第42話 口調が優しげに見えて、腹黒王子は普段から傲慢だったわ
――生徒会長は、かっこいいな。
そんな堂々と、思いを言えるのか。全部、投げ出してしまえるのか――大人なのに。
子どものケレルは、迷ってしまったのに。
学園でヴェネラティオ公爵に、ケレルは確かに啖呵を切ったはずだった。
いざ、それを目の当たりにしたら、なにも言えなくなった。
――俺は。
だって、ケレルの知ってるアディは……。
入学式の最中にも、一緒になってこっそり喋ってた不真面目なヤツ。
最初は、賭けを言い出したアディが負けて。
でも、その後の賭けには余裕を見せつけ勝ってみせた、いけすかないヤツで。
怪我を隠して剣を振り回して、休んだ後。やっと登校したと思ったら、ルナを肩に担いで教室から出ていくし。
着替えの時には、人の身体を見ては、勝手にふて腐れていて。
食堂で食べる時には、テーブルマナーを律儀に守ってる。
幸せそうに食べてる姿が、すんごく子どもっぽい顔をしてて。
それなのに、時々、すごく寂しそうな顔をしていた。
『《ディープ・スリープ》』
そう。あの時も、暗い顔をしていた。虚ろなダークルビーの瞳が、いつもより黒く見えて……。
ケレルの意識が朦朧とした時、アディはケレルが転けないように支えていた。
『……"私"は消えてなくなる素材だから』
ケレルの目蓋が落ちる直前、アディは悲しそうに笑っていた。消えてなくなるなら、じゃあ、あの時の言葉は何だったんだ。
『……ケレル。掴んでくれて、ありがと』
――俺は。
あの言葉を信じたい。助けたことが間違ってなかったと。
ケレルの行いを肯定した、あのアディの言葉を――。
「……俺は、生徒会長と行きたいです。
このまま引き返したら、俺はずっと後悔します。跡継ぎとしては、それじゃダメですよね。失格だと思います。
だから俺の身に何かあっても、家は父がなんとかしてくれます」
この先がどうとか、アディがどうとか、ダンジョンがどうとか。
だって散々出発前に、皆が話し合って策を講じていた。あの時、誰もアディを助けないなんて言ってなかった。
「俺は、この先に、友達が死のうとしてて、バカやってるなら、止めたいです。アディは強いんですよね?
だったらこんなことしないで、最初から、自分が助かる方法をとれるはずじゃ、ないですか。
一人で飛び出して……こんなの、おかしい。間違ってる。
生徒会長、俺も連れていって下さい。お願いします」
分からない。分かりたくもない。だからもう、ケレルは頭を下げて懇願した。
溺れたアディを見て怖かった。水を吐いて息をして、無事だと分かっても怖かった。
ここで戻ったら、ケレルの胸はずっと苦しいままだ。
領地で、葬儀をしたことがないわけじゃない。見送った騎士も何人もいる。
その日笑ってた知り合いが、突然居なくなる、それは悲しいことだ。
そんな日はいつだって、父が頼りなく見えた。
――きっとそうやって、人は乗り越えて行くんだろう。
でもケレルは今、学生だ。
家名を名乗らずに付き合っていたあの時間、あの気持ち、今はそれだけでいい。あれを嘘になんてしたくない。
「足手まといかもしれません。それでも、お願いします」
誰も、口を開いてくれなかった。ずっとただ付いてきただけの子どもだ。足手まといだし、何を馬鹿なと思うだろう。
それでもケレルはずっと、頭を下げたまま待ち続けた。
そして、何かに亀裂が入る音がして、静寂が終わりを告げた。
「《イージス》」
イージスを重ね掛けし、カリスがニヤリと口角を上げ不敵に笑った。
「……さて、全員が行く方向で固まったなら、なんとかなるだろう。
まぁ、勢い余って、死にに行かれるのは困るのだけどね」
「……カリ、ス?」
「何があるか先が分からないのなら、何があっても全員が助かるべく全力を尽くせばいい。この面子なら、なんとかなると思わないかい?」
ケレルはちょっと、いや、本気で嫌になった。カリスの人となりを今、理解したかもしれない。
――俺、また試された?
でも、とセレーヌスをチラリと見る。彼は本気だった。そして、今ものすごく不機嫌そうだ。
完璧な生徒会長の外面が剥がれ、ただの弟を想う兄がそこに居た。
「……カリス殿下」
セレーヌスの腕を掴んだまま、唸るようにロブルが口を開いた。こちらもやはり、渋面だった。
小隊長として、譲れないものがあるからだろう。
「策無しでもないだろう。この中で、魔力量が飛び抜けて多いと自負しているよ、私は。
なら、皆で仲良く籠城戦をしてもいいじゃないか。合流するフィデス、ルナ、ウェルムで火力が足りないなら、後発部隊が来るまで、持ちこたえればいいだけの話だ。私には、それが出来る。
すでにモンスターの進行は、ほぼ抑えたと言えるのだから、焦って帰る必要もない」
何を迷うことがあるのだと、言わんばかりにカリスは言いきった。
――いや、帰らないとダメだろう。こぞって生死不明には出来ないメンツだ、どうみても。
そう突っ込みを入れて、ケレルは冷静さを取り戻したことに気がついた。胸の奥、ずっと重くて苦しかった痛みが和らいで、息が吸えた。
「感情が乱れた者から、統率を外れ脱落する。ならば乱れたら、正せばいいんだよ。
言ったじゃないか、君が兄として動けるようにと、私は何も諦めるつもりはないと。
アディを連れて帰る――最初から、ただそれだけなんだ。この程度、撤退する理由にはならないさ」
カリスはロブルを、次に奥へと続く通路に視線を向けて、目を細める。
――ああそうだ、カリスは王族だったな。
場違いなことに、ケレルはそんなことを思い出していた。
アディが部屋から出てこないと言って、彼は悪びれもせず、部屋を破壊する作戦を考えるようなヤツだった。




