第38話 おとぎ話を一通り読んで過ごしたあの頃が、ただ懐かしい
四階層。四は不吉な数字とはよく言ったもので、とアディは悪態をついていた。
灰色の空に、荒野が続くだけの身を隠す場所などない地平線。
「《コロージョンアロー・バーストホーミング》!」
悩みながらも、結局三階層までと同じ戦法。ただし、詠唱イメージはさらに残酷に変えた。毒の行動不能に加え、さらに部位破壊を。
「――っ!」
着弾後の全数確認をすることなく――アディは身体強化を掛け回避をとった。
目の前を、ねずみ色の硬質な足がかすめた。激しく土砂を巻き上がらせ、ずしりと重く地を踏みしめている。
うなじにひりつく、かつてない危機察知は目の前のモンスターから向けられたものだ。
――いやまぁ、居るとは思ってたけど。
夢で見たのはストーリーがメインだった。ダンジョンの雑魚モンスターに至っては、その描写が省略されてしまっていた。
今、アディの目の前にいるのは、前世でいうワニのような、とかげのような表皮を持つ四足獣の巨大なねずみ色をした何かだ。
そのモンスターはアディ目掛けて、鋭い爪のついた前足を振りかぶっていた。
当たれば、簡単に皮膚を裂き重傷を負わせるだろうと、予想が出来た。
「はっ、……大きな、蝶も、気持ち悪、い!」
上がる息を構うことなく、アディは思ったまま口を開いた。たらりと汗が頬を伝う。その上空を飛ぶ二匹の蝶。
蝶と呼ぶには、あまりにでかいモンスター。羽の紋様は紫、緑、赤と毒々しい色をして、目玉のようにも見え気味が悪い。
今は三匹だが、他にもいそうだと考えを切り捨てた。
目の前にいるのは、毒無効、もしくは耐性のあるモンスターだ。三階層で動きが鈍っていたモンスターとは、明らかに動きが違った。
――ダンジョンの造りくらい、もう少し統一性あっても良くないか!?
天井があればまだ戦いやすいのに、アディはそう心で罵った。
どんどん殺風景になっていく階層に、完全に嫌気が差していた。
「――ゲホッ、ゴホッ!」
地面を這うモンスターの動きを読んで、後ろに飛んだ。その過程で、アディは咳き込んで血を吐いた。
モンスターの攻撃を、食らったわけではない。アディ自身の、魔力消耗によるダメージだった。
――殲滅が、目的じゃないから!
そう、アディは己に言い聞かせた。
からかうように飛んで攻撃を仕掛けるでもない蝶を、忌々しげに睨み付ける。
逃走ルートを即座に判断し、五階層の入口へと身体強化で無我夢中に走った。
「はっ……は、っ……」
ずるずると階層を隔てる通路に座り込み、アディは俯いて呼吸を繰り返した。
ともすれば喘鳴になりそうな呼吸を、意識して整えようとする。
――この先は、五階層。
口の中が鉄の味を占めて、不快感がせり上がってきた。
一階層から三階層は、モンスターをほぼ行動不能にしてきた。四階層は一部残っているが、数は知れている。
毒が効く種は放っておいても、そのうち息絶える。そうでない場合も、その数は少ないだろう。
「《リペル・ウォール》」
やがて、アディはひたりと壁に手を当てた。そのすぐ横、強固な壁が来た道を塞いでいく。
――ダンジョンの半分は減らしたんだ。もう良いだろ。
時間稼ぎは十分に出来たはず。アディはそう目を閉じて、ゴホリと血を吐いた。
まだ魔法は使えるはずなのに、そう考えて目を開ける。
「……ポンコツ性能、め」
アディは口元を歪めて笑い、手を膝に当てて立ち上がった。
壁伝いによろよろと歩いて、アディは五階層を見た。
石畳の続く、城塞の中のような造りが広がっている。所々に、ろうそくの灯りが灯っている。
霞む視界で、アディは前世を思い出した。
ずっと昔に読んだおとぎ話の中に、侵入者を阻む蔓が、幾重にも折り重なったシーンがあった。
騎士はそれを剣で斬り伏せながら、お姫様を助け出すのだ。
「……《デヴァウア・ヴァイン》」
アディの歩いた道を、蔦が幾重にも絡んで塞いでいく。
目の前に現れたモンスターへ蔦が絡み付き、その命を吸い上げた。
干からびたそれは蔦に絡まったまま、ただの障害物へと成り変わる。
生あるものを求めて、壁を突き破り、縦横無尽に絡んでいく蔦。
アディはそれを見て、暗くほくそ笑む。
前世のアディは女の子。王子様に憧れたというよりは、純粋にかっこいいなぁと思って読んでいた。
今世、アディは男だ。助けてもらおうとは微塵も思っていない。空っぽと言われても、希薄な関係を築く癖が抜けなかった。
――だって、いつの間にか死んでいて、アディになった。
後二階層、ボスは少し休んでからでもと思ってた。けれど、消耗が激しいとアディは回復の予後がものすごく悪い。
それは、実技考査ですでに経験済みだった。
「やるだけ、やった……」
消費キャラなんだから、また、いつの間にか死ぬだけだ。バッドエンドが、たくさんの命が、それで守られるなら安いものだろう。
「ボスを道連れに、そうすれば――」
新たに伝った頬の水は、無性に熱かった。
ここから先は、もう本当に誰も来ないで欲しい。




