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【二章完結】乙女ゲーのチュートリアルで消える強化素材のはずが、攻略対象に執着されて退場できません。いや、俺、男なんですが!?  作者: 松平 ちこ
二章 夏休み突入編。 執着と過保護に追われるダンジョンソロって!?

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第36話 変わり果てた一階層はまさに地獄絵図になっていた

 蝶は一行の進路を阻むことなく、道を示すように周囲を飛んでいる。

 クストス兄弟が先頭を歩き、その後ろをカリス、フィデス、ケレルが追っている。

 ルナはまだダウンしており、ウェルムがついていた。体調が回復次第、後を追う手筈になっている。


「薄暗い森に、明かりのように灯る蝶とは、なんとも幻想的だね」


「殿下、無理に何か言わなくて良いですよ」


 蝶を見つめて言うカリスに、セレーヌスが諦観を漂わせていた。

 ほんのりと赤い燐光を放つ蝶は細部は分からないが、一匹、一匹しっかりとその形を創られていた。

 消える素振りもなく、不安定さもないことからその術の精巧さが窺える。


 ――アディがこの蝶を?


 ケレルは半信半疑で周りを見ながら歩いていた。頭の中では、ついこの間のヘラッとふざけていたり、逆にぼんやりしていたプールのアディを思い出していた。


「それにしても。師団長が見れば興奮しただろうなぁ。周囲のエネルギーを取り込んでの自走型の魔法とは」


「ああ、彼は魔法オタクだからね。落ち着いたら、アディに実演してもらえばいい」


 ロブルの感想に、カリスが首肯した。その口ぶりからやはり、アディのオリジナルの魔法なのだと、ケレルは飲み込んだ。


「カリス、あそこじゃね?」


 フィデスが指を示した先、数匹の蝶が羽を休め佇んでいた。数が多いせいで、ちょっとした光輝く空間が出来ている。


「ウェルムたちが追うのにも、問題なさそうだね。このまま行こうか」


 近づけば、蝶が祠を照らすよう集まっているのが分かる。

 けれど、いつからそこにあったのか、周りと馴染んでいるその入口は、光る蝶が居なければ、森の外からでは、気づかなかったかもしれない。


 ――こんなところにダンジョンなんて、俺は知らない。


 春まで領地で暮らしていた。騎士たちと共に、ダンジョンを始めとした周辺の土地のモンスターを狩っていた。

 ここは穏やかな森で、目ぼしいものもないから、定例巡回以外で人が立ち入ることがない自然のままの空間だったはずだ。


「カリス殿下。ここから先は、優先順位を間違えないでくださいね」


 ダンジョンの入口、立ち止まってロブルがカリスへと進言する。

 カリスは、見るからにため息をついていた。


「私は、自分の身は自分で守れる。そして何も諦めるつもりはないのだけどね?」


「それでも御身は優先させていただきますし、指示には従ってもらいますよ。

 これでも、兄としてではなく小隊長として来てますので」


 魔法師団の濃紺の制服を着用するロブルは、そう断言した。カリスはそれにもため息を吐き、身を引いた。


 ――優先順位、命の価値。この先はそれほど危険なのか?


 騎士から気をつけるようにと言われることはあっても、優先順位など言われたことはなかった。

 今までいかに自分が守られ、戦力に見合った環境におかれていたのか、二人のやり取りでケレルは理解した。


「……君が兄として動けるように、大人しくしてあげよう。今は速さが求められるからね」


「お心遣いに感謝を、では行きましょう」


 そこで、順番が入れ替わったことにケレルは気づいた。後ろを思わず振り返る。


「ダンジョン内での隊列、最後尾は私が勤めるから」


 セレーヌスが貴族の笑みで、そう宣言していた。


 ――俺は、どれだけ無力な子どもなんだ。


 ケレルは黙って言葉を飲み込み、祠の中を進んだ。

 このメンバーの中では、自分の経験など無価値なのだと痛感する。フィデスでさえ、私語を控え剣を握って歩いていた。


 先頭をロブルが行き、次にフィデス、カリス、ケレルと続き、セレーヌスが後ろを歩いた。

 ケレルたちが土壁が続く道を抜けると、目の前に広がったのは青い空。

 そして、その下にはあり得ない惨状が。


「――っ」


 ケレルは驚愕で目を見開き、漂う腐臭に手で口を抑え、息が止まった。

 眼下を見渡せば、おびただしい数のモンスターが倒れている。

 緑があったのだろう地面は、どす黒い血で染まっていた。


 ――なんだこの数。まだ生きてる、のか?


 何をしたら、こうなるのか。ビクビクと痙攣を起こして動かないモンスターの大群。死んでいる個体もある。

 その数は数えられないほどで、その光景は異様で、気持ち悪い。


「どうみる?」


「……すぐどうこうはないにしろ、いつ溢れてもおかしくなかったでしょう。一層にこの数は多すぎる」


 カリスの短い問いかけに、ロブルが答えた。


「《サーチ》」


 セレーヌスが、索敵魔法で周囲を見渡した。

 フィデスが近くのモンスターへと近づき、剣を使って観察している。


「どれも、関節に一撃食らって、行動不能になってるな。それに、血の色からして毒だ。致命傷はこっちだろう。

 息が残ってる個体もあるけど、これは放っておいても死ぬ。

 へえ、これ全部。アディがやったのか」


「まともに動けるのは一体も居なさそうですね。ここは後回しに、次の階層に行きますか?」


 フィデスがここのモンスターの報告を、セレーヌスが階層全体の報告を上げる。


 ――階層を、一人で無力化だって?


 あり得ないだろう。けれどケレル以外、誰一人そう考えていないことに不気味に思う。

 ドクンと心臓が不吉に跳ね、一瞬全ての音が遠ざかる。


『現実を見た方がいいよ』


 ヴェネラティオ公爵は、そう言った。

 ケレルはこの先を見てしまったら、アディとの関わりが以前と変わってしまう気がした。

 引き結んだ唇、握った拳に自然と力が入った。躊躇いを振り払うように、足を動かした。

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