、ちょっと驚いた。

(判らなくもないんだ?)

 不死の魔神の意外な好みが明るみに出た瞬間である。

 そういえば、じっと彼の事を見ている事もあったような、なかったような……

(妙な事を考えている暇があるのか? 色惚け娘が)

(む、惚けてなんていません)

(男絡みで動いている人間が言っても説得力は皆無だな。そんな事より、どうするんだ? そこのデカブツに任せっきりにするのか、それともさっさと片付けるのか)

(それは、周囲の状況が判ってから決めるよ)

(そうだな、特にチュルの動きが判らないうちは、そちらへの警戒に集中するべきだ。我々が死ぬことはないだろうが、無力化されたら同じ事だからな)

「さて、有象無象の処理はまかせて、僕たちは行こうか」

「え?」

 不意にクーレに手首を掴まれて引っ張られ、歩調が早まる。

 構えていたはずの槍は、いつのまにか左手に纏められていた。

「テメェ!」

 ガジャの怒声が轟く。

 その怒りの矛先がクーレじゃなくてこちらに向いているあたり、酷いとばっちりである。が、それが彼をその気にさせる最後の一押しなのだろう。

「早く追いついて来てね。雑魚が用意した追加の雑魚の処理なんてつまらない事、僕にさせないように」

「逃がすと思うのか?」

 空間が歪み、前方にさらに二十の天使が現れた。

 初めて見るタイプだ。おそらくは最精鋭。

「ふむ、彼女が自由に扱える戦力は多分これで全部かな。ちまちま出される面倒が消えてよかった」

「……なるほど」

 さすがに少し気の毒に思う。

 完全に掌の上だ。それほど交流があったわけでもないだろうに、クーレは完全に彼女の性質を理解しているようだった。

「――やれ!」

 ファリンの憎悪にけしかけられて、槍をもった天使たちがその矛先に光を集約させる。

 しかしそれが放たれる前に、巨大な体躯が駆けていた。丸太のように太い腕が振るわれ、天使たちが弾け飛ぶ。

「テメェら如きに何かできると思ってんのか、羽虫風情が!」

「まずは一匹だ」

 蔑みに満ちたファリンの声。

 こちらの進路を遮った敵を優先した結果、ガジャはがら空きになった背後に無数の閃光を叩きつけられた。

 肉が爆ぜ、真っ赤な鮮血が飛び散る。

 致命傷ではないにしても、相当なダメージのはずだ。

 さらに、そこに吹き飛ばされた天使たちがお返しとばかりに槍を投擲した。

 何本かが貫通し、何本かは刃先を丸々身体に埋め込み――突然、ガジャの身体がぐにゃりと溶けた。

 肉体が溶岩へと変質したのだ。

 瞬間、体内に埋まっていた槍は溶解して、飛び散っていた血液が焔と化し、大気が揺らぐほどの熱量が一瞬で庭園の木々を発火させる。

「共有したその眼で、よく見てやがれよ! この俺の真価を!」

 内側から溢れた出た炎が、ガジャの全身を包み大きく膨れがあった。

 やがて固体化した炎が翼を模り、尻尾を模り、ただでさえ大きかった腕をより巨大に、それを支える爪を広く伸ばし、その姿を二足歩行のヒト型から四足歩行の獣へと変貌させていく。

「――っ、貴様、獣炎人魔(ガガーギィアス)か!?」

 慄きを滲ませた声で、ファリンが操作する天使が叫んだ。

 その叫んだ天使の口から火が噴きだし、あっという間に火だるまになる。

 ガジャがおもむろに腕を振るって自身の血の雫を口内に放った結果だ。

 そうして自身の姿を覆っていた炎を振り払ったガジャは、人の上半身くらいだったら丸呑みにできそうなくらいに大きく裂けた口を天井に向けて、咆哮を上げる。

 その振動に乗った熱波が、空間すらも歪めていく。

「奴等、完全にこちらを構う余裕もなくしたな。大したものじゃないか。その割には活躍を聞いた事がないが、どうして制限している?」

 再び影から顔をだけ出したマヌラカルタが、素朴な疑問を投げかける。

「無駄に熱いから。嫌いなんだよ、つまらない事で汗掻くのって」

「では、何故契約をしたんだ? 単純に外れを引いただけか? 上位種を外れというのもあれだが」

「元々契約者に興味なんてなかったが正解。要はただの成り行きだね」

 つまらなそうにそう答えてから、クーレは呟くように言う。

「そろそろ見つかった?」

『そんなに急かさないで。まだ数十秒くらいしか経ってないでしょう? あんたの体感時間は知らないけど』

 囁くようなプレタの声が、耳元に届けられた。

 これは彼女の契約者である風の精霊の能力によるものだ。共有ではないので、頭の中にノイズは走らない。

「それだけあれば、君たちならある程度は網羅できると思うけど?」

『過大評価ありがと。とりあえず、ウィン・クラヤナードの位置は判ったわ。十四番庭園。動きはない。静観って感じね。あぁ、それと、ククルたちの居場所も判った。天使が向かってないところから見て、今のところそれほど重要視はされていないみたいね」

「そうですか、良かった。でしたら、下手に動かずその場に待機していて欲しいと伝えてくれますか?」

「ところで、ダノラウトがどこにいるかは判らなかったのか?」

 安堵の息を吐いたシャルロットの気持ちを再び沈めるように、マヌラカルタが訪ねた。

『そちらも不明よ。ってか、その情報いるの?』

「もちろんだ。なにせ愛しいその父を殺す必要が出てくる可能性があるんだからな、覚悟は先に決めておいてもらわないと困るだろう?」

「……そうだね。たしかに君はここで自分のスタンスを明確にしておくべきだ」

 静かな口調でクーレが言った。

 掴まれていた手が放され、長い廊下へと踏み出されていた足も止まる。

「最初に僕が君とクリスエレスで会った時、君は彼をヴラドに殺させなかった。侵略者との戦争でも君は彼を許したね。聞くに堪えないお門違いな発言をただ受け止めて、黙らせるという事をしなかった。君には彼を殺せない。でも、僕にはそれが出来る。簡単にね。そして君はサラヴェディカのリーダーだ。僕に命じる事が出来る」

 真っ直ぐな視線が、こちらに向けられている。

 そこに、どういう意図があるのかは判らない。

「でも、それは……つまらない、事です」

 迷った末に、そう答える。

 すると彼は微かに目を細め、

「僕は別に、逃げる事を悪いと思ったことはないよ。生まれた時から強かった僕にはトラウマというものはないけれど、でも、それが度し難いほどに重たいものだというのは視て判る。持っている魔法のおかげかな」

 そこで小さく微笑んでから、柔らかな声で続けた。

「助けを求めている友達に手を伸ばせるっていうのはむしろ光栄な事だ。それで僕が君から離れる事はない。さぁ、リーダー、君の答えを聞かせてくれ。君が望む答えをね」

「……」

 こんな言葉が返ってくるなんて、正直想像もしていなかった。

 こう言ってはなんだけど、もっとこう冷たいというか、弱さを突き放すような人だと思っていたから、本当に意外で、少し救われたような気がした。

「……ありがとうございます。でも、大丈夫です。決着は、自分でつけますから」

「そう、わかった。じゃあ任せるよ」

『でも、助けが必要だと思ったらちゃんと言いなよ? あんたそういうの苦手そうだけど、仲間なんだからさ』

 プレタもそう言ってくれて、本当に昔とは違って自分は独りではないのだなと強く自覚する。心強さに胸が温かくなる。

 しかし、その余韻を許さないように状況が動いた。

 世界が揺れたのだ。

 激しい揺れではないが、ここは空の上だ。地震という事はあり得ない。

「何事?」

『知らないわよ。でも、今ので感覚を邪魔する靄が消えた。……見つけたわ。十四番庭園の傍の部屋。ノスティワとルナもウィンの傍に居る』

「チュルは?」

『そっちも今見つけた。十二番の庭園の中。――っ、待って、新しい音が入ってきた。二人、若い少女の声と低く良く通る男の声がするわ。どっちも初めて聞く声だと思う。こいつらが揺れの原因かもね。チュルの奴はそっちの対処を優先するみたい』

「なら、絶好の機会だね。ウィンを引き離す。立ち位置の確認はその後かな。一戦交えてからでも遅くはないだろうし」

『遅いに決まってんでしょう? 交える前にしな。あんたのエゴはあと回し』

 シャルロットではなかなか言えない事を、プレタがぴしゃりと言う。

 それに対してクーレも素直に、

「残念」

 と受け入れて、

「たしか、十四番はこっちだったかな」

 呟くと共に、凄まじい速度で駆けだした。


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