18/整理の時間
流石に城に残るという選択を取る気にはなれなかったので、三人はかつてシャルロットが暮らしていた屋敷に泊まる事にした。
アステアが生前に暮らしていた屋敷という事もあってか、信者の反発を恐れ買い手は見つからず、それでいて定期的な手入れはされていたので、内部の様子は昔とまったくと言っていいくらいかつてのままだった。まあ、一部を除いてだけど。
(私の部屋、物置になってたな)
シャルロットが悪魔憑きとなった事で地位を失い、別の屋敷に居を構えるまでそれほど時間はなかった筈なのに、わざわざ手放す家のその部屋だけこんな風に変えたのだ。シャルロットが長い裁判を受けている間に、変えていた。
(陰湿なあの男らしいな。それとも便所になっていないだけマシと見るべきか?)
呆れるように悪魔が言う。
彼から見ても、ダノラウトの行いはあまり好ましくは映っていないようだ。
(まあ、なんにしても治癒石が見つかったのは良かったな。プレタとかいう大女はともかく、クーレ・サーランタは重要な戦力だ。いつまでも片腕がないというのはよろしくない)
「とりあえず、怪我と今日の寝床の問題は解決したって言っても良さそうだけど、サラヴェディカの方はどうなってるわけ? なんか連絡とか来てないの?」
痛めたらしい手首に治癒石を押し当てながら、プレタが訪ねた。
「ないね。これは困った」
と、腕を再生途中のクーレがまったく困った様子なく答える。
「貴様の統治がよほど不満だったという事だな」
影から頭だけをだしたマヌラカルタが小馬鹿にするように言った。
「統治なんてした覚えもないんだけどね」
「それこそが不満の原因だろうさ。従属しか知らない狗にとっては拷問以外の何物でもないからな」
「そういうもの? ……でも、少し意外だな」
「意外?」
「君は彼女の方を責めると思っていたから」
思わぬ切り返しだったのか、マヌラカルタは少しの間言葉に窮し、
「……生憎と、悪魔の契約によってそれも封じられていてな。そんな事より、勝算はあるのか?」
「どうだろう? まあ、現状はゼロだね。真正面から戦えば間違いなくララエスタがリーチをかけることになる」
「つまり、あたしが死ぬってわけね」
げんなりした表情でプレタが呟いた。
「貴様が付いてこなければ、避けられたかもしれない悲劇だがな」
「その時はルールが変わっただけでしょう? どの道、こちらの勝利条件は変わらないさ。だからこそ彼女も二人と言ったんだろうしね。色々と愉しむために」
ニヤニヤと嗤うマヌラカルタにそう言葉を返してから、クーレは治癒石によって蘇生された腕を見て、満足そうに頷く。
「それにしても、治癒の光景っていうのはなかなか面白いね。血液を素材に骨が再構築されて筋肉の繊維と血管がそこに纏わりついて、人体ってこんなに複雑な造りをしているんだって凄く思う」
「普通にグロいだけだと思うけど。そんなことより、あの女の魔法って結局なんなの?」
「さあ?」
「さあって、じゃあなんで勝てないなんて断言――」
そこで、プレタの言葉が止まった。
かちかちと歯が鳴り出す。目には強い恐怖の色が滲んでいた。
「今、喋るという行為を重くした。彼女にも似たような事をしたんだけどね、まったく効かなかった。どういう魔法によって封殺されたのかは不明だけど、僕の魔法の強制力よりも上なのは間違いない」
「わっ……か、ぅ、ぅう、はや……く……!」
「あぁ、ごめんごめん。冷や汗凄いね、大丈夫?」
「大丈夫な、わけ、ないでしょう!」
ちょっと涙目になりつつ、プレタが声を荒げた。
身体もがたがたと震えている。それくらいのハードルが喋るという行為に付与されていたという事だ。
「……というか、その状況で、あの振る舞いだったのか? 貴様、いつ殺されてもおかしくなかったんだぞ? そういう感情の動きをあの女はしていたからな」
マヌラカルタが咎めるような眼差しをクーレに向ける。
「まあ、今勝てないだけだからね。すぐに殺し合いに発展するとも思えなかったし」
「明日までに用意出来る宛があるというのか?」
「ヴラドも巻き込みたいなぁって、思ってるんだよね」
突然その名前を出されて、シャルロットの心臓は少し跳ねた。
「最近静かでしょう? おおよその準備が済んで、あとはもう微調整するだけって感じでさ。まあ、最後は不死を取りに来るわけだからそこで存分にやり合えるんだろうけど、それまで会えないっていうのも寂しいし。それに、彼の色格なら彼女の魔法にも多分抵抗できる。天敵なんじゃないかな、彼女にとっては」
「……それで、今からルウォにでも向かうのか?」
「いや、蝙蝠女さんに会う。彼女がシャルロットを優先させるつもりなら、多分ここに来るだろう」
と、そこで示し合わせていたかのようにドアが静かに開き、空気に擬態していたリグチラが姿をみせた。
「少し見ない間に、ずいぶんと妙な事になっているようだね」
素顔の彼女だ。
珍しく硬い表情で、ララエスタの気配を気にしているのが見て取れた。
「貴様、どうやってここに来た? 貴様はルウォに居たはずだろう? サラヴェディカを経由出来たのか?」
と、マヌラカルタが訪ねる。
「その前に、そのサラヴェディカの状況を説明して欲しいな。君の言う通り、私は先程までルウォ帝国に居た身でね。同士の報せでここに来たが、詳しい内容までは把握できていない」
「実は――」
真っ直ぐにこちらを見ての言葉だったので、シャルロットがそれを担う。
そうして話をする事で、いかに自分が状況を正確に把握できていないのかがよく判った。まあ、何もかもが突然に起きているので、仕方がないと言えば仕方がないのだが。
「なるほど。では、まずはそのあたりの整理から始めようか。認識の統一は重要だからね。……今、貴女達は二つの問題に直面しているとの事だが、サラヴェディカで起きている問題がノスティワの反乱であるというのは真実なのかな? それを証明できる情報は?」
「サラヴェディカの中枢を操作できるのが奴だけだという事実だ。他の末端共の干渉なら、そもそも無視して帰還できる。まったく手綱を握れていないとはいえ、そこの男はノスティワの契約者だからな。そういう意味でも、貴様が此処に来れた事には疑問を覚えるわけだが?」
目を細め、マヌラカルタが説明を求める。
「サラヴェディカは極めて広い裏世界だ。今はザーラッハともクリスエレスとも繋がっている。そしてザーラッハには私の所有している裏世界がある」
そう言って、リグチラは左手首に付けていたブレスレットを地面に落とした。
本来なら硬い金属の音がする筈だが、ドスッ、と鈍い音が響き、ブレスレッドは大きく膨れ上がって人間の姿へと変わる。正確には人間がブレスレットに変身させられていたわけだが、その男の顔には一応見覚えがあった。
人身売買組織のリーダーだった深海世界の持ち主である男、ペドリツァーノだ。リリスに深海世界の一部を提供したとの事で片腕がなく、また中身も抜き取られているので、一切の反応を示さない。
「彼の魔法はなかなかに柔軟でね、同じ裏世界の裏側に張りつくことも出来るんだ。そこからサラヴェディカに戻り、クリスエレスに出口を作った」
「なるほど、納得はした。で、その出口は残しているのか?」
「あぁ、まだ気付かれてもいない。ただし、サラヴェディカがクリスエレスから離れたら、それも剥がれてしまう。戻るつもりなら、逃げ場は無くなると考えた方が良いだろう。相手はその機会を確実にものにしようとするはずだからね」
「それは、どうして?」
躊躇いがちにシャルロットは訪ねた。
「ノスティワの目的が契約の破棄――つまりはクーレ・サーランタの殺害である可能性が高いからだ。このタイミングで反旗を翻した理由とも繋がっているね」
「……そういや、白紙の神子なんだったっけ? あの子って」
ぽつりとプレタが呟く。
それで、不透明だった部分が色々とすっきりした。
「彼女がサラヴェディカにやってくる事など、誰も想定はしていなかっただろうからね。この事態は突発的に始まっている可能性が高い。私がなんの妨害を受けることもなくサラヴェディカ内を通ってここに来れたのがいい例だ。つけ入る隙も多いだろう。そこで重要になって来るのが、現状誰が誰の味方なのかという点だ。たとえば天使は全てノスティワについているのか、ウィン・クラヤナードはどうなのか、そしてチュルはいつまで味方をするつもりなのか」
「……ふむ、確かに、奴が素直にノスティワに器を提供してやる理由はないな。別のなにかを宿すつもりと考えるのが妥当か。悪魔の契約も大した問題にはならない。エンシェにはもう一人神子がいるからな」
口元に手を当てていたマヌラカルタが、鋭く目を細めた。
リズの事を考えているようだ。この不死の魔神にとって、その存在はなかなかに大きなもののようである。
「けど、その情報はノスティワも知ってるわよね? だったら、そいつにも手を出させないような内容の契約をすると思うんだけど」
自身の治療を終えて石をポケットに仕舞ったプレタが口を挟む。
すると、マヌラカルタは心底馬鹿にするように鼻で嗤い、
「これが突発的なものでなかったのなら、或いはあの欠陥品でも上手くやれたかもしれないな。まあ、それでも怪しいところだが」
と、ノスティワに対する評価の低さを露わにしてみせた。
その主であるクーレも当たり前のように同意し、
「ミッドラインダの神子とも協力しているだろうしね。どのみち彼女では無理だろう」
「莫迦がもう一人か? 奴等がどういう関係かは私も知らないが、完全な隷属でもない限り、エンシェがその情報を他者に開示するわけがない。嘘という糸口すら嫌うだろうさ。白紙の神子というものには、それだけの価値があるのだからな」
「その隷属の可能性がある時点で考慮するべきでしょう? もちろん、彼等の協力関係がもっと前からあった可能性についてもね」
「……それは、どういう意味だ?」
まったく想定していなかったのだろう。マヌラカルタの声には戸惑いの色があった。
「ミッドラインダ帝国のカラエルは、はたしていつ復活したのか、君は知っている? そういう意味だよ。もしかしたら、そもそも死んでいなかったという線だって考えられる」
「……荒唐無稽もいいところだな。神は全能ではない」
「だからこそ『最疫』だって殺し損ねたのかもしれない」
即座の切り返しに、マヌラカルタが強い怒りを滲ませた。
そんな悪魔を前に、クーレはくすりと微笑む。
「なにがおかしい?」
「いや、思った以上に崇拝者だったんだなと思ってね」
「……」
「まあ、それはさておき、他に整理しておきたい事は?」
「スロウの立ち位置」
クーレの問いに、リグチラは静かな声で答えた。
「貴方たちは、彼女の現状をどう捉えているんだ?」
「どうもこうも、出し抜こうとしてしくじった。それだけだろう?」
他になにがあるのかと言わんばかりに、マヌラカルタがため息をつく。
侵略者相手の同盟でも平気で足を引っ張り合っていた両国陣営である。シャルロットもその認識だった。
だが、それにはプレタが待ったをかける。
「いや、さすがにその考えは安易なんじゃない? 他の神子の血を要求してきたタイミングで結ばれた同盟なんでしょう? 示し合わせてなきゃ出来ない事だ。それも即興だって言い切れる根拠でもあんの?」
「私は貴様よりもずっと、アブロイについてもスロウについてもよく知っている。手を組むのも裏切るのもいつだって安易だ。本当に重要な事以外、奴等にとってはどうでもいいのさ」
「お互いの神子が殺されてるっていうのに?」
「お互い死んだから、また仲良くやれるのだろう?」
「初めから全部織り込み済みだったから」と、クーレが先程の話と関連しての切り口を提示した。「何故、この二つの勢力が今も組めているのか。彼等を纏めているものは何なのか。果たして、マヌラカルタはどの程度エンシェの事情を知らされていたのか」
「……貴様、先程から私を愚弄しているのか?」
不死の神でありリズの事も知っている自分が、直近の情報ならともかく、それほど重要な事を知らされていないなどあり得ないという自負があるのだろう。マヌラカルタが怒りを滲ませる。
それを涼しげに受け止めつつ、
「切り口は多い方がいいでしょう? まあ、この辺りはまだ憶測の域。話の整理に使うものでもないというのなら判るけどね。……さて、じゃあ最後にララエスタの件について整理をして、予定が生まれなければ今日はお休みという事でいいかな?」
そこで欠伸を一つ零し、
「正直、もう眠くてね。早く夜ご飯食べて眠らないと、体調が悪くなる」
「あんたがそんな繊細な奴だとは到底思えないけど。……まあ、たしかに今日は疲れたしね。早く休みたいってところには同意するわ」
左肩を軽く竦めながら、プレタが言った。
「それはなにより。では、どうぞ?」
クーレが左手をリグチラに向けて続きを促す。
彼女は思案するように口元に手を当て、
「まず、ヴラド・ギーシュに助力を求めるという話だが、彼は行方不明だ」
「行方不明?」
「あぁ。といっても、今日姿を見せていないだけで明日にはまた会えるかもしれないが、少し前にも大陸を離れていたようだし、今現在どのような方針で動いているのか私も把握出来ていなくてね。接触できない可能性はけして低くない。別のプランを用意しておく必要はあるだろう」
「そう。……じゃあ、何かいい案はありそう?」
途端にやる気をなくした模様のクーレが、投げやり気味に訪ねた。
「ララエスタはノイン・ゼタの序列第五位に位置する看板だ。つまり彼女の上には四人いる。そして彼等は傭兵。報酬と内容次第では引き受けてくれる事もあるだろう」
淡々とした口調で、リグチラは言った。
「それって、ギリアム・ローウェンハイロォの事を指しているのかな?」
「ルシェドやルナ、ウィンの手を借りられるというのなら、もちろんそちらの方がいいだろうがね」
「噂でしかないけど、好きになれなさそうな相手なんだよなぁ、その彼って」
「好き嫌いで決められるほど余裕がある状況ではないと思うけれど?」
「そう? 駄目なら終わるだけでしょう。生き方を変えてまでするような事じゃない。それより、ウィンがこちらにつくのに賭けた方が愉しそうだね。彼と一緒なら、チュルを仕留めるのも無理ではなさそうだし、上手く行けば万事解決だ」
「上手く行きそうな要素が一つでもあれば、それでも良かったかもしれないがな」
いっそ憐れむようにマヌラカルタが言った。
「心配はいらないさ。シャルロットにも頑張ってもらうしね。……というわけだから、さあ、選んで? このまま眠ってひとまずララエスタの件を優先させるか、戻って全てを選ぶか」
クーレが真っ直ぐにこちらを見据えてくる。
果たして、どちらが正解なのか……
「私は止めろと言ったぞ? 今、それは自殺行為だとな」
「……戻りましょう。ルナさんの安全を確認する必要もありますし」
少し考えてから、シャルロットは決断した。
最大を取りに行く。元より、その貪欲さを受け入れた身なのだから、ここで中途半端は選ばない。
「決まりだね。ふふ、愉しくなってきた。じゃあ、準備を済ませたら行くとしようか」




