第34話 水球を使うイメージは、宇宙飛行士の無重力生活でやってます
ダンジョン三階層。広い土の洞窟内のような場所だった。
すでに三階層で索敵と毒の矢を放った後、残るアディの魔法行使回数は七回くらいか。
「……今、何時?」
二階層、三階層と続く閉鎖的な空間に気持ちが滅入る。一階層の青空が恋しいと、アデ ィはすでに思っていた。
――最後に見た空は一階層の、太陽が真上を過ぎていたけど……?
ダンジョンの空と外の空は、果たして連動性があるのだろうか。
一日で全てを終わらせようとは、考えていない。そんなものアディには不可能だ。
集中力を要しての魔法行使、ふらつく足での徒歩移動。時間が、すごくかかっている気がする。
このままでいいのか、これで正解なのか、不安に思うのも仕方ないだろう。
「……ダメだな。ちょっと休もう。《ポータブル・ウォーター》」
アディは、宙に浮く水球を幾つか魔法で出す。そのうちの一つを手で持つと、飲料水として飲んだ。
一階層には川があった。けれどアディが毒矢を放っているため、全て使用不可と考えて素通りした。二階層には、そもそも自然物が何も無かった。
渇ききった喉に、澄んだ水が心地よく沁みわたる。
別の水球で、アディは頭を濡らした。汗が流れて、気持ちもさっぱりとする。
外の季節は夏。ダンジョンの中は不思議なことに、今のところ暑くも寒くも無かった。
――マグマとか氷雪とか、そんな地形もどっかにあるのかな?
楽しいことを考えて、なんとかモチベーションを維持しようとする。
アディは、汗でへばりついたシャツのボタンをプチプチとゆっくりと外し、上半身裸になった。
頭から再度、手にもったシャツごと全身に水を被った。
ふるふると頭を振って、アディは水滴を払う。クリアになった思考で、アディは出したままの水球をさらに操り、洞窟の奥の通路へ向けた。
「……三階層だもんなぁ、そりゃ動ける生き残りくらい、出てもおかしくないよなぁ」
四体のモンスターが、こちらを狙っていた。毒の矢を受けてなお、ビクビクと身体を痙攣させながらゆっくりと歩いてくる。
アディはその頭へと水球を被せ、気道を塞いだ。もがき暴れ始めたモンスターから、ゆっくりと距離を取った。
「矢の本数を増やすか、攻撃回数を増やすか。威力を変えるにしても残り魔力がなぁ」
――手っ取り早いのは、広範囲攻撃。猛毒の霧、地獄の業火、絶対零度の銀世界。
なにも考えなくて良いなら、濃霧にあらゆる状態異常を付与して階層を覆えばいい。
地形改変レベルの自然災害級の魔法は、前世のお陰でイメージは簡単だった。
モンスター個々を狙うよりも階層を破壊しかねない魔法行使の方が、索敵要らずで手っ取り早い。
「ゲームみたいに、攻略毎に中がリセットされるわけじゃない。
そうだったら、ダンジョンからモンスターが溢れる現象がそもそも起きないし。俺の無駄死にでしかない」
カリと親指の爪を噛んで、アディはブツブツと呟いた。
毒矢を使い、個々に行動不能を狙っていたのは、ボス部屋まで人が通れる余地を残す必要があったからだ。
アディが仕損じる可能性がなければ、こんな回りくどい手段は取らなかった。
――ああ、無力だな。
行って帰れるだけの自信がアディにあれば、攻略中と攻略後をダンジョンの立ち入り禁止するだけで良かった。
アディが出来なかったら、と保険をかける分だけ、取れる手札もまた、制限がかかるのだった。
――せめて、攻略キャラ並みの力があればな。
兄、セレーヌスは支援魔法特化の攻略キャラだ。火力不足を補えるほどの知略のあるキャラでもある。
僅かでもその強さが、弟のアディにあればと思った。どれも無いものねだりでしかない。
『そうだね、とても大切なんだ。だからこそ今回のようなことが度々起こると、心配性の私は気が気ではなくて。
一人より二人の方が、危険は少ないとは思わないかな? 君は身の安全を。クストス家もアディの平穏を保てる。ウィンウィンだ』
――今頃、心配してるかな?
そういえば、長兄ロブルにもなんだかんだと眼鏡のお礼の手紙を書けていなかった。
『弟を怒らせたようだ。料理も来たし、私は退席しよう。二人でゆっくりと食べるといい』
あれから何度か、セレーヌスとは夕食を一緒に取った。当たり障りのない話で、ユニタスの話題にはお互いに触れなかった。
「……喧嘩したまま、なんだよな」
その呟きは、耳鳴りのひどいアディの耳には届かない。だらだらと止まらない鼻血を、気だるげに手で雑に拭った。
どさどさと水球によって窒息したモンスターが倒れていくのを、アディは遠くに眺めていた。
諦めて立ち止まることも、引き返すことも出来ない。決めてやると決めたのは、アディ自身だ。
ひどく静かな時間が流れる。ゆっくりと息を吸って、空になるまで息を吐いた。
迷いは全部、そこに置いていくように。
アディは濡れたシャツを絞って、羽織る。火照った身体に、冷えたシャツが気持ちいい。
汗でシャツがへばりつくより、それはかなりマシだった。
それでもまだ無意識に心のどこかで、誰かを求めていたのかもしれない――。




