第51話 得体の知れないものに近づいたらいけませんってフラグだよね
コアが台座から離れ、燐光を放ちながら宙に浮く。
ケレルがとっさにアディの前へと身を乗り出した。けれどコアは迷うことなく軌道を描き、スッとアディの中へ溶けるように入り込んだ。
「――っ!?」
ドクッと鼓動が跳ねて、アディは立っていられずに持たれるように台座へ倒れ込む。
ケレルが慌てて、アディを抱え起こそうとした。
「アディ!」
アディの耳に、砂嵐のようなザザッとした雑音が木霊する。
激しい動悸に耐えるように、アディはコアが入った胸元をガリっと掻いた。
「はっ……っ……」
必死に叫ぶケレルの方へ、アディは意識を向けることが出来なかった。音が、ノイズに掻き消されて遠くなる。
――熱、い。アツイ。
【???】
最適化中。エラー。
【台座】
かつてコアが安置されていた台座。素材不明、破壊可能。
ぐらつく視界の中で、目の前の台座とそこにしがみつく自分の手――アディの瞳に文字が映る。
意図して見てこなかった、アディ自身の情報。それが今、初めて表示されていた。
――最適、化?
点滅する文字を凝視してアディは、眉間に皺を寄せ目を閉じる。脂汗が頬を伝った。
魔力枯渇によるゴッソリと何かが抜かれる虚無感と内を暴れまわる痛み。それとは逆の、風船が膨らんで割れるような内側からの大きな力による奔流。
急にコアなんてものが身体に入ったせいだと、どこか冷静にアディは理解していた。
けれど、問題はそこではなかった。このままでは動けない、出られない。帰れない。
――ケレルだけでも、帰さなくては。
こんな展開を、アディは望んでいない。知らない。今の望みは、ただ一つ。
――皆の、ところに。
ザザッと一際大きくノイズが響いた。アディの脳裏に、映像が流れ込んでくる。
フィデスが、アンデットを倒している。ルナが蔦を焼き、ウェルムが二人を援護していた。
――これは、五階層か。
ザザッ。
カリス、ロブル、セレーヌスが、それぞれ部屋を調べている。床は白く、崩落したはずなのに傷一つなく修復していた。
壁は赤く染まったまま、肉片などもついている。異様な空気が漂っている。
その円形上の空間は、落ちる前の七階層だ。
――兄上、来てたのか。セレ兄さんのあんな顔、初めて見たな。
いつも穏やかで余裕のあるセレーヌス、その表情は苦悶に歪んでいた。それは焦りか、焦燥か。ケレルに聞いていなければ、それがアディのせいだとは思わなかっただろう。
――なんで、こんなものが。
そうアディが考えた時、ノイズ混じりに音声が聞こえた。ケレルの声は遠いのに、頭に響くようにハッキリとそれは聞こえた。
ザザッ。
【ダンジョン内の人間の強制退場、YES or NO?】
バッと、アディは驚き目を開けた。辺りを見渡して、声の主を探すけれどケレル以外に誰もいない。
【???】
最適化中。エラー。
【台座】
かつてコアが安置されていた台座。素材不明、破壊可能。
アディの視界には、依然として意味不明の文字の羅列。
最適化中だけが、点滅を繰り返している。情報を随時、更新するかのようだった。
「――っ。イエ、ス」
絞り出すような声でアディは迷わず、そう応えていた。ゲーマーとしての直感だ。仮にNOを選んでも現状が変わらないならば、選ぶしかない。
「うわ!? なんだよ、これ!」
ケレルの驚く声が聞こえて、アディは彼を見た。
ケレルの指先、足が燐光を放って、その線が次第に朧気になっていく。
【ケレル・ウォレンティア】
転送処理中。ウォレンティア家、長子。男。十四歳。得意属性、風属性、土属性。
――転、送。
追加された文字が点滅されているのを見て、アディは安堵して泣きそうになる。
感極まって閉じた目蓋の裏、他の皆にも同様の現象が起きていた。
アディの危機察知は、何も反応していない。ならば文字通り、害するものではなく、脱出の機能が働いているのだろう。
「おい、なんで笑ってるんだ! アディ、お前また、何かしただろう!?」
掴みかかろうとしたケレルの手は、虚しくアディをすり抜けた。
アディは台座を背にして、座り込む。身体が熱くて、起きているのもしんどかった。
そのアディの身体は、ケレルと違い光っていなかった。
「……うる、さい。追いつく、から。先に、待ってろ」
荒い呼吸を繰り返して、アディはケレルにそう告げた。
ザザッと聞こえるノイズに、不快そうに眉を寄せる。けれど、その口許は自然と、弧を描いていた。
【???】
最適化中。エラー。
【床】
素材不明、破壊可能。
「はぁ!? ぶざけんな、バカ! この期に及んでまだ、そんなこと言ってんのか!」
叫ぶケレルの身体は、半分以上が透け向こうの壁や地面の聖水などが、アディの目に映る。それを見て、アディは笑みを深くした。
「皆に、よろしく」
「アディのバカ! 覚えてろよ! 俺は諦めな――」
ケレルの声が途中でかき消え、その光が天井へと上っていった。
――それ、フラグ。
くすりと、アディは可笑しくてさらに笑う。
人間の強制退場、それに対応していないアディ。
破壊不能から、破壊可能に変わった文字。
先ほど見えた崩落後に閉じられた七階層の床を思い出す。
ここがかなり異質なのだと、アディは元ゲーマーとして察した。
――破壊可能なら最悪、壊して出るのも一興だ。 もう、どうとでもなれ。
傷は癒えて、魔力は溢れていた。ならば何があっても、帰るための最善を尽くすのみ。
アディの瞳に力強い意志が宿り、紅く輝いている。
約束をした――待ってろ、と。もうそれを違えるつもりはなかった。




