第37話 積み重なる疑問が描くのは、俺じゃない誰か
セレーヌスの案内で、一階層から降りる入口を見つけた。その入口で、ロブルが一瞬立ち止まった。
「ロブル、どうかしたかい?」
「いえ、なんでもないです」
カリスが声をかけると、すぐに下へと降りていく。ケレルが足を進めて、その理由に気がついた。
苔むした階段の一番上、足跡のような大きさで苔が削り取れ、下の石が剥き出しになっているところがあった。
皆が歩いたところは、踏んで質感が変わっても、苔は残っている。
「あー、落ちたね。これは」
セレーヌスがポツリと言った。ケレルが振り返ると、足跡のある近くの壁についた、僅かな血痕に触れて彼は痛ましそうに見ている。
二階層、迷路のように石造りの壁と道が続いてた。
道の至るところに、一階層と同様に地面に倒れているモンスター。毒にやられているのだろう、ビクビクとその多くが痙攣していた。
先頭を行くロブルが、邪魔だからか、安全のためか、進行上のモンスターを無言で焼き払って歩いていた。骨も残さず焼きつくし、焦げた臭いだけが辺りに立ち込める。
「……同時発動の持論を、聞いたことがあるのだけど」
その沈黙を、おもむろにカリスが破った。いつ、誰からとは言わなかった。
「これは何回でしたと、クストス兄弟は思うかな?」
――は? 一体、一体じゃなくて?
聞き間違えかと、それにケレルは疑問を抱いた。
目にする全てのモンスターが、一撃で床に転がされていたからだ。
――こんなのが、範囲攻撃で出来るはずないだろ。
飛行タイプは羽を、地面を行くタイプには足の関節を狙った無駄のない一撃。
その傷の周囲が明らかに変色し、そこから毒を受けたと一目で分かる。
「……以前に、守秘だと抗議をしたと思いますが。あ、兄上、そこの角右に曲がってください」
《サーチ》を展開したまま後ろを歩くセレーヌスが、そう口を開いた。その声は固い。
「誰が、とは聞いていないよ。魔法制御に長けた君たちに、後輩として意見を聞いただけだから」
前を歩くカリスの顔は、ケレルには見えない。ただ探るような、場にそぐわない軽い口調だった。
「何回も詠唱していたら、きっと今頃、合流しているでしょうね。カリス殿下、それが返答で良いですか?」
ロブルが放つ炎は青く、モンスターだけを一瞬で消し炭にしていた。
「今さら何を知ったとしても、私は距離をとったりしないよ。隠せてないだろう、あれは」
「……それでも、殿下の場合、近すぎることが問題ですよ」
「言ってくれるね。利用しようなどと考えていないのだから、もう少し信用をしてほしいよ」
「信用はしていますよ。だから寮の部屋も剣も、特に私が介入した覚えはありませんからね」
カリスとセレーヌス、ケレルを挟んで、剣呑な雰囲気を出している。いや、セレーヌスが一人、ひりついた空気というか……。
――間に挟まないでくれ、居心地が悪い。
入学式で見た、答辞を読んでいた穏やかな雰囲気が皆無のセレーヌスだった。
涼しい受け答えをするカリスが、火に油を注いでいるようにしかケレルには見えない。
「幾ら外堀を埋めようと、響かなければ何かの拍子に縮まらない距離が出来るだけですよ。カリス殿下。
セレーヌスもやり過ぎて嫌われる前に止めなさい。だから揉めたんだろう?」
二人のやり取りに、ロブルがその話題はお終いだと告げた。
「……」
胸がぎゅっと苦しい。皆は、誰の話をしているのだろうか、ケレルは知りたくない気持ちだけが、静かに積もっていく。
生きていても、死を待つだけの動けないモンスター。
通る道だけを綺麗に燃やすロブルに、最短を指示するセレーヌス。
その後ろを、表情を変えずに進むカリスと一言も発することがないフィデス。
淡々と通りすぎた二階層。三階層目の入口が見えて、ケレルは目をすぼめた。
この先にもまた、今まで見たような世界が広がっているのか。
――なぁ、アディ。お前はどんな気持ちでここに来たんだ。
いや、この先に本当にアディがいるのだろうか。
ケレルの知っているアディなら、ダンジョンを攻略するためとはいえ、一人で無慈悲な殲滅を試みるやつでは、なかったはずで。
『これから対人戦を学ぶと、お前は伸びるぜ』
人をからかってきたり、食堂のデザートを賭け事にしたり、するようなやつで。
実技考査でフィデスとやり合った後、自責で塞ぎ込むようなやつで。
――この先にいるのは、いったい誰なんだ。




