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【二章完結】乙女ゲーのチュートリアルで消える強化素材のはずが、攻略対象に執着されて退場できません。いや、俺、男なんですが!?  作者: 松平 ちこ
二章 夏休み突入編。 執着と過保護に追われるダンジョンソロって!?

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第47話 覚えてないって、だって三歳って十年前だぞ

『今日のことは、覚えてなくていい。いや、ずっと忘れていてほしいかな』


 とく、とく、と真っ暗な中で、心地いいリズムが伝わってくる。


『でもね。君が命を投げ出したくなったら、今日を思い出してほしいんだ。

 君が生きるのが辛くて苦しいのなら、ユーストゥス・ヴェネラティオが、いつでも君を引き取ろう。

 僕は、君が居てくれて本当に良かったよ。 

 君が教えてくれたから、大切なものを失わずに済んだ』


 低く優しい声が音を紡いで、頭に響いている。


『君の魔眼が見せる世界か、それとも君自身に関することか、僕には分からない。

 これからたくさん、辛いこともあるだろう。強い力に悩む日も来るだろう。他人と違うのは、とても傷つくことだろう。

 でも、忘れないで。終わることは、いつでも出来るんだ』


 伝わる温もりが、じんわりと熱を帯びる。閉じた目蓋越し、暗かった辺りが明るくなるのを感じた。


『クストス家の人は皆、温かいだろう?

 今の君の新しい家族になってくれるはずだ。

 もう少しだけ、もう少しだけ。そうやって先伸ばした未来に、いつか救われる日が来るかもしれないよ。

 僕やクストス家以外にも、きっと君自身を受け入れてくれる人が現れるはずだ』


 ふわりと、頭に重みが乗る。何度も何度も撫でられた。


『これはおまじないだよ。優しい君が、幸せになれるように――』


 ――これは、いつの夢だろうか?


 たぶん忘れている続きだ。真っ赤な世界から、連れ出されたあの日の記憶。




 ◇◆◇◆◇◆◇




「……」


 アディは、静かに目を開けた。

 見上げた視界は、水が浮いて広がっていた。水槽を下から覗いているような――そう感じた。


 ――きらきら、ゆらゆら。


 そしてアディ自身、身体の半分が水に浸かっている感じがする。

 ふわふわとした浮遊感があって心地がいい、とても不思議な感じがした。

 しばらくの間、そうアディはぼんやりしていた。


 ――俺、どうなった?


 ふと疑問に思ったアディは起き上がって、辺りを見渡す。

 部屋のようなそこは角がなく、ぐるりと壁に囲まれていた。造りは七階層と似ている。


 違うのは天井の水。それは、壁伝いに流れ落ちているようだった。

 上から落ちてきた水は、部屋の中央に集まるように床を流れている。

 中央にある少し盛り上がった台座の下、穴の中へと水が続いていた。


 手に重みを感じてアディが見ると、隣にケレルがいた。目を閉じてぐったりしている。


 ――え、いつから?


 アディは怖くなって、ケレルの口元に手を当てる。ケレルの呼吸は、しっかりとしていた。人知れず、アディはホッと息を吐いた。


 ――寝ているだけか。心配させやがって。


 ふと気づくと、アディの手をきつく握ったケレルの手があった。まるで、もう離さないというような力強さだ。


 ――なんだか、あの時と同じだな。


 それは、仮眠室での時を思い出させた。あの日も、彼はアディの手を握っていた。

 ひどく遠い日の出来事のように、アディはそれを懐かしんだ。


 ――そう、俺は?


 夢うつつのままに飛び出して、ダンジョンに潜ってたはず。帰りを考えずに、ただ間に合うようにと進んでいた。

 記憶にある限り、疲労とダメージが積み重なっていたと思う。

 記憶も体感時間も飛び飛びで、我ながら無茶をしていた自覚もあった。


 ――終わって良いと、思ったのにな。


 それなのに今、身体のどこにも痛みはなく、異常に軽かった。

 最後の記憶では、瓦礫と共に呑まれたはず、けれど周囲には物が一つもない。 


 ここに居るのは、ケレルとアディの二人だけ。

 訳の分からない状況に、一つ思い当たることがあった。ゲームと言えば定番の――。


 ――もしかして、隠しステージ的、な?


 パシャリと水音が響いた。

 アディが無意識に動いて出来た、水の波紋。意識がそちらに向いて、じっと手元の水をなんとなく見た。

 瓦礫と落ちたのに、それはとても澄んだ水だったから、どうしてだろうと思ったのだ。


【聖水】

 傷を癒す聖なる水。魔を祓う浄化水。


「……は?」


 ポコンと浮かび上がるようにして、水の上にウィンドウのようなものが見えた。

 アディは思わず、ゴシゴシと目を擦る。


「……」


 キョロキョロと部屋全体を見ると、風景以外なにも見えない。ただ、水を見ようとアディが意識を向ければ――。


【聖水】

 傷を癒す聖なる水。魔を祓う浄化水。


 再びアディの目に映ったのは、メッセージだった。


「はぁ……」


 無言で、空いている片手で顔を覆う。とうとう頭がおかしくなったのか。

 それとも、と考えて元ゲーマーのアディは理解してしまう。


 ――原理は分からないけど。俺の目がレベルアップ的な?


 目に見えた情報が、本当に正しいのなら。

 アディの体調に異変がなく調子が良すぎるのは、この水に浸かっているせいだろう。


 ここはおそらく、隠しステージ関連。通常なら入ることの出来ない空間と、考えるのが妥当だった。

 出口のない空間。聖水。目の異変。


「はは……」


 アディは顔を覆った手を握る。前髪がくしゃりと乱れた。

 じわりと視界が滲んで、ぼやける。その中でも、ハッキリと見てえしまう文字。


 ――こんなの、知らない。


 熱い雫と乾いた笑みが、同時に溢れた。

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