第35話 馬に乗るのはいい、慣れてないと足腰がヤバイだけだから
強行軍とも言える二日間の疾走を経て、辿り着いたのはウォレンティア領にある森だった。
「森に入る前に、少し、休みましょうか」
「ルナ、ケレル、無事か?」
最後尾のウェルムが、ケレルにそう声をかけてきた。
前を行くフィデスも馬から降りて、ケレルとルナに声をかけた。
「……あ、うん……ちょ、と……」
声にならない声を出して、ケレルは二人へ返事をしようとする。息を吸おうと、肺を膨らませることが出来なかった。
落ちない意地はあったけれど、まさか、馬から降りれなくなるとは思わなかった。
馬はすでに止まっているのに、視界はぐるぐると回り、足腰の感覚が失せている。まさに満身創痍だった。
「あ、無理に喋らなくて良いぞ。あと、吐くなら吐いた方が楽だからな?」
フィデスが、ケレルへと声をかけながら降りるのを手伝ってくれた。
ケレルは近くの木に寄りかかって息をついた。フィデスはそのまま馬を牽引して、それぞれ木に繋いでいる。
「ルナもケレルも、初めてで頑張りましたね。誇っていいことですよ。これも、貴重な経験です」
仰向けにぐったりとしたルナを介抱して、ウェルムは微笑みながら気遣ってくれる。
素直に褒められてると受け取れない、ケレルは、それはもう化け物でも見るように目の前の光景を眺めていた。
――なんで、皆は平気なんだよ……。
視界の端では、先頭を走っていたカリス、クストス兄弟が、すでになにやら話し込んでいるではないか。
「この辺りなんだよね、ロブル?」
「詳細はやはり難しいですか、兄上」
「根掘り葉掘りは難しかったですね。詳細な地図がまず手元に無かったし、書かせたら幼児だから筆圧が……。
まぁ、薄暗い森らしいから、奥地でしょう」
ロブルは手記を片手に、森を見つめている。それにならって二人も森へと視線を向けていた。
「薄暗い?」
「……暗、い?」
「……あー。末弟だね」
三人が三人とも、森を凝視して何かを言っている。
ケレルは、それをどこか遠くに聞いていた。
吐いたら楽だと言われても、吐くのは何かに負けた気がして、ケレルには無理だった。
「飲めそうなら、ここ置いておきますね」
「……」
ウェルムが、ケレルにポーションを置いてルナの方へと戻っていく。
じっと見つめて覚悟を決めると蓋を開け、ケレルはポーションをグビッと一気に飲み干した。
「……ウェルムたちは、すごいな」
胃の不快感と節々の痛み、疲れが和らいで、ケレルはようやく言葉を発した。
「慣れですね。ああ見えて、カリスはお忍びが多いんですよ。
権力がありフットワークが軽いっていうのは、表立ってストレス発散も出来ませんし、今回みたいな時には大変都合が良いので」
「へぇー……」
立太子はまだとはいえ、一国の王子と公爵家の令息たちがひょいひょい出掛ける。
それはなんと言うか、ケレルたちとは勝手が違うだろうにと遠い目になった。
「ケレル、フィデス、来れるならこっちに」
カリスに呼ばれ、ケレルは立ち上がった。
もう、ふらつくこともなく問題なく動けそうだ。
「ケレル。ウォレンティア領には、ああいうのが居るのかい?」
「え?」
カリスに問われて、森の奥を見ると何かがキラキラと光って見える。
光の反射か何かだと思えば、そうではなさそうだ。
――動いてる?
「見たことないな。なんだ、あれ?」
ケレルは、素直に知らないと答えるしか出来なかった。
「フィデス。あの光るのを確認だけしたら、戻ってきて」
カリスが頼むと、フィデスはそのまま森の中へと走っていった。
「兄上はあれ、なんだと思います?」
「一般的な解答を期待しないでくれ。末弟が作ったんだろう。どう見ても」
「私は、アディに問いたいことが増える一方で困るね」
セレーヌスが信じたくないと疑いの眼差しを向け、ロブルは半ば現実逃避している。
カリスに至っては、ため息をついていた。
――どういう意味だ? なんでアディ?
ケレルは、その決めつけた言い方が理解できずに戸惑った。
「カリスー。これ面白いぞ!」
そこに、にこにこと笑ったフィデスが戻ってきた。両手を閉じていて、中に何かが入っているらしい。
「危険はないから、開けていいか?」
「……見てくるだけと伝えたのに。まぁフィデスの直感と、おそらくアディが、意図して作ったものだからね。良いよ」
カリスが開けてと指示すると、フィデスが手を広げた。
ふわふわと光る蝶が舞い上がると、ゆらゆらと森の奥へと戻っていった。
「……迷うことなくダンジョンが見つかりそうで良かったと、とりあえずは思っておこうか」
一瞬の静寂が訪れて、それを破ったのはカリスの呆れた声だった。
「カリス、それはどういう意味だ?」
意図が分からずにケレルが聞くと、カリスはクストス兄弟をチラリと見た。
二人も同意見なのだろう、苦い顔で頷いていた。
「ダンジョンが見つかるように、あれを放ったんだろうってことだよ。アディに何かあっても見つけられるようにね」
カリスが優しく説明してくれた。そこに僅かな苛立ちが滲んでいた。
――何かって、アディは何を……。
アディ自らがダンジョンを誰かに知らせることをせずに、見つけられるように蝶を置いて姿がないこと。
ケレルは、その先の理由に気づいて口をつぐんだ。
「ルナとウェルムは置いて先を急ごう。アディはやはり、帰るつもりがないらしい」
カリスが皆の気持ちを代弁するかのように、そう指揮を取った。




