第39話 四階層で手分けすることを選び、こじ開ける
皆のまとう空気が、さらに硬質なものへと変わった。ピリピリとした緊張感が漂っている。
――殺気だな、もはや。
三階層では今までになかった、入口で交戦の跡があった。
四階層のここでは、普通に動くモンスターが出てきた。それでもアディは居なかった。
「フィデス、この階層。任せて良いかな」
皆の気が急いている、そうケレルが確信したのは、カリスの一言だった。
「ああ。ラケルタと……あと動いてるやつ、殲滅で良いんだよな?」
フィデスは、ねずみ色のトカゲもどき――ラケルタに向かっていった。
刀身の紅い剣を一線、ラケルタを軽々と両断して汚れを払っている。
「そう。不安の芽は摘みたいからね。
その後はそう……ルナとウェルムと合流して。クストス兄弟、それで良いかい?」
「仰せのままにしましょう。カリス殿下」
カリスはフィデスに指示した後、クストス兄弟へと事後承諾を振った。ロブルがそれに返事をする。
「アルドール公爵令息、飛んでるトルポルには気をつけて。麻痺の鱗粉を吸わないように」
また一頭ラケルタを仕留めたフィデスに、セレーヌスが忠告をした。上空を飛ぶ蝶――トルポルへと雷撃を放って落としている。
「なぁ、いくらなんでもフィデス一人は……。俺も残った方がいいんじゃ?」
「これくらいなら、フィデス一人で十分だよ。ケレルは、ヴェネラティオ公爵に言われただろう?」
何か出来ることを、そう思ってケレルは思いきって口を開いた。
けれど、それに答えてくれたのはカリスだった。
「え?」
「もしかしたら、君の言葉しか届かないかも知れないからね」
カリスにまっすぐと見つめられて、ケレルは戸惑った。それは、どういう意味だろうか。
そして目の前、ラケルタをまた切ったフィデスはそれを踏み台に跳躍すると、剣に炎をまとわせ、トルポルを焼ききった。
フィデスが地面に降り立つと、ゴウッと炭と化したトルポルが落ちていた。
――え、フィデス、つよ。
火の粉をまとい煌々とした赤い剣を片手に息もきらさず、フィデスは次々にモンスターへと向かっていく。
「カリス殿下、アルドール公爵令息が引き付けている間に急ぎましょう」
「ああ、トルポルに囲まれるのは得策ではないね」
そう言って駆け出した二人に、ケレルは慌てて後を追う。
ラケルタとトルポルが、ケレルたちに気づいて集まり、数を増やしてきていたからだ。
その後ろ、セレーヌスは走りながらトルポルを狙い撃ちしていた。
可能な限り、フィデスの援護をしていくようだった。
「この先に、アディがいるんだよな?」
「先には居るだろう。ただ、無茶をもうかなりしてるだろうさ」
ケレルの一人言に、カリスが相づちを打ってくれた。
「無茶?」
「アディは魔力量が多くないんだよ。単調な戦法だったのは、集中力と効率化の結果だろう。
さっきのモンスターは毒に耐性がある種だ。それ以外は、他の階層と違って一部位が爆ぜていた。
つまり、戦法を変えざるを得ない状況になっている」
――多くないって、一階層から三階層までモンスターはほぼ無力化されていたのに?
走りながら、カリスの言葉をケレルは噛み砕く。
さっきのモンスターは毒が効かないから、魔法の威力が落ちてただ動いていただけというのか。
ダンジョンのモンスターが溢れるのを阻止するためには、内部を一掃して沈静化を図るのも有効だ。
それが大変だから、日頃から定期的に狩るのだとケレルは父から聞いていた。
「モンスターによって、戦法を変えるなんてよくあることじゃないのか?」
疑問は当然のように出た。だってそれは、常識だろうと思いたかったから。
アディがやったとされる戦法は、迅速かつ的確で、ダンジョンを熟知した所業だった。
「普通はね。でも、魔法の乱発が出来ないアディは、同時発動でそれをカバーしていた。
この先に、エグい選択肢を選ぶ可能性はある。
ほら窮地に陥ると、人もモンスターも辿る行動は同じだよ」
「《サイクロン》!」
カリスと並走するように走っていたケレルの前方で、ロブルが苛立ちを込めて魔法を放つ声が聞こえた。
下へと続く通路から、土煙が立ち上っている。
「ほらね」
ケレルが辿り着いた先には、通路が閉ざされていた。
「え? 道が塞がって?」
――今、クストス小隊長が上級魔法を放ってたよな?
砂埃が収まったその壁は、傷がついていなかった。
「……カリス殿下、破壊しますので、万が一の防御はお任せしますよ」
ロブルが前を見据え、その深緑の瞳に明らかな険を滲ませた。
右手の人差し指と中指だけを、前につき出し構えている。
「ああ、加減したら壊せないのだろう?」
「むしろ、殿下のご意見も聞きたいところですね。上級で壊せない壁を、楽に壊せる方法が無いものか」
「アディのイージスではないだけ、まだ壊す余地は十分にあるよ?」
カリスが含みを持たせて笑えば、ロブルが軽く目を見張った。そのまま、壁を忌々しげに睨み付けている。
「……これで手心を加えているつもりとは、兄を買いかぶるのはやめてほしいな」
「兄上、合わせます《ガードブレイク》」
追いついたセレーヌスが、壁に向けて魔法を発動する。
「《アブソリュートテンペスト・ピアッシング》」
ケレルの目の前で、ロブルの速すぎる一撃が放たれた。
その轟音と衝撃に、ケレルは思わず目を瞑った。
「――っ」
皆の口振りでは、アディがわざと道を塞いだみたいだ。
――それは何のために?
ダンジョンの入口には、光る蝶がいた。
ここには強固な壁。ケレルは、胸に渦巻く不安が大きくなるのを感じた。
攻略の仕方は間違えてなんてなかった、それがアディではなかったらの話なんて。




