第50話 泣き顔見て笑うんじゃない!
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そんなに2章も、最終話で累計99話目なんです
3章突入前に、またSSを考えてます、何が良いかな
バシャ、と水の跳ねる音が静かに響いた。
静かに涙を流すアディに、ケレルはそっと片手を背中へと回して、抱き寄せたからだ。
その温もりが、いつかの声と重なった。
『今日のことは、覚えてなくていい。いや、ずっと忘れていてほしいかな。
でもね。君が命を投げ出したくなったら、今日を思い出してほしいんだ』
――それは、誰の声だっけ?
微かに覚えているのは、その人が温かかったことだけ。もうずいぶんと前の記憶なんだろう。
『これからたくさん、辛いこともあるだろう。強い力に悩む日も来るだろう。他人と違うのは、とても傷つくことだろう。
でも、忘れないで。終わることは、いつでも出来るんだ』
――この温もりに慣れてしまったら、失うことがもっと怖くなるのに?
ヒロインが現れたら、彼らから捨てられるだろうと、アディは恐怖を拭い去れないままなのに。
――ここがゲームなのか、違うのか、それすらも分からないのに。
ゲームは始まっていないのに、イベントが起きてしまった。
けれど、今いるここはイベントとは明らかに違う階層。そして、アディの瞳にも変化が起きた。
入学した時は、地味にしてれば平凡に何事もなく卒業出来ると思っていた。
キャラだ、ゲームだと思えるうちは、色々と逃げていられた。ヒロイン不在のバグだと、思い込もうとしてるうちは……。
それなのに、また今――。
「だから噛むなって、アディ。噛むなら、俺の指を噛めよ」
「――っ!」
その甘い誘いに、アディは目を見開いて、ケレルの肩にぐしゃりと顔を埋めた。
この温もりのまま終われたら良かったと思う日が、いつか来るんじゃないだろうか。
『もう少しだけ、もう少しだけ。そうやって先伸ばした未来に、いつか救われる日が来るかもしれないよ。
僕やクストス家以外にも、きっと君自身を受け入れてくれる人が現れるはずだ』
ルナも、カリスも、フィデスも、ユニタスも、セレーヌスも皆、アディをまっすぐに受け入れてくれていた。
目の前のケレルもまた、アディを見てくれている。
――もう、救われても良いのだろうか?
気づかない振りをしたらダメなんだろう。ずっと目を反らしてはいけないのだろう。
それは今の彼らの、誠実さを無下にする行いだからだ。
彼らが自分を求めてくれているのは、今は本心かもしれない。
――けどまだ、向き合うのは怖いんだ。
ヒロインが現れた瞬間、手のひらを返されたように捨てられるなんてことになれば、きっとアディは壊れてしまう。
「……ごめん」
今の精一杯の気持ちを、アディは声に出して伝えた。終わることはいつでも出来る。先延ばしにしてもまだ許されるだろうか。ただ、今は生き残ってしまったから、と。
「ありが、とう」
アディは震える声で、それだけを形にした。
こんなところまで、迎えに来てくれたから。向けられた今の気持ちに応えることで、いっぱいいっぱいだった。求めることは、まだ出来そうになかった。
『これはおまじないだよ。優しい君が、幸せになれるように――』
――いつか本当に、心からそう思えたら。
アディが閉じた目蓋の裏、真っ暗な世界。余計なノイズが無くて、ただ心地よかった。
一人じゃない、誰かの温もりはこんなにも温かい。
――でも、気づきたくも無かった。本当は。
知れば知るほど、いつか傷つく時がくれば、深く絶望してしまう。アディはすでに過去で、全てを手放したことがある。今いるアディは、家族が心を砕いた結果に過ぎなかった。
「なぁ、アディ。一緒に帰ろう?」
「……うん。帰る」
穏やかなケレルの声、ぐずぐずと泣きながら、アディはそれに返事をした。もう、いっぱいいっぱいだった。
「はは、ひでぇ顔」
背中に回した手を離して、ケレルがアディを覗き込んだ。
アディには、ケレルと一緒にやっぱり文字が見えて複雑な気持ちと、気恥ずかしさとで目を反らした。
「――っ!」
【ダンジョンコアの台座】
ダンジョンの核を安置する台座。素材不明、破壊不能。
視界に映った新しい文字に、アディは思わず息を飲んだ。
アディたちが今いるのは端の壁。文字は部屋の中央にある、少し盛り上がった場所を差していた。
ゲームでは、ダンジョンは繰り返し攻略出来るものであり、コアの描写など無かったはずだった。
「アディ、拗ねるなよ」
様子が変わったアディを見て、勘違いをしたケレルがからかってくる。アディはそれに無視をして、中央を凝視した。
ドクドクと、緊張で胸が高鳴った。ゴシゴシと、袖で乱暴に涙を拭う。よく見えるように。
ゴクリと唾を飲み込んで、アディはそのまま、台座へと近づいた。
「アディ、どうしたんだよ?」
「出られる、かも」
ケレルもすぐさま、パタパタとアディの隣に駆け寄って訊ねてくる。
アディはそれに、言葉短く応えた。ここでのコアが何を指すのか、アディには分からなかった。詳しいことは、なにも言えない。
――コアを台座から離すか破壊すれば、ダンジョンが消えるってセオリーだよな?
その場合、自動で外に出されるか、崩壊のカウントダウンの中、脱出するかの二択が多いと思う。
円盤形の台座、その下には聖水が落ちていって覗いてみたけれど、底が見えなかった。
その穴は小さく通れそうもない。やはり出口が見当たらない。
そして、台座の上をアディは見る。中央部分に、丸い球体がはめられていた。
現れたメッセージは――。
【ダンジョンコア】
ダンジョンの核、心臓部。
――情報が、少ないな。
でも、辺りを見渡しても部屋の中には、コア以上に脱出の足掛かりになりそうなものはなかった。
なぜなら全て、破壊不能の表記だからだ。
「うーん? なんだこれ?」
ケレルが横から覗いて、首をひねっていた。ダンジョンが珍しくないはずの育ちの、ケレルでもこの様子だ。よほど今が異常事態らしい。
――外して、ヤバそうなら戻せば良いよな?
そう思って、アディはコアへと手を伸ばした。そうする以外の道を知らなかったから。
アディの指が触れるか触れないか、その距離で、突然コアは燐光を放った。
「――っ!」




