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君>世界   作者: 雪ノ雪
第七章『遠い半身』
103/112

19/繋がりを知る

 医者の治療が終わった。

「お疲れ様でした。ええと、ちょっと待っててくださいね」

 ごそごそとコートの内ポケットを漁り、アンナはそこに入れている倉石の中を漁る。

 文字通り倉のような広さをもったその魔石の中には、大量の宝石が入っていた。世界各地を旅する傭兵の必需品たる換金物である。

(私とクウォンタさんの分も合わせて、これでいいかな)

 お金に無頓着なアンナは当初の報酬の倍はある価格の宝石を取り出し、それを医者に手渡す。

「申し訳ありませんが、クリスエレスには自力で戻ってください。私たちはこれから急ぎザーラッハに向かいますので。クウォンタさん、行きますよ?」

「あぁ、わかった! ありがとう医者! この件が終わったら改めて感謝に行こう! それまで死なない事を祈っているぞ!」

 よほど腕を気にいったのかそんな事を言って、クウォンタは医者の肩を叩いた。

 相当に手加減はしたんだろうが、痛そうだ。

 まあ、それはさておき、ルナを抱き上げて、ムルカ連合辺境の街の外に待機させている飛龍の元に戻る。

「それで、ザーラッハに戻ってどうするんだ?」

「シャイア・テキーラに会います。この鬱陶しい魔法を断ち切ってもらう必要もありますし」

 スロウの喉に目を向けながらアンナは言った。

 止血だけは出来たが、喉の傷自体は医者でも治せなかった。当然魔法の除去も出来ていない、

 おかげで、クウォンタにこの言葉がどのように伝わっているのかも怪しいところだった。

「よく判らんが、戦うのか?」

 それを物語る反応にため息をつきつつ、

「戦いませんよ。彼女は協力者です」

 多分そうなる予定、と胸の内で付け加えたところで、異様な気配を捉えた。

 超長距離の空間転移の気配だ。多分魔石によるもの。モルガナのようなデタラメではないが、相当に高価な代物を使ったのは判る。

(こちらとは無関係……なわけないか)

 なにせ、アンナやルナがいなければ、それだけの手段を用いて足を運ぶ価値の無い街だ。

 案の定、街の中心に現れた気配はこちらに近付いてくる。

 というか、覚えのある魔力だった。

「クウォンタさん、臨戦態勢は解いてください」

 その忠告をしてすぐに姿を見せたのは、カンゼリッツァだった。

 スロウの姿を前にして、驚きを見せてから、

「これは、一体どういう状況なのかな? 訊くのがちょっと怖いんだけど」

「では見なかった事にすればどうですか?」

「私がこの国の神子でなければ、そうしただろうね」

 及び腰の苦笑い。

 アンナは小さくため息をついて、クリスエレスで起きた事を話す。

 一通り話したところで、神妙な表情を滲ませたカンゼリッツァに訪ねる。

「私の言葉、ちゃんと届いていますか?」

「あぁ、大丈夫だよ。彼女が眠り姫だという貴方の言葉は認識できている。これがアブロイの魔法だという事もね」

 新情報だった。

 エンシェの大天使。ミッドラインダが介入してきたのもその辺りが理由か。

「その彼や本物のスロウがどこにいるのかは、判りますか?」

「申し訳ないけれど、私には判らないな。ただ、ボーゼスさんなら或いは見つけられるかもしれない。彼の波長の魔法なら」

「呼んでくれますか?」

「え? い、今かい?」

「もちろん今です。そんな事、訊くまでもないでしょう?」

「そ、そうだね。すまない」

 苛立ちを滲ませたアンナに、カンゼリッツァが謝罪する。

 神子というのは大抵、傲岸不遜で自分が絶対みたいな奴ばかりなのだが、ずいぶんと腰が低い男だ。卑屈といってもいいくらい。

 だが、それが本質で無い事くらいは纏う魔力で判る。こちらに対して、何の警戒も脅威も抱いていない。その気になればいつでも殺せると思っている証拠だ。だから単純に揉め事が嫌いなのだろう。それか暴力そのものが嫌いなのか。

 そんな神子はこちらから少し距離を取って背を向け、魔力の膜で音を完全に遮断し、懐から通信石を取り出した。

 ニ、三やりとりをして、振り返る。

「すぐに来てくれるそうだよ。シャイアさんと一緒に」

「そうですか」

 と、頷いたタイミングで空間が揺らぎ、二人が現れた。

 ここまですぐとは思わなかったので少し驚きだ。

 情報の共有化をしているようで、特に説明の必要もなかった。

「肉体に魂が定着しようとしているな。しかし絶望的に合っていない。このままでは衰弱死もあり得るか。たしかに急ぐ必要はありそうだな」

 口元に手を当てながら、ボーゼスがそう呟き、

「ところで、スロウの記憶はもう流れてきているか? 既に脳機能はリンクしていると思うが」

「……」

 こくりと、ルナは頷いた。

 その動作で少し喉の傷を刺激したのか、咳き込む。

「喉に刻まれた印の所為で治癒が機能しないんです。断ち切れますか? もちろん刻印だけですよ?」

「そんな事、言われなくても判っている」

 アンナの要求に眉間の縦皺を深めつつ、シャイアが自身の胸に左手を突っ込んだ。

 水の中に入るように、手首のあたりまで埋まる。そこからゆっくりと引き抜かれた手には、真っ青な短剣が握られていた。

「――」

 全身が粟立つ。

 ルシェドの魔法に近い感覚だ。普通とは明らかに違う、異質さの塊のような魔法。

 それが、ゆっくりとルナの喉に突き立てられた。

 ぶつんと糸が切れる音と共に、魔法の霧散を確認する。

「消えたな。ただ消えた。不思議な感じだ。もう一度見せてくれないか?」

 興味津々にクウォンタが言う。

 それを「断る」と一刀両断して、シャイアはこちらに視線を戻した。

「これで喉の傷も治せるようになったが、医者は呼ぶか?」

「……いえ、この感じなら不要でしょう」

 魔力の流れ自体は魂が変わっても正常に機能しているうえ、その多くが自律的に機能するように細工されているので自己治癒の強化で十分事足りるはずだ。そもそも医者の魔法よりも効果的だろうから、彼を呼んだところで意味がない。

 その読みのままに、数分後ルナは喋れる状態を取り戻した。

「あ、ありがと」

 そのルナが、濡れた瞳で微笑む。

 目元の動きとか、頬の弛みかたとか、身体の脱力感とか、それらはまさに彼女の特徴そのものだった。

 当然というか、スロウは絶対にこんな表情をしたりはしないのだろう。

 お隣の国の当主であるカンゼリッツァは、そんな彼女の態度にぽかんとした表情をして、

「あー、なんというか、妙な感じだね。まさか、あのスロウが可愛く見えるだなんて」

 と、呟いた。

 なかなかに失礼な物言いである。まあ、ルナが可愛いのには全力で同意するが。

「でも、おかげで実感も出来たよ。たしかに今私の目の前に居る神子はスロウではないな。なら、自己紹介が必要か」

 そう言って、カンゼリッツァは自身とボーゼス、シャイアの事をルナに紹介した。

 合わせてルナも自己紹介を済ませ、

「それで、なにを話せばいいの?」

「そうだな、まずはどのような思惑でこの状況になったのかを知りたい。誰が発案して、いつ決まったのか」

「ちょっと、待ってね、その事について考えてみるから。それで思い出せるのかはわからないけど……」

 ルナは眼を閉じて数十秒ほど閉口したのち、

「………あの方々」

「あの方々?」

「名前は出てないけど、私の身体をその器にしたいって言ってて、でも強行はお勧めしないってリズに言われて」

「リズ? まさか、『叡の劫火』リズ・ペディア・リリスかっ!?」

 ボーゼスが驚きを露わにする。

 シャイアとカンゼリッツァもそこまで明白ではないにしても、同じような衝撃を覚えているようだった。

「スロウとリズが繋がっていた? 他に何か、その二人について思い出せないか?」

「…………これ、独り言なのかな。誰もいないのに誰かと喋ってる。『リズにそこまで任せてもいいのか?』『彼女なら大丈夫』『信用できない、今の貴女にも』って、そんなやりとりがあったみたい。いつなのかは、わからないけれど」

「独り言……ペンテラか」

 ぽつりとシャイアが呟く。

 それにボーゼスが眉をひそめた。初めて聞く名前だったのだろう。

「ペンテラ?」

「スロウの宿主の名だ。奴も最初から契約相手の精神を殺していたわけではなく、以前はその名で通っていた。少なくとも我が国の記録ではそうなっているな」

「では、スロウと名乗りだしたのはいつの話なんだ?」

「おおよそ五千年以上前だったはずだ。詳しい年代は覚えていないが、必要なら資料を提供しよう」

「いや、その言葉で十分だ。しかし、それほど前からリズと繋がっていたとはな」

「一応、証明石を使って確認したいね。あとでまた同じ質問に答えてもらっても構わないかな?」

 その懸念は埋めておきたいと、カンゼリッツァが柔らかなトーンで言った。

「うん、大丈夫」

 そう応えたところで、ルナが少しよろめいた。記憶を引き出した所為だろうか、眩暈を覚えたらしい。

 その身体を支えつつ、

「これ以上の情報が欲しいのなら、ルナ様が元の身体に戻る手伝いをしてください。昨日の答えを早く出して」

 と、アンナは突き放すトーンで言った。

「昨日は記憶障害をどうにかしろという話ではなかったか?」

 微かに目を細めつつ、シャイアが小さく吐息を零す。

「ルナ様の問題を解決するという点では同じです。労力に大きな差が有るわけでもないでしょうし」

「傲慢な娘だな」

 ボーゼスがため息をつく。

「勇敢だと言って欲しいですね。貴方たちにとっては私も取るに足らない存在でしかない事を理解したうえで、こうやって発言しているんですから」

「まあ、命懸けなのは、お前から出ている波を見ていればわかるが」

 と、そこでボーゼスはシャイアとカンゼリッツァに視線を流し、

「……いいだろう。契約成立だ。どの道この件を放置するわけにはいかなそうだからな。我々とて儀式の権利を得る為に此処にいるのだから。もちろん、悪魔の契約はしてもらうが」

「内容は吟味させてもらいますよ?」

「好きにしろ。……見つけたぞ。クリスエレスとエンシェの間だ。上空だな。なにかに隠されている。この世界には居ない感じ。つまりはサラヴェディカか。厄介な場所にいるな」

「すぐに行けますか?」

「厄介な場所だと言っているだろう?」

「行けないんですか? 神子が三人もいて?」

「道を作るだけなら可能だ。だが、その先はない」

 静かな口調で、シャイアが言った。

 それから彼女は真っ直ぐにこちらを見据えて、

「ルナ・オルトロージュの身体を連れてここに戻って来い。それが、貴様が果たすべき条件だ」

「ええ、元よりそのつもりですよ」

 彼等に他の神子との戦闘まで求めてはいない。

 今、サラヴェディカにはおそらくチュルがいて、ルナの身体に入ったスロウが居るのだ。シャイアたちが踏みこめば全面戦争まったなし、勝算の方も限りなく低い。仮に勝利できたとしても漁夫の利でおしまいだろう。

「クウォンタさんはどうしますか? 予定からは少し外れた流れになっていますけど」

「吾輩ももちろん参加だ! まだ存分に戦えていないからな!」

「では、二人分の道を用意してください。それと、くれぐれもルナ様の事をお願いしますね。質問の方も、失礼がないように」

「お前も、もう少し目上の人間に失礼のない態度を取った方が良いと思うがな。……というか、そういう事を教えるのが年長者の役目だと思うのだが?」

 非難めいた視線をボーゼスがクウォンタに向ける。

 それに対して彼はきょとんとした顔をしてから、

「敬意とはそれに見合う行動によって勝ち取るものだ。それとも、これは施しなのか? 吾輩は対等な取引の最中だと思っていたんだが」

 と、切り返した。

「最中ですよ。そしてこれからリスクを負うのは私たちで、この人たちは上手く行けばスロウの生殺与奪の権利を得られるわけです。高みの見物をしながら。美味しい取引ですよね」

「……」

 ボーゼスが押し黙った。

 舌戦に弱い男だ。まあ、それも無理はないのだろう。結局神子に逆らう命知らずなどそうそういないのだから、議論にしてもなんにしても反発者に出会う事が少ないのである。経験値がないのなら、弱いのは当然。

「……飛龍でその地点まで向かえ。近づいたところで領域を切り開く。御二方はモルガナの奇襲の警戒を」

 静かな声でシャイアが本題に話を戻した。

「あぁ、了解したよ」

「問題ない」

 二人の神子も頷き、話がまとまった。

 長い話で固まった肩を軽くほぐしてから、アンナは視線をルナに向けて、

「では、行ってきます」

「行かなくてもいいよ」

「え?」

「だって、危ないんでしょう? 私は別にこのままでも――」

「良くはありません。私は貴女に死んでほしくないんですから。それに、惚気話にも興味ありますしね。昔のもそうだけど、これから先のも。なにせ十四の小娘ですから、私」

 つまらない事を言うルナを言葉で押し切って、アンナは彼女にを背を向けた。


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