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【二章完結】乙女ゲーのチュートリアルで消える強化素材のはずが、攻略対象に執着されて退場できません。いや、俺、男なんですが!?  作者: 松平 ちこ
二章 夏休み突入編。 執着と過保護に追われるダンジョンソロって!?

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最終話 起きてたらお説教だと思うと、今となっては寝逃げ出来て幸運だったかもしれない

 森の奥、ダンジョンの入口。

 来た時は薄暗かったのに、光る蝶が辺りを明るく照らしていた。

 転移の浮遊感が消えて、ずしりとアディの身体に重みがのし掛かってきた。

 ふらついた足で一歩前に踏み出すと、くしゃりと草を踏み潰した音がした。


 ――眠い。


 懐かしく思う声がしたけれど、どこか遠くに聞こえていた。

 目蓋が重くて、重くて、アディには周りがよく見えない。

 膝から力が抜けて地面に倒れる前、ふわりと抱き止められる。慣れ親しんだ香りと温もりに、アディは包まれた。


「……アディ、おかえり」


 上から聞こえるセレーヌスの声が、震えていた。とろとろと波打つ睡魔の中で、珍しいなとアディは思う。

 うっすらと開いた目蓋から覗く、アディのルビーの瞳は今にも隠れてしまいそうだ。


【セレーヌス・クストス】

 クストス家、次男。男。十六歳。得意属性、無属性。全属性使用可能。


 表示された文字を確かめるように、アディは目の前にいるセレーヌスの腕に手を乗せた。ずっと、セレーヌスとは気まずいままだった。

 だからこれだけは、今、言わなければ後悔する。彼の心が、少しでも軽くなるように。


「……あとで……ちゃん、と。起きるから。今はちょっと、だけ……寝させて。……セレ兄、さん」


 アディはとつとつと言葉を紡ぐ。喉に力が入らなくて、声として届いているのか、アディには分からない。

 けれど、支えてくれる手からセレーヌスの力強さが伝わってきた。分かった、とでも言うように。


 ――あー。とっても、眠い。


 くらくらと意識が引っ張られる。もう、起きていられない。目を閉じれば真っ暗な世界が広がって、本当はちょっと怖い。

 さあさあと風が揺れて、アディの頬を撫でていく。木の葉の音も遠くに聞こえる。

 誰かに頭を撫でられて、それがとても嬉しくて、身を預けるようにアディは温もりに寄りかかった。


 ――大丈夫。俺は、ちゃんと帰ってきた。


「アディ! バカ! こんなところで寝るなよ!?」


 全てが遠ざかっていく暗がりの中でも、その声はハッキリとアディの耳に届いた。


 ――うるさいなぁ、ケレル。


 帰りたかった、この場所に。このキラキラとした温かい場所に。


 ピコン。


【最適化完了しました。新規構築、同期処理、開始します。お休みなさい、アディウートル・クストス】


 無機質な音声を最後に、アディの意識は完全に途切れた。 




 ◇◆◇◆◇◆◇




 気を失ったアディを抱えたまま、セレーヌスがゆっくりと地面に膝をつく。

 ロブルが静かに寄り添いアディの首筋に手を当てた。全身を観察して、彼は大きく息を吐いた。


「……衣服はボロボロだが、外傷は無さそうだし、バイタルは安定しているようだ」


「寝てる、だけ……?」


 ほっと息をついて、ケレルも安堵で肩の力が抜けた。あの白い空間から、気づけば地上に戻っていた。それは、他の皆も同じだったらしい。


『どうなってんだ? もう入れねーぞ?』


 ダンジョンの入口を見に行ったフィデスが首を捻り、ウェルムも眉間に皺を刻んで考え込んでいた。

 入口があった穴は、途中から塞がっていてただの土壁に変わっていた。


 この場にアディが居ないことを、セレーヌスが特に絶望していた。ケレルが落ちた先で言い合いをしたと伝えれば、彼は少し笑ってくれた。


「すぅ――、すぅ――」


 アディは口許を緩ませ、小さな寝息を立てていた。穏やかな顔はどう見ても安心しきった様子で、よく知るいつもの彼だった。


 ――良かった。


 凄惨なダンジョンの出来事は、やっぱりどこか夢だったんじゃと、ケレルは思いそうになる。

 ただ、皆の疲労の色が濃く、アディほどではないが衣服も乱れていた。確かに現実だったと物語っている。


「あー! アディが帰ってきたなら、俺、ちょっと寝るわ」


 フィデスがそう宣言すると、防具を脱いで地面に寝転がった。間をおかずに、規則正しい寝息が聞こえてくる。

 一応剣を握ったまま寝ているが、そのあまりの切り替えの早さにケレルは驚いた。


「まぁ、あれだけ切って暴れてれば、さすがに疲れますか」


「そんなに?」


 少し離れたところで、座って休んでいたウェルムがくすくすと笑っている。


「僕らが合流した時には、ラケルタは全部仕留めてたんだけど。フィデスのバカ、トルポル数匹に走り回ってたよねぇ。狙いやすいから囮にして、まとめて焼いといたけど。

 ……だから、魔法も練習しろって言ってるのに」


 ウェルムの横で、ルナが大人しくアディを見守っていた。珍しいなとケレルが思えば、チラチラとルナが視線を向けた先には、ロブルがいる。

 ルナの父――ヴェネラテォオ公爵は魔法師団長を務めている。彼自身も魔法師団を出入りしていた。団繋がりで、ロブルとは何かあるのかもしれない。


「どのみち、馬は休ませないと使えない。後発隊が来るまでは、交代で休むしかないだろう。全員、疲労が溜まっている」


「あ、なら俺が、見張りする。それくらいなら出来るから」


 木に背中を預けたカリスが言ったので、ケレルは自ら名乗りを上げた。


「ウォレンティア侯爵令息も疲れただろう? 私がみているから休むといい」


「いや、本当に大丈夫なんです。落ちた時から、妙に身体が軽いと言うか?」


 ロブルがアディに上着を掛けながら、気遣うように言う。それに、ケレルは勢いよく首を左右に振って否定した。

 ここで一番余裕があるのは、誰が見てもケレルだろう。それにダンジョン内ならともかく、ここは地上でケレルが育った領地だった。


「落ちたら、普通はどこか痛めるでしょう?」


「それが、どこも怪我してないんだよ。たぶん、アディに怪我が見当たらないのと同じだと思う。

 落ちた場所は、ダンジョンの中でも見たことのないものだったし」


 ウェルムに突っ込まれ、ケレルは思い出しながら口にする。領内にあるどのダンジョンとも違う――不思議な空間だった。澄んだ空気は、神聖ささえ感じるほどで。


「気にはなるが、その辺りはまた追々でいいだろう。時間はあるのだから」


 カリスが、そう話を切り上げた。片膝を立てて目を閉じ、本当に休むつもりらしい。

 各々が自然体で休み始めて、空気が緩むのをケレルは肌で感じた。


 ――ああ、皆揃って、ちゃんと帰ってこれた。


 色々あったけれど、それは追々。今はただ、この空気に浸っていたかった。

 ひらひらと音もなく、見守るように蝶が舞っている。ケレルは久しぶりに、心から笑えた気がした。

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― 新着の感想 ―
読むの遅れましたー(*_ _)面白いです。
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