第49話 言い合いするじゃん? 途中もうワケわかんなくなるよね
「――っ!」
壁を背にしたアディの額に、ケレルがゴンッと勢いよく頭突きをした。
アディの目の前に閃光が弾け、衝撃で息がつまる。
ケレルはそのまま壁に両手をついて、アディの逃げ道をふさいでまくし立てた。
「やだね! 間違ってたら、バカって教えてやるんだよ。止めるだろ、普通。それが友達だろうが!
俺の友達は、頭の中が食べることしかなさそうで、食堂に食べに学園来てるだけって言われても、納得出来ちゃう奴なんだよ!
そんな奴がな、ベッドから起き上がったと思ったら、勝手に死にに行こうとしてるし、泣いてるんだよ!
友達が危ないなら助けに行くし、バカにはバカで十分だろうが!」
「誰がそんなに食い意地はってんだよ! ふざけんな!」
突き飛ばしてやろうとアディがケレルの肩に手をやれば、彼は真っ向からそれを掴んで押し止めた。ギリギリと、互いの力が拮抗する。
――私がここで何してたか、見てきたんだろうが!
ダンジョンの下層にいる。それはつまりそういうことで、その上でここにいるのなら、そんな言葉は出てこないはずだった。
「いいや、お前は食い意地のはってるただの男だよ!
アディがどれだけ凄かろうと、俺の友達を勝手に殺す権利はないね!
俺は初対面で言ったぞ、他人任せにはしないから、そこは安心しろってな!
だから絶対、頼りにしないし、期待もしない。一緒に笑って、一緒にバカをやる。
そうやって隣にいるんだ。これからもずっと!」
ケレルの吐息がかかる距離。ブラウンの瞳がじっと睨んでくる。
アディの瞳には、全てが近すぎて文字が見えなかった。頭突きをされた頭はクラクラと揺れて痛み、文字に振り回された心は酷くかき乱されていた。
「そんなの勝手に他所でやれ! 私には関係ない!
頼んでないんだよ! こんなところまで追いかけてきて、バカはお前だろうが!
お前らが死んだら、どうするんだ!」
ケレルたちは、この世界に必要な存在だ。ヒロインが編入してきたら、彼らの物語が始まるのだから。
そしてそれだけではない。皆、この世界で生きている。彼らにとってここは現実だ。
なのにケレルは今、出口のないこの空間にいる。
――危ないことを、してほしくなかっただけなのに。傷ついてほしくなかったのに。
だから、アディは一人で来たんだ。だって、アディウートルならば――。
「私は消えてなくなる素材だから」
「っ!?」
ケレルが言った一言に、アディはビクリと身体を強張らせた。
ケレルに聞かれていた。たったそれだけが、アディに衝撃を与えるには十分だった。
「……素材とかわけ分かんねぇ。なんで、アディが死んだら良いってなるんだよ?」
ケレルは声のトーンを落として、アディに問いかけた。
アディの瞳をじっと見つめて、ケレルは肩を掴んで距離を詰める。
「アディは俺らを大事にしてくれるのに、俺らがアディを大事に思ってるって、なんでお前、分かんねぇの?
アディが死んで、めでたしめでたし。で笑う奴がいるとでも思ってんの?
居るなら名前、上げろよ。ちょっと全員で絞めてくるから。
カリスなんて喜んで社会的に抹殺するし、セレーヌスだって、笑顔で仕留めてくるぞ。
皆。アディ、お前が好きだ。お前が死んで、誰かが助かっても、誰もそれを喜ばない」
――嘘だ。
アディは、はく、と口を動かしてけれど音にはならなくて、代わりに首を左右に振った。その拍子にポロリと、雫が溢れた。
彼らの意識がアディに向いているのは、ヒロインが居ないからだ。
「嘘じゃねぇよ。ここに来るまでに、お前すげぇの置いていっただろ。ちょっと足止めされてさ、その時、セレーヌスは言ったぞ。
アディが望まなくても、最期を一人にしないって決めてるって。セレ兄さんってアディに呼ばれるのが、好きだって。
お前、めっちゃ愛されてるじゃんか。分かれよ、それくらい」
ケレルと面と向かっているのに、視界がぼやけて、あの文字がアディに見えなくなった。
ポロポロと、アディの頬を伝って雫が落ちていく。
――違う。
生徒会長で完璧な兄なだけ、そう都合よく思いたいのに、アディはその言葉を嬉しいと感じてしまった。期待しては、ダメなのに。
「カリスも、皆で仲良く籠城戦をしてもいいって下まで来てるぞ。
王族が率先して来てるぞ。次期侯爵の俺よりやべぇだろ?」
――籠城戦とか、意味分かんない。
剣を突きつけて来た時も、カリスは好き放題言ってくれたなと、アディは思い出す。
アディはその思いを認めたくなくて、ぎゅっと唇を噛んだ。
「アディは強いんだろ? だったらこんなことしないで、最初から、自分も助かる方法が取れただろ。
一人で飛び出してさ。こんなの、おかしいってやっぱり。
今もほら……唇が切れるだろうが、バカ」
ケレルが、アディの口に指を当てた。ぐっと唇を押し上げて、噛まないように。
その優しさが、アディには痛くて涙が止まらない。
「なぁ、なんで泣くまで我慢してんだよ。なんでそんなに、自分を傷つけるんだよ。
言いたくないなら、無理に聞かない。けど、俺は何度でも、アディにバカって言って止めるからな。
アディが居なくなったら、誰も笑えねぇし。喜べないんだよ。
……間に合って、良かった。アディに会えて、本当に良かった。生きてなきゃ、許さない」
ケレルはそう言って、アディに笑みを向けた。
――その思いを、偽物じゃなくて本物だと認めてしまったら、俺は。




